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    作曲は鳥のごとく》(春秋社)自らの作曲家生活を綴った独学の音楽史@2013年3月刊
    《調性で読み解くクラシック》(ヤマハ)調性および音楽の謎を楽理・楽器・科学・歴史から読み解く文庫版入門書。
  • ブラボー!オーケストラ
    ・NHK-FM 毎週日曜日19:20~20:20放送。毎月第1-2日曜日(+α)東京枠解説担当。
    ・12月10日/24日

2017年12月 2日 (土)

遠くからの3つの歌@長谷川陽子リサイタル

Yhas2017長谷川陽子さんのチェロリサイタル@浜離宮朝日ホールで〈遠くからの3つの歌〉初演(ピアノ:青柳晋さん)。

デビュー30周年記念の委嘱作で「カッチーニのアヴェマリア」「アメイジンググレイス」「ふるさと」の編曲3題。各4分ほどなので、アンコールピース的な仕様。

「遠くから」聞こえてくると言うのは「この世ではない」歌ということでもあり、「アメイジンググレイス」は9.11、「ふるさと」は3.11の記憶でもある。

…のだが、それは決して追悼の歌ではない。陽子さんのチェロはそれら全てを包み込み、ほのかに暖かく世界を照らす「陽」のように歌う。

楽譜はASKS.orchより近日中に供給予定。

2017年11月27日 (月)

紅葉の効用

Atami171127_2気分転換に電車に乗って紅葉を見に行く。

木々の葉が赤く色づいている…というだけのことなのだが、心に何かの「気」が染み込んでゆく感じがする不思議な空間が広がる。

赤い半透明の葉が細かくちりちりと宝石のように青空に煌めく様を見ていると、どうしても音符がビッシリ書き込まれたオーケストラのスコアを思い出してしまうのだが…このあたりは完全に職業病。

おかげで、家に戻ってから(60/70年代頃の音符びっしりスコアの)現代オーケストラ作品を聴きまくることになった(笑
 

2017年11月22日 (水)

ショパンの歌・大地の心

ChopinsFM「ブラボー!オーケストラ」12月分1本の収録にNHK405スタジオへ。

今回は12月10日(日)放送分で、ショパン:ピアノ協奏曲第1番(p:遠藤郁子)ほか。演奏は円光寺雅彦指揮札幌交響楽団。(2017年6月24日札幌交響楽団名曲コンサート「大地のショパン」@Kitaraより)

七十代を迎えられた大御所ピアニストのショパン。しかも通常40分ほどの曲を46分近く かけて演奏している…と聞いて失礼ながら(誠に失礼ながら)最初は微かに不安を感じたのだが、一音一音を慈しむような美しい演奏に感動。普通は「経過句」のような技巧的部分はアクセルをふかして弾き飛ばしてしまうのだが、「そんなに急いでどうするの」とばかりに丁寧に音を紡いでゆく。

演奏家は「楽譜を正確に音にする」のではなく、「楽譜の向こうにある音楽を音にする」のだと改めて感じさせてくれた演奏だった。

ちなみにコンサートのタイトル「大地のショパン」というのは、曲目がチェコ(ドヴォルザーク)に始まってポーランド(ショパン)〜ロシア(ムソルグスキー)〜中央アジア(ハチャトリアン〜ボロディン)というように西から東に大地を俯瞰する並びになっていることからの命名のようだ。演奏された「札幌」(ピアニストの出身地でもある)を起点に大地の記憶を遡ってゆくと、ショパンに達する…というなかなか素敵なヴィジョンである。

2017年11月18日 (土)

音楽とねこ@音楽の友12月号

Ontomocat音楽の友12月号「音楽とねこ」に取材記事掲載。ねこ好きの音楽家に(親バカならぬ)「ねこバカ」話を聞くというシリーズ(笑。

同じくねこ好きの須川展也夫妻のところから回ってきた話のようで、美奈子サン山口多嘉子サンの「パドゥシャ」コンビに曲を書いたときなど、3時間の打合せのうち2時間45分がネコの話になったほど。

ただし私自身は「ねこ好き」というわけではなく、ここ50年近くなぜかずっとねこと同居し続けているだけ…(それを「ねこ好き」というのだと言われればそれまでだが)。

Sense_2 というわけで、最近はすっかり音楽界から足を洗い、縁側でねこと日向ぼっこする日々。

2017年11月13日 (月)

回想のピアノ三重奏曲

Triosample押し入れの奥に堆積している古い楽譜やテープを整理しているうち、高校3年(17歳)の時に書いた〈ピアノ三重奏曲〉の楽譜を掘り当てた。

1970年秋に高校の学園祭で学友たちによって初演された全4楽章20分ほどの曲。ピアノ独奏の短いPrelude、3つの楽器がゆっくり絡んで行くFuga、変拍子炸裂のScherzo、全曲の半分以上を占めるPassacagliaからなる。

50年近く昔のもので紙が変色しかけていたので、現在Finaleに入力中。当時、ショスタコーヴィチのピアノ五重奏曲や弦楽四重奏曲に心酔していたので、書式はショスタコーヴィチ風、ハーモニーはドビュッシー・ラヴェル風といったところか。現代音楽的な書法は使わず、音楽はロマンチックというよりセンチメンタルに寄っている。

