木管楽器の楽しみ
受験期真っ只中の中学3年の冬に突然クラシック音楽に目覚め、それを乗り越えてようやく高校(日吉にある慶応義塾高等学校)に入学したところ、部活でオーケストラがあると知り、後先も考えず一も二もなく入部してしまったのが始まりである。
しかし、ピアノはちょっと弾けるものの、よく考えてみればオーケストラの楽器で弾けるものなどない。フルートは父親が吹いているから楽器に触ったことはあるが、かと言って吹けるわけではない。などと悩んでいると「それなら、ちょうどファゴットのパートが卒業していなくなったから、それを吹いたら?」とあっさり言われ、学校の備品である古いファゴットを借りて吹くことになった。楽器との出会いなんて、そんなものかも知れない。
ファゴットという楽器のことは、もちろんレコードやスコアによって〈頭の中では〉知っていた。とは言っても、プロコフィエフの「ピーターと狼」でお爺さんのキャラクターを吹く楽器であり、ストラヴィンスキーの「春の祭典」で冒頭の甲高い音を出す楽器…という程度。実際に楽器を見るのも触れるのも初めてなら、分解して折り畳めるなどということも初めて知ったほどである。
結局、楽器はしばらく学校から借り、「自分のリードは自分で買わないといけない」と言われて、運指表だけが載ったペラペラの教則本と一緒に銀座のヤマハで手に入れた。それが、この楽器との付き合いの最初である。
驚いたのは、入部して最初に渡された楽譜が、いきなりショスタコーヴィチの交響曲第5番だったこと。その頃ショスタコーヴィチなどという作曲家を知っていたのは3年生の部長指揮者と私くらいのものだったのだが、それを10月の学園祭で演奏するというので(ショスタコ・マニアとしては)ちょっとワクワクした。もちろん1番ファゴットは大学に進んだ先輩が吹き、こちらは2番ファゴットだったのではあるが。
メインのこの曲のほかにも、合宿などでは(先輩たちの思い付きで)色々な曲を練習することになった。ベートーヴェンの交響曲第8番、メンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」、スメタナの「モルダウ」、ボロディンの「ダッタン人の踊り」などなど。ちなみに、パート譜は、ショスタコーヴィチを始めほとんど部員たちが分担してスコアから手書きで書き起こしたもの。単に右から左へパートを書き写せばいいというものではなく、かなりノウハウが要る作業だということも徐々に知ることになる。
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そのうち、ヴァイオリンやフルートやチェロやホルンなどから「室内楽をやらないか」と誘われるようになった。学園祭では講堂でのオーケストラ演奏のほかに、教室での室内楽発表会のようなものもやっていたので、いろいろ誘い合ってはアンサンブルも試みていたわけである。
フルートがうまい一人は、早速弦楽器を集めてモーツァルトのフルート四重奏曲(フルートと弦楽三重奏)にチャレンジしていたし、ホルンがうまい一人は何やらオペラのアリアをホルンにアレンジしたものや、モーツァルトのホルン五重奏曲(ホルンと弦楽四重奏)とかブラームスのホルン三重奏曲などを吹いていた。ホルンが加わる室内楽曲があろうとは、その時までまったく知らなかったのだが。
そんなくらいだから、ファゴットの入る室内楽などあるのかどうかなど知る由もない。モーツァルトに協奏曲はあるものの、ファゴットが主奏者となるような四重奏や五重奏は皆無。かろうじて木管五重奏(フルート、オーボエ、クラリネット、ホルン、ファゴット)があるくらいで、これは大学の先輩たちが吹いているのを耳にする機会があった。
ただし、この編成、弦楽器における「弦楽四重奏」のように完成度の高い組み合わせのように思えたが、意外とポピュラーに知られた名曲はない。ダンツィとかライヒャなど知らない名前の古典派かイベールやフランセあたりくらいしか見当たらないのだ(余談だが、後に大学に上がった時、ホルンの彼に触発されて「木管五重奏曲」というのを書いたのだが、楽譜はどこかに紛失してしまって今はもうない)。
