2009/12/10

生の音楽・煮た音楽

Title 音楽を聴くのに「生(ライヴ)」が良いか「録音(CD)」が良いか、というのは良く知られた「究極の二択」だ。

 まず正攻法なのが、こんな主張。

 音楽の本来の形は「生演奏」であって、レコードに録音されスピーカーから流れてくるものは、音楽を「記録(Record)」したものに過ぎず、生で聴けない場合の代用品に過ぎない。

 私の師あるいは父の世代はこれが文字通り正論だった。
 例えて言えば、レコードは恋人の「写真」や「肖像画」のようなもの。本物がいない時の代用品あるいはいつでも思い出せるアイテムとしては有効だが、「本物の恋人」と比べるべくもない。

 なるほど。そう言われてしまうと、議論はここでおしまいである。代用品が本物にかなうわけがない。

 しかし、私はどちらかと言うと「代用品派」である。
 なにしろ「生の本物」(コンサート)より「代用品」(レコードやラジオ)の方で音楽を吸収して育ったのだから。

Lp そもそも極東の島国に住む貧乏苦学生としては、ベルリン・フィルやウィーン・フィルによるベートーヴェンの演奏やマーラーの交響曲やイタリア・オペラ、あるいはブリティッシュ・ロックやモダン・ジャズの演奏をそうそう「本物」で聴けるわけもない。物理的にも経済的にも不可能である。
 だからチャイコフスキーもシベリウスもブルックナーもピンクフロイドもビル・エヴァンスもアストル・ピアソラも、私は全部「代用品」で聴き、感動し解析し、自分の中に吸収してきた。

 さらに、レコードという代用品すらない音楽の場合は、「楽譜(スコア)」というものだけで「想像」して音楽を聴いていた。
 かつては(ウォークマンやiPodのように)外に持ち歩けるような音楽を聴く道具はなかったから、カバンに入れて持ち歩くのは楽譜(スコア)であり、それをめくりながら頭の中で音楽を再生していたのである。

 これなどはもう「代用品の代用品」。どこにも「音」は聞こえないまま、頭の中に音楽を満たすという「空想の音楽」とでも言うべきだろうか。

 もし「生の演奏以外は本当の音楽ではない」ということになったら、私は「本当の音楽を聴いたことがない」ことになるだろう。

□音楽で世界を聴く

Speaker さて、「本物の音楽」などと簡単に言ってしまったが、そもそも「音楽」に本物やまがい物があるのだろうか、というあたりについて考えてみよう。

 簡単に言ってしまえば「音楽」というのは、「音の組み合わせ」が生み出すニュアンスを、感性や感情とリンクさせて楽しむ「感覚的な娯楽」ということにでもなるだろうか。
 細かく論じると壮大な物語になるので、それはここでは省くが、元々は「音」という情報の中に、人間が「安心」や「不安」を聞き取ったことから始まった。

 原始の時代、例えば、「自分と同じ音域の声」を聴くことは、「仲間が近くにいる」という安心に繋がり、「鳥の声やせせらぎの音」のような音を聞くことは、「周りに危険な動物や事象が無く平穏なこと」を保証してくれた。

 逆に、「甲高いノイズ」は仲間の悲鳴や危険な動物の鳴き声を暗示し、耳で聞こえる以下の「低周波」は、地震の地鳴りや野獣の接近の「危険」を告げる。音の微妙な変異は「命」に関わる問題であり、耳は世界を知るセンサーでありアラームだったわけだ。

Register この「耳」が感知する「音」は、ほぼ20Hz前後から20,000Hz前後(いわゆる可聴音域)。ゆえにCDに収録されているのも、この音域であり、20Hz以下・20KHz以上の音は「人間には聞こえない音」としてカットされている。

 しかしながら、「音楽的な音」として人間が聴く音域はもっと狭く、例えばオーケストラでの最低音(コントラファゴット)が30Hzほど、最高音(ピッコロ)が4,000Hzほど。
 さらに、「心地よい音」として認識するのは、人の声の音域(100Hzから1,000Hz前後)と言われている。

 もちろん自然界には人間の可聴音域以上の高音(倍音や高周波)や以下の低音(低周波や振動)も溢れている。そちらは「耳で聞く」のではなく文字通り「肌で感じる」世界だ。
 それらすべてを「感じる」のが(前述のように)「世界」を聴く行為ということになる。

 一説には、「耳」(つまり頭の横に付いている一対の聴覚器官)というのは、単にもっとも使用頻度の高い「可聴音域」を感知するための部品にすぎず、本来は身体全体の「皮膚」そのものが「空気振動を感知する器官」なのだそうだ。

 つまり、身体全体の皮膚感覚で「世界を感じる」ことが、「音楽」の起源であり、「耳」だけに聴こえるのは「世界の一部を切り取ったもの」、すなわち「音楽の一部」でしかないことになる。

 ということは「音楽」が世界を表現するものだとすれば、単に「耳」で聞こえる可聴音域内の情報は「その一部」にすぎない。文字通り「肌で感じる」聴き方こそ、「本当の音楽」の「正しい聴き方」ということになりそうだ。

□体感する音楽
 
Ondeko 実際、生演奏のコンサートに接して、「これはレコードでは絶対味わえない世界だ!」と実感するのは「耳」以外の感覚に触れた時だ。

 例えば「和太鼓」。レコードやCDではどんなに高音質でも、ドンドコいうだけの「音」しか聞こえないが、実際に目の前で聴くと、バチが叩き出すビートとともに空気が頬にあたり、低周波が皮膚から内蔵まで共振するのが分かる。

 宮澤賢治の「セロ弾きのゴーシュ」で、ネズミの子がチェロの胴体の中に入り、ごうごうとなるその振動で病気が治ってしまう…というエピソードがあるが、まさにあの感じである。
 耳には聞こえない低音(低周波)には確かに、皮膚や内臓や神経そのものを震わす。これはスピーカーやヘッドホンで再生可能な「音」とはレベルの違う効果があるようだ。

 この低音のパルスによる効果は、特にロック音楽では著しい。大音量によるビートのシャワーは確かに内蔵や下半身を直撃して、聴く人をむりやり「興奮」の状態へと引きずり込む。
 音量を上げることで、音は文字通り「空気の振動」となり、その音圧が心臓マッサージのように、心拍数を上げる効果を持つわけだ。

 一方、クラシックのコンサートでは、逆に「高音」の伸びやかさが命だ。いわゆる「楽音」というのは、その音自体が440Hz(ラ)でも、その上に880Hz・1760Hz・3135Hz・6271Hz・12543Hz…というような「倍音」が重なっていて、その倍音の豊富さが「豊かな音」を生む。

Hall02 そして、優れたホールは「楽器」と同じく、多くの楽器たちが奏でる倍音を調和させ、豊かな「響き」にまとめる。
 だから、その中で音楽を聴くことは、チェロの胴体の中に入った子ネズミと同じで、ホール全体の響きに包まれ、豊かな倍音を身体一杯に浴び、身体ごと共鳴する快感を得られることになる。

 確かに、耳に聞こえるのは「目の前のステージ上で発せられる音」なのだが、そこから放射される音の残響や倍音や共振が「空間」を感じさせるわけだ。

 余談だが、むかし、FMの番組で「雪がしんしんと降り積もる」という音を録音した話を聞いたことがある。「何も音がしない」という状態を「録音する」というのは矛盾しているが、これが実に興味深い話だった。
 もちろん何も音がしない以上、収録された音は「しーん」というホワイトノイズにすぎない。しかし、4チャンネルのスピーカーの中央に座ってこの音に180度ぐるりと取り囲まれると、まさに「雪がしんしんと降り積もる」音が聞こえるのだ。

 実際、CDの録音でも、スタジオで楽器の音だけを収録した場合、どんなに素晴らしい良い音で録ってもそれは「狭い空間の響き」にしか聞こえない。だから、通常はそこに「残響(エコー)」と呼ばれるものを加える。そうすることでそこに(擬似的ながら)「空間」が生まれる。

 さらに、ホールでの録音の際も、演奏のほかに「(何も音のしない)ホールの音」を録音し、それを重ねることがある。すると、そこに「広い空間」が聞こえてくるのである。

 つまるところ、生(ライヴ)の世界には、単に「音」だけでない様々な情報が、聴き手を取り巻いている。
 そして、「録音」の技術もまた、生の世界に迫るべく日進月歩で「単に演奏を収録する」だけでない世界へと進化を続けているわけである。

□音楽の聴き方の変化

Hall01 こう考えてゆくと、例えば「最新の技術を駆使した録音」で収録された音楽を、極上のコンサートホールのステージ上に、オーケストラのように空間配置させたスピーカーで聴く…というのも、(採算はともかく)コンサートの形態としてもっと普及してもいいような気がしてくる。

 確か1970年の大阪万博の時の「鉄鋼館」もそんなコンセプトだったし、これはオーディオ・マニアなら誰でも一度は抱く「夢」と言えるだろう。

 ところが、21世紀における現実はちょっと違う方向に向かっている。
 すなわち、「生」の演奏に匹敵するような高級な録音・再生装置をオーディオ的に求める…のではなく、音楽を「手軽に」「独占する」…という方向だ。

Radicase その始まりは、もちろんレコードの登場だろう。その後カセットテープの出現によりラジカセ(ラジオとカセット再生装置が合体したもの)やウォークマン(イヤホンで視聴可能な小型再生機器)が普及し、最近はデジタル録音技術によるCDやDVD、音楽をデータそのものとして受信再生するiPodやiTunesが、音楽の聴き方の最前線に浮上してきた。

 その進化のポイントの一つは、音源と人間との「距離」だ。コンサートホールでは音源であるステージと聴衆の座る座席とは数メートルから数十メートルの距離があるが、それがスピーカーによる試聴では数十センチにまで近づき、ヘッドホンでは耳に直接音源が接触するまで近づいている。

 ・演奏視聴(コンサートホール)  数十メートル〜数メートル
 ・外耳視聴(スピーカー)     数メートル〜数十センチ
 ・内耳視聴(ヘッドホン・イヤホン)数センチ〜数ミリ
 ・脳内再生(鼻歌・想像)     距離ゼロ

 これは重要なポイントだ。なぜなら作曲家や演奏家が、音源(音楽の想像や楽器演奏)に身体をほぼ接触させて一体化させている(もっともピュアでダイレクトな)状態…というのを、近現代の聴衆は科学技術の進歩によって「個人で」手にすることが出来るからだ。

 それは、確かに「音」としてのより多くの情報量や「空間」あるいは「体感」には欠けるが、音楽との「一体化(自己所有)」と「アクセス」に関しては究極の利便性を手にしたということでもある。

 なにしろ、ボタンを押したり画面をタッチするだけで、「好きな音楽」が「好きな時」に「好きな場所」で「好きなだけ」聴けるのだ。
 それこそは、音楽創造者にしか許されなかった至高の贅沢である「音楽を自分の世界に取り込む」ことであり、音楽の究極の聴き方と言えるかも知れない。

Ipod 私も実を言うと、最近の音楽の聴き方はほとんどiTunesであり、コンピュータに取り込んだCD数百枚ほどとネット配信でされる音源とをモニタースピーカーで聴くのが、おそらく音楽鑑賞の90%以上を占める。

 LPレコードの時代は、「交響曲を聴く」と言ったら、30分なり40分なりを「音楽だけの時間」に設定し、ちゃんとソファなり椅子なりに座ってスピーカー(かヘッドホン)の前で腕組みしたりして聴いた憶えがあるが、今はそう言うことはすっかりなくなった。
 交響曲どころか「テ・デウム」だろうが「ドイツ・レクイエム」だろうが「パルジファル」だろうが、仕事をしたり原稿を書いたりしながら、簡単に「アクセス」し視聴できるようになったのだ。まさに「夢」のような環境である。 

 こういう聴き方の出現で、「生」の音楽が脅かされ…あるいは、滅亡するのでは…と心配する向きも多いが、おそらくそれはないだろう。
 ここまでくると、iTunesなどでの聴き方は「代用品」どころか、全く別の「新しい聴き方」であり、どちらかがどちらかを駆逐するというような関係ではなくなっているからだ。
 おそらく問題はシェア(占有率)だけなのだ。(ただし、それが音楽関係者には死活問題なのだろうけれど…)

 音楽を再生するメディアが「生に匹敵するような」方向に進化しているとすれば、確かに追いつき追い越された時点で「生」の存在理由はなくなる。
 しかし、「生とは全く違った」方向に進化している以上、「生」の存在理由・存在価値は変わらない。むしろデジタルやネットの技術によって、「生」とは全く違った音楽の聴き方が普及すればするほど、「生」の存在理由は際立ってくるはずだからだ。

□生のデメリット

Hall04 と、ここまでは「生」の優位性を認めてきたが、私としては最初に述べたように「代用品」派である。

 それは、「生(ライヴ)」であることの問題ではなく、現在の「コンサート」という形態の抱える問題と言えるかも知れない。
 例えば…
 ・音楽を聴く場所と時間を制限される
 ・楽曲を選べない。
 ・大勢の聴衆と場所を共有するためノイズから逃れられない
 ・狭い椅子に座り続けるストレスがある
 
 コンサートは通常、平日なら夜7時から始まって9時頃終わる。これは普通の人が昼間は働いているという現代の社会状況に合わせた時間でしかなく、必ずしも音楽を聴くためのベストの時間とは言い難い。
 むかし…電気がなかった時代は、芝居や音楽会も昼間の時間帯に行い、暗くなる時間に終演ということだったらしいが、そういうのがもっとあってもいい。

 さらに、大勢の人の間に挟まれて2時間ほど身動きできない…という「閉塞感」があること。これは致命的な弱点だ。
 そのうえ左右の耳で音楽を聴くのに、その左右の耳のすぐそばに他人がいる。これは、どう考えても音楽を聴くベストな状況ではない。

Audience また、ホール中に生身の人間が数百人から千人以上びっしり座り、じっとして音楽を聴くというのも異常な状況だ。これだけ人数がいれば、いかに照明を落としてステージだけを照らし出したとしても、視界に入らないわけにはいかず、彼らの出すノイズや動きもかなり「音楽を聴く邪魔」になる。

 もちろん携帯電話や雑談や紙袋のノイズなどなどのマナー違反の雑音は問題外だが、いつもにもまして「耳をすます」状態にあるのに、そのまわりに千人前後の人間がいるのでは「静かさ」を確保出来るはずもなく、どこかで「我慢」を強いられる。

 そのうえ、開演と同時にドアを閉められて閉じ込められれば「閉所恐怖症」がむずむずするし、両側を他人に挟まれると(まるで挟み将棋の駒になったような気分になる)「はさまれ恐怖症」というのも発症しそうになる。いや、冗談でなく。

(またまた余談ながら、そんなコンサート嫌いの私が唯一の例外としてせっせと通っていたのが、現代音楽のコンサートだった。もちろんレコードで聴けない超マイナー音楽が聴けるということもあるが、いつもガラガラで客がいないので開放感があり、座席も自由なら出入りも自由でノイズは舞台の上だけ…というのが、私にとっては「天国」だったのだ。いや、冗談でなく…)

