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2008/08/10

北京オリンピック記念:オペラ「トゥーランドット」考(前編)

Turandota_2 中国・北京でオリンピックが開かれるのを記念して、今回と次回は中国…それも北京を舞台にしたオペラの話をしよう。「トゥーランドット」である。

■ オペラとしての「トゥーランドット」

 オペラ「トゥーランドット」は、イタリア・オペラ最大の巨匠のひとりプッチーニ(1858〜1924)最後の大作オペラ。個人的にも大好きな作品のひとつである。

 最初に物語を簡単に説明すると・・・

 舞台はむかしむかしの中国(北京)。
 結婚を申し込む者に3つの謎をかけ、解けなければ首を切ってしまうという冷たいお姫さまがトゥーランドット。
 流浪の王子カラフは、それに挑戦して見事3つの謎を解き、最後に2人は結ばれる…というのが簡単なあらすじ。

 史実ではない「おとぎ話」を題材としながら、構成としては歴史劇に匹敵するような豪華絢爛なグランド・オペラで、オーケストラの編成の巨大さや登場人物(合唱など)の多さ、舞台の壮大さなども含め、プッチーニのオペラの中で最も大がかりな作品である。

Turandot 昔からもちろん人気オペラとして知られていたが、2006年の冬季オリンピックで、フィギュア・スケートの荒川静香がこのオペラのメインメロディ「誰も寝てはならぬ」をバックにした演技で金メダルを獲得し、一躍(特に日本で)有名になった。

 イタリア・オペラでありながら中国が舞台(登場人物も中国人)というのはちょっと奇妙と言えなくもないが、プッチーニはこのオペラの前に日本を舞台にした「蝶々夫人」(場所は明治時代の長崎。主人公は長崎の芸者)と「西部の娘」(場所はゴールドラッシュ時代のアメリカ、カリフォルニア。主人公は酒場の女主人)を書いているので、はっきり狙った「異国(ご当地)オペラ」三部作のひとつということになる。

 出世作「マノン・レスコー」(奔放な女性マノン)、「ラ・ボエーム」(パリの貧乏な恋人たち)、「トスカ」(ローマの歌手トスカ)と、どちらかというと現実的でリアルな悲恋物語を題材としてきたプッチーニだが、20世紀を迎えて異国を舞台にした連作を自分のオペラの最終到達点にしたというのは、新しい時代の「国際色」を意識したのだろうか?

 もっとも、ビゼーの「カルメン」にしても、フランス人作曲家ビゼーが一度も行ったことのないスペインを舞台にして書き上げたご当地オペラ。宝塚ミュージカル「ベルサイユのばら」も、全員日本人女性でありながらフランスの貴族たちを演じている。虚構も想像もすべて取り込んだ「何でもあり」のファンタジーの世界を作ることこそが「オペラ」の醍醐味ということか。

 ちなみに、プッチーニは、この「トゥーランドット」の終幕まで書き上げたところで病死。この曲は未完成のオペラとして、最後の部分は弟子の補筆になっているのだが、その話は後で。

 ところで、ちょっと気になるのが、この「トゥーランドット」という名前だ。

Dot01■ トゥーランドット・・・とは?

 「トゥーランドット」の原作は、18世紀にフランスの学者ペティ・ド・ラ・クロワという人物が出版した「千一日物語」の中の「カラフ王子と中国の皇女の物語」。それを元に、イタリアの作家カルロ・ゴッツィが1762年に戯曲「トゥーランドット」として書き上げたものなのだそうだ。

 ちなみに、この「千一日物語」というのは(シェエラザード姫などが登場する)有名な「千一夜物語(アラビアン・ナイト)」とは違うので念のため。これは、アジア(特にインド)やペルシャなどを旅行し研究した人物が、西洋人から見たエキゾチックな異国の物語をまとめた半創作本で、「トゥーランドット」(原作では「トゥーランドクト(Tourandocte)」)という名前も、この作者がペルシャ語のトゥーラン(トルキスタン)から創作したものらしい。

 タイトルにもなっているお姫様の名前「トゥーランドット」が、どこからどう見ても中国っぽくないのは、そのせい。(オペラ「蝶々夫人」でも、日本人から見れば奇妙な世界が繰り広げられ、ボンゾとかヤマドリ侯爵とか、日本人から見るとちょっと不思議な名前が出て来るのだから、このオペラも、当の中国人が見たら奇妙なことだらけに違いない)