…というのも、元々この曲はとある女性に聞いてもらいたくて書いた「初恋の曲」。そして結局その夢は叶わず(聞いて貰えずに)終わった「挫折の曲」でもあるからだ。(私の挫折多き人生はこの曲から始まったのだなぁ…と思うと感慨深いものがあるけれど)

要するに、高校の時に書いたラブレターが出て来たみたいなもので、嬉しさ半分恥ずかしさ半分で聴き直してみると、まぁ、切ない&可愛い事この上ない。私の作風のベタにロマンチックでセンチメンタルな部分はこの曲が発祥なのだと思い知った(笑。ただし、十代のガラスの心が書かせたもので、大人になったらこんな音楽は絶対書けないし書かない(…などと言いながら、結構書いてきたような気もするが)

当然、楽譜は燃してしまうつもり。…聞かせたかった相手に聞かせられなかった曲だから、もはや誰にも聞かせるつもりはない。…と言いながら、しっかりFinale入力しているあたりに未練がましい男心が見え隠れしている(笑。

2017年11月 6日 (月)

ブラームスと定年

BrahmsjFM「ブラボー!オーケストラ」の収録にNHK504スタジオへ。

今回は11月12日(日)放送分で、ブラームス交響曲第4番。渡邊一正指揮東京フィル(6月14日第110回オペラシティ定期より)およびグリンカ「幻想ワルツ」(指揮プレトニョフ@10月23日第898回サントリー定期より)

ブラームス晩年の憂愁感漂う第4番……と言っても、51-2歳頃の作品。人生80年90年の現代では50歳で「晩年」はないが、「人間五十年」の時代には充分晩年感があったのだろう。(ちなみにブラームスは享年63。第4番を書いたあと10年の余生がある)

そう言えば、人間は神様から定年50歳(肉体の使用期限が50年)と定められている…とどこかで聞いた憶えがある。生物学的に「恋愛して(生殖活動をして)」「子供を産む(子孫を残す)」という環に参加出来なくなった時点が、その生物にとっての「定年」だとすれば、そこそこ妥当な線のような気がしないでもない。ブラームス先生が第4番を書いている頃に感じたのも、そういう「50歳の壁」だったのかも知れない。

ただし、そういうコトが出来なくなったことでがっくり老け込む人もいれば、そういうコトから解放されて自由かつ元気になる人もいる。「晩年」に枯れる人もいれば、逆に燃える人もいるのはそのせいだろうか。個人的には、歳取ったら普通に枯れて最後は透明になって消える…というのが理想なのだが…サテ、そろそろ

2017年10月31日 (火)

Halloween?

Halloween2

2017年10月25日 (水)

英雄・受難・亡き子

HaydnbeethovenmahlerFM「ブラボー!オーケストラ」の収録にNHK401スタジオへ。

10月29日(日)放送分は、ベートーヴェン交響曲第3番〈英雄〉。ミョンフン指揮東京フィル(9月16日第61回響の森クラシックシリーズより)

11月5日(日)放送分は、ハイドン交響曲第49番〈受難〉およびマーラー〈亡き子をしのぶ歌〉(MS:小野美咲)プレトニョフ指揮東京フィル(10月18日第113回東京オペラシティ定期より)

No3今回、ちょっと妙なところに注目してしまったのが、ベートーヴェン〈英雄〉の「3づくし」な点。3番目の交響曲、調性は音階の3番目の音「Mi♭(Es)」の調、当然♭が3つ。(しかも1・3・4楽章が変ホ長調、2楽章がハ短調なので、楽譜は全楽章♭3つ)。主人公はEs管のホルン(しかも3本)、EroicaSymphonyと綴ると頭文字は「ES」。音楽の三和音、フランス革命の三色旗(自由・博愛・平等)に通ずるのだろうか。

Fm こんな「3づくし」みたいな算数的凝り方はベートーヴェンっぽくないような気もしないでもないが、今回、師のハイドンの第49番〈受難〉のスコアを見て「さすが師弟!」と納得した。この曲、4楽章全部がヘ短調という妙な作りなのだが、ヘ短調はフラットが4つ。つまり全楽章で曲の始まりに必ず「十字架」が並ぶのだ(受難だけに!)。作曲家というのは時々こういうヘンなことをする(そう言う自分も心当たりがあるのだが)。

ちなみに「英雄」をナポレオンとするには、第2楽章に葬送行進曲というのは妙だと昔から思っていた。それだと後半2つの楽章は「おまけ」にしか聞こえないからだ。しかし「人は死して〈不滅の存在=英雄〉として生まれ変わる」という人間賛歌と捉えれば、再生後の後半2つの楽章の明るさが納得できる。
もしかしたら「英雄」というのは革命や自由のために死んだ無名の市民たちであり、この曲は(現世の英雄などと言うちっぽけなモノではなく)「神の手に抱かれて兄弟となった」彼ら(英雄=人間)を描いた、ある意味では第九の先駆けとなる壮大な作品なのかも知れない…。

Kindertotenという視点で最後に「亡き子をしのぶ歌」を聴くと…何だか色々と儚さや切なさや透明な哀しみがひたひたと大気に広がってゆくのを感じる。

始まった音楽はいつか必ず終わる。でも、新しい音楽がまたどこかで始まる。同じように、人は生まれ、いつか死ぬ。でも、どこかでまた新たな人が新たな夢を抱いて生まれてくる。そうして世界は遙かな未来へ歪んだ夢のように繋がってゆく。

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