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2006/04/10

ショスタコーヴィチ/交響曲第10番に仕掛けられた暗号

Dmitri02_3 ショスタコーヴィチ10番目の交響曲は、1953年、独裁者スターリンが死去した年に、ソヴィエト連邦の「雪どけ」の風潮の中で生み落とされた。彼の15曲ある交響曲の中でもその完成度の高さと内容の深さでは一二を争う出来であり、最高傑作のひとつと言っても過言ではない。
 とは言え、「形式主義的」と批判された前作第9番から8年ぶりの挑戦であるこの交響曲について、彼自身は「ただ人間の感情や情熱と言ったものを表現したかったのだ」と語るにとどめている。
 しかし、この曲、実を言うと、その裏に一筋縄では行かない不思議な仕掛けと暗号が隠されているのだ。ここではその解読を試みてみよう。

◆リストの「ファウスト交響曲」との類似性
 全4楽章50分という大作であるこの交響曲、初演時から「リストの〈ファウスト交響曲〉に似ている」と指摘されてきた。しかし、そこから先に突っ込んだ解析が及ばなかったのは惜しい。なぜなら、この「ファウスト」こそは、この曲に仕掛けられた暗号を解く最大のキイワードなのだから。

 「ファウスト」はご存知のように、文豪ゲーテ畢生の大作と言うべき戯曲。老学者ファウスト博士が、悪魔メフィストフェレスに魂を売り渡すことと引き換えに若さを得て、さまざまな冒険と遍歴を経る物語である。原形となった古いファウスト伝説では、最後は契約通り悪魔に魂をとられて地獄へ行くのだが、ゲーテの作では永遠なる女性グレーチェンの霊に救済されて魂は天国へ行くハッピーエンドになっている。

 この題材に惹かれて作曲家フランツ・リストが「ファウスト交響曲」なる作品を作曲したのが1854年。ショスタコーヴィチが第10交響曲を発表するちょうど100年前(!)のことである。この曲は、3人の登場人物「ファウスト」「グレーチェン」「メフィスト」をそれぞれ性格的に描いた3つの楽章から出来ている。そして、最後に「永遠にして女性的なるものが、我らをはるか高きところへ導く」という終幕の合唱で終わる。リスト考案による単一楽章の「交響詩」をさらに拡大し、それゆえに「交響曲」と題された全3楽章で演奏時間1時間以上を要する意欲作である。

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 まず、単純にこの2作の第1楽章を比較してみよう。第10交響曲の冒頭のテーマ(譜例A)は確かに、低音弦で上行する3つの音がモチーフになっている点でファウストの主題(譜例B)似ている。そして、続く第2主題を見ると、フルートで登場する歪んだワルツ風の主題(譜例C)もまた、ファウスト交響曲で弦のアレグロで登場するテーマ(譜例D)と同じフォームを取っていることが分かる。つまり、「少なくともショスタコーヴィチの第10交響曲は、リストのファウスト交響曲を下敷きにして構想された」という推理は成り立ちそうなのだ。


 さらに突っ込んで、続く第2楽章を見てみよう。リストの作では第3楽章がスケルツォで「メフィスト」を表現しているが、ショスタコーヴィチの場合は第2楽章がアレグロで疾走する残忍でグロテスクなイメージ全開の「悪魔的スケルツォ」である。これでは「悪魔メフィスト」を連想するなという方がおかしい。

 しかも、この曲が1953年3月のスターリンの死の直後に構想され作曲されたことを考えれば、これが「社会主義リアリズムに魂を売り渡すことを常に要求し突きつけてきた悪魔」である「スターリン」であることは明らかだ。

 そう、この曲、第1楽章は「ファウスト」であるショスタコーヴィチ自身、第2楽章は「悪魔メフィスト」であるスターリンを描いているのである!

◆自己署名〈DSCH〉と謎のサイン〈EAEDA〉
 さて、ここまでファウスト交響曲としての性格を備えているとなると、もう一人の登場人物「グレーチェン」もどこかに隠れているのではないかと考えるのは当然だろう。

 ここで、この曲の第3楽章になって初めて登場する「レ・ミ♭・ド・シ」というモチーフ(譜例E)に注目してみよう。このモチーフはドイツ音名だと「D・S・C・H」。つまりDmitri SCHostakovitchの署名であるということは、今や特に彼のファンでなくとも有名な公然たる事実である。これが、第3楽章の前半におずおずと登場し、それに続いて不思議なモチーフが聞こえてくる。ホルンで演奏され、12回も繰り返され、しかもその間転調も変奏もされない奇妙な音型(譜例F)である。

 この音型、実音では「ミ・ラ・ミ・レ・ラ」、すなわち〈EAEDA〉である。転調しないのは、もちろんそれをやってしまうと音名が変わってしまうからに決まっている。とすれば、〈DSCH〉がショスタコーヴィチ自身の署名であると言うなら、この〈EAEDA〉もまた誰かの署名でないわけがない。
 そして、今までの流れから見て、それが「女性の名前」であることは、当然すぎるほど当然な推理の結果として導き出されるではないか。では、これは誰の名前なのか?