 Dvd02そのこともあってか、当の中国では、最近まで中国蔑視の「トンでもオペラ」として上演されなかったそうだ。しかし、最近(1998年)舞台である北京の紫禁城で上演が行われ話題になり、DVDで見ることも出来る。

 ちなみにトゥーランドットの表記は「杜蘭朶」(トー・ラン・ダ…とでも読むのだろうか)。オペラが公認になって以後は、チャイニーズ・レストランでも時々見かける名前になった。

 さて、次に登場人物たちを紹介しよう。

■ 登場人物たち・その1(主人公)

・カラフ元王子とトゥーランドット姫

Lp13 ◇カラフ(♂)

 主人公。諸国をひとり放浪している名前のない男。実はタタールの元王子。

 タタールはモンゴルあるいはトルコ系の民族で、韃靼(ダッタン)とも呼ばれる。ボロディンの「ダッタン人の踊り」のダッタンである。13世紀ジンギスカンの時代にはアジアからヨーロッパまでを支配する大モンゴル帝国を築いたが、その後は衰退。
 カラフが王子だった国も、そんな大帝国の末裔のひとつの王国ということなのだろう。もっとも、中国では、国が滅びて北に逃げた難民を「韃靼」と総称していたようなので、具体的な国名は不明(そもそもお伽噺だし)

 数年前に戦に敗れ(おそらく裏切り者によって王位を奪われ)、王族はみな殺されるか散り散りになって国を逃れ、カラフ自身も(死んだと思われたまま)単身追っ手を逃れて諸国を放浪している。

 一人ではるばる北京までやってきたのは、誰も自分の素性を知るもののいない地を目指してのことだったようで、それゆえ北京に知り合いはいない。この「誰も自分の名前や素性は知らない」という自信が、皇女との謎かけの時に発揮されるのだが、詳しくは後で。

Karaf02 誰も解けなかった謎を最終的には3つとも解いてしまうので、少なくとも「頭は良い」と思えるのだが、皇女を一目見て舞い上がってしまい(首を切られる危険を冒してまで)謎解きに挑戦するのは、かなり「血の気」が多い性格と言わざるをえない。

 また、父王も召使いリューに加え三大臣や皇帝からも「やめなさい、やめなさい」と諭されるのに、まったく聞く耳を持たず「やる!」と決めたらテコでも動かないあたりは相当な「頑固」でもある。

 もっとも、挑戦に成功すれば一発大逆転、皇帝の座が転がり込んでくるわけだから、男としては「賭け」に出る心理もわからないではない。
 ただ、挑戦に当たってははっきり「自分の死」の可能性を口にしているので、楽観的に「俺なら絶対勝てる!」と脳天気に信じていたわけではなく、「勝算」があったわけでもないようだ。

 一方、国中から人が集まる北京で、しかも生き別れになっていた父や召使いに偶然の再会をしたばかり(ということは、ほかにも国を逃れて北京に来ている知り合いがいる可能性は大)なのに、3つの謎を解いた後、調子に乗って「(誰も知らないはずの)自分の名前」に命を賭けるあたりは、いくぶん「お人好し」と言えなくもない。

 (なにしろ冒頭で「命を狙う者がどこに潜んでいるかわかりません」と自ら言っているのである。それなのに結婚申込者として人前に顔をさらしたら、名前も素性も知っている刺客が名乗りを上げる危険度はかなり高いはずだ…)

 それよりなにより、遠い都で父親と感激の再会を果たしたのに、一度見ただけの姫(トゥーランドット)に一目惚れし、目と足の悪い父親と自分への愛を告白した献身的な女奴隷はほったらかし。
 さらに、自分の名前を隠すために文字通り命を捨ててくれたその女奴隷リューの死に立ち会いながら、「それはそれ」とトゥーランドット姫の獲得に邁進するあたりを見ると、ちょっと「人間的にどうなのか?」と思ってしまうが、それについてはまた後で触れることにしよう。

Dot10 ◇トゥーランドット(♀)

 中国皇帝アルトゥームの娘(おそらく一人娘)。絶世の美女。

 巨大オーケストラに対抗できる声量を必要とする役柄のため、オペラでは大柄なソプラノが演じることが多く、なんとなく年増のお姫さまのように思えるが、(「少年のように見える」ペルシャの王子が結婚を申し込んでいるほどなので)年齢は十代後半から二十歳くらいと思われる。