Audience2 と、もちろんこれらは個人的で勝手な言いぐさにすぎないが、生(ライヴ)のコンサートにはある種の「我慢」が必要であることは否定できない事実だ。
 なにしろ最大のメリットである空間性は「閉塞感」で失われ、大勢の聴衆と音楽を共有することのデメリットも受け入れざるを得ないのだから。

 このあたりを気にし出すと、かつてグールドやビートルズがそうだったように、余計なノイズがなく時間に縛られない「スタジオ」こそが最高の場であり、それを収録したCDなどの加工されたメディアこそが完璧な「音楽」だ…という結論を出す音楽家も出て来ることになる。

 さらに聴き手の側も、座席の位置やほかの聴衆の存在に惑わされることなく、いつでもアクセスできベストポジションで鑑賞できる個人所有の「完璧な音楽」を追い求めるようになる。これも自然の流れだろう。

 □ライヴの生命

Orchjapan しかし、(にもかかわらず)この「時間と場所に縛られ」「聴衆の存在に惑わされる」ということこそが、実は「ライヴ」のもっとも重要な、そして最大の魅力なのだから困ってしまう。

 なにしろ「ライヴ」は、時間と場所に縛られているからこそ一回こっきりでやり直しがきかない「緊張感」があり、聴衆がいるからこそその反応によって変化する「間合い」や「ニュアンス」があり、それらが織りなす「空気」と舞台と客席との心が通い合ったときに生まれる「共感」があり、それらが織りなす「音楽が生まれる瞬間」に立ち会う「感動」を得ることが出来る。

 ステージに一度でも上がった経験のある人は、客席から返ってくる反応の「ぞくっ」とする(リアルタイムの)皮膚感覚を知っているはずだ。こればっかりは、どんな高性能メディアでも再現できない。
 そして、自分の出す音で客が微笑んでくれたり涙を流してくれている…と感じた時の高揚感は、「100%完璧な音楽」とは違う「プラスアルファ」を放射する。

 これを感じたいがゆえに人はライヴに行く。それは単に「音楽を聴く」ためだけの行為ではなく、演奏者と聴衆とが共同で作り上げる「祭」に立ち会う行為であり、そこは「生身」の演奏者たちの前に「生身」の観客がいるからこそあり得る「一期一会」の空間である。

 これに立ち会うことこそがライヴでしか味わえない醍醐味であり、なんだかんだ言っても多くの人がライヴのコンサートに行ってしまう最大の理由なのだろう。

        * * *

コンサート紹介 これぞライヴで! 2010年

Flyer1■悠久の古都プラハが世界に誇る
 巨匠&名門オーケストラによる
 名曲の夕べ
 ズデニェク・マーカル指揮 プラハ交響楽団

1月11日(月) 14時開演 横浜みなとみらいホール
 スメタナ:「モルダウ」~連作交響詩「我が祖国」より
 モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲 第5番 「トルコ風」
   ヴァイオリン:千住真理子
 ドヴォルザーク:交響曲第9番ホ短調「新世界より」

1月12日(火) 19時開演 東京オペラシティ コンサートホール

 スメタナ:「モルダウ」~連作交響詩「我が祖国」より

 ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 作品104 
  
   チェロ:長谷川陽子
 
ドヴォルザーク:交響曲第9番ホ短調「新世界より」


1月14日(木) 19時開演 サントリーホール 
 
シューベルト:交響曲第8番ロ短調「未完成」
 
ショパン:ピアノ協奏曲第1番
   ピアノ:仲道郁代
 ヤナーチェク:シンフォニエッタ


Flyer2■ニュー・イヤー・コンサート2010
 ペーター・グート  (指揮&ヴァイオリン)
 森 麻季  (ソプラノ)
 ウィーン・シュトラウス・フェスティヴァル・オーケストラ

1月11日(月・祝) 14時開演 ミューザ川崎シンフォニーホール
1月13日(水) 19時開演 サントリーホール
 ヨハン・シュトラウスⅡ:「こうもり」序曲
 ヨハン・シュトラウスⅡ:「こうもり」より
  “公爵様、あなたのようなお方は”★
  “田舎娘をやるときは”★
 ヨハン・シュトラウスⅡ:ポルカ「クラップフェンの森で」
 ヨハン・シュトラウスⅡ:ワルツ「春の声」★
 レハール:「メリー・ウィドウ」より“メリー・ウィドウ・ワルツ”
 ヨハン・シュトラウスⅡ:ワルツ「美しく青きドナウ」
 ヨハン・シュトラウスⅡ:「皇帝円舞曲」

Flyer3■エヴァルト・ダネル (芸術監督・ヴァイオリン)
 錦織 健 (テノール)
 スロヴァキア室内オーケストラ

2月9日(火)19時開演 東京オペラシティ コンサートホール
2月11日(木・祝)14時開演 横浜みなとみらいホール
 ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲集「四季」より、「春」
 
ヘンデル:オラトリオ「メサイア」より
 
バッハ:ブランデンブルク協奏曲第3番 ト長調

 ヘンデル:歌劇「セルセ」より“オンブラ・マイ・フ”
 
ヘンデル:歌劇「リナルド」より“私を泣かせて下さい”
 
メンデルスゾーン:弦楽のための交響曲第10番 ロ短調 

 モーツァルト:歌劇「後宮からの逃走」より”おお、コンスタンツェ、おまえにまた会えるとは”
 
フンメル:メヌエット

 モーツァルト:歌劇「ドン・ジョヴァンニ」より“恋人を慰めて”
 
モーツァルト:歌劇「魔笛」より“なんと美しい絵姿”
 
モーツァルト:セレナード K.525 「アイネ・クライネ・ナハトムジーク


        *

Shinsho 月刊「クラシック音楽探偵事務所」が本になりました。
 講談社+α新書(プラスアルファしんしょ)「クラシック音楽はミステリーである」。

 バッハとショスタコーヴィチの暗号、ドン・ジョバンニ殺人事件、作曲家と連続殺人犯の共通項、トゥーランドットの深読み、などなど連載された原稿を軸に大幅に加筆したミステリー仕立ての全5編。

 12月21日発売。定価:¥838(税別)。

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2009/11/10

映画音楽の作り方

Cdvillon 最近、「ヴィヨンの妻〜桜桃とタンポポ」という映画の音楽を担当した。
 
 太宰治の生誕100年記念として企画された映画で、原作は小説「ヴィヨンの妻」。監督:根岸吉太郎、脚本:田中陽造。主演は、松たか子、浅野忠信。公開に先立ってモントリオール国際映画祭で最優秀監督賞を受賞し、この10月に全国ロードショー公開された。

 そこでこの機会に、映画音楽について体験談も交えてお話しておこう。

          *

◆映画音楽とは?

 「映画音楽」というジャンルが登場したのは、1920年代にトーキー映画が普及してからだから、結構新しい。
 当然ながら主立ったクラシックの作曲家は関与しておらず、「映画音楽」というジャンルに音楽を提供したのは、オネゲルやミヨー、プロコフィエフやショスタコーヴィチあたり以降の現代作曲家ということになる。

 ただし、〈作曲家〉(および脚本家)が中心になって作られていた「オペラ」に比べ、「映画」を統括するのは(御存知のように)〈監督〉。
 その下に脚本家(ストーリーおよび台本の担当)・美術(背景のセットや衣装や小道具のデザイン担当)・音楽(背景の音楽担当)・撮影(カメラ)・照明・特殊効果・録音・編集などなど膨大なスタッフが加わる「集団創作」である。
 作曲家はその中の「音楽」の部分だけを担当する一スタッフに過ぎない。

 その「映画」に、作曲家はどんな音楽をどんな風に付けてゆくのか。そのあたりを考察してみよう。

        *

◆オープニングとメインテーマ

Title 「映画音楽」の作曲…と言って一番イメージしやすいのは、何と言っても「メインテーマ」だろう。

 映画の冒頭オープニングには必ず「タイトル(題名)」が大きく映し出され、さらに主な俳優やスタッフの名前が次々に登場する。
 その数分間は「絵と文字」だけなので「音楽」は必需品。そこに流れる音楽は、多くの場合、その映画を象徴するもっとも印象的でキャッチーなメロディやテーマが使われることが多い。全編のイメージを決定する「メインテーマ」である。

「風と共に去りぬ」「第三の男」「ゴッドファーザー」「禁じられた遊び」「ロミオとジュリエット」「ニューシネマパラダイス」「スターウォーズ」などなど・・・タイトルを聞いただけでメロディが思い浮かぶ名曲が綺羅星のごとく並ぶ。

 恋愛映画ならロマンチックでメロディアスな音楽、スペクタクル映画なら壮大なオーケストラサウンドによる音楽、SF映画なら電子音や現代的サウンドの音楽。歴史劇ならその時代にあった宮廷や民族音楽。
 あるいは「主題歌」としてヴォーカルがメインになることもある。また、そこまで予算をかけられない場合も、ギター一本(禁じられた遊び)や民族楽器チター(第三の男)など、小さな編成で印象的な音楽を作ることも可能だ。

 時には、映画の印象を決定づける最も重要なアイテムになることさえあるので、作曲家にとっては腕の見せ所と言えるだろう。

◆登場人物のテーマ

Villon 次いで、登場人物のキャラクターごとに付ける「テーマ」。

 常にというわけではないが、「主人公のテーマ」や「ヒロインと愛のテーマ」「悪役のテーマ」などを作り、音楽的なわかりやすさを追求する。これはワーグナーの楽劇のライトモチーフ(主導動機)あたりが元祖か。

 この場合、メロディもだが、楽器の種類を選ぶのも重要なポイント。例えば主人公がギター、恋人がハープ、悪役がチューバ、母親がフルート、などなど(どんな観客にも聞き分け可能な)音色の違いを振り分けるわけだ。

 こういう多彩な楽器や楽想の振り分けが、楽譜で可能なのがオーケストラ系音楽の強み。これが、いまだに「映画音楽」界で(ジャズやロック系の音楽を差し置いて)オーケストラが重用されている理由だろうか。

 さらに、「人物」ではなく「情景(シーン)」そのものに付く音楽もある。

◆シーンの音楽

Tohoq シーン(Scene)というのはストーリーのひとまとまり。「ラブシーン」とか「戦闘シーン」とか「回想シーン」とかのシーンである。
 
 通常、映画音楽ではこのシーン単位に「M1(Music1)」「M2」という番号を振って音楽を付けてゆく。「ラブシーン」ならラブシーンらしく、「戦闘シーン」なら戦闘シーンらしく、「クライマックス・シーン」ならクライマックスらしく雰囲気を作ってゆくわけだ。

 そんなシーン音楽には「お約束」も多い。
 ラブシーンではロマンチックなストリングスやサックスのエロティックな響き。サスペンスシーンでは弦のトレモロ。(幽霊が出そうなシーンなら「ひゅーどろどろ」)。戦闘シーンならアップテンポで太鼓やドラム群の連打・・・。

 そしてタイプとしては2つ。
 基本はもちろん、そのシーンの展開に応じて音楽を付けてゆくタイプ。感情が高ぶったりスピード感が増したりすれば、それに応じて音楽を変化させてゆく。
 一方、シーンに丸々ぺたりと一曲を付けるBGM(Back Ground Music)タイプもある。これはシーン内の起伏に全く関係なく、「過去を回想しているシーン」とか「刑事が聞き込みに回っているシーン」とかを一括りにする付け方。明快で分かりやすいが、やり過ぎると安直な感じになる。

 表情付けタイプでは、明るいコード(長調)と悲しいコード(短調)の対比も感情表現に極めて有効だし、不協和音や無調の「不安感」「不気味さ」も映画では極めて効果的。
 ハーモニーやリズムそしてテンポの変化の妙味はすべて、映像と組み合わされることで増幅される。逆に言えば、映像はハーモニーとリズムの妙味を加えることで、その表現の大きさが倍加するわけである。
 映画に「音楽」を付ける最大の理由はこのあたりか。

◆フェイドイン、フェイドアウト

 ちなみに、それらのシーンごとの音楽は(生演奏と違って)知らない間に徐々に聞こえてきて、知らない間に徐々に消えてゆく…と言う付け方が可能。これは「映画音楽」の大きな特徴のひとつ。

 生演奏のオペラなどでは不可能だが、映画では単に音量を上げ下げすればいいだけ。なので、打ち寄せる波の音の中から静かに聞こえてくる…とか、風の音の中に融けるように消えてゆく…などと言った音楽の使い方が出来る。

 この、だんだん音楽が聞こえてくるのを「フェイドイン(Fade In)」、だんだん消えてゆくのを「フェイドアウト(Fade Out)」という。

◆場面転換(ブリッジ)の音楽

Studio さらに、あるシーンから次のシーンに切り替わる時(舞台でいうなら照明が暗くなって次のシーンになる時)、前のシーンの雰囲気を残しつつ次のシーンの前触れをするのが「場面転換(ブリッジ)」の音楽。
 せいぜい10秒とか20秒…と短いものが多いが、これも舞台音楽や映画音楽では重要な効果をもたらす。

 映画の映像は(現実世界と違って)フィルムの「1コマ」で全く違った世界や次のシーンにポンと飛んでしまうわけで、その「断層」を強調するか柔らかくするかがこのブリッジの音楽で左右されるわけである。

 アニメのような展開の早い映像では、それこそ「チャンチャン」とか「ピポパ」というような単なるアクセントや擬音のような2〜3秒のブリッジも多用される。

           *

◆カットとモンタージュ

Cuts シーンよりもっと細かい…映画における最も短い場面の単位をカット(Cut)という。カメラをセットしてフィルムを回して撮影できる最小単位(回さない最小単位は「一コマ」)である。

 これは監督が「用意、スタート!」と言って始まり、「はい、カット!」と言って終わるフィルムのひとまとまり。
 それこそ数コマ(数秒)の場合もあるし、監督によっては延々と一つのシーンを一カットで撮影することもある。

 このカットを複数組み合わせることで、「映画」は実際にはあり得ない(そして映像に映っていない)場面を観客に「想像」させることが出来る。

 例えば「主人公が崖から飛び降りて死ぬ」などと言うシーンを現実に一つのカットとして撮るのは不可能だが、カットを組み合わせることで「表現」出来る。

 まず、主人公の顔のアップ(カット1)、高い崖の遠景(カット2)、崖の縁に見える足(カット3)、落ちる小石(カット4)、空の景色と悲鳴(カット5)・・・というようなカットを繋ぎ合わせてゆけば、見た人は「主人公が崖から落ちた」と認識する。
 これを「モンタージュ」手法といい、映画の基本テクニックである。

◆シークエンス

Cuts2 さらに、この「崖から落ちるシーン」は、細かく言うと「崖までやってくる」「過去を回想する」「ちょっとためらう」「靴を揃える」「空を見上げる」「ダイビングする」「誰もいない崖の上」などのカットの連続があり、これらのひとまとまりをシークエンス(Sequence)という。

 文章で言えば、「第1章:崖の上にて」というのが「シーン」。「彼は崖の上に立った」というような一文が「カット」。彼が崖の上に立ち、空を見上げて昔のことを思い出し、そこに一陣の風が…というような文章のひと段落が「シークエンス」というわけである。