それでも、近代現代以降になると幾分この楽器のために書かれた佳作も出現するようになる。例えばプーランクにはファゴットの入る楽しそうな室内楽が幾つかあって、これはちょっと興味をひかれた。例えば、ピアノとオーボエとファゴットによる三重奏曲(これは、なんと「のだめカンタービレ」の中に出て来る!)、木管五重奏とピアノによる六重奏曲。そして、クラリネットとファゴットによる二重奏ソナタなどというのもあったと記憶している。
そこまでマニアックにならないファゴットを含む室内楽曲としては、少し大きな編成になるがベートーヴェンの「七重奏曲」とシューベルトの「八重奏曲」がある。
七重奏は管楽器3本(クラリネット、ファゴット、ホルン)に弦楽器4本(ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス)という編成。ベートーヴェンが第1交響曲でデビューする前後の若書きの作品だが、有名なメヌエットや美しい緩徐楽章などがあるせいか、生前もっとも楽譜が売れ演奏された人気作。
確かに、モーツァルトを思わせる典雅さや流麗さに加え、ベートーヴェン流の溌剌としたリズム感を持った音楽で、クラリネットとファゴットとホルンが絡み合うのどかさも魅力。後のべートーヴェンの作風からはちょっと想像も出来ない幸福感に満ちた音楽である。
そして、この曲に影響されて作曲されたというシューベルトの「八重奏曲」はこれに第2ヴァイオリンが加わる。共になかなか魅力的な曲であり、綺麗なメロディも出て来るのだが、いかんせん「七重奏曲」は全6楽章で40分、「八重奏曲」も同じく全6楽章で1時間近い大曲。メヌエット楽章の抜粋なども考えたが、微妙に編成が大きいのが災いして演奏は実現しなかった。
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そうやって木管楽器の仲間の中で下手なファゴットを吹いていて、ちょっと面白いと思ったのは、吹いている当人がだんだん楽器に似てくることだ。とは言っても風貌が似てくるわけではない(いや、それも少しはあるかも知れないが)。
元々の性格がどうあれ、楽器になじむに従って(飼い犬が飼い主に似てくるように、いや、飼い主が犬に似てくるように)演奏する人の性格が楽器と一体になって行く。それは、まさに楽器の性質によるものなのだが、見る人が見ると、楽器を持っていない状態のオーケストラのメンツを一見しただけで、ほぼ誰が何の楽器を担当しているか分かったりする。
何だか怖い話でもある。
例えば、私の吹いていたファゴットという楽器。木管楽器の中で一番低い音を担当している「縁の下の力持ち」ではあるものの、前面に出て行って派手なソロを担当することは、まずない。
バロック音楽では「通奏低音」としてチェンバロと共にアンサンブルのリズムとハーモニーの要を担うことも少なくなかったが、いわゆるクラシック音楽の時代になってからはとんと出番がない。しかも、低音を受け持つ身でありながら、オーケストラがフォルテで鳴り出したら最後、何を吹いても聞こえないのである。
しかし、楽器としては意外なほど機動性にあふれ、軽やかなステップで高音から低音まで広い音域を飛び回り、シリアスからコミカルまで表情豊かなメロディを歌える自在な才能を持っている。ところが、残念ながら、その機能を十全に発揮出来る曲が極めて少ない。その結果「オレは本当はもっと出来るのに、才能を発揮出来る機会があまりにも少ない」的な、ちょっと世界を斜めに見る性格が育つ(ような気がする)。
そして、ほかの楽器を下で支えることが多いということは、自分のパートを吹きながらもほかの楽器のパートも常に聴いている(聴かざるを得ない)ということであり、「今日のフルートは調子が悪い」とか「クラリネットはテンポが遅れぎみだ」というように他人のコンディションを感知するのに鋭敏になる。
それがプラスに作用すると、他人の面倒見の良いアニキ的な性格や、音楽理論や楽器法などに詳しい理論派になるが、マイナスに作用すると他人のアラばかりが気になる皮肉屋になる。私は完全に後者だった(笑)
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そして、オーボエはひとことで言うと神経質である。それは、一にも二にもリードと言う繊細なパーツがあるせいだ。
