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2006/06/10

ドン・ジョバンニ殺人事件(解決編)

T16352mnctb さて、いよいよドン・ジョバンニ殺人事件の真相を語ることにしよう。
 (前編を読んでいない方は、まず、そちらからお読み下さい)

 ダ・ポンテ脚本、モーツァルト作曲の歌劇「ドン・ジョバンニ」で、主人公ドン・ジョバンニは、騎士長の亡霊に「地獄へ連れて行かれる」という結末を迎える。
 しかし、現実的に考えた場合、(例えば、警察の捜査が入った場合)そんな証言は誰も信じやしない。非科学的とか科学的とか言う前に、「そんなことはありえない」のである。

 それでも、ドン・ジョバンニ氏が彼の屋敷から消えた…ということは事実であり、それが殺人だとすると、どこかに彼を殺害した「生身の人間」の真犯人がいることになる。それは誰か?

 前回挙げた容疑者のリストを考えてみた場合、それぞれの人物に殺害の動機はあるものの、現実的に石像の亡霊を用意して被害者の地獄落ちを演出することを考えた場合、どうみても単独犯による犯行は難しいように思われる。

3nin となると、もっとも考えられるのは、令嬢ドンナ・アンナ、その許嫁ドン・オッターヴィオ、そしてジョバンニの正妻ドンナ・エルヴィーラ、という3人による共謀説である。
 確かに、この3人が共謀するなら、女ひとり、あるいは単なる許嫁者では実行不可能なことが、共同作業によって実現出来る可能性がある。

 それに、何より殺害に〈石像〉が使用されている理由が分かる。これは「騎士長の死への報復」であるということが明確に出来るからだ。
 そして、加害者が騎士長に扮している以上、騎士長の家の者が共犯である可能性が高いことも確かだ。なにしろ、騎士長の鎧から兜から剣から、すべて揃っている筈なのだから。

 ということは、石像のコスチュームなどの調達はドンナ・アンナの役、そして石像に扮するのはドン・オッターヴィオの役、最後にジョバンニ邸で仕掛けとタイミングを謀るのがドンナ・エルヴィーラの役・・・ということになるだろうか。確かに、こういう分担を考えれば、彼らがドン・ジョバンニ謀殺事件の真犯人の可能性もなくはない。

 しかし、騎士長すら剣で倒した腕前の、しかも亡霊や地獄などまったく信じていないドン・ジョバンニである。石像の亡霊が出て来たくらいでは、死にはしない。
 それに、従者レポレロを初め、屋敷の召使いたちも、主人が地獄に堕ちて死んだ…と信じるような「出来事」を、当のジョバンニ邸で、主人に気付かれず演出するようなことが可能なのか?

 その点を考えると、この3人が共謀だとしても、地獄落ち殺人を当のジョバンニ邸で実現させるのは不可能であると考えざるを得ない。

 騎士長の亡霊に招待されて、ドン・ジョバンニが騎士長邸に行って被害に遭ったのなら、この3人の共謀説は有効である。それなら、屋敷に仕掛けを施しておいて、毒でも紛れ込ませ、召使いたちに死体を処理させればいいのだから。

 しかし、現実には、騎士長の亡霊の方がドン・ジョバンニ邸にやって来て、ジョバンニは自分の屋敷で被害に遭っているのである。そこで殺害を実行させるためには、ドン・ジョバンニ邸のすべての召使いたちや従者たちが共犯である必要が出て来る。さすがに、それはあり得ない。

 ◆死体なき殺人事件

 というわけで、事件は振り出しに戻ってしまったかのように見える。しかし、もう一度事件の原点に立ち戻れば、今まで気付かなかったきわめて重要な事実に思い至る。それは、ドン・ジョバンニが〈地獄に連れ去られた〉…という証言である。
 これは、何を意味するか? 
 これは重要なポイントである。そうなのだ。どうしてこんな単純なことに220年以上も誰も気がつかなかったのだろう! この事件には〈死体〉がないのである。

 色々な悪行を行なってきた彼が、なにやら騒ぎがあって自分の屋敷から姿を消した。しかも、死体がなく、姿を消しただけなのだ。常識で考えれば、「奴はどこに逃げ失せたんだ?」と考えて、捜索を始めるのが普通だろう。
 ところが、ドンナ・エルヴィーラが目撃し、従者レポレロが証言した石像との一件があるために、死体がなくとも彼は〈地獄に行ったのだ〉という了解がすべての登場人物の間に起こった。そして、死体がないにもかかわらず、誰もが彼は殺害されたと信じたのである。

