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    ・NHK-FM 毎週日曜日19:20~20:20放送。毎月第1-2日曜日(+α)東京枠解説担当。
    ・01月07日/14日/28日
    ・02月04日/11日/18日
    ・03月04日/11日/18日/25日
    ・04月01日/08日/15日/22日
    ・05月06日/13日/20日

2018年5月21日 (月)

悲愴の夢

Tchai_3_2FM「ブラボー!オーケストラ」6月分1本の収録にNHK504スタジオへ。

今回は6月3日(日)放送分で、チャイコフスキー:交響曲第6番〈悲愴〉ほか。バッティストーニ指揮東京フィル(2017年3月13日第108回東京オペラシティ定期より)

介護離職してからこのかたほとんど音楽を聞くことがなくなったので、こうして音楽解説する番組でクラシック名曲を聴くのは貴重な機会。今回は、何百回聴いたか分からないほど大好きな「悲愴」交響曲。

…なのだが、ひさしぶりに膨大な音符がぎっしり並んだスコアを見ながら聞いていると…山を貫通するトンネルを手掘りで十数年かけて掘った話を聞いた時のような…「人間というのは何ともとんでもない労力をかけてとんでもないことをするのだなあ」という驚嘆とも呆然ともつかない感慨に襲われる。

Tcaiko6それでも、こうして歴史を経て確実に後世に残った「報われた努力」はまだいい。その影で、人に知られず報われず消えていった(そして挫折に終わった) 「無駄な努力」もまた膨大にあったわけで、そのことに思い至ると(あまりにも身につまされることが多すぎて)、背筋がぞわぞわとして来る。

人はこれからも、存在するかどうか分からない未来に向けて、山に穴をうがったり音符の群を積み上げたりし続けるのだろうか。(…などと、この曲を聴くと、何となく「鬱」っぽいヴィジョンが頭をよぎってしまうので困りものだ)

2018年5月 7日 (月)

レミンカイネンの帰還

Catw連休中に我が家の黒猫がいなくなった。

昔から外ネコの家系で、ちょっとした隙間から外に飛び出して行ってしまう。真っ黒な毛並みなのでさすがに暗くなってから外出させることはなかったのだが、実家の雨漏り工事の合間にひょいと出てって、二晩帰ってこない。

これは十中八九交通事故か…と「探しネコ」のポスターを作り近所にばらまくうち、いつも入り浸っている神社の境内で車にぶつかり、工事現場の奥に丸まっているとの通報あり。

なんとか回収して近所の犬猫病院に連れて行き、傷や出血はないものの骨盤骨折で歩行が困難になっているという診断を受ける。とにもかくにも命に別状はなく、丸二日ぶりに帰還。

心配してくださった多くの方々に感謝。

2018年4月23日 (月)

国民楽派の過去と未来

SmetanasibeliusFM「ブラボー!オーケストラ」5月分残り2本の収録にNHK401スタジオへ。

今回は2018年2月3日の東京フィル第63回響きの森クラシックシリーズから、小林研一郎氏の指揮でスメタナ「我が祖国」全曲を2回に分けて収録。

5月13日(日)放送が第1曲「高い城」、第2曲「モルダウ」、第3曲「シャールカ」、第4曲「ボヘミアの森と草原から」。
5月20日(日)放送が第5曲「ターボル」、第6曲「ブラニーク」。後半はプレトニョフさんの指揮でシベリウス:交響曲第7番。(2018年2月23日第902回サントリー定期から)

熱く感動的な演奏を聴きながらも……かつてはシンプルかつ音楽的に共感できた「国民楽派」の音楽をもはや素直に共感できなくなってしまっている自分に気付く。純粋な愛国心ほど大きな思惑や悪意に吞み込まれ利用される。その結果引き起こされた嫌な歴史を知ってしまっているからだろうか。

若い頃は「国民楽派」の真っ只中に居たシベリウスも(そんな空気を感じてかどうか)、年を経るに従って国や人とのしがらみから遊離する方向に向かい、最後の第7番では国も人の影もないような(ある意味、厭世的な)透明な世界に達してしまう。

だからというわけではないが、昔から、究極の音楽とは、誰ひとり人間のいない世界(宇宙)に鳴り響く「誰も聴かない音楽」なのかも知れない…と思うことがある。それは、中島敦の「名人伝」で描かれた…弓を使わず弓が何であるかすら忘れてしまった究極の弓の名人…という皮肉で矛盾したヴィジョンに重なる。

そして、このネットの時代、もしかしたら既に多くの作曲家たちがその境地に達しているのではないか、とも思う。当然ながら「誰も聴かない」ので「誰にも知られていない」わけで、彼らの心を知る術はないのだが…。

2018年4月20日 (金)

北欧の巨人二人

Edjean

FM「ブラボー!オーケストラ」5月分1本の収録にNHK503スタジオへ。

今回は5月6日(日)放送分で、シベリウス:交響詩「フィンランディア」、グリーグ:ピアノ協奏曲イ短調(p:牛田智大)。プレトニョフ指揮東京フィル(2018年2月23日第902回サントリー定期より)…という北欧フィンランドとノルウェーを代表する国民楽派の巨匠二人の名作2曲。

2018年4月16日 (月)