 この映像のシークエンス内のどのカットで音楽が始まってどのカットで終わるか、というのが音楽におけるシークエンス。そして、これは結構映画の流れや印象を左右する。

 例えば、シーン全体に(前述のBGM風に)音楽を貼り付ければすべて「回想」みたいに見せることも出来るし、顔のアップにピンポイントで音楽を付ければ、死を選んだ理由(失恋や絶望)に同情した悲劇に仕立てることができる。
 あるいは、緊張感のある音楽を付ければ「死ぬことの恐怖」や「不条理」にスポットを当てることが出来るし、即物的に風の音とかごうごういう地鳴りのような音楽を付ければホラーっぽくもなる。
 
 同じ映像でも、「どこからどこまでをシークエンス(連続)と捉えて、どういうタイプの音楽を付けるか」によって、ストーリーの流れや見る人の感情を左右することが出来るわけだ。

◆コントラスト

Contrast そういった「シーンごとの音楽」にはもちろん、悲しいシーンに悲しい音楽、楽しいシーンに楽しい音楽、を付けるのが基本である。
 しかし、全くその逆の対照的(コントラスト)な音楽を付け、それによって全く違った「イメージ」を喚起させる場合もある。

 例えば、「悲しい」シーンに「楽しい」音楽をぶつける場合。
 悲嘆に暮れる主人公が立ち尽くすシーンに、楽しげな音楽をかぶせる。それによって、その落差から来る「違和感」で悲しみの深さと無情さを倍加させる効果が生じるわけだ。
 人間は悲しければ泣くものだが、涙を流して泣かれるより、静かに微笑まれる方が「悲しみ」の深さを表現できることもある。それに似ている。

 逆に、楽しいシーンに物凄く「暗い音楽」をかぶせる場合。
 例えば、子供たちが無邪気に遊ぶ映像に、不気味で暗い葬送の音楽をぶつける。これは、これから起こる悲惨な事件(戦争や虐殺や大災害)の予感と不安を強烈に印象づけることが出来る。

 ただし、これは全くはずれてしまう可能性も含んでいるので、使う際には相当な計算が必要である。

◆対位法

Counter_2 さらに、このコントラストの応用にもなるが、映像と音楽とが違った視点で交差する「対位法」(複数の声部を交差させる技法)も映画のテクニックとして知られる。

 これは、2つ以上の(対照的な)ストーリーが1つの場面で同時進行するもので、もちろん映像だけでも成立するが、音楽が付くと一層効果的になる。
 例えば、「悲しみ」に暮れる主人公の横で、ラジオが「楽しい」ワルツを流している…とか、無邪気に遊んでいる子供たちの背後で、テレビが父親の死を報道している…というような効果である。

 ただし、これもコントラスト以上に「計算づく」の作り方であり、うまくゆけば効果は絶大だが、まるっきり気付かれないこともあり、だからと言って強調し過ぎると、わざとらしい計算ばかり目立って理屈っぽくなる。
 繰り返し見たり、説明されたりして初めて「なるほど」と思う「隠し味」のようなものと考えるべきだろうか。

◆シンクロとずらし

Photo このように音楽は基本的に「映像の雰囲気」に合わせるものだが、さらにもっと細かく「アクション」にぴったり合わせる(シンクロさせる)こともある。

 オペラでも、例えばピストルの発射音とか、ナイフで刺す瞬間などのアクションに「音楽」でアクセントを付けるのは常套手段としてよく使われる。
 映画は(映像に合わせて音楽を付けるので)もっと正確に、主人公の動作に音楽をシンクロさせることが出来るわけだ。
 
 登場人物たちが、振り向いたり、走ったり止まったり、笑ったり泣いたり…するのに音楽を付けてもいいし、さらに、雨や水滴のポツン…とか、足音のトボトボ…とか、葉っぱの落ちるヒラヒラ…などにすべてピッタリ音楽を合わせることだって出来る。
 
 もっとも、アニメなどでは有効なこの手法も、実写映画であまりにも映像とシンクロさせた音楽を付けてしまうと、逆に不自然(マンガチック)になることもある。
 笑ったり泣いたり、ドアを開けたり走ったりするたびに、それらしい音楽が付くのは、「操り人形」のようにに見えるからだろうか。

 一方、シンクロさせるのではなく、意図的に音楽を前後に「ずらす」こともある。アクションの寸前に音楽が出れば一種の「予感」になり、後ろにずれて音が出れば「追体験」のような効果を生む。

 さらに極端にずらして、映像と一致しない音楽にすると、前述の「コントラスト」の効果になるわけだ。(ちなみに「シンクロ」というのは、映画用語では撮影と同時に音声(セリフ)も撮る「同時録音」のこと)

◆無音

Dazai ところで、映画全体における「音楽」の比率…ということになると、アメリカ(ハリウッド)映画はかなり高比率だ。音楽のないシーンが見当たらないほど「これでもか」と全編にうるさいほど大きな音楽が付けられていることが多い。

 もちろん音楽を付けるのが「サービス」ということもあるが、一説には「雑音消し」という意味合いが大きいらしい。
 つまり、音楽がないと、映写機の音や観客たちの出す雑音(なにしろ映画館には大勢の人が座って、ものを食べたり飲んだり話したりしながら見ているのだ)で現実に引き戻されてしまうし、映画館の安物スピーカーから出るノイズを消すために大きい音で音楽を流す必要があったわけだ。

 現在では映画館の音響再生装置はかなり高性能になったが、音楽がないところでも、地響きみたいな低周波とか、風の音のようなホワイトノイズがはいっていることが多い。あれは「無音」恐怖症とでも言うのだろうか。

 対して、日本映画は(セリフだけで)「無音」のシーンが少なくない。これは、観客が静かだという国民性なのだろうか?
 個人的にも、静かに淡々と進んでいる物語なら、そこに敢えて「音楽」など付ける必要はないとさえ思う。

 ただ、「無音」というのは意外と緊張を強いるので(特にラヴシーンなどでは音楽なしだと居たたまれなくなる)、「匂い消し」として音楽が欲しいと思うこともあるにはあるのだが・・。

 考えてみれば、現実の世界では後ろに「音楽」など聞こえていないわけで、どうして映画はあんなに全編音楽が付いているのだろう?と不思議に思うことも時々ある。
 しかし、そのあたりについては、「それを言っちゃあおしまい」ということなのだろう。

(そう言えば、かのヒッチコック監督は、海上での漂流シーンにオーケストラの音楽を付けた作曲家に向かって、「どうして海の上なのにオーケストラが聞こえてくるんだ?」という禁断のひと言を発したそうな。
 しかし、その時の作曲家の反論がふるっている。「じゃあ、どうして海の上なのにカメラがあるんですか?」)

◆SE(効果音/現実音)

Se 映画には「音楽以外の音」も沢山ある。ひとつはもちろん登場人物たちの「セリフ」だが、もう一つ重要なのは「SE(Sound Effect:効果音/現実音)」である。

 ピストルの発射音や爆発音などから、ドアの音や自動車の音などの現実音、風の音や雨の音などの自然の音。映画に使われる音はそれこそ膨大にある。
 撮影の時に一緒に録音された音もあるが、多くは編集の段階でレコードやCDなどの「音源」や、効果音スタジオで作られたサウンドを映像に合わせることで作られる。

 これは「作曲家」の仕事の範疇ではなく、「録音」や「効果」の仕事だが、ある種「音楽的」に付けることも可能だ。

 例えば(日本人にとっては)蝉の鳴き声は「暑い夏のノスタルジー」を想起させる最高の音楽だし、波の音やせせらぎの音などは「癒しの空間」を創出させる最強の音楽になる。

 また、舞台となる時代の音楽(流行歌など)もSE音楽として重要な役割を演じることがある。「リンゴの歌」がラジオから聞こえてくれば時代は瞬時に「終戦直後」になるし、「東京オリンピックのマーチ」が聞こえてくれば1964年に記憶がタイムスリップする。

 ただし、国籍や世代によってそういうSEの感じ方が違うことがあるので注意が必要。昔の流行歌そのものを知らない若い世代には、戦後も1960年代も記憶にはないし、「季節の風物詩」的な音はその国や地方以外の観客には通じないことも多い。

 しかし、それらすべての「音」を音楽的に扱うのも、ある意味では「映画音楽」の効果に含まれるのかも知れない。

          *

Villon_2 と、映画に付ける「音楽」の種類について述べてきたが、ついでに「映画音楽」を制作するうえでの段取りとノウハウについても話しておこう。

 監督や俳優やスタッフがすべて決定し、映画の撮影が始まるのは「クランクイン」。そこから数ヶ月(長い場合は数年)の撮影期間を経て、撮影が一通り終わる(全シーンを撮り終える)のが「クランクアップ」。(クランク云々というのは、昔の撮影カメラの手回しハンドルから来ているらしい)

 映画制作に「作曲家」が参加するのは、そのあたりからだ。
 もちろん「台本」の段階で、どういうタイプの音楽にするかという構想は始めるものの、具体的に「どのくらいの長さの音楽を、どのくらいの数だけ作曲するか」というのは、実際の映像と全体の寸法が決まらなければ、決定しようがないからだ。

◆テンプトラック

 撮影が終わったフィルムを台本通りざっと繋ぎ合わせたのが「ラッシュ・フィルム」。この段階ではセリフ以外の「音」は入っていない。
 作曲家はその映像を見て、映画の世界観を感じ「どこにどういう音楽を付けるか」を構想するわけだが、この時、監督によっては「ここはこんな感じで」と既成の曲を当て嵌めていることもある。これをテンプトラック(Temporary Track)という。

 例えば、キューブリック監督のSF映画「2001年宇宙の旅」では、冒頭の壮大な天体シーンに流れる「ツァラトゥストラ」や、宇宙船が飛ぶシーンの「青きドナウ」など、すべて監督が「こんな感じで」と当て嵌めた「仮の」音楽だったそうだ。しかし、結局それ以上の音楽を作曲家が作ることが出来ず、そのまま本編でも使用することになったらしい。

 また黒沢(明)監督もテンプトラックにクラシック名曲を愛用する人だったらしく、影武者では「軽騎兵序曲」、「乱」では「大地の歌」などなどが全編にわたって仮の音楽として付いていたという。

 これは、確かに「監督のイメージする音楽がわかりやすい」という反面、監督の音楽センスと「既成の音楽のキャラクター」に縛られてしまう難点もあるわけで、作曲家にとっては痛し痒しの代物と言えなくもない。

◆プレスコとアフレコ

Sisha 一方、「映像に後から音楽を付ける」のではなく、最初に「セリフや音楽」を収録し、それに後から映像を付けてゆくこともある。これをプレスコ(Pre Scoring)という。

 ディズニーのアニメ映画などは大体この方式。「音」に合わせて「絵」を描いてゆくのだから、当然ながら映像と音とを完璧にシンクロ出来る。

 例えば(前述のように)主人公が転んだり、葉っぱが落ちたり、水滴が音階を奏でたり…というようなシーンを、完璧に「音楽」に合わせて作ることが出来るし、しゃべる口の動きなども完全にセリフと合わせられるわけだ。
 ただし、手間はかかるし費用も大変そうだ。

 それに対して、出来た映像に合わせて後から音を付けるのがアフレコ(After Recording)。
 撮影している時は単にセリフの寸法で口をパクパクさせておいて、それに後で俳優(あるいは声優)が合わせる。
 音楽の場合は、映像に合わせて後から音楽を書き、画面に合わせて音楽を嵌め込む。

 この場合は、ラフ(未完成)の映像でも、寸法さえ合っていればそれに合わせて「セリフ」や「音楽」の制作を同時進行させることも可能。時間的にも予算的にもプレスコよりは遙かに効率的と言える。

◆編集

Edit こうして監督や作曲家が作り上げた「完成映像」も、そのまま劇場公開されるわけではなく、さらに制作サイドから「編集」の手がはいる。

 多くの場合、台本通り撮影した全シーンを繋ぎ合わせると、最終的な寸法の何倍もの長尺になるのが普通。(今回の「ヴィヨンの妻」の場合も、この段階では3時間以上あった)。しかし、映画として上映出来るのは普通せいぜい2時間前後。どうしても数十分から数時間分は泣く泣くカットしなければならない。

 その場合、実際に撮影した当の監督では、苦労して撮ったシーンを簡単にカットはできないのが人情。
 そこで、制作会社や専門の編集者が「客観的」(かつ「映画をヒットさせる」ため)に、長すぎるシーンをカットしたり、分かりやすくシーンを入れ替えたりすることがある。これが「編集」。
 時には、セリフを替えてしまったりエンディングを挿げ替えてしまう(例えば主人公が死んでしまうラストをハッピーエンドに変えたりする)こともあるそうだ。

 音楽でも例えば、新しく書いた音楽を全部NGにして結局テンプトラックの音楽にしてしまったり、微妙な表現だった音楽を差し替えて分かりやすく全編メインテーマの繰り返しだけにしてしまったり、と言うことが起こるわけだ。

 そして、編集が終了すると、映像と音(音楽やセリフや現実音)をすべて合わせる「ダビング」という作業を行い、その結果出来たものを「試写」する。
 スタッフが立ち会って行うこの最初の試写を「初号試写(あるいは「0号試写」)」という。

 俳優は、ここで初めて「どのカットが使われて」「どのカットがカットされたか」を知るわけなのだが、端役の俳優さんなどは、編集によって自分が映っているシーンがゼロになってしまうこともあるらしい。

 そんなわけなので、音楽があちこち切り貼りされるくらいは「映画の世界」ではごく普通のこと。ここで「仕事」と割り切れない人は、この仕事は向いていないと言うことなのだろう。

       *

◆選曲

Mlist ドラマなどでは、「作曲」ではなく「選曲」という音楽の付け方もある。

 これは、作曲家に新しく音楽を描いてもらうほど予算がない場合、出来合いの曲を選んできて嵌め込むことで、映画のスタッフ・クレジットに「作曲家」の名前が無く「選曲」だけの場合は、この方式である。

 ちなみに、私も昔ラジオドラマでこの「選曲」のアルバイトをしたことがある。(シーンにあった音楽のCDを選び、曲タイトルとアーティストと使用時間を著作権協会に申請し、所定の使用料を支払えばいい。確かに新たに作るよりは遙かに安上がりだ)

 また、作曲家が「どのシーンにどの音楽」と考えて作曲するのではなく、作曲家は注文された楽曲を作るだけで、「どの曲をどのシーンに嵌めるか」は「選曲」担当に任せる…という方法もある。 

 この場合、作曲家は(例えば「音楽監督」というようなスタッフから)「主人公のテーマ」「場面転換の音楽:15秒」「悲しいシーンの音楽:3分20秒」「戦闘シーン:パターンA,パターンB」「回想シーン:ソロ、アンサンブル」というような注文で音楽を書いてゆき、数十曲ほどをストックさせる。
 それを選曲担当者が、「このシーンにこの音楽」と決めて、映像に嵌め込んでゆくわけである。

 特に、毎週放送される連続ドラマなどのような場合は、毎回作曲家が新しいシーンに合わせて作曲しスタジオ録音するのでは手間もコストもかかるので、最初に書いた数十曲(時には百曲以上)のストックの中から「選曲」担当が音楽を当て嵌めてゆくことが多い。