 そう考えてゆくと、真実が少しずつ見えてくる。ドン・ジョバンニは〈姿を消した〉。しかし、〈殺害された〉と信じるに足る証拠はないのである。

 このことに気付くと、事件の様相は一変する。殺人事件と捉えた場合は、彼に恨みを持つものは誰か? 彼を殺して得をする者は誰か? その時点でのアリバイがない者は誰か? という視点で犯人が特定される。
 しかし、そもそもこれが殺人事件などではなく、ドン・ジョバンニという人間を「死んだと思わせる」ために仕組まれた騒動、もしくは演じられた一芝居なのだ、と捉えれば、おのずからその首謀者が特定出来る。
 彼ドン・ジョバンニが死んだと思われて姿を消すことで得をする人物は誰か?。これはもう、改めて言うまでもない。ドン・ジョバンニその人しかいないではないか!

Dongio_2 では、なぜ死んだと思わせて姿を消す必要があったのか?
 自分を消滅させる大芝居を売った動機は何か?

 それこそが、最初の騎士長殺人事件である。彼はそれまで好き勝手に世界中の女を抱いてきたが、ふとしたいきがかりで知己のある騎士長を殺害してしまった。そのこと自体は、当時仮面をかぶっていたこともあり公には事件にされてないが、前回に容疑者の項で論証したようにドンナ・アンナは真相を知っている。

 しかも、その一件以来、彼のまわりには不信の目が向けられるようになった。村娘の一件を巡って村人たちが彼を「悪党」呼ばわりし襲撃しようとする不穏な動きもある。これ以上、屋敷のある領地にとどまっていても、自由な行動はとれそうもない。それならいっそのこと、この悪名とトラブルとを全てドン・ジョバンニの名と共に闇に葬ってしまい、新たにどこかで違う人生を楽しもう…と考えても不思議はない。

 かくして、ドン・ジョバンニは自分自身を「騎士長の亡霊に殺された」という(彼の敵対者たちの喜びそうな)因果応報の形で、この地から消滅させることにした。

 つまり、
 このドン・ジョバンニ殺人事件の真犯人は、
 ドン・ジョバンニその人なのである。

 ◆事件の真相

 この一連の事件の真相はこういうことになる。

Dg01_1 今まで2000人もの女を口説いてきた希代の色事師ドン・ジョバンニも、ドンナ・アンナの件で初めて手痛い失態を演じた。別れ際に声を挙げられて騒がれ、その結果、知人でもある騎士長を弾みとは言え刺し殺すという凶行を演じてしまったのである。
 女性とのトラブルで悪名を轟かせても、それは貴族という特権階級の彼にとっては単なるモラルの問題である。誰にもとやかく言われることはない。
 しかし、いかに決闘の結果とは言えさすがに「殺人」となると話が違う。これは彼にとって重大な失策だったのである。

 彼はモラルや束縛から自由なエピュキリアン(享楽主義者)であり、愛や情欲などという束縛からも無縁な〈自由人〉である。それゆえに、女性を愛する…という一点に行動のすべてが収斂されている。
 彼は道徳を破壊しようと思っているわけではない。彼の女性の愛し方が、世の中の道徳観念からも、そして相手の女性の感情からも遊離しているだけであって、彼は〈悪業〉を行っているつもりは毛頭ない。彼の行動は常に自己の欲望に正直であり合理的なのである。

Zelr しかし、騎士長の殺人をきっかけに、彼の評価に〈悪人〉という視点が加わった。いかに貴族としての特権があろうとも、殺人となると世間の目はマイナス評価になる。これは、自由人としての彼の行動を束縛するきわめて危険な要素である。
 それゆえ、事件の直後にも村娘ツェルリーナを口説き、相変わらず平気な顔をして色事は続けているようでいて、実は心の中では「このままではまずい」「なんとかしなければ」と考え始めたに違いないのだ。
 (実際、1幕の最後では「オレの頭の中は混乱している。嵐がオレを脅かす。何をどうするべきだろう? でも、オレは負けない」などと独白している)

 ここに至って彼ドン・ジョバンニは、殺人事件の犯人という汚名が着せられたかの地を離れ、不穏な動きがある農夫たちとしつこく追いかけてくるドンナ・エルヴィーラから逃れ、彼の蛮行を知らない地に逃れて新たに出直すことを、大きな目標と考えるようになったのである。