歌口のところに付ける細くて薄いリードは、湿気に敏感できわめてデリケートなため、常にメインテナンスが欠かせない。神経質でないと務まらないのである。(ファゴットも同じく二枚舌のリードを使うが、低音が主で肉厚でもあり、そこまでデリケートなメインテナンスは要さない)
そのためオーボエ吹きと言うと、年中リードを削っている印象があるほどで、能天気でずぼらなオーボエ吹きなど聞いたことがない。一説には、オーケストラの楽器の中で一番頭が薄くなりやすいのだそうだ。
さらに、オーケストラ曲の中では静かでデリケートな部分で重要なソロを任せられることが多いうえ、チューニングでは最初のAの音を吹く大役を担っていることから、神経質で繊細なだけではなく、ある種「孤独」で「孤高」の存在になることも要求される。
例えば、大声で「オレはこう思う!」と叫ぶことはしないのだが、意見を聞かれると、一切他人に迎合することのない揺るぎない主張をする。そんな感じである。「みんなが言うなら私も…」という妥協はあまりしないタイプと言えそうだ。
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一方、同じリード楽器でも、クラリネットは一枚リードのせいか、オーボエの細いリードのようなデリケートさは要求されない。そのためか、性格も神経質というより、むしろその逆のおっとり型が多い。そもそも音色自体も、丸みを帯びて尖ったところがないように、性格は穏健と言っていいだろう。
フルートほど前面に出ることはないものの、オーケストラでは重要なソロを取ることも少なくないので、ファゴットのように欲求不満の皮肉屋になることもなく、一家言はありながら他人に主張は押し付けず中庸を重んじる紳士的な人が多い(ような気がする)。
ただし、ご存知のように油断するとすぐ音が裏返る危険性をはらんでいるのが、この楽器の怖いところ。一番デリケートな音の出だしとか弱音の時に、突拍子もない「ぴゃーー」という音が出てすべてがぶち壊しになる。
そうなったら最後、ずっと紳士面などし続けていられない。「しまった」とシリアスに顔をしかめるか、「ごめん」とおどけて素直に謝り軽く逃げるか、「今のは・・のせいだ」と理屈をこねて煙に巻くか、そこに人間性が問われる「微妙な」楽器なのである。
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対して、フルートは人が良く、育ちが良い。華やかだが決して大きな音のする楽器ではないし、華麗でスター的な要素は持っていながら、押しつけがましさやけばけばしさはない。そのせいか、人前に出ることが多いタイプながら、自己主張のきつさはなく、むしろ細かいところにこだわらず鷹揚なタイプが多い(ような気がする)。
また、木管楽器の中ではもっとも「ソロ」で活躍することが多く、そのパッセージは音数が多いのが特徴。なので、自分の音を出すのに手いっぱいということもあるのか、まず人の音など聞いていない。内声を担当する楽器は、ほかの楽器とのハモり具合に常に気を配らなければならないが、フルートは常に外声(?)を担当しているのでそんな気配りはする必要もない。自分は軽やかにマイペースで吹き、「みんな付いてきてね」でいいのである。
また、オーケストラの楽器の中で最もコンパクトで持ち運び便利なのも、奏者の性格形成におおいに関わっている。ほとんどの楽器の奏者たちが「どうやって楽器を運ぶか」ということに常に悩まされているのに対し、フルートはそれがない。
しかも、木管楽器の中では唯一金属製への進化を遂げ、それに応じて楽器としての安定性が高くなり(歌口部分も金属なので、削る必要も湿気を考える必要もない)、メインテナンスを怠っても、それにより致命的なミスが起こることはまずない。ノンシャランでマイペースになろうというものである。
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そして、ホルン。彼は金管楽器にもかかわらず木管楽器との親交が厚い。室内管弦楽の編成ではファゴットが低音、ホルンが中音で内声を担当することが多く、アンサンブルでは木管の仲間として書かせない存在である。