◆タイアップ楽曲

Cdx もうひとつ、作曲家にとって複雑な「仮想敵」が、最近はびこっている「タイアップ楽曲」。これは、メインテーマあるいはエンディング曲のかわりに、有名アーティストや新人アーティストの「新曲」や「ヒット曲」を使うこと。

 映画音楽の作曲家が書く「インストゥルメンタル」のテーマ曲より、ヒットを狙える「ポップス楽曲」を使う方が、効果としてもインパクトとしても上と言うことなのだろう。

 映画会社としてはそのアーティストやレコード会社が映画のプロモートをしてくれる利点があり、レコード会社としては映画がそのままアーティストと楽曲の「宣伝」になる利点がある。
 そんな利害関係の一致から、両者が手を結ぶ(タイアップ)わけである。

 最近の日本映画の場合はこれが実に多い。映画の主人公が映画の雰囲気で歌う歌ならまだしも、まったく関係ないアーティストが(しかも詞の内容も映画と全く関係ないような)歌を歌っている場合は、本当に絶望的になる。

 それに付き合わされる作曲家としては…「メインテーマを書かなくて良いから楽だ」と考えるべきか、「自分がせっかく作った音楽の世界を否定されるようでイヤだ」と考えるべきか微妙なところ。

◆サウンドトラック

Soundtrack
 さて、以上のような艱難辛苦の末、映画がすべて出来上がると、その「映像」と「音声」は一本のフィルム(数巻)に納められる。

 このフィルムはもちろん映像が収録されているわけだが、その横に音声が録音されたトラックがあり、これを「サウンドトラック」(Sound Track)という。

 本来は、音楽以外のセリフやSE(効果音)などもすべて含む「映画の音の部分」なのだが、普通はサウンドトラックというと映画の「音楽」のことを指すことが多い。

 本編の映画で使われた音源(シーンに応じてフェイドイン・フェイドアウトしていたり、加工されている)をそのまま収録したものが「オリジナル・サウンドトラック」。
 対して、スタジオで収録されたオーケストラなどの演奏音源を収録したものを「オリジナル・サウンドスコア」と呼んで区別することもある。
(さらに、映画の時とは違う演奏者で録音し直した「サウンドトラックスコア」(オリジナルではない)というのもあるそうだ。)

 今回の映画「ヴィヨンの妻」のサウンドトラック盤CDは、後者の「オリジナル・サウンドスコア」。映画本編では使われなかった楽曲も含め、加工される以前の録音時の状態で収録されている。

 作曲家としては、映画本編こそが「完成作品」とも言えるし、こうして音楽だけをひとつにまとめたものこそ「作品」とも言えるが、共にちょっと不思議な距離感がある…と言うのが正直なところか。

 映画においては「音楽」は空気のようなもので、特に印象に残らない方が普通と言えなくもない。
 ただ、「音楽」の部分に注目して鑑賞することで、「映画」もまた違った見方が出来る。見慣れた映画を「音楽」という視点で見直してみると、新たな発見があって面白いかも知れない。

         *

Villonh_2■映画「ヴィヨンの妻〜桜桃とタンポポ」

Cast
 松たか子、浅野忠信
 室井滋、伊武雅刀、広末涼子
 妻夫木聡、堤真一

Staff
 監督:根岸吉太郎
 脚本:田中陽造
 原作:太宰治

 音楽:吉松隆
 撮影:柴主高秀
 照明:長田達也
 録音:柿澤潔
 美術監督:種田陽平
 美術:矢内京子
 編集:川島章正
 衣装デザイン:黒澤和子
 フードスタイリスト:飯島奈美

 製作(C):フジテレビジョン パパドゥ 
  新潮社 日本映画衛星放送

★映画公式ホームページ:HP 

☆サウンドトラック盤:CD
 ・BMG (アリオラ・ジャパン):BVCL29 

★おまけ
 映画公開記念インタビュー「ヴィヨンの妻」の音楽について
 ・その1 ・その2

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2009/10/10

音響合成マシンとしてのオーケストラ

Orchsynth クラシック音楽の醍醐味の一つにオーケストラのサウンドがある。それは、人間の喜怒哀楽から自然の描写さらには人生や世界まで、すべてを「音響」で描ききる最強の楽器《オーケストラ》が生み出す音響の宇宙である。

 この《オーケストラ》、シンセサイザーやコンピュータのなかった時代における「究極の音響合成マシン」と言える。
 なにしろ、楽器群(オシレーター:発信回路)があり、その音響を合成(シンセサイズ)するホールがあり、制御する指揮者(シークエンサー)がいる。
 そして、それらは作曲家(プログラマー)が記述する「五線譜」という言語で書かれたプログラム(スコア:総譜)によって駆動する。
 まさに、生体による音響合成システムそのものなのである。

 というわけで今回は、オーケストラという《音響合成マシン》の仕組みと、サウンド合成のノウハウについて探ってみよう。

          *

■音源の種類

Waveform オーケストラは、4つのオシレーター(発音源)からなっている。〈弦楽器〉〈木管楽器〉〈金管楽器〉そして〈打楽器〉である。

 ◇弦楽器は、弦を弓でこすって演奏するヴァイオリン属による音源。高音域のヴァイオリン1・2、中音域のヴィオラ、中低音域のチェロ、そして低音域のコントラバスという5つのセクションからなり、総勢50人前後。このセクションでオーケストラの最高音から最低音までをほぼカバーし、独立して弦楽オーケストラのみでも機能する最大派閥である。

 ◇木管楽器は、木製の管を起源とする色彩的で繊細な「笛」による音源。中高音域を担当するフルート、オーボエ、クラリネット、そして中低音域を担当するファゴットの4つのセクションからなる。通常2管あるいは3管ずつの組み合わせで演奏される。

Waveforms ◇金管楽器は、金属(真鍮)製の管による「ラッパ」類による音源。角笛系のホルン、ラッパ系のトランペット、トロンボーン、および低音域を担当するチューバからなる。
 ホルン4声、トランペット2〜3声、トロンボーン3声、チューバ1声…が基本形。

 ◇打楽器(編入楽器)は、リズムおよび色彩を担当する楽器類による音源。太鼓系のティンパニや小太鼓、バスドラムのほか、アクセント楽器としてのシンバルやトライアングル、カスタネットなどの鳴り物類が中心。
そのほか、木琴やヴィブラフォンのようなマレット楽器や、ハープ、チェレスタ、ピアノなどの撥弦楽器および鍵盤楽器も含まれる。
          *

■サウンドの合成(シンセサイズ)

Adsr これらの「音源(楽器)」の種類・機能およびその「組み合わせ(ミキシングのバランス)」によってオーケストラのサウンド(響きのキャラクター)は決定する。

 それぞれの音源は、そのキャラクターが違うので、合成にはいくぶん楽器に関する「知識」が必要になる。というわけで、個々の音源の特徴を比較してみよう。

・《弦楽器》。
 長所:自然倍音を多彩に含み、数を増やして合奏することで音が豊かになる。強奏・弱奏とも演奏効果に優れ、複数楽器の組み合わせで和音も自在。他の楽器類とのミックス(融け合い)具合も有効で、弓の返しによって長い音の持続(ロングトーン)も可能。
 短所:倍音が豊かなので、逆に他の楽器の余韻を吸収してしまう難点あり。また、「音の立ち上がり(Attack time)」が若干遅く、ビート感の表出は苦手。

・《木管楽器》
 長所:音色は、純音に近い単音。キイ操作により複雑なパッセージも正確に演奏可能。音色のキャラクターが明快なので、性格的なメロディやフレーズ、および対位法的なハーモニーが得意。
 短所:ブレス(息継ぎ)を必要とするため、長いロングトーンは不可。和音でハーモニーを作るのは若干苦手で、音を重ねても弦楽器のような豊かな合成音にはならない。

・《金管楽器》
 長所:ソロでもオーケストラに負けない圧倒的な音量を持つ。華やかな響きが得意で、複数楽器による三和音にも威力を発揮する。
 短所:基本的には自然倍音列のドミソのみの楽器(現代楽器はバルブによって半音の演奏も可能)なので、複雑な転調および早く正確なパッセージの演奏は不向き。

Waveformp・《打楽器》
 長所:音の立ち上がり(Attack Time)が早く、リズムやアクセントおよびビート感の生成に有効。また、くっきりしたアタック音や余韻の美しさなど、様々なキャラクターを持つ音色の宝庫でもある。
 短所:アタック音のあと減衰が早い「短音」楽器がほとんどで、音程感がないか稀少。多用するとハーモニーを壊す危険性あり。

 このような楽器たちを組み合わせ構成するテクニックを〈オーケストレイション(管弦楽法)〉という。
 言うなれば、さまざまな性格を帯びた「色」や「筆」を使い分けてひとつの大きな「絵画」を仕上げるようなわけであり、その作業手順も絵を描いてゆく課程に似ている。
 
         *

■オーケストレイションの手順

Mahler9 ◇ピアノスコア
 まずスケッチやデッサン(あるいは原曲)から、ざっと全体の当たりを付けて曲の構図や配置を決める。
 作曲家によっては、この段階ですべて「ピアノ」で弾けるような楽譜に完成させる人もいる。この2段譜の段階を「ピアノ・スコア」という。

◇デッサン
 ピアノスコアを元に、このフレーズはクラリネットで、このテーマはトロンボーンで、ここのアクセントはバスドラムで…というような感じで、使う楽器をおおまかに書き込んでゆく。
 木管楽器、金管楽器、打楽器、弦楽器を分けた簡略譜(4段〜8段譜くらい)にすることが多い。この段階からいきなりスコアに書き込んでゆく作曲家もいる。

◇オーケストレイション
 最終的なオーケストラ・スコア(12段以上)に音符を書き込んでゆく。
 デッサン段階で完璧に構成がすんでいれば、ここでは単純に音符を書き写し、清書してゆく作業になる。
 膨大な音符を書くので時間はかかるが、ある意味では機械的でルーティンな作業とも言える。

◇チェック
 全体の楽譜が仕上がった後、それぞれのパート別に演奏指示(fやp、クレッシェンド、あるいはアクセント、テヌート、#♭などの記号)に漏れがないかを確認する。練習番号も忘れずに。

 次に、このオーケストレイション作業を、ちょっとタイプ別に見てみよう。

          *

■初級編

Sample04◇モノクロ(単色)で下絵風に

 もっともシンプルなのは、単純に〈メロディ〉とその〈対位法〉的な組み合わせを、楽器にトレースするもの。ただ単に「ピアノ(あるいはオルガン)で書かれた楽譜を、アンサンブルに振り分けてみました」という感じである。
 例えば主メロディをヴァイオリンに、低音のバス声部をチェロとコントラバスに、内声をヴィオラに分担させれば出来上がり。あとは、目立たせたいメロディを木管楽器で重ね、コラール風に盛り上がるところは金管楽器をかぶせ、アクセントにティンパニを添える…というくらいか。
 ドイツ楽派(ベートーヴェンからブラームスあたり)はこの地味めのオーケストレイションが多い。飾りけを廃して純粋に音楽の形だけが聞こえるため、色彩感には乏しいものの、ストレートな語り口が魅力とも言える。

◇色付け(簡単な彩色)

 モノクロの世界に色づけする第一歩は、まず木管楽器から。同じメロディでも、フルートの高音をオクターヴ上に付加すれば華やかになり、オーボエで静かに歌わせれば哀愁を伴い、クラリネットを添えればのどかさが加わる。さらに、ファゴットで渋めのモノローグも有効だ。
 この場合、伴奏に廻る弦楽器の扱いにセンスが必要。べったり全音符でオルガン風の和音をつけるだけではなく、分散和音の伴奏音型を作ったり、軽めのアクセントでリズムを刻んだり、あるいはピチカートで乾いた感じにしてみたり。伴奏に工夫を凝らすのも「色彩感」を加える重要なポイントになる。

Sample01◇厚みを加える

 色付けしただけでは、まだどうしても「薄い」感じが残る。これは、内声のなさのせい。メロディとベースのラインだけでは輪郭だけの絵のようなもので、響きがスカスカになってしまうのである。
 そこで和音の中音域を充填して「内声」を豊かにする(まさに色を塗る感じだ)。デリケートなメロディの場合は、ヴィオラやホルンで中音域の和音を補填。もう少し壮大な響きにしたいときはトロンボーンの3声でハーモニーを添える。
 古典派では管楽器(ホルン含む)は2管ずつで、大体5度や3度音程(ドソあるいはドミ)の和音だが、これを3管(あるいは4管)に増やすことで7thや9thの和音も作ることが出来る。これも響きに厚みと色彩感を加えるのにかなり有効なテクニックだ。

◇性格をくっきりさせる

 このように音符を楽器に振り分ければオーケストラっぽいサウンドにはなるが、これだけでは、オーケストレイションとは言えない。ここからは「アイデア」と「センス」の問題になる。同じメロディ同じテーマでも《音源》の選び方(そして合成の仕方)次第で、キャラクターはがらりと変わるからだ。
 基本は、それぞれの楽器のキャラクターを際立たせること(例えば、トランペットならファンファーレ風、トロンボーンなら聖歌風、クラリネットやファゴットならコミカルに、オーボエならノスタルジックに、フルートなら鳥の歌風に、などなど)。
 そして、フルートの低音とファゴットの高音、弦楽器のピチカートとホルンの中音域、トランペットの弱音とコントラバス、弱音器付きの弦楽器にトライアングル…などなど、個性的な組み合わせを考えること。
 前述のような楽器の長所短所はしっかり把握すべきだが、長所ばかりを使うのでは凡庸に陥る。短所こそ裏を返せば強力な個性にもなることを肝に銘じるべきだろう。そこには「決まり事」はない。「想像力」こそがすべてに優先する。
 
■中級編

Sample02
◇コントラスト(明暗をくっきり)

 もう少しプロ仕様となると、絵画でも、重要なのは光と影のコントラストとアクセント。目の中の「きらり」とか肌や服の「光の反射(ハイライト)」などが、輪郭を際立たせる。
 オーケストレイションでも、印象づけたいメロディの出だしやアクセント部分あるいは装飾音型に、別の「音源」を隠し味のように加え、その部分を際立たせるわけだ。
 特に弦楽器は(音質の所で述べたように)音の立ち上がりが幾分遅く(と言ってもコンマ何秒の世界だが)、柔らかいメロディの場合はともかく、硬質な感じにしたい場合は「切れ」に欠ける。
 それを補うために、例えば出だしやアクセントのポイントに、トライアングルなどの鳴り物やピチカートを添えてみたり、ピッコロの高音の装飾音型や木管のトリルを加えたりして「ハイライト」を作るわけである。

◇遠近感(奥行きをつける)

 線をくっきりさせることにこだわると、刺激が打ち消しあって逆に平板な印象になる。音楽でも、同じ強さ(弱さ)同じ早さで音楽を進行させ続けると(それがどんなにくっきりした楽想でも)退屈な印象になることが多い。
 そこで、コントラストを加えるのではなく逆に「背景をぼかす」ことで、本体を際立たせることが必要になってくる。音楽で言うと、テンポやダイナミクスを動かすことで「遠近感」を付けるわけである。
 印象抜群なのは、急に声をひそめる(スビート・ピアノ)や、ディミニュエンド(だんだん音を小さくする)あるいはリタルダンド(テンポを遅くする)などをうまく組み込むこと。これによって音楽に奥行きが生まれる。
 ただし、やりすぎるとただの「ぼけた絵」になってしまうので注意が必要。