 そこで思い付いたのが、騎士長の亡霊に殺され、地獄に連れ去られる…という筋書きである。その筋書きを信じさせることが出来れば、自分がどこかに姿を消しても、ドン・ジョバンニはその悪業の因果応報で地獄に連れ去られたのだ、と言うことになり、その後の事件の追及も、死体が存在しないことも、誰も不審に思わない。まさに、一石二鳥の名案である。

 そして、犯行現場は、これはもう彼の屋敷しかない。なにしろ亡霊が出て来て、地獄のフタが開き、そこに引きずり込まれるのだ。それらしい仕掛けを作らなければならない。そして、その後は気付かれることなく逃走しなければならないのだ。そのための抜け道も必要だ。自分の屋敷以外のどこでそんな大仕掛けが出来よう?

Repor この計画には(彼に金魚のフンのように付いて回っている)従者レポレロが大きく関わることになるが、彼は、共犯には出来ない。なぜなら、彼は臆病で気の弱い男なので、主人が出奔した後いつ本当のことを吐いてしまうか分からないからだ。彼はこの計画の共犯者とするにはあまりに信頼性に欠ける。
 しかし、一方で、彼が石像についてしゃべってくれなければ、そして、彼の証言が真実味を帯びてくれなければ、この失踪劇は成功しないのも事実である。彼には、なるべく大仰に、かつ迫真力を持って、亡霊の存在と地獄行の件を説得力を持って話してもらう必要がある。

 その点では、逆に彼の臆病さと気の弱さが利用出来る。なにしろ幽霊や地獄を信じ、作り物の石像の亡霊や、舞台装置の地獄の炎に大げさに脅えてくれる男が必要なのだ。それにはこんな最適な人物はいない。
 つまり、彼には〈石像〉の存在と〈ジョバンニ旦那は地獄へ行った〉という2点を本気で信じてもらい、みんなにそれを迫真の口調で証言してくれれば、それでいい。計画を打ち明ける必要はないのである。

 とは言え、ドン・ジョバンニが単独でこの計画を行ったと考えるのはさすがに無理がある。少なくとも、石像を演じる共犯者が一人、必要になるからだ。
 そこで、ドン・ジョバンニはある人物と手を組んだ。そして、その共犯者に、騎士長の石像が夜会への招待を受けたかのように演じさせ、さらに騎士長の姿となって夜会に現われ、ドン・ジョバンニを連れ去る芝居を演じさせたわけである。

Ottavio_1 ◆共犯者の存在

 では、次に、その共犯者を推理してみよう。
 もちろん単純に、彼の召使いのひとり…と考えることも出来るし、屋敷に仕掛けを作ったことを考えれば何人かが報酬を貰って加担していただろうことは充分ありえる。ただし、上記の理由で従者レポレロは除外される。

 また、石像のコスチュームの調達はドン・ジョバンニ側で行い、声色もジョバンニの腹話術で行ったとすれば、共犯者が女性である可能性もゼロではない。ただし、ジョバンニの妻だと言い張るドンナ・エルヴィーラは、石像と直接遭遇し、その後逃走しているから除外される。

 しかし、騎士長という名家の墓に建立された石像に何らかの細工が出来、騎士長と見まがうような鎧や剣を身にまとうということが出来、登場するだけで威圧感を与える大柄な体格を持った人間…というような必要条件から推理してゆくと、おのずから条件は狭まってくる。

 すべての条件にかなう共犯の容疑者は、ドンナ・アンナの許嫁ドン・オッターヴィオしかいないのだ。

 彼は許嫁ドンナ・アンナをジョバンニに寝取られたことについては恨み骨髄だが、騎士長すら剣でかなわなかったジョバンニを坊ちゃん育ちの彼が成敗出来るわけもない。
 しかし、ジョバンニがさしあたり目の前から消えてくれれば、彼にまだ未練がありそうな婚約者もあきらめて結婚に応じてくれるだろうし、騎士長亡き後の屋敷と財産を手に入れることが出来る。この件で一番利益を得られるのは彼なのだ。