 独身で花婿募集中。なのだが、自分に結婚を申し込む相手に「3つの謎」をかけ、そのすべてを解かなければ死刑(首をちょん切っておしまい!)にするという恐ろしいお姫様。

 その理由はと言うと、かつて中国が戦争でダッタン(モンゴル)軍に敗れた時、先祖であるロウ・リン姫が敵兵によって陵辱されたことへの復讐なのだそうだ(と彼女自身が説明している)。

Dot02 このあたりの女性の心理は良く分からないが、根底にあるのが「結婚(男性)恐怖症」であるのは明らか。あるいは、身も蓋もなく言ってしまえば「潔癖症」および「処女喪失恐怖」の極端な例とでも言うべきだろうか。見方によっては「加虐性(サディズム)」の匂いもするが、プッチーニのこのオペラではそこまで「冷酷」で「非常識」な人物としては描いていない。

 想像するに、父親や大臣から「結婚しなさい」と言われ、少女のうちは「まだイヤ!」と断って済んでいたものが適齢期になってそうはいかなくなり、「じゃあ、いったいどんな相手なら結婚するのだ?」となじられたので思わず「私が出す謎を3つ解ける男じゃなきゃイヤ!」と答えてしまったのが始まりのような気がする。

 しかし、ただ「3つの謎」に挑戦するだけなら、有象無象の男たちが押し寄せてくる可能性が大。そこで、「出来なかったら死刑!」と付け加えた。そうすれば、恐れをなして自分に結婚を申し込む相手もいなくなるだろう、と思ったのだが、なぜか次から次へと挑戦者が現れる。(当たり前だ。クイズに勝てば「美女」と「次期皇帝の位」が手にはいるのだから!)

 結局、父親皇帝も大臣たちも、お姫さまの言うことなのでしぶしぶ従ってはいるものの、内心困っている。さらに民衆も、処刑を見るのは楽しみながら、うすうす「可哀想」と思っているのは明らか。

 そして、たぶん当の本人も、自分が言い出したことながら、心の底ではちょっぴり後悔し出している。「気が強い」女性を演じてはいるものの、どこかで女性らしい優しさや弱さを隠し持っている「本当は可愛い女」である(と、プッチーニは描いている)

Map01 蛇足ながら、この二人、「カラフ」がタタール系、「トゥーランドット」がトルキスタン系の名前を持っているというのはちょっと意味深だ。

 この二つの地域、地図で言うとこんな感じなのだが← カラフはいわゆる「ダッタン人」と呼ばれるモンゴル(蒙古)系タタールの出身。帝国が全盛の時はヨーロッパとアジアのほぼ全域を支配していたのだから、トルコやロシアの血筋も混ざっているのかも知れない。
 (蛇足ながら、ラフマニノフもこのタタール系の血を引くロシア人とか…)

 そして一方のトゥーランドットは、現在の中国でもめている「新疆ウイグル自治区」のトルキスタン系を匂わせる名前を持っている。もちろん中国の正統な皇帝の娘だから、トルキスタンの王女ではない。しかし、わざわざ中国っぽくない名前を名乗っていることを考えると、何代か前はトルキスタンの血筋なのではないかと思わせる。

 となると、こんな想像も成り立つ。つまり、トゥーランドットの母親あるいは祖母に当たる女性はトルキスタンの王族で、中国に戦争で負けて滅ぼされた後、側室として連れてこられたのではないか。だから、自らの女系の血筋を明確にすべく「トゥーランドット」を名乗っている(あるいは、まわりからそう呼ばれている)のでは?という想像である。

 それなら、この「トゥーランドット」という奇妙な名の説明が付く。彼女は中国皇帝の娘でありながら、異国トルキスタン系の王国の末裔なのである。

 そういえば、日本にも似た例がある。例えば、武田信玄が自分が滅ぼした国「諏訪氏」の娘(諏訪御料人)を側室にして世継ぎの勝頼を生ませた例。あるいは豊臣秀吉が滅ぼした浅井氏の娘(信長の妹お市の方の娘。のちの淀君)を側室にした例。
 いずれも、武田信玄や豊臣秀吉のような英傑が、滅ぼした敵国の娘でありながら「可愛さゆえに頭が上がらない」という不思議な関係だ。

Dot04 そう考えてゆくと、トゥーランドットが「ダッタン人に滅ぼされたロウ・リン姫の復讐」などと言っているのは、実は自分自身の母(あるいは祖母)のことという見方も出来そうだ。

 つまり、中国皇帝がむかしトルキスタンの小国を滅ぼし、その王族の美貌の娘を略奪して側室にした。自分の祖先の王女が敵兵に陵辱されたのは事実でも、相手はダッタン人ではなく、当の中国皇帝その人。そして、その陵辱された娘こそがトゥーランドット姫の母親(あるいは祖母)というわけだ。