◇極彩色(色彩のコントラスト)

 さらに、リアルな描写や自然な色彩だけではなく、この世のものではないファンタジーの世界にするテクニックもある。
 絵画なら、「燃える炎」とか「優しく光る星」あるいは「ゆらゆら揺れる水面」のような素材を書き加えることで、現実ではない夢幻の世界に見るものを引き込むわけだが、音楽の場合は《編入楽器》で極彩色サウンドにする。
 一番シンプルかつ有効なのは、パーカッション類。トライアングルの「チーン」より、アンティック・シンバルやフィンガー・ベルの「ちりーん」の方がファンタジーっぽい世界になるし、ちょっと特殊だが、風鈴やソリの鈴、カウベル(牛の鈴)なども、一瞬にして「違った世界」に聴き手を引き込むアイテム。ウッドブロックや木魚は木質のチャカポコ感でコミカルな世界を作れるし、ムチの「ぴしっ」という音や、チューブラベル(のど自慢の鐘)の「カーン」という音も効果的な「一発芸」として有効だ。
 また編入楽器の女王「ハープ」も、ポロロンと弾いただけで幻想の世界へ誘い込む最強の楽器。グリッサンドやアルペジオを華麗に加えただけで、ロマンティックとファンタスティックを同時に手に入れることが出来る(ただし、使いすぎると「くどい」印象になるので、節度をもって)

Sample03◇テンション・アップ
 
 楽器は普通、最低音や最高音域が「出しにくい」音域に成るわけだが、出しにくい音を無理矢理出すことでテンションがアップする効果も出てくる。
 例えば、ヴァイオリンやチェロの高音域はハイテンションな表現に極めて有効。フォルテでは壮大なクライマックス、ピアノでは緊張感のあるデリカシーを表現できる。チャイコフスキーからショスタコーヴィチに至るロシアの作曲家は、この弦楽器の高音域ハイテンションが得意。ヒステリックになるぎりぎりの絶叫型クライマックスが聴き所だ。
 ただし、楽器によっては高音域がそのまま「出にくい音」になり、やせた苦しい音にしかならない場合もあるので注意が必要。同じ弦楽器でもヴィオラとコントラバスに高音ハイテンションは不向き。また、金管楽器も(ジャズ風のつぶれた音でのハイノートは印象的だが)クラシカルな音色を保持しての高音奏法はきわめて難しい)

◇ドン・シャリ

 テンション・アップの亜種でもあるが、わざとベースや打楽器の最低音域(ドン)と弦や管楽器の最高音域(シャリ)のみを強調するのも、ちょっとしたテクニック。(ポップスなら、バスドラムとベース、エレキの高音とヴォーカルのシャウトだけをイコライジングで強調する裏技)。
 これは、例えて言えば「極太マジックで書いた字」のようなもので、演奏レベルがあまり高くないオーケストラや音質の悪いテレビやラジオ向けの音楽では極めて有効。(いくぶん品のなさがあるので)あまりお勧めできないが、刺激的かつ効果的であることだけは確か。
 ショスタコーヴィチやストラヴィンスキーなどは極めてハイレベルでこの技をこなしているが、一歩間違うとただの「ドタバタ・サウンド」になるので御用心。

■上級編

Sample05
◇デリケート(繊細)に

 さて、もう少し高度な技を紹介してゆこう。
 本来は大編成で華麗的な方向に「増幅」させるのがオーケストレイションだが、逆に「ミニアチュア(微細画)」にする方向もある。色彩的ではありながら繊細で透明感ある世界(ガラスや水晶細工のような)の表現とでも言おうか。
 それには、ヴァイオリンなど弦楽器のディヴィジ(分奏)が効果的。通常は第1ヴァイオリンなら14人ほどがユニゾンでメロディ・ラインを演奏するが、これを3つや4つに分ける(div3、div4)。当然ながら音は弱くかすかになるが、これによりメロディの一つの音の中に三和音や7thの響きを組み込むことが出来、かなり繊細なサウンドになる。
 これはラヴェルおよびドビュッシーなどフランス近代楽派のお家芸(逆にドイツ〜ロシア楽派はほとんどやらない)で、パステルカラーのような淡い色彩感を出すのに有効。ただし、線が細くなってしまうため、「か弱い」感じになるので注意が必要。

◇テクスチャー(質感)

 自然の描写に欠かせないのが「質感」のテクニック。絵画で言うと、水面のゆらゆらや空に浮かぶ雲の形、あるいは山肌や岩肌、大地の土の感じ、草や木の葉っぱや枝…というようなものだろうか。
 音楽的にもっとも有効なのは、細かい音型の繰り返し。弦楽器や木管楽器のゆっくり(ゆらゆら)パターンは「水」や「波」のイメージ、逆に早い繰り返しパッセージでは「嵐」や「風」のようなイメージになる。
 繰り返すパターンの音程を全音階にすれば「のどかな」感じ、逆に半音階にすれば「不安な」感じになる。また、繰り返しをトリルやトレモロのような早い刻みにすれば、その強弱で「波」や「風」の強弱を表すことが出来る。

◇極彩色(繊細な装飾)

 このテクスチャー技法を応用すれば、さらに繊細な彩色が可能になる。例えば、前述のハープのグリッサンドやアルペジオを添えるファンタスティック・サウンドも、弱音で添えるとかなり「繊細」なサウンドになる。さらに弱音器を付けたり、ハーモニクス(高音の倍音奏法)を添えるのもかなり効果的だ。
 また、編入楽器を増やせば、さらなる繊細な彩色が可能になる。チェレスタのまさに星の煌めきのような幻想的キラキラ感や、グロッケンシュピール(鉄琴)の超高音による刺激的キンキラ感、ヴィブラフォンによるちょっと気だるいフワフワ感などを加えることも有効。
 さらに、ギターやマンドリン、グラスハープ、各種の民族楽器などなど特殊な編入楽器は「色彩」の宝庫でもある。

Sample06◇特殊素材

 極めつけは、普通の奏法ではない「特殊奏法」の使用。かつては弦楽器のピチカートなども「特殊奏法」だったそうだが、今ではそのくらいでは聴き手は驚かない(別に驚かなくても良いのだが)。
 弦楽器なら、駒の近くの弦を弾いて尖った音を出す(ソル・ポンティチェロ)や、弓で弦を弾く(コル・レーニョ)などのほか、楽器の胴を叩いたり、バチンと音を立ててピチカートしてみたり、不思議なサウンドは色々ある(ただし、演奏家は楽器が痛むのでやりたがらないので、注意が必要)
 管楽器なら、特殊なポルタメントやグリッサンド、フラッターあるいは息の音だけ(ブレス・ノイズ)とか、重音奏法(不協和音っぽい複数の音を同時に出す)、キイをカチャカチャ言わせるノイズ奏法などなどなど。
 これらを曲の「ここぞ!」という場所に効果的に組み込むのが作曲家のセンス。ストラヴィンスキー以降の現代音楽は、この「面白さ」が聴き所になっているほどだ。

          *

 オーケストラを聴く時は是非、こういう「色付けの方法」や「筆遣い」あるいは「ハイライトの付け方」や「テクスチャーの具合」などにも注目して欲しい。
 きらめくサウンドの向こうに、作曲家のセンスとアイデア、そしてテクニックとチャレンジ精神が聴こえてくるはずだ。

          *

Flyer■ワレリー・ゲルギエフ指揮マリインスキー歌劇場管弦楽団
オール・ロシアン・プログラム! 



11月28日(土) 19時開演
《ムソルグスキー MUSSORGSKY (1839-1881)》
歌劇「ホヴァーンシチナ」序曲
交響詩「はげ山の一夜」
歌曲「死の歌と踊り」 (バス:ミハイル・ペトレンコ)
組曲「展覧会の絵」 (ラヴェル編)

11月29日(日) 14時開演
《チャイコフスキー TCHAIKOVSKY (1840-1893)》
序曲「1812年」
ピアノ協奏曲第1番(ピアノ:ユンディ・リ)
交響曲第4番 f minor op.36





12月1日(火) 19時開演
《ショスタコーヴィチ SHOSTAKOVICH (1906-1975)》

歌劇「鼻」より
交響曲第1番ヘ短調op.10

歌劇「ムツェンスク郡のマクベス夫人」より
交響曲第10番ホ短調 op.93




12月2日(水) 19時開演
《ストラヴィンスキー STRAVINSKY (1882-1971)》

バレエ音楽「カルタ遊び」
ピアノと管弦楽のためのカプリッチョ (ピアノ:アレクサンドル・トラーゼ)
バレエ音楽「春の祭典」

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2009/09/10

やぶにらみワグネリアンがゆく

Wagnertop ここだけの話だが、実は中学生(13〜4歳)の頃、「ヒトラー研究会」なるものを立ち上げたことがある。部員は私のほか2人くらいしか集まらなかったのだが、よせばいいのに「我が闘争」の読書会とか、ナチス党歌のレコードの収集などを始め、会のマークにハーケンクロイツ(カギ十字)まで使ったりしたため、先生に「キミは中学生で過激派になる気か?」と睨まれてしまった。

 しかし、まったく政治的な意図があったわけではなく、純粋にヒトラーという事象に興味津々だっただけ。先生に睨まれた時も、「医者が病気を研究するのは病気になりたいからですか? 探偵が犯罪を研究するのは犯罪者になりたいからですか? ヒトラーを研究するのとなりたいと思うのは別です。むしろ知ろうともしないで封印する方が、歴史から何も学ばない愚行です」などと主張してケムに巻いた覚えがある。

 そもそものきっかけが何だったかよく憶えていないが、少なくとも「ドイツ」という国への興味があったのは確かだ。
 中学にあがると誰でも何となく自分の将来と進学先に付いて考え始めるが、私としては曾祖父が医者(小児科医・東宮侍医)だったこともあり、最初に思いついたのが「医者」への道。
 そこで、いろいろと医者や医学について調べるうち、医学用語やカルテ(診断書)がドイツ語中心であると知り、(さらに曾祖父も医学を学ぶためドイツ留学したそうなので)、「ドイツ」という国に興味を持つことになったわけである。

◇戦争の記憶

Htlr ちなみに、その頃はまだクラシック音楽に興味を持ち始める前で、ベートーヴェンやブラームスもろくに知らない頃。時代は1960年代(昭和30年代)で、第二次世界大戦はほんの20年ほど前に終ったばかり。街には探せば戦争の傷跡があちこちに残っていて、週刊少年誌では戦記物が幅を利かせており、1年通読すれば、大体、真珠湾攻撃からミッドウェイそして原爆投下から終戦に至るまでが知識として吸収できたほど。(漫画でも「0戦はやと」とか「紫電改のタカ」とか、戦記ものがかなりの人気だった)

 戦争の悲惨さはもちろん耳にしていたが、父母や先生などの世代は疎開に行ったり空襲で逃げ惑ったという経験しかなく、戦争の「全体像」を語れる人間が少なかった。だから、少年誌で読む「戦記物」や軍艦・潜水艦・飛行機などの「図解」は、(戦争賛美でも何でもなく)当時の男の子の心をとらえていたのである。

 テレビでも「コンバット」など戦争ものドラマは人気があったが、ナチスドイツは必ず「悪者」(アメリカの番組なのだから当然か)。さらにアンネの日記などでユダヤ人の迫害やアウシュビッツの虐殺のことを知らない子供はいなかったから、一般の評価も含めヒトラーと言ったら「狂気の独裁者」あるいは「戦争を起こした悪魔」という捉えられ方だった。

 しかし、ごく普通の庶民の家に生まれ、画家になろうと思って挫折し、第一次世界大戦では一兵卒(伍長)にすぎなかった男が、合法的に政権を手に入れたうえ独裁者となり、ヨーロッパ全土を巻き込む人類史上最大の大戦争をプロデュースしたその「ヴィジョン」。それは一体なんだったのだろう?というのは、どうにもこうにも気になって仕方なかったわけなのだ。

 ちなみに、高校受験を控えた頃、そのあたりに関するまじめな考察を論文にしたてて提出し、一応は先生から「そう言うことならよろしい」とお墨付きをもらったのだが、高校進学の内申書にはどう書かれていたのか、考えてみると恐ろしい。

Wagner◇ワーグナーとの出会い

 しかし、中学3年の14歳の冬、クラシック音楽に目覚めると、あっさりとヒトラーのことなど忘れてしまった。もともと「政治」には全く興味がなかったし、大勢の人をコントロールするより、一人でいる方が好きな性分だったせいもある。
 軍隊や民衆を統率して独裁国家を作るなんて、そんなくたびれそうなことは御免で、それより楽譜を書いてオーケストラを制御する「作曲家」に憧れたわけだ。だから、その瞬間から「ドイツ」は、「ベートーヴェンの国」になった。

 そして、高校で入部したオーケストラが伝統の「ワグネル・ソサイエティ・オーケストラ」だったこともあり、ドイツ音楽の雄としてリヒャルト・ワーグナー(1913〜1883)の音楽を聴き親しむようになるのに時間はかからなかった。
 
 その頃から、年末にはNHKのFMでその年のバイロイト音楽祭の集中放送があり、「さまよえるオランダ人」「タンホイザー」「トリスタンとイゾルデ」あたりから始まって、最後の4日間で「ニーベルングの指環」全4部を放送…と、年末の一週間はワーグナー漬けだった。
 学校が冬休みに入り、年末で部屋の片付けなどしながら、午後から夜までずっとワーグナーを聴く。そして5時間とか7時間とかの長尺放送を、オープンリールテープでせっせとエアチェックする。そんなことを2年も続ければ、立派なワグネリアンの出来上がりである。だから、いまだに、年末&大晦日というと、私の中では「第9」ではなく「ニーベルングの指環」だ。

 また、その頃話題になっていたショルティ指揮ウィーン・フィルの「ニーベルングの指環」全曲盤(ライトモチーフが入ったレコードも付いて全21枚組!)も、あこがれだった。(当時はまだ、ニーベルングの指環というのは「未知の大作」だったのである)
 それから数年後、ずっしりと重いBOXセットを手にした時、まさに「人類最大の音楽作品」だと(重さでも)感じた。これに比べると、ベートーヴェンの交響曲は「室内楽」のようだと感じたほどだ。

3b◇「3大B」対「BBW」

 その頃から耳にタコができるほど聞かされていた言葉に、「3大B」という言い方がある。ドイツ音楽の大作曲家は「バッハ、ベートーヴェン、ブラームス」。すべて頭文字が「B」の三人であるというわけだ。

 しかし、私としては3人めの名前が、ずっとしっくりこなかった。「バッハ、ベートーヴェンはいいとして、それに続くのがどうしてブラームスなんだろう?」。すると、その点について、高校の先輩が面白いことを言った。

 あれは「巨人・大鵬・卵焼き」とか「地震・雷・火事・親父」みたいなもので、最後の一つは「オチ」なんだよ。

 それを聞いて納得がいった。(ブラームス・ファンの方、ごめんなさい)