 もちろん彼は、婚約者から事件の次第を聞いた後、憤慨して「しかるべきところに訴える」と主張し、実際に最後の場面では司法官を連れてきている。しかし、司法官がドン・ジョバンニの罪状を認めて罰則を与えるにしても、そんな生ぬるい復讐で父親を殺されたドンナ・アンナの心が癒される筈もなく、逆に密通した夜の一件が明るみに出れば、婚約は破談になりかねない。
 訴えても、何の利益もないどころか、人の力(法)に頼る〈軟弱な男〉というマイナス評価しか得られないのだ。

 ゆえに、ドン・ジョバンニから計画を打ち明けられれば彼なら乗るはずだ。自分の手では成敗出来ない相手を、超自然的な存在が自分に代わって成敗してくれる。これなら婚約者に対しても面目が立つし、ジョバンニがこの世からいなくなった…という現実を突きつければ婚約者の心も自分に向く。両者の利害は一致するのである。

Commendatore01 いや、それよりなにより騎士長の石像になにか細工をするなら、この家に出入り出来る許嫁である彼こそがもっとも適任ではないか。農夫のマゼットや女のドンナ・アンナ、ツェルリーナには、石像に扮することも細工をすることも不可能だ。

 では、共犯者が彼だとして、ドン・ジョバンニとの共犯の謀議はどの時点で行なわれたのか?
 それは、まさに彼が「しかるべきところに訴える!」と言い放った時点だ。それまで、許嫁のドンナ・アンナや共同戦線を張っているエルヴィーラたちと団体行動をしていた彼が、ここで初めて「みなさん、ここで待っていて下さい。私がしかるべき所に訴えてきます!」と主張して単独行動をとっているのだ。

 そして、そのしばらく後の場面で、騎士長の石像がドン・ジョバンニに話しかける…という奇妙な出来事が起きるわけなのだが、注目すべきは、その次の場面でドン・オッターヴィオが婚約者ドンナ・アンナに向かって「ご安心下さい。明日にでも、復讐は果たされるでしょう」と発言していることだ。この時点で、彼には、これから後に起こる事件の概要を知っていたことになる。

 しかも、事件の直後、ドン・ジョバンニが亡霊に引かれて地獄に堕ちた…とレポレロが言った時、そこにいた登場人物たちと一緒になって即座に「それは亡霊の仕業だ」と納得し、さらに「天が復讐を果たしてくれたのだ」と言い切っている点にも注目したい。
 なにしろ彼は、登場人物の中でもっともカタブツで公務員的な、剣による復讐よりも法の裁きの方を優先するような現実主義者なのである。それが、幽霊とか地獄とかいう夢物語を疑いもなく信じるのは、あまりにも不自然だ。
 常識的に考えれば、もっとも強硬に「そんなバカな話が信じられるか!」「奴はどこに失せたのだ?」とレポレロを問い詰めるべき人物の筈である。

 それなのに、彼はあっさりと、かつ率先してレポレロが言う〈騎士長の亡霊〉を認めてしまう。その不自然な言動の理由はひとつしかない。
 要するに、彼としては他の登場人物たちに、この騒動が単に「ドン・ジョバンニの失踪」にすぎないことに気付かせたくなかった。だから、「死体がないじゃないか!」とか「本当に死んだのだろうか?」とかいう疑惑を覚える前に、とにかく「彼は死んだ」ということにしてしまいたかったのだ。
 この発言は、彼の共犯を裏付ける重要な証拠と言うべきだろう。

 そして、「天が復讐を果たしてくれたのだから、晴れて結婚しましょう」とドンナ・アンナに迫る。彼女が、父親の喪に服すため1年の猶予を乞うたのにも、「愛してますから、待ちますよ」と余裕で答え、誠実さをアピールしている。

 かくして彼は、ドン・ジョバンニの共犯者として彼の失踪に手を貸し、そのかわりに婚約者とその屋敷と財産を手にしたのである。

・・・・・・・ 蛇足 ・・・・・・・

◆ドン・ジョバンニのその後の足取り
 
 さて、これで、このドン・ジョバンニ殺人事件の全容が明らかになった。 
 彼ドン・ジョバンニは、地獄の劫火の仕掛けを作った数名の従者と共に、屋敷内の抜け道から外部へ逃亡したのである。事情を知らない大部分の召使いたちは、レポレロともども「主人は地獄へ堕ちた」と信じたことだろう。

 この件でドン・ジョバンニは住み慣れた屋敷を捨てることになったけれど、充分な財産は持って逃げたことだろうし、世界中に馴染みの女性が山といるのだ。生活に困ることはない。
 残された召使いたちも、屋敷を処分すれば路頭に迷うことはないし、レポレロのように、新たな主人を見つければいいだけのことだ。すべてが丸く収まって、ハッピーエンドと言ってもいいかも知れない(笑)。
 