 とすれば、皇帝としては、自分が滅ぼしたうしろめたさと、敵国の王女なのに側室にしてしまったほどの美貌の母親を思い出し、その娘トゥーランドット姫のわがままに対抗できない。さらに、その母を寵愛したゆえに、その血筋を引く(あるいはその面影を残す)姫には頭が上がらない、という力関係も理解できる。

 トーランドット姫が、ダッタン人にかこつけて「ロウ・リン姫」のことを持ち出すのは、それを言い出すと皇帝はぐうの音も出ないことを見越しての「当てこすり」なのだ。だからこそ人の良い老皇帝は「結婚を申し込んだ相手を殺してしまう」という娘の無茶苦茶な行動を止められない。

 …と勝手に想像した方が、おもしろそうだ。

 さて、残りの登場人物も紹介しておこう。

■ 登場人物たち・その2

・助演男優&女優の方々

Timur02_2 ◇ティムール(♂)

 カラフの父親の老国王。戦に敗れて王位を奪われ、都を追われて諸国を放浪する身。

 イメージとしては、娘に裏切られて荒野を彷徨う「リア王」か。この役柄は何となくプッチーニを想起させるが、その理由については後で。

 命だけは助かったものの、年老いて目が見えず足も不自由。困り果てているところに女召使いリューが現れ、身辺の世話をしてくれることになった。リア王でいうとお供の「道化」だ。
 
 そして二人で北京へやってきたところで、偶然、死んだと思っていた息子カラフと再会する。
 ここは当然「感激の再会」となるはずなのだが、当のカラフ王子はトゥーランドット姫に一目惚れして、謎解きに挑戦して命を賭けて結婚を申込むと言い張り、年老いた父親など眼中にない。

 考えようによっては、息子が挑戦に見事成功して王女の婿になってくれれば、タタール国の復興どころか、中国皇帝の座が転がり込んでくるわけだが、そういう「楽観的希望」は彼の頭の中にはなく、ひたすら息子の暴挙と自分の不遇を嘆く、老いた悲劇の父親に徹している。

Timurq ちなみに、ティムールというのは、14世紀にティムール王朝を作った実在の王の名。モンゴル系の王族ではジンギスカン以降最大の勢力を誇った大王で、中央アジア一帯を支配し、中国(当時は「明」)遠征も果たしたものの、その途上で病死。そのあたりの生涯は、なんとなく武田信玄を思わせる。

 (余談だが、後世、彼の遺体を調査したところ、足に障害があったとのこと。現実のティムール王は戦に敗れて放浪などしなかったが、イメージとしてはこのティムール王がモデルなのは間違いない)

Timura ◇ リュー(♀)

 若い女の召使いで、老王ティムールの身の回りの世話をする女奴隷。…なのだが、主人公カラフ王子のために自分の命を捧げて「愛」を貫き通す影のヒロインでもある。

 第3幕では、このリューの死(王子の謎を隠すために、自らナイフで胸を刺して自死する)が最大の見せ場のひとつになっているほどで、このオペラの中ではもっとも「心打たれる」キャラクターである。

 年齢はたぶん(後述するモデルのことを考えると)16歳くらい。元はどこかの国の皇女だった(と思われる)のだが、国は滅び、奴隷としてタタールの王族付きの召使いとなる。その悲運の中、宮殿でたった一度王子が「ほほえみかけてくれた」ことから、(身分違いでありながら)ひそかに王子カラフに恋心をよせている。

 そのため、国が滅んだ後も、一人となった父王ティムールを見捨てず、献身的に世話をしている。可憐ながら芯の強い女性である。

Liu05 ちなみに、このリューというキャラクターは原作には登場せず、プッチーニが台本に敢えて加えさせた創作人物とのこと。

 原作(カラフ王子と中国の王女の物語)では、カラフから名前を聞き出し、トゥーランドット姫に密告する裏切り者の女奴隷アデルミュクというのが登場するそうなのだが、リューはあくまでも無償の純愛を捧げて死んでしまう悲劇の(可哀想な)ヒロイン。

 一説には、これにはモデルがいると言う。プッチーニは大人気の売れっ子オペラ作家で、それこそ恋人や愛人の類が沢山いたのだが、その中にドーリアという16歳の可愛いメイド(プッチーニ家の小間使い)がいた。