 本来「バッハ・ベートーヴェン・・・」に続く3番目の席に並ぶべきビッグネームは誰か?…と言われたら、(好き嫌いは関係なく)答えは一つしかない。「バッハ・ベートーヴェン・ワーグナー」なのだ。
 この3人めの名前を押し隠すために「頭文字がB」という無理矢理なこじつけを駆使して「ブラームス」を引っ張りだした。それがこの「3大B」というキャッチ・コピーだったわけだ。

 もともと西洋クラシック音楽は「イタリア」が本家。
 しかし、18〜19世紀に至って、はるか田舎の一地方であるはずのドイツで巨大な音楽の系譜が花開いた。なぜだか分からないが、バッハ〜ハイドン〜モーツァルト〜ベートーヴェン〜ウェーバー〜シューベルト〜メンデルスゾーン〜シューマン〜ワーグナーというような天才的音楽家が連続して現れたのである。
 そして、それはまるでホップ・ステップ・ジャンプのように、壮大な進化を遂げる。

 最初の「ホップ」がバッハ。
 現在「クラシック音楽」と呼ばれるものの基礎となる体系を作った。もちろん、バッハが創案したわけではなく過去の楽理を集大成したにすぎないと言えば言えるが、調性の原理や平均率そして対位法や楽曲の形式まで、(オペラ以外の)音楽の基本を網羅し整理してみせた。その功績は巨大だ。
 なにしろこの基礎工事がしっかりしていたからこそ、その上に巨大伽藍を建てることが可能になったわけで、「音楽の父」という称号は伊達じゃない。

 次の「ステップ」がベートーヴェン。
 彼は、「音楽を作曲する」ということの意味を根底から覆した。それまで、音楽とは「音による娯楽」だったのだが、ベートーヴェンは「純粋に存在する音楽」というとんでもないヴィジョンを突きつけたのである。
 特に、彼が提示した〈交響曲〉という代物は、「人間が純粋に音楽だけでどこまで思考できるか?」という禁断の世界への扉を開いてしまった。鳴った先から消えてゆくはずの「音楽」が「不朽の名作」などと呼ばれるようになったのは、彼がいてこそ。まさに、巨大なステップである。

 そして、とどめの「ジャンプ」がワーグナー。
 ベートーヴェンが「音楽」と「詩」との合体に達したのを受けて、更に「音楽」と「舞台」(台本・演出・美術を含む)を統合し、「人間は音楽でどこまで〈世界〉を創造できるか?」という高みにまで登り詰め、オペラではなく「楽劇」なるもの造り出した。
 ベートーヴェンの「純音楽的芸術」というヴィジョンは、人類の愛を壮大に歌いつつも現実世界では「貧乏な一市民」から逃れられなかったわけだが、ワーグナーの場合は、自分の作品を上演する劇場まで手に入れ、現世でもセレブを極めた。これは、ある意味で「作曲家として人類最高のポジション」を極めたと言っていいかも知れない。

Wagn◇ワーグナーの闇

 かくして(ベートーヴェンが夢見ながら果たせなかった)「作曲家がなし得る最高の表現形態としての音楽作品」へ到達したものの、ワーグナーの音楽には、ジャンプし過ぎから来る「負」の部分があって、それがこの作曲家の評価を二分させている。

 なにしろ、その男性ホルモン全開の世界のせいか、ワーグナーの音楽には、「男の子」の心の奥の欲望(女の子の場合は定かではないが)を鷲掴みにし高揚させ陶酔させる成分が、濃厚に含まれてすぎているのだ。
 おかげで、ルドヴィヒ2世然りニーチェ然りヒトラー然り、多くのインテリ青年たちが見事に汚染された。

 音楽は、ドラッグのようには肉体を蝕んだりはしないものの、精神に顕著な変化をもたらす。実際、ルドヴィヒ2世に代表されるような貴族の若者たちが「ローエングリン」の夢物語や、「トリスタンとイゾルデ」の耽美世界にドップリはまって現実と夢の区別がつかなくなり、「どこに行くか分からない妄想の世界」へ引き込まれている。これはもうかなり危ない麻薬と言っていいレベルである。

(現代では、ビート・ミュージックにしろ、ヒーリング・ミュージックにしろ、音楽は「興奮」や「癒し」をもたらすアイテムとして、完全に「ドラッグ」化しているが、ワーグナーの音楽はその先駆とでも言うべきか)

 さらに、「音楽」成分に付随している「思想」成分にも、安全基準を超えたものが含まれている。特に、若い頃に政治活動に身を投じていた(ドレスデン革命に参加し、警察に指名手配されていたそうだ)ほどの過激で扇情的な思想。単にゲルマン民族賛美から神話をモチーフにするくらいまではかまわないのだが、「ゲルマン民族至上主義」から「ユダヤ人排斥」のようなものもあり、かなり危険度が高い。

 おまけに、あまたのスキャンダル。「ローエングリン」の白鳥の騎士にあこがれたバイエルンの若き国王ルドヴィヒ2世に国家予算規模の金額を投資させたり、自分がベートーヴェンと並ぶ天才だと公言し、貴族に向かって「私のオペラの上演を援助する栄誉をあなたに与えよう」と言って金をせしめ、嘘まみれ借金まみれでヨーロッパ中を放浪し莫大な浪費を続けたり。

Ring さらに「タンホイザー」では延々と性の陶酔を描き、人妻との不倫をぬけぬけと「トリスタンとイゾルデ」で歌い上げる。ゲルマン神話やキリスト教を隠れ蓑にして入るものの、完全に「モラルの破壊者」(言い方を変えれば「完全なる自由人」)。
 さらに、26年もかけて書き上げた「ニーベルングの指環」で4夜にわたって描かれるのは、裏切り、復讐、不倫、謀殺、破滅だ。(それがなぜ最晩年の「パルジファル」で「キリスト教による魂の救済」などというテーマに収斂してゆくのか。ニーチェが憤慨するのも無理はない)。
 こういう性格を「天才だから」と許せるか、「人間として」許せないか、で評価はまっぷたつに割れそうだ。
 
 そんなワーグナーの危険性に対して、「ストップ!」と常識論を振りかざして足を止めたのが理性派ブラームス。おそらく、その音楽の魅力は重々承知していただろうが、「陶酔するに任せて何でもやりたいことをやる…というのは人間としていかがなものか」という視点とでも言うべきか。
(それは「正論だけれど、つまらない」vs「面白いけど、極論」の戦いだ)

 つまり「3大B」というのは、「人間やめますか、それともワーグナーやめますか?」というワーグナー撲滅キャンペーンのスローガンだったのである。

◇世界征服の音楽
  
 と、こうして、ワーグナーの音楽の「まるで世界をその手に握ったかのような高揚感」や「山のいただきに立つ英雄のような豪快な充実感」「世界が自分のためだけにあるかのような独占的な陶酔感」、そしてその裏にある「唯我独尊のオレ様的な独善と横柄さ」を考えると、ふたたびあの独裁者の「ヴィジョン」のことを思い出してしまう。

 ヒトラーが「ニュルンベルクのマイスタージンガー」に倣って「ドイツよ目覚めよ!」と叫び、自身の第三帝国の未来を「神々の黄昏」にダブらせるほどワーグナー信者だったことは有名だが、確かにワーグナーの音楽にはその種の「野望」が宿っている。
 これはもう、ヒトラーが自分の帝国を演出するためにワーグナーの音楽を利用したのか、ワーグナーが自分の音楽世界を現実にするためにヒトラーを生み出したのか(それを言ったらオカルトだが)、分からなくなるほどだ。

Nazi1934_2 実際、ワーグナーの音楽の「大きさ」に関しては、いかな反ワーグナー党でも否定できないのではなかろうか。何万人もの党員が同じ制服で居並ぶ壮麗な場には、確かに「マイスタージンガー」の雄渾な前奏曲が見事に合うし、「タンホイザー」の序曲や大行進曲「歌の殿堂を讃える」などは、大群衆と巨大なモニュメントに負けない威厳と質量を持った唯一の音楽と言わざるを得ない。
 また「ローエングリン」の1幕および3幕の荘厳な前奏曲は、何か神聖にして侵すべからざる存在を感じさせるし、「さまよえるオランダ人」の暗くも圧倒的な迫力は闇のパワーに満ちあふれている。死と夜をまとった「トリスタンとイゾルデ」でさえ、そこには濃厚な生への渇望が渦巻いている。

 この「ヴィジョン」、かなり悪魔的で妄想をたっぷり含んでいるが、本能の奥底の部分で共振する何かを感じるのが「男(オス)」なのかも知れない。

 この共振部分は、平和な時代には「オフ」になっているが、そもそも「男」は太古の昔から、死を賭けて戦に出向き、荒海に乗り出し、断崖絶壁を越え、敵を殺したり、獲物を狩ったり、女性や宝物を奪ったり、命知らずの無茶を極めて来た。この(莫迦が付きそうな)妄想が何万年かにわたって常に「オン」だったわけだ。
 それは、もちろん現代のような「命が大事」という考え方ではまったく理解できない。でも、それなしには戦争や略奪や復讐や破壊が横行する世界では生きられなかったことも確か。死と隣り合わせの凶暴な生命力こそが「オス」の生きる証だったわけだ。

 そして、ワーグナーの音楽の中に鳴り響いているのは、そういう男の「征服欲」や「闘争心」のエネルギーそのもののような気がする。
 おそらく人が音楽に乗って世界征服するとしたら、そこにはきっとワーグナーの音楽が流れているに違いない。映画「地獄の黙示録」(1979年。フランシス・コッポラ:監督)の中で、米軍の戦闘ヘリコプターがベトナムの村を攻撃し焼き払うシーンで「ワルキューレの騎行」が流れていたのは、まさに炯眼というべきだろう。

 そして、ベルリンが空爆にさらされ第三帝国がまさに劫火の中で滅びようとする時、ヒトラーの頭の中に流れていたのは「神々の黄昏」だったと言う。裏切り、復讐、謀殺、破滅…そのすべてが現実になった大戦争の終焉にこれほどふさわしい音楽はなかったろう。
 ワーグナーというのは、まさしく音楽で記述された人類史上最大の「暗い本能のヴィジョン」だったわけだ。

Nibelung ◇封印された魔人

 とは言え、この「ヴィジョン」、決して危険な負の部分だけではない。その証拠に、うまく民族主義や仲間意識と折り合った時、普通に健全な形で機能する。

 例えば、スメタナが「我が祖国」で、シベリウスが「フィンランディア」で音楽に組み込んだ音楽の高揚感は、聴く者に自分の「祖国」への熱愛と、それを侵す者への抵抗心を換気したわけだし、現代のロック・コンサートでは、何千人何万人という観衆を熱狂と興奮に巻き込む音楽のこの高揚感は、仲間意識や協調感に収斂させることで(一応)平和利用されている。

 考えてみればワーグナーも同じと言えなくもない。「祖国」や「仲間」…の部分に「ゲルマン」や「神話の神」が入っているだけなのだから。

 ただ、弱い立場で劣等感の固まりになっている時「負けるな。おまえは世界一だ。他人はカボチャと思え」とハッパをかけるのはよくあること。しかし、本当に強者になってしまうと、「おれは世界一だ」というような(もともとは強がりにすぎなかったはずの)主張はそのまま「傲慢不遜な暴論」になり、「他人はカボチャだ」という痩せ我慢がそのまま「差別」に直結する。

 つまるところ、ヒトラーという熱狂的ファンを持ってしまったおかげで、そして、そのヴィジョンがとんでもない結末をむかえてしまったがゆえに、ワーグナーの音楽は戦後、いまいち「本気」のアプローチが敬遠されているような気がしてならない。

 おそらく、こうやってヒトラーとワーグナーを並べて論じるのにも、顔をしかめる人がいるのだろうし、ヒトラーのことなど蒸し返して欲しくないワーグナー・ファンも大勢いることだろう。
 というわけで、残念ながらゲーテとベートーヴェンを並べて論じたりするようには、ワーグナーとヒトラーを並べられない。(スターリンとショスタコーヴィチを並べて論じるのはOK?)。論じたとしてもヒトラーに関しては全面否定するのが、戦後の常識人として生き残る必須条件であり、そこでもう既に論調自体にリミッターがかかってしまう。

Wagnerw 結局、現代のワーグナーは、「壷に封じ込められた魔人」と言ったところなのかも知れない。(あるいは独居房に入れられたハンニバル・レクター博士か)。

 ワーグナーというのは大地に「男」がそのまま屹立しているような音楽なので、野生の時代にはOKだったとしても、現代社会では(猥褻物や興奮剤のように)取り締まられてしまう。だから、現代では少し「去勢」してから上演せざるをえない。

 その結果、今私たちが耳にするのは、毒を抜かれ完全殺菌されたワーグナーだ。それは、動物園の檻の中にいる「凶暴な野生生物」を見るのと似ている。しかし、檻の中に居てさえ、殺気と壮大なヴィジョンをびしびし感じるのだから、檻から出して封印を全部解いたら、どんなに物凄いことになるのだろう。

 数十万の兵士が進軍する荒野で「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を聴き、世界の終焉の日に滅亡する地球を背景に恋人と抱き合いながら「トリスタンとイゾルデ」を聴き、世界を焼き尽くす劫火の中で「神々の黄昏」の終幕を聴く?
 