 しかし、ここまで推理してくると、これほど奇怪な失踪劇を演じてまで姿を消した当のドン・ジョバンニ氏が、一体その後どこへ行ったのか?そしてどういう新たな人生を歩んだのか?ちょっと気になることも確かだ。

 その後の足取りが全く掴めない点から考えるに、スペイン近辺に潜伏しているとは思えないから、はるか遠い異国に逃れたと考えるのが妥当だろう。ドンナ・アンナの件での失敗と過失による殺人は、彼を希代の色事師から足を洗うきっかけにさせた。ただし、彼の独特な人生哲学や、女性をはべらせる天性の才能、希代の行動性を考えると、そのまま人生を引退したとは考えにくい。

 そう考えると、例えば、女性を口説くその弁舌の爽やかさ豊かさと、性に関する見事にして享楽的な思想、さまざまな国を巡りさまざまなトラブルを逃れてきた人生経験、そういったものを武器にして異国の地で宗教を起こし、その教祖として思想と哲学を語り、女性をはべらせ、勢力を広く広げるような事業を始めたのではないか?と想像しても無理はないのではないように思われる。

Zauberflote1_ 例えば、エジプトあたりに逃れて、そこで火を信仰するゾロアスター教の神殿でも打ち立て、名前も〈ザラストロ〉とでも改名したとしたら?。そう言えば、GIOVANNIという名とSARASTROという名は共に8文字。そこに何らかのアナグラム(文字を入れ替える暗号)が仕掛けられている可能性もありそうだ。そう。彼こそ、誰あろう「魔笛」の世界に君臨する神官である。

 そして、天網恢々疎にして漏らさず…と言う通り、当然ながらこのジョバンニ失踪の真実に気付いた人物もいたに違いない。例えば、ドンナ・エルヴィーラ。彼女などは、さしあたり、「亡霊に殺された、なんて言われても、あたしは信じないわ!」とばかりに、彼の失踪先を自分の足で突き詰めた可能性もある。
 そう言えば、賢人であるはずの神官ザラストロに、よく理由の分からない復讐心を燃やす女性がいたことに思い当たる。そう、夜の女王だ。彼女こそ、修道院にいったはずのドンナ・エルヴィーラその人ではなのではないだろうか?

 となると、彼女の娘であり神殿に拉致された王女パミーナは、実はドン・ジョバンニの娘…ということになる!。彼女は、ジョバンニの子を宿していたからこそ、あれだけ執拗に彼を追いかけていたのだ。

Diezauberflote1 そう考えると、ザラストロ(実はドン・ジョバンニ)が実の娘パミーナを、夜の女王(実はドンナ・エルヴィーラ)の手から拉致した理由も納得出来る。彼はパミーナが実の娘だと言うことを知り、ヒステリックで嫉妬深いエルヴィーラの元から取り戻したのだ。

 だとすると、夜の女王が「亡き夫の仇」という言い方でザラストロを憎む理由も分かる。なにしろザラストロこそ、彼女から逃げるためにドン・ジョバンニをこの世から抹殺した当人なのだから。
 さらに、拉致されたにもかかわらず、娘パミーノがザラストロをあくまでも「いい人だ」と主張する理由も解ける。そう。なにしろ実の父なのだから。

 この推理を持って全体を眺めて見ると、初めて、「魔笛」という矛盾だらけのストーリーと人間関係が、ひとつの輪を結ぶことが分かる。「魔笛」は「ドン・ジョバンニ」の後日談だったのである!。
 かくして、王女パミーナを救い出しに来る王子タミーノの吹く魔法の笛と、お供の鳥刺しパパゲーノの歌が聴こえ、舞台は新たな世界へと転換してゆく。

 ここに、ドン・ジョバンニ殺人事件は迷宮の彼方に消え去り、
 モーツァルト最後のオペラ「魔笛」の幕が開くわけである。



・・・・・この話は、もちろんすべてフィクションです。念のため・・・・・


 ◇歌劇「ドン・ジョバンニ」、近々の上演予定
 2006年6月17日・20日・23日、メトロポリタン・オペラ。東京文化会館。
 2006年9月30日、10月8日、錦織健プロデュース・オペラ。東京文化会館。

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