 彼女は、プッチーニが交通事故で足を怪我した時に献身的な介護をしてくれた娘で、プッチーニの妻エルヴィーラは二人の中を疑い激しく嫉妬。人前で罵倒したりなじったりしたうえ解雇する騒動となり、その結果、ドーリアは服毒自殺してしまったという。(蛇足ながら、検死の結果、彼女は処女だったそうである)。

 このあたり、足を怪我をしたプッチーニは老王ティムール、冷酷な妻はトゥーランドット姫、可哀想な娘ドーリアはリューにイメージが投影されたと見ても的外れではなさそうだ。

Emperer01 ◇アルトゥーム(♂)

 中国皇帝。いわゆる「天子さま」にしてトゥーランドットの父王。

 ドラマ中では一番偉い役柄で、舞台の豪華さはひとえにこの皇帝を称える「皇帝ばんざい」の大合唱に集約される。民衆からは、暴君のような恐怖心からではなく純粋に「尊敬」を受けている名君である(らしい)。

 この役柄、原作では壮年の男性らしいが、プッチーニのこのオペラでは、かなり老齢(七十代から八十代?)の年齢設定になっている。トゥーランドット姫(ソプラノ)が毅然と朗々とした言葉を発するのに対して、この皇帝(テノール)はか細く年老いた声しか発しない。
 (そのため、大オーケストラと群衆のコーラスが、この皇帝が声を発するときだけ静まりかえる)

 宮殿の前で、若い男を何十人も公開処刑している…という状況は、(見方によっては)恐怖政治だが、当の皇帝は血を見るのが好きではなく、姫を得るために謎に挑戦するというカラフに「これ以上、若い命を取りたくない。やめなさい」と諭し、謎かけに挑戦してからは「負けるでないぞ」とカラフの方を応援してしまうあたり、(威厳はありながら)極めて優しく人の良い印象だ。

Emperer02 どうして皇帝を高齢の弱々しいキャラクターにしたのか?というのは、ちょっと考えればすぐ納得できる。
 なぜなら、この皇帝を普通の壮年の男性に年齢設定してしまうと、娘が結婚を申し込む男を片っ端から殺してしまうのを黙認しているというのは、かなり暴君・サディストの印象になってしまうからだ。

 しかし、老年で(前述したように)娘に頭が上がらないという力関係があるなら話は別。自分はもう老境で、いまさら世継ぎは作れない。しかも、一人娘が婿をもらわなければ自分の血筋も途絶えてしまう(王朝の未来が危うい)。だから、婿が欲しい。それなのに、その娘が婿の候補者を片っ端から殺してしまう。それを止められない。そんな「ジレンマ」に困り果てている「弱気」な王様像が見えてくる。

 ただ、年齢をかなり上に設定したことによって、一人娘が結婚適齢期(話の流れから見て20歳前後)なのに、父親が70歳とか80歳というのは、ちょっと無理が生じてくるような気がしないでもないのだが・・・(まあ、50歳過ぎて出来た一人娘なので可愛くて仕方がない…と見れば、あり得ない話ではないか)

 ちなみに、この「アルトゥーム(Altoum)」という名前もトゥーランドット姫と並んで中国っぽくない。ただ、日本語の起源とも言われるアルタイ語(あるいはトルコ語)でアルトゥン(Altin)というと「黄金」のことなのだそうで、そのあたりの連想から付けた名前なのかも知れない。(実際、原作の「千一日物語」では「アルトゥン・カーン」という名前だったという)

Pinponpand ◇ ピン、ポン、パン(♂)

 宮廷に仕える3人の大臣。

 ふざけた名前だが、皇帝に使えるれっきとした役人で、ピンは総理(大蔵)大臣、パンは儀式担当(内)大臣、ポンは料理担当大臣(らしい)。

 3人とも田舎の出らしく、威厳のある偉ぶったところはない中間管理職っぽい役柄。リューやティムールが「悲劇」を演じるのに対して、この3人は「喜劇」の担当。コミカルな演技で見せるいわゆる狂言回し役である。

 常に三人組んで登場し、(昔は良かった…風の)他愛のない「おしゃべり」や「ぼやき」を交えつつお話の説明と進行を担当する。(これはイタリアのコメディア・デラルテの仮面を付けた道化役。オペラでも仮面付きで演じられることが多い)

 彼らの話によると、そもそも昔はちゃんとした「祭り」だったものが、姫さまの「謎かけ」から首切りの儀式になってしまい、戌の年には8人、子の年には6人、寅の年である今年は既に13人…というような凄いペースで処刑が行われている・・・のだそうだ。