 それなら、まさしく濃度100%のワーグナーが聴けるが、そんなことをしたら、命がないことは必至。

 まあ、魔人は(もうしばらく)壷の中でいいか。
 
      *

Flyerマリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団

2009年・・・
11月11日(水) 19時開演
11月12日(木) 19時開演
・ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 ロ短調(vc:ヨーヨー・マ)

・ワーグナー 「タンホイザー」序曲 (ドレスデン版)
 
・「神々の黄昏」 より “ジークフリートのラインの旅”“葬送行進曲”
・「ローエングリン」第1幕への前奏曲
・「ワルキューレ」 より “ワルキューレの騎行”



11月15日(日) 14時開演
・ブラームス:交響曲第2番 ニ長調
・チャイコフスキー:交響曲第5番 ホ短調


11月16日(月) 19時開演
・ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調(vn:五嶋みどり)

・チャイコフスキー:交響曲第5番 ホ短調

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2009/08/10

夏休み雑談:名曲の生まれ方

001 クラシックには「名曲」と呼ばれるものがある。  それだけでも凄いのに、中には「不滅の名曲」などと呼ばれるものまであって、それはもう、誰が何と言おうと「名曲」であって、まるで生まれた時から「名曲」であり、そのままずっと何百年も「名曲」であり続け、永遠に「名曲」の座を保ち続けるかのような迫力だ。  しかし、「誰が決めたの?」と素朴な疑問をぶつけられると、言葉に詰まってしまうことが多い。  まあ、敢えて言うなら、あちこちの「名曲50選」とか「20大名曲」とか「不滅の名曲ベスト100」などというリストにエントリーされている率の高い曲が、なんとなく上から順番に「トップ当選名曲」「当然常連名曲」「当確名曲」「ギリギリ当選名曲」「次点名曲」「残念名曲」などとランク付けされているという感じだろうか。 012 要するに、名曲の基準や条件があるわけでもなく、「名曲審査委員会」などというのがあって決めたわけでもない。より「多くの人」が、より「長い期間」にわたって、より「大きな声で」「名曲だ」と言い張り続けたもの。それが「名曲」ということになる。  ◇不遇の誕生  それにしても「名曲」と呼ばれるものの初演のエピソードには、半端でなく「不遇」なものが多い。  例えば、ベートーヴェンの「運命」「田園」。   1808年12月にベートーヴェンの自作披露演奏会(作曲家の自腹)で2曲揃って初演されたものの、反響ほとんどゼロ。冬の寒い日のコンサートで、しかも人気オペラの公演日とかち合ったらしい…とも聞くが、数少ない当日の聴衆にも「特に印象のない曲」というくらいしか認識されなかったというから驚く。  そして「第9」も、初演こそ「耳の聞こえない老作曲家が最後の力を振り絞って書いた大曲」ということで拍手を受けたものの、その後は「全くわけの分からない曲」として(若きワーグナーによる蘇演で再評価するまで)長らく凡作扱い。最後の合唱の感動部分はともかく、トータルに「名曲」として認知されているかどうかは現在でも意見が分かれるのでは無かろうか。 016 続いて、シューベルトの「未完成」。  1822年シューベルト25歳の頃に作曲した交響曲だが、これは初演すらされていない。2楽章まで書いて知人に楽譜を預けたところ、その知人が棚にしまったまま忘れてしまい、発見されたのはシューベルトが死んで40年近くたった後という、不遇を極めた名曲である。  もっとも彼の場合、亡くなったのが31歳とあまりに早かったので、恵まれた初演や成功の記録は全くなく、作曲家として報酬を受け取った記録も皆無に近いから仕方ないのかも知れないが。  そしてモーツァルトの3大交響曲。  モーツァルトの場合も、35歳と早死になので、不遇の記録は少なくない。なにしろベートーヴェンの先駆となる交響曲の名作として知られる第39番変ホ長調、第40番ト短調、第41番ハ長調「ジュピター」という3曲も、何のために書かれ、どこで演奏されたかも分からない「馬の骨」交響曲で、誕生の詳細は不明らしいのである。 024 とどめはチャイコフスキーの「白鳥の湖」ほか。  ポピュラー的人気ではクラシック界無比のパワーを誇るチャイコフスキーだが、彼の曲も作曲当初は「理解されない」不遇をたっぷり味わっている。  現在では「これのどこが〈分からない〉のか、分からない」と思えるほど「分かりやすい」ピアノ協奏曲第1番変ロ短調、ヴァイオリン協奏曲ニ長調が共に、献呈するはずだった演奏者にすら分かってもらえず初演も批評家にこてんぱんの不評…という惨状。  そしてバレエと言ったらこれ!というほどの超人気作「白鳥の湖」も、ボリショイ劇場での初演は不評で、その後演目から外されてしまったそうだし、最後の大傑作「悲愴」交響曲も初演は「よくわからない曲」という印象でしかなかったそうだ。  …と延々と「初演が不遇だった名曲」を数え上げてゆくと、止まらない。むしろ、初演が好評だった「生まれも育ちも名曲」という作品を挙げてゆく方が(数が少ないので)楽かも知れない。  唯一思い付くのはドヴォルザークの「新世界」交響曲か。作った当人は「そこそこの出来」と言うくらいだったのに、初演は作曲者が当惑するほどの大好評で、以後かれこれ100年以上にわたって「名曲」の地位を不動のものとしている。これはちょっと例外的なサラブレッド的名曲かも知れない。 020◇不遇の条件  では、本来「名曲」なのに、初演で失敗するというのは、どんな理由があってのことなのだろう? 1.演奏の悲劇  まず思い付くのは、初演の演奏がまずかったという理由だ。  これは多い。なにしろ初演というのは(当然、今まで誰も演奏したことがないので)、楽譜の音の確認やリハーサルを頻繁かつ多めに取らなければならないのだが、好条件が揃えることが難しいからだ。  主に経済的な理由(お金がない)や時間的理由(作曲家が楽譜を書き上げるのが遅い)が重なり、リハーサル少なめ(あるいは無し)ということがあまりにも多い。そうなると、初めて弾く曲を、少ない練習時間で、理解もなく演奏するのだから、良い演奏になることは難しい。  そもそも現在では「大作曲家」に数えられる巨匠たちも、傑作を産み落としている三十代四十代の頃はまだまだチンピラ音楽家。演奏する側にはまったく「名曲を演奏している」という感覚はなく、気を入れた演奏など望むべくもないのも敗因のひとつか。  さらに「自分で振ってしまう」ことが多いのも問題だ。この「作曲者自身の指揮」というのは一見「その曲を一番理解している人間」による指揮なのだから理想的に思える。しかし、実は逆に言えば「もっともその曲を客観視できない人間」による指揮(つまり、我が子の試験を親がやるようなもの)になり、裏目に出たときは(指揮の技術の不備も加わって)収拾が付かなくなること必至なのである。 017 2.場違いの悲劇  続いて、相手(聴衆)が悪かったという事例。  これは、例えば「酒を飲みたい」と思っている客の前に「コーヒー」を持って行っても無駄なのと同じ…と言えばいいだろうか。どんな最高級のコーヒーでも「こんなのは酒じゃない!」と言われておしまいである。  あるいは、セクシーな衣装に身を包んだ若い美女がいたとして、男性ばかりの劇場に登場したらそれはすごい拍手と歓声に包まれるだろうが、観客が女性ばかりだったら多分なんの反応もないに違いない。しかし、逆にイケメンだった場合は・・・(以下略)    初演の場所と「相手」は選ばなければならないのである(しかし、選べないのがそもそも悲劇なのだが) 0193.時間差の悲劇  そして、時代の「空気」が読めなかった悲劇も少なくない。音楽は「少し新しい」か「少し古い」くらいが適温で、「新しすぎる」のと「古すぎる」のは徹底的に排除される。  最新ニュースの載った「新聞」も、一日経てば「古新聞紙」。生みたての卵だって、わずか数日で「賞味期限」から「消費期限」へ、さらに「値引き品」から「廃棄処分」へと扱いが変わる。「時間」は残酷だ。  さらに、もっと政治的な「時間差」を伴うこともある。  例えば、「わが祖国」あるいは「われらが英雄」というような音楽を書いた場合。独立運動全盛の時代や祖国防衛戦争の真っ只中なら、共に「名曲度120%」と賛美されるかも知れないが、その後の国の進路次第で「国民的名曲」と呼ばれるか「廃棄処分」になるか、これはもう神のみぞ知る世界である。  だから、音楽にうかつなテーマを付けてはいけない。現在では「絶対的な善」にみえる「平和」や「反戦」や「自然保護」だって、善になったのはほんの半世紀前。  となると「地球温暖化」や「エコ」だって、半世紀後にどんな評価を受けているか分かったモノではないのだから。 018 ◇名曲の温度差  さらにもう一歩進んで、「名曲」と感じる感覚が絶対的なものではなく、時代や国や個人によって大きな「温度差」があるというのも、ちょっと厄介な問題だ。  つまり、Aさんは「奇跡のような名曲だ」と絶賛するのに、Bさんには「その良さがさっぱり分からない」という場合。あるいは、Cさんには「つまらない退屈な曲」としか思えないのに、Dさんは「渋くて深みのある傑作」と絶賛するような場合。  個人的に私は(クラシックを本格的に聴き始めた十代後半の頃)、例えばベートーヴェンやチャイコフスキーは聴いてすぐに感動したし、ドビュッシーやシベリウスなどは「自分の感性に合っている」と感じ、ショスタコーヴィチやワーグナーあるいはブルックナーなどは「感性は違うけど、面白いと思う」と感じた。武満徹、黛敏郎、松村禎三、シュトックハウゼン、ペンデレツキなどという現代音楽も聴いた途端に「面白い」と思った。  一方、ブラームス、シューマン、シューベルトなどのドイツ・ロマン派は「自分の感性からはほど遠いし、面白い所も見い出せない」という印象だった。マーラーも「長くて暗くてくどくて粘着質すぎる」と受け入れられなかったほどだ。  これはもう「知らないおじさんが退屈なことをしゃべってる」という感じがするだけで(それなりに蘊蓄があるのかも知れないが)どこが良いのかさっぱり分からないというのが正直な印象だった。 (もちろん今では、すべて「聴き込んで」その良さを体感しているけれど) 014 以前、ドイツの演奏家氏(一流オーケストラの弦楽器奏者)とそういう話をすることがあったのだが、彼はそのブラームスやシューマンを信奉する一方「私にはロシア音楽やフランス音楽がよく分からない」と言う。  理由を聞いてみると、いくつかメロディを歌ってみて「ほら、みんなメロディの冒頭にアクセントがない。音楽としておかしいだろ?」。  なるほど、ドイツ語は言葉の冒頭にほぼ必ずアクセントがあって、文章は「Yes」か「No」(ドイツ語では「Ja」か「Nein」)かが必須。  冒頭のアクセントが弱いと、どこからパッセージが始まっているのかが曖昧になり、それがそのまま音楽としての「内容」の弱さにつながり、何を伝えたいのか分からない、そして「音楽として二流だ」ということになるのらしい。 025 しかし、日本人的な感覚から言うと、冒頭のアクセントが明快でYes Noがはっきりしている方が、むしろキツくて人間味に欠ける感じがする。  ロシア音楽ならその曖昧なところのペーソスが良いのだし、フランス音楽は曖昧ゆえにファンタジーをかき立ててくれる。  われわれ日本人なんかYes Noをハッキリさせないことこそ美徳だと考えるし、それがそれぞれの国の個性なんじゃないか?・・・とくだんの彼に言うと、「へえ、そういう考え方もあるのか。初めて知ったよ」と感心されてしまった。  数十年に渡ってオーケストラで世界中の音楽を演奏してきた彼にしてこうなのだから、言葉の壁は音楽にもあるのだなあ…としみじみ思い知ることになった。  つまるところ、人間は「自分の言語」を基準にして音楽を聴いているということなのだろう。  だから、本来は感性で捉えるべきものを「思考」で取り込んでしまい、音楽が「分かる」「分からない」などと言うわけだ。 037 ◇名曲の国籍   その証拠に、ドイツ音楽圏で「名曲」と呼ばれているものと、フランスやイタリア音楽圏で「名曲」と呼ばれているものには、かなりの温度差がある。  ロシア音楽圏、イギリス音楽圏、アメリカ音楽圏、日本音楽圏と視野を広げるとその違いはもっと顕著になる。  ドイツ音楽では構成ががっしりしていて「生真面目に哲学している」タイプが尊ばれるが、イタリア音楽ではそんな「人生を楽しんでいない」音楽など問題外。「歌」こそが命だ。一方、フランス音楽では「感性(センス)」こそが重要ポイントだが、ドイツ音楽ではそんな「とらえどころが無い」ものは切り捨てられる。新興国アメリカは「軽やかで新しいモノ」に目がないが、ヨーロッパでは逆に「軽薄で深みのないモノ」というマイナス評価になる。 033 そんなわけで、例えばドビュッシーやサティやフォーレなどはフランスでは「大作曲家」だが、ドイツ音楽圏で必ずしも正当に評価されているとは思えないし、逆にブルックナーやマーラーがフランスやイタリア音楽圏で真っ当に聴かれているとも思えない。ワグナーやブラームスだってドイツ音楽圏の外でどれほど理解されているかはきわめて疑わしい。  個人的に大好きなオペラ「エフゲニ・オネーギン」も、ロシアでは超名作だが海外では決して「名曲」には数えられないし、同じく個人的に信奉しているシベリウスも、イギリスとアメリカでは大作曲家だがドイツやフランスで良い評価を聴くことはあまりない。そして、そのイギリスでは大作曲家のエルガーやヴォーン=ウィリアムスは、イギリス以外ではほとんど評価されていない。「世界」も色々だ。  この国籍による温度差は、こういう音楽が好き、嫌い…というような単なる「国民性」から生まれるもの以外に、「民族的コンプレックス」や「歴史的確執」あるいは「差別感情」に基づくもっと根深いものもあるから難しい。    例えば、日本のクラシック音楽界は(その歴史的経緯から)長らく「ドイツ音楽こそ最高」という意識に汚染されてきた。大作曲家をあげると、バッハ・モーツァルト・ベートーヴェン・ブラームス・ワーグナー…とドイツの作曲家しか思い浮かばない人は要注意。  そのドイツ音楽圏は(おそらく)堂々と「わがドイツ音楽が一番」と思っている。実際、三大Bを始めとする大作曲家がぞろぞろいるのだから無理もないけれど、フランス音楽やイタリア音楽に対しては微妙なコンプレックスを抱きながらも決して優位の姿勢を崩さない。  だから、フランス人のベルリオーズやユダヤ人のマーラーを、決してベートーヴェンやワーグナーと同レベルの大作曲家とは認めないし、ロシアのチャイコフスキーやチェコのドヴォルザークなどは人気があることは認めても、芸術音楽として高い評価はしない。 021_2 しかし逆に、イタリア音楽圏の視点から見れば、クラシック音楽のすべてはそもそもイタリアから生まれたもの。音楽はグレゴリオ聖歌から誕生し、イタリア・オペラで開花したものなのだから、バッハから始まったドイツ音楽などは「田舎の分家」に過ぎない。太陽降り注ぐイタリアから遠い田舎に流れ伝わった地味で野暮ったい音楽…と言ったところか。  対して、ロシア音楽圏は、近代化に出遅れたコンプレックスを秘めつつも、チャイコフスキー以後のロシア音楽の底力は世界に冠たるものだという自負がある。ブラームスあたりまでは認めても、そこから以後は「すべての名曲はロシアにあり」と(無理やりな愛国心も交えて)思っている。実際、チャイコフスキー、ムソルグスキー、リムスキー・コルサコフ、ショスタコーヴィチなどなどを並べて見ればその錚々たる布陣は圧倒的だ。  一方、イギリスや東欧・北欧の諸国、さらにアメリカやわが日本などは、自国に「お国自慢の名曲」はあるものの、西洋音楽史に普遍的に食い込めるか?という点に関しては徹底的なコンプレックスがある。  もちろん民族的な「おらが国が一番」的な自負はあるのだが、自分の国の作曲家の作品でありながら、ドイツ人に認められたから「名曲」である、とかニューヨークで評判だったから「名曲」である…というような外の権威に左右される。さらに、そんなコンプレックスの裏返しの「優越感」というのもあったりするので、「名曲」の認識にも複雑なお家事情を秘めていたりする。 034 余談だが、この「おらが国」という優越意識が外に飛び火すると、他の民族への「差別」になることもあるので、要注意。ユダヤ風、ジプシー風、ハンガリー風、アラビア風、トルコ風、アフリカ風、アジア風・・・いずれも、(作曲者当人にそういう意識が全くなくても)一歩間違うと「差別」と指弾されることがある。  さすがに、昨今は「差別」むき出しの音楽作品はみかけなくなったが、モーツァルトやベートーヴェンの「トルコ風」やブラームスやリストの「ハンガリー風」はちっともトルコやハンガリーの音楽ではないのだそうだし、海外で「日本風」と言って鳴らされる音楽は珍妙なものが少なくないのは御存知の通り。  好意的に描いたつもりでも、思いもかけず「差別的作品」あるいは「国辱的作品」として抹殺される「名曲」もなくはないわけだ。  対して、そんな分かりやすい「差別」はもう時代遅れ、という人もいる。確かに現代ではもう一歩進んだ奇妙な差別の力学が世界に蔓延していて、話はもう一段階複雑だ。  例えば「XXX人は劣っている」という意識を自分の中に持っているインテリが、「あいつは差別主義者だ」と言われたくないために、逆に「XXX人の音楽は素晴らしい」などと賛美する。 (心理学用語では、何というのだろう。おそらく適当な用語があるはずだ)  この「XXX人」の処に色々な人種名を入れると、「名曲」を浮かばせたり沈ませたりする複雑怪奇なスクランブル交差点が立ち現れる。  ◇非名曲の名曲  似たような方向でさらに厄介なのは、「多数派に人気な音楽」イコール「名曲」…という大前提を根本的にくつがえし、「(素人にはすぐにその良さが分からない)少数派限定」のものこそ「名曲」であるとする視点だ。 011 例えば「新世界から」「ボレロ」「展覧会の絵」「シェエラザード」「ラプソディ・イン・ブルー」「アランフェス協奏曲」というようなポピュラー名曲は、誰も名曲であることを疑わないし、お客にとにかくウケる、聴いて楽しい音楽である。これは確かである。  しかし、「人気がある」「分かりやすい」というのは、内容に「大衆に媚びた」所があるからに過ぎなくて、真の名曲は「すぐに理解するのが難しい」ものの中にこそある…と主張する人が(特にクラシック音楽マニアには)いるわけだ。 (それは宮澤賢治の「ドングリの山猫」の中で、「大きいのが偉いんだ」「いや背が高いのが偉い」と主張するドングリたちに「いちばんえらくなくて、ばかで、めちゃくちゃで、てんでなっていなくて、あたまのつぶれたようなやつが、いちばんえらいのだ」と言い放つ山猫に似ている) 036 こういうマニアにかかると、「名曲」の分布図はまったく違ったものになる。    例えば、ベートーヴェンなら、「運命」や「田園」「合唱」などは論外で、晩年の晦渋な弦楽四重奏曲やピアノ・ソナタこそが最高の「名曲」。ワーグナーの楽劇なら、有名な「ワルキューレ」や「タンホイザー」あるいは「トリスタンとイゾルデ」などではなく、晩年の宗教じみた「パルシファル」こそが至高の名品。  さらに、シベリウスなら、人気の交響曲第2番やフィンランディアあるいはヴァイオリン協奏曲などではなく、後期の第6番や第7番あるいはタピオラ。ショスタコーヴィチの交響曲なら、ダントツで有名な「第5番」は認めず、一般人には難解な「第4番」や「第8番」あるいは「第14番」こそを最高傑作とする。  現代音楽マニアになるとこれはもっと顕著になり、20世紀にもなってショスタコーヴィチのような「分かられてしまう」交響曲を書くのは問題外。無調で非人間的で斬新で(それゆえに多数派には決して理解されない)無機質な音響の構築物こそが「最高の知性」の象徴である…という主張をし始める。  要するに、素人が一回聴いただけで面白いと思えるような「分かりやすさ」は名曲の条件ではなく、通が何度も聴いてようやく理解できるような「新しさと深みとを持った音楽」こそが「名曲」である…というわけだ。  これこそ(一般の人間に「クラシックはめんどくさい」ともっとも敬遠される)クラシック・マニアの「心の闇」……なのだが、これもあまり批判めいたことを書くと「人のことが言えるのか!」と突っ込まれそうなので、この件についてはここまでにしておこう。   Freude ◇名曲は作られる  最後にもうひとつ、名曲の「不遇」の逆に、突然の「優遇」というのもある。もしかしたら、これが「名曲の作り方」のもっとも大きなファクターかも知れない。  それは、「大衆的なメディアで使用され、一挙に大勢の一般人に知られること」である。  かつての「コンサート」だけの時代では、どんな名曲名演でも数百人から千人そこそこの聴衆が耳にするのが限度だった。  しかし「レコード」というメディアが登場した瞬間から、聴衆は全世界の数万人数十万人に膨れあがった。  そのため、意外な曲が、人気演奏家や指揮者が取り上げたことで一躍「名曲」の仲間入りをした例は多い。(かつては、カラヤンがレコーディングしただけで「名曲」の仲間入りをしたものだったのだ)  もともと「名曲」の素質があったから取り上げられたのか、取り上げられたから「名曲」に聴こえるだけなのか、それは定かではないが・・・ Asahi050408 そして、さらに巨大なメディアが「映画」だ。  映画も普通は新たに作曲された音楽を付けるものだが、既製のクラシック曲から、映画の雰囲気に合った「聴き所」だけを切り取って拝借することも(主に経済的な理由で)行われることが多い。  考えてみればかなり安直な音楽の使い方だが、映像とマッチした時にこの効果は抜群なものとなる。  なにしろ「聴き所」のピンポイント攻撃が出来るし、映像との相乗効果で印象は鮮明になる。コンサートのように「全曲」聴いたのでは気付かずに通り過ぎてしまうような(そして作曲者自身も意図しなかったような)部分にスポットが当てられる。これは強力だ。  1960年代までの現代音楽全盛の時代には「時代遅れの退嬰的ロマン派」にすぎなかったマーラーの交響曲を一気に「名曲」に押し上げたのは、映画「ベニスに死す」(1971年。監督:ルキノ・ヴィスコンティ)。  この映画の中で第5番のアダージェットが印象的に使われたことで、マーラーは1970年代に一気にリバイバルを果たし、「アダージェット」は「ポピュラー映画音楽」並みの人気名曲となった。  さらに、それに先立つ数年前、SF映画「2001年宇宙の旅」(1968年。監督:スタンリー・キューブリック)で使われたリヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはこう語った」も、そのインパクトは強烈だった。  この二つの事件は、前衛音楽全盛の時代に、後期ロマン派の過剰に豪華なサウンドが逆に「クラシック音楽の魅力」として再評価された画期的な出来事だったと言える。  それ以前では、例えばラフマニノフのピアノ協奏曲第2番も、往年の映画「逢びき」(1945年。監督:デヴィッド・リーン)で使われて、一気に「映画音楽っぽい」クラシックの代表作になった名曲。  おかげで、かつてはラフマニノフといったらこの「第2番一曲だけの(一発屋の)作曲家」という扱いだったが、音楽映画「シャイン」(1996年。監督:スコット・ヒックス)で第3番が使われたのを機に、一気に第3番の方が「名曲」扱いになった。  また、日本では、テレビのトレンディドラマ「妹よ」(1994年。フジテレビ)で「交響曲第2番」第3楽章の一部で流れる甘いメロディが印象的に使われ、マニアしか知らなかった渋い大曲が(多くの若い女性に聴かれるほど)一気にブレイクしたことがある。 Ndm_2 よく御存知の最近の例では、テレビドラマ「のだめカンタービレ」(2006年。フジテレビ)のタイトルで使われて一躍「携帯電話の着メロ第一位」にまで輝いたベートーヴェンの交響曲第7番。  子供までが、まるでアニメの主題歌と同じレベルで「ベト7」を知っている…という素晴らしい(恐ろしい?)状況が生まれ、この曲をプログラムに入れたオーケストラの演奏家に若い人が押し寄せる…という奇妙なブームが起きたのは記憶に新しい。 (さらに、原作のコミックスに出てくるモーツァルトの「2台のピアノのためのソナタ」やエルガーの「ヴァイオリン・ソナタ」などという超レア曲のCDが売れたりしている。おそるべし、のだめ)  そして、著作権が切れたのをきっかけに「ジュピター」(ホルスト作曲、組曲「惑星」の第4曲「木星」のメインメロディ)に歌詞が付けられてヒットしたのは何年前だったろうか。いわゆる大作曲家にはまったく数えられていないマイナー作曲家による、マニア向けの管弦楽曲…だったのに、今では宇宙や自然の映像のBGMには定番の有名曲になってしまった。   Asahi_3 あるいは、2006年冬期オリンピックのフィギュア・スケートで金メダルを取った荒川静香選手の演技のBGMに流れた「トゥーランドット」。これも、プッチーニといったら「トスカ」か「蝶々夫人」かろうじて「ラ・ボエーム」だったのが、チャイナ風の妖しいメロディに乗っていきなり大人気オペラに浮上。  つい最近では、同じくフィギュア・スケートの浅田真央が演技で使ったハチャトリアンの「仮面舞踏会」そして、村上春樹の小説「1Q84」に出て来るヤナーチェクの「シンフォニエッタ」・・・。  そのたびに、クラシック界は「特需」に沸き、いきなり「名曲」に成り上がった曲がCDやらコンサートやらに氾濫する。  実際、何万枚というレベルでCDが売れたり、コンサートに客が来たりするそうだから悪い話ではない。素直に新しい「名曲」の誕生を歓迎するばかりだ。  しかし、こうなると、もうクラシックのどんな曲でも、何かの「きっかけ」さえあれば、「名曲」にでっち上げられそうだ。  保存期間が切れて倉庫に山積みにされていた忘れ物の山から、適当にどれか一つつまみ上げて誰かに売ってみたら、思いがけない大金になる…というような話だもの。 (もちろんポップス界では、色々な手練手管でこういう「人工的」なきっかけをCMや映画やテレビドラマで作り出し、ヒット曲を製造するのが常套手段なわけなのだが)  ある意味、宝の山なのだなあ、クラシック音楽というのは。 (時々、不遇や貧乏の呪いがかけられていたりはするけれど…) 035 名曲は、名曲として  生まれるのではない。  名曲に「なる」のである。  …というわけで、夏休みの雑談はここまで。       * Flyer■パーヴォ・ヤルヴィ指揮シンシナティ交響楽団 2009年 11月1日(日)14:00 サントリーホール ・バーンスタイン:「キャンディード」序曲
 ・シベリウス:ヴァイオリン協奏曲  (ヴァイオリン:庄司 紗矢香) ・ドヴォルザーク:交響曲第9番 「新世界より」 11月4日(水)19:00 サントリーホール ・バーンスタイン:ディヴェルティメント
 ・ガーシュイン:ラプソディ・イン・ブルー   (ピアノ:クリスチャン・ツィメルマン)
 ・ラフマニノフ:交響曲第2番