◆薔薇の名前はエリミーラ
 ここで、ショスタコーヴィチが「ファウスト」を主題に選んだ動機を探るべく、作曲当時の状況を俯瞰してみよう。

 彼は当時47歳。1932年26歳の時に結婚したニーナという奥さんがいる。結婚21年めで、この当時は病気がち。実際、第10交響曲を発表して1年後の1954年11月に病死している。そろそろ50歳という中年の年齢にさしかかり、作曲家としては名声を得たものの満たされない心のしこりを抱えた彼が、老ファウスト博士と同じく「若返ってもう一度人生を究めたい」と夢見ても不思議ではない。

 そんな時、スターリンが死んだ。彼が19歳のデビューの時から独裁者として君臨し、彼のオペラを「あんな音楽はクズだ!」と批判し、ろくに芸術もわからないくせに「社会主義リアリズム」などという奇妙な思潮を押し付けてきた「悪魔」の死である。

 そこで回りを見回してみれば、レニングラード音楽院で作曲科の教授をしている関係で、彼の回りには女子学生も含めた若い女性たちが少なからずいる。やがてショスタコーヴィチは、その中に自分を救済してくれるかも知れない一人のグレーチェンを見出したのに違いない。

 実際、作曲科に在籍していた唯一の女性ガリーナ・ウストヴォルスカヤ(当時34歳)とは交流があり、彼が第10番の前年に書き上げた第5弦楽四重奏曲(1952)には、この若き女性作曲家のピアノ三重奏曲(1949)のフィナーレの主題が登場する。ただ、この曲自体は彼女に捧げられたものではなく、ベートーヴェン弦楽四重奏団の創立30周年記念に書かれたものなのだから、ショスタコーヴィチも人が悪い。

 しかし、この〈EAEDA〉、彼女ではない。音楽史をひも解いてみれば、シューマンは若いころ「謝肉祭」というピアノ曲で恋人エルスティーネの生まれた村の名前(アッシュ:ASCH)を音名として組み込んで遊んでいるし、アルバン・ベルクも「抒情組曲」で秘密の愛人ハンナと自分のイニシャル(H.FとA.B)をまるで相合い傘のように曲のあちこちに刷り込んでいる。


 そのあたりの前例も元に、彼の相手を推理してみよう。条件に当てはまるのは、名前の頭文字が〈E〉であり、移調楽器ホルンが奏する音型を聴き取れる程度の絶対音感があること。テーマ自体はシンプルなので、ソルフェージュとしては初歩でもOK。となると、音楽院の学生ないしは音楽に素養のある人物で、彼と交点のある若い女性…。Elimira いたいた。エリミーラ・ナジーロワだ。アゼルバイジャン出身の作曲家でありピアニスト。当時25歳。レニングラード音楽院でショスタコーヴィチにレッスンを受け、その後も何回か手紙を交わしている。


 これを元に暗号を解読してみよう。〈EAEDA〉の真ん中の3文字をイタリア音名にするのだ。すると〈E・La・Mi・Re・A〉。なんと〈エリミーラ〉という名前が浮かび上がってくるではないか!

◆奇妙な二重人格と悲しき二重構造
 ただし、このホルンによる〈EAEDA〉の暗号、単なるおちゃめな愛のメッセージではない。マーラーの交響曲「大地の歌」冒頭のホルンのテーマ〈EAEDEAE〉(譜例:G)とも呼応していることを考えると、「交響曲を9つ書くと死ぬ」というベートーヴェン以来のジンクスに対する「不吉さ」も二重構造として組み込まれていることに気付くからだ。この第10番が全体的に悲劇的なトーンを帯び、かつ終幕の「救済の合唱」が存在せず、どこか空虚な空騒ぎを感じさせる第4楽章(フィナーレ)がくっついているのもその不吉さゆえだろう。

 ショスタコーヴィチという名のファウストは、「永遠にして女性的なるもの」を求める気持ちからこの暗号に満ちた二重構造の交響曲を書いた。しかし、彼にはそれが「魂を救う」とはどうしても思えなかった。それもまた(悲しいことに)、この作品を聴くと痛いほど分かるのだ。

◇近々の上演予定:2006年5月23日(火)、フェドセーエフ指揮モスクワ放送交響楽団。サントリー・ホール。

        * * *

Ds10 ■参考CDとしては、カラヤン=ベルリン・フィルのもの(1981年録音)を挙げておこう。ソヴィエト臭のない、究極の美音オーケストラ=ベルリン・フィルの描く「ファウスト=ショスタコーヴィチ」は、壮大なドラマの奥のプライヴェートな仕掛けを聴くのにうってつけ。ショスタコーヴィチというと第5番ばかりがもてはやされていた時代に、「なぜ10番?」という興味もそそる一枚。

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