元々は角笛だったこの楽器は、西洋で「ホルンを吹く」、日本で「ほらを吹く」と言われるように、なぜが大言壮語とか嘘というイメージを持たれている。プオーという大きな、しかし鋭さのない音を出すせいだろうか。
しかし、このホルンも意外と神経質で、一説にはオーボエに次いで頭が薄くなる傾向にある楽器なんだそうである。とは言っても、オーボエの神経質さとはちょっとポイントが違う。ホルンの歌口であるマウスピースは金属なので、オーボエのようなデリケートさは要しない。しかし、キイを押さえれば一応ドレミファが出る木管楽器と違って、ホルンは息を吹き込んだ時の唇のわずかな圧力のかけ具合で音程を作る。そのため、唇や息に全神経を集中させるデリケートさが必要とされるのである。
同じマウスピースを使う金管楽器でも、トランペットやトロンボーンは大きな音を出して欲求不満を発散できるが、ホルンは弱音で繊細な音を要求されることが多い。ピアニシモで演奏されるオーケストラの和声を担当したり、延々とロングトーンでハーモニーを保持したり、神経質にならざるを得ないのである。
ただし、オーケストラでは大体2人あるいは4人一組で配置されるので、ソロとして孤立することはまずなく、オーボエのような「孤立」はないのが救い。しかし、逆に言えば、仲間との協調性やバランスを常に要求されるわけで、ホラ吹きタイプでは、ホルン吹きは務まらないのである。
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と、そんな木管楽器たちを知るようになると、普通のクラシック名曲のレパートリーとはちょっと違う、不思議な編成のものを聴くのが楽しくなる。逆に言えば、管楽器のキャラクターに全く興味がなければ、ほとんど出会うこともなく、出会ってもその魅力が良く分からない作品たちが沢山あるということになるだろうか。
クラリネット五重奏曲、木管五重奏曲、フルート四重奏曲、オーボエ四重奏曲、ホルン五重奏曲、管楽六重奏曲、七重奏曲、八重奏曲・・・。そのほとんどは作曲家たちがその友人である木管楽器奏者のために書き、多くは貴族やアマチュアの演奏家が集まって演奏して楽しむために書かれたもの。耳を澄ますと、曲を献呈された奏者たちの愛すべき「キャラクター」が聴こえてくるはずである。
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ここで、最後に豆知識をひとつ。
室内楽アンサンブルの呼び方は、
三重奏はトリオ(Trio)
四重奏はカルテット(Quartet)
五重奏はクインテット(Quintet)
・・・と、このあたりまではよく耳にするはず。
さらに・・・
六重奏はセクステット(Sextet)
七重奏はセプテット(Septet)
八重奏はオクテット(Octet)
・・・というあたりまでご存知なら、かなりの通。
では、この上は?
九重奏はノネット(Nonet)
十重奏はデクテット(Dectet)
十一重奏はウンデクテット(Un-dectet)
十二重奏はデュオデクテット(Duo-dectet)
十三重奏はトレデクテット(Tre-dectet)
十四重奏はクァトルデクテット(Quattuor-dectet)
十五重奏はクインデクテット(Quin-dectet)
・・・ここから上は、まず使わないが
十六重奏はセクスデクテット(Sex-dectet)
十七重奏はセプトデクテット(Sept-dectet)
十八重奏はオクトデクテット(Oct-dectet)
十九重奏はノヴェンデクテット(Novem-dectet)。
・・・まだあるのかって?
二十重奏はヴィゲテット(Vigetet)
二十一重奏以上は、Un- Duo- Tre-・・・と続き
三十重奏はトリゲテット(Trigetet)
四十重奏はクァドラゲテット(Quadragetet)
五十重奏はクィンクァゲテット(Quinquagetet)
・・・この辺でやめておこう(笑)。
◇五重奏&七重奏のコンサートはこちら
■ベルリン・フィル八重奏団&上原彩子
・モーツァルト:ホルン五重奏曲変ホ長調 K.407
・シューベルト:ピアノ五重奏曲イ長調「ます」D.667
・ベートーヴェン:七重奏曲変ホ長調 Op.20
ベルリン・フィル八重奏団
ピアノ:上原彩子
◇2007年1月12日(金)19:00 東京オペラシティコンサートホール