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2009/07/10

作曲家はどうやって「調性」を選ぶのか?

Keyz クラシック音楽で特徴的かつ何となく不思議に思えるのは、作品の名前に「ハ長調」とか「ホ短調」とかいう調性が大きく付記されていることではなかろうか。  いわく、交響曲第5番ハ短調・・・いわく、ピアノ協奏曲第1番変ロ長調・・・いわく、ヴァイオリン協奏曲ニ長調・・・いわく、ピアノソナタ ヘ短調・・・  もちろんジャズやポピュラー音楽でも「キイ(調性)」は重要なポイントだが、作品名に「Am」とか「C#」とか付けたりはしない。  それどころか作品によっては、歌手が歌いやすいように(あるいは楽器で演奏しやすいように)キイを下げたり上げたりする。  それでも、調は変わっても「その曲」は変わらない。  でも、クラシックの場合は、「作品」の性格がその「キイ(調性)」によって決定されている…と言って良いほど、「作品」と「調」は密接な関係にある。  作曲家は、「絶対このキイでなければならない」と念じて作曲し、作品はその調以外のキイではあり得ない「宿命」を持って生まれてくるような気さえする。  その根拠は何なのだろう?  今回は、オーケストラ曲を中心に、そのあたりを検証してみたい。 Color□調性の持つ「性格(キャラクター)」  昔から、「調性」にはそれぞれ「色」があると言われてきた。  例えば、ハ長調なら「白」、ト長調なら「青」、ニ長調は「緑」などなど。人によっては「薄い緑色」とか「淡い黄色」とか、「透明なブルー」とかいろいろな感じ方があるようで、音階は虹のような色合いに満ちている。  確かに、音階(スケール)というのは虹の七色と同じく7音で出来ているし、そこに「色」を感じるのは当然のようにも思える。  長調の音階が「自然倍音」に近いため「明るく」「澄んだ」「鮮やかな」印象を与え、対して短調の音階が(短三度という)「微かな不協和音」を含むため「悲しい」「暗い」「くすんだ」印象を与えるのも、理にかなっている。  しかし、現代では「平均律」と呼ばれる「どの調性でも同じように演奏できる調律」で音楽は演奏されているはず。  ということは、「ハ長調」でも「嬰ハ長調」でも「変ロ長調」でも、音階がスライドして高く(低く)なるだけで、響きに「差」などないんじゃないか?と考える人がいたっておかしくない。  しかし(この点に関しては「音律」に関する小難しい説明が要るのでここでは詳しくは述べないが)、実は「差は大いにある」のである。  音階(の12音)というのは、まあ、例えれば1年の12ヶ月のようなもの。12の月が1年365日を単純に12に割った…というだけでないのは、御存知の通りで、30日の月と31日の月があり、4年に一度は閏年がある。 12notes 同じように、「音階」も、単純にオクターヴ(振動比が1:2)を12で均等に割る…というだけではすまない。  自然倍音で出来た音階(これが一番美しく響く基本)では、ドとソの完全5度は振動比が「2:3」、ドとファの完全4度なら振動比が「3:4」。しかし、12で均等に割ったどの音を選んでもすべてその振動比になる…というのは理論上不可能だからだ。  年の話で言えば、1年は正確には365.24日ほどとされているから、それを正確に12で割って「ひと月=30.436日」とすれば「平均律」になる理屈。  しかし、現実的には「0.436日」(時間にすると10時間28分ほど)の日をカレンダーに入れることなど不可能。どうやりくりして「平均」にしても、30日の月と31日の月(および29日の月)が出来てしまう。 Keysq 音楽の「平均律」もそれと同じで、オクターヴを12で割りながらも、ドとソの「完全5度」やファの「完全4度」などはハモるように微調整し、それで生じた「ズレ」をあちこちの音(特に#♭の音)をちょっと高めにしたり低めにしたりすることでつじつまを合わせているわけだ。  例えば、1月1日から3ヶ月…と言ったら(31+28+31で)90日だが、7月1日から3ヶ月…と言うと(31+31+30で)92日になる。  同じように、「ハ長調」=「1月から数える」のと、「ト長調」=「7月から数える」のとでは、音程の間隔が微妙に違ってきてしまう。  当然、「嬰ハ長調」=閏年の2月の29日から数える…とか、「変イ短調」=夏休みの臨時登校日から数える…ともなると、もっと違ってくる。  そのため、調によって独特の「色合い」が生じるわけなのである。            * □楽器の理由  ということは、曲名に何長調とか何短調と付けるというのは、要するに名前の代わりに「男、山羊座生まれ」とか「女、乙女座生まれ」と付けるみたいなもの?。    いやいや。まあ、そういう処もなくはないけれど、作曲家は決してそんな「蠍座みたいな曲」とか「魚座みたいな楽章」などという曖昧な理由で調を決めているわけではない。  実は、最も重要なのは「楽器の持つ調」。  これこそが最重要ポイントなのである。 Pianok 例えば「ピアノ」。  この楽器はどんな調性でも弾きこなせる万能楽器ではあるものの、基本的には「ハ長調」で出来ている。ハ長調のドレミファが「白鍵」で並んでいて、#♭は「黒鍵」、と徹底した差別化が図られているほどだ。  鍵盤を見ると、五線譜上で#も♭も付かない