音楽についてのあれやこれや

Areya
カワイの機関誌「あんさんぶる」(年6回発行)に《音楽についてのあれやこれや》という連載を始めることになった。

Zettaiあんさんぶる誌は、かつて〈絶対安全音感日記〉(1999〜2001年)というイラスト付きの連載をしていたので、20年ぶりの里帰り。還暦過ぎて原稿の仕事はやめていたのだが、「ふた月に一回ですし、マンガ付きで好きなこと書いてください」と言われ、リハビリを兼ねて引き受けることにした。

題材は、ここ数年ぶつぶつと書き留めて来た「音楽とは何か?」についてのマジメな論考。あまりに大上段すぎて挫折し押し入れに投げ込んでいたものを、イラストを交えて軽口で再構成してみよう…と思い立ったはいいのだが、HPやブログに慣れてしまった身には、何字何行の縛りや〆切やレイアウトの制限がある紙の原稿の世界は「昔懐かしい」というより「手間が大変」。

当時はというと、…ワープロ専用機で打ってプリントした原稿をFAXで送っていた。(当然ながら、そのFAXを元に出版社でもう一度活字を組むので、二度三度の校正チェック&FAXでのやり取りが必要だった)。それでも、清書されて活字になり字数も確定した原稿を〆切当日直接出版社に送れるのは、原稿書きにとっては画期的で夢のような最新技術だった。(だから、1986年、最初にワープロを買った年が私の執筆活動元年である)

なにしろ、その前は……400字詰め原稿用紙にペンで書いた自筆の原稿を、〆切当日までに自分の足で出版社まで届けるか、担当が毎月玄関まで取りに来ていたのだから……。

2018年4月12日 (木)

甥の死

Ks_2 甥っ子が死んだ。享年33。

人生80年とも90年とも言われる時代に、あまりにも早い死だ。

音楽を始めたとき「どうせ三十代くらいで野垂れ死ぬんだろうなあ」と覚悟していたのにぬけぬけと六十代まで生き残ってしまった叔父としては、後ろめたくてならない。落語の「死に神」のように寿命の蝋燭を交換できるなら、今すぐ取り替えてやりたいと思うほどだ。

それにしても、かくも「はかない」と思える生もあれば、逆になんとも「しぶとい」と思える生もあり、人生とは…どこまでも不可解だ。神サマのやることはサッパリわけが分からない。

2018年4月 5日 (木)

偏屈なライバル

WagnerbrahmsFM「ブラボー!オーケストラ」4月分2本の収録にNHK605スタジオへ。

今回は2017年12月13日に行われた群馬交響楽団の東京オペラシティ公演から・・・

4月15日(日)放送分が、芥川也寸志:弦楽のための三楽章〈トリプティーク〉、ブラームス:ヴァイオリン協奏曲(vn:成田達輝)。
4月22日(日)放送分が、ブラームス:交響曲第1番。演奏:大友直人指揮群馬交響楽団。

…と、ほぼブラームス特集の2時間のあと、宿敵ワーグナー特集の別番組の打合せ。この二人、「犬猿の仲」だったとも「周りがけしかけていただけ」とも言われるが、自分専用の劇場まで建てて音楽界に君臨していた帝王ワグナーが、保守王道を唱える20歳も年下のブラームスを脅威に感じていたとはとても思えない。ただ共演NGだったことは確かなようで、ベートーヴェン生誕100年祭に二人を招待したら、ブラームスの名前があるのを見てワーグナーがドタキャンしたというから「会いたくない相手」ではあったのだろう。

ちなみに、ブラームスはブルックナーとも「犬猿の仲」で、彼の交響曲を「大蛇が地面をのたくってるような音楽」とくさしているが、人生を見ても恋愛事情を見ても、あちこち屈折していろいろ面倒くさい偏屈な人だったような気がする。こういう爺さんになりたいものだ。(…もうなってるか

2018年3月30日 (金)

厳島神社の春

Hiroshimaa

大河ドラマ「平清盛」(2012)のロケハン以来ひさしぶりに宮島を訪れる。

むかし若い頃、真冬のシーズンオフの平日に来たときは、人より鹿の方が多いんじゃないかと思ったほど閑散とした景色だったが、今回は暖かい陽気で桜も満開の春休み。どこからこんな大勢の人が?と驚くほどの人の群れが島を埋め尽くしていた。

その後、大河ドラマの話が決まって清盛ゆかりの地を京都〜神戸〜広島と回った時は、痕跡のあまりのなさに愕然としたものだが…この厳島神社に辿り着き、ようやく「清盛の存在した証拠」を実感。これこそ唯一にして最大の清盛の夢の跡だという感慨を深くする。

今回ここで清盛公への奉納コンサート…などという話が出て、一瞬「舞台にグランドピアノを乗せて舘野泉さんが海に向かって清盛のテーマ弾いたら面白いだろうな」と妄想したのだが、「底が抜けますよ」と言われて我に返る。確かに、上は空で、板一枚下は海。建物は世界遺産。天候も含めて「神のご加護」がなければ無理な話だ。

Butaiただ神社の構造をよく見ると、海にせり出した舞台の左右に屋根付きの小さな楽房がある。西洋風に言うならオーケストラピットだ。ここで雅楽の楽器を演奏し、真ん中にある髙舞台で右方左方の対の舞楽をちゃんと舞えるようになっている。ということは室内オペラなら上演可能か…と不遜なことを考えるが、ここで「おごれる人もひさしからず」などと歌ったら清盛公に怒られそうだし。

«レッドシンフォニー@出演