Pinponpanb 彼ら大臣は、トゥーランドット姫の命令を執行したり儀式や宴会を仕切ったりする役柄だが、殺すのはいずれも(姫の婿候補になるくらいなのだから)そこそこ身分のある高貴な生まれの若い男性たち。3人ともうんざりし始め、姫が早いところ相手を見つけて結婚してくれないか(そして、祭りがふたたび平和な行事にならないか)と密かに願っている。

 第1幕でカラフが「謎かけ」の儀式に挑戦する、と言うと「やめろ、やめろ」と止めにかかり、果てに「あんなの(トゥーランドット姫)は、冠と服をはいでしまえばただの肉。食えたモンじゃないぞ」「姫さまと言えども手は2本で足は2本。それなら百人の女をもらえ。そうすれば200本の腕に200のおっぱいだ!」と結構メチャクチャなことを言う。

 蛇足ながら、子供向けテレビ番組「ママとあそぼう!ピンポンパン」のタイトルは、この三大臣の名から取ったのだそうだ。

■登場人物たち・その3

・ 端役の方々

Dora ◇役人(♂)

 おふれを言い渡す役。

 彼が、冒頭で銅鑼の音と共に登場し、「北京のものどもよ。掟はこうだ!」と口上を読み上げることから物語が始まる。いわく「トゥーランドット姫は、王族の血を引いたもので姫の出題する3つの謎を解いた者があれば、そのものの后となる。しかし、敗れた者は斧で首を切られる」

 第2幕でカラフが謎に挑戦する時も、この掟について説明をしている。

Pao ◇首切り役人:プー・ティン・パオ(♂)

 巨大な斧(あるいは青竜刀)がトレードマークのプロレスラー型マッチョの大男。

 謎かけに失敗した哀れな挑戦者の首を大きな斧で切る怖い役だが、「プー・ティンパオ!出てこい!首を切れ!」と群衆が連呼するほどの人気者(まるでプロレスの悪役ヒーローみたいなものか)。

 少なくとも二十人以上はお婿候補の首を切っている。歌はなく、声を出すことはない。

◇ペルシャの王子(♂)

 カラフの前にトゥーランドットの謎かけに挑戦し、失敗して首を切られてしまう可愛そうな王子。
 
 若い王子らしく、群衆から「少年のようだ!」「助けてやれ!」と同情される。舞台上には、殺される時に「トゥーランドット!」と一声叫ぶだけで登場(ただし、演出によっては姿が見えず声だけということもある)。

Play05 ◇北京の民衆

 合唱。宮殿の前に集まった群衆で、姫の謎かけの儀式や首切りの様子に立ち会い、歓声を上げたり批難したり同情したりする。

 処刑を前に「早く斧を研げ!」と煽ったりする残酷さがある半面、処刑される王子を見ると「恩赦を!」と叫び、後半ではリューの死に際して「可愛そうなリュー!私たちを許して」と同情するなど、「民の声(世論)」の危うさをそのまま声にした存在。

◇ 亡霊たち(合唱)

 トゥーランドット姫に殺された王子たちの亡霊。「殺されても(まだ)姫を愛しているのだ」という妄執を語る。

 ・・・と人物がそろったところで、物語が始まるわけなのだが、長くなったので続きは後半(来月号)で・・・

         *

Turandot_3

ソフィア国立歌劇場公演「トゥーランドット」

・ 10月4日(土)14:00 東京文化会館
・ 10月5日(日)14:00 東京文化会館

主なキャスト
トゥーランドット(S):
 マリアナ・ツヴェトコヴァ(4日)/エレーナ・バラモヴァ(5日)
リュー(S):
 ツヴェテリーナ・ヴァシレヴァ(4日)/ラドスティーナ・ニコラエヴァ(5日)
カラフ(T):
 カメン・チャネフ(4日)/コスタディン・アンドレーエフ(5日)

全国公演
10月12日(日)愛知県芸術劇場
10月13日(月・祝)三重県文化会館
10月15日(水)盛岡市民文化ホール
10月19日(日)北九州芸術劇場
10月20日(月)シンフォニア岩国
10月22日(水)長野県伊那文化会館
10月24日(金)サンポートホール高松
10月25日(土)兵庫県芸術文化センター
10月26日(日)パルテノン多摩

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コメント

杜蘭朶の読みをピンインで書くと、du lan duo になります。

投稿: mi | 2008/08/10 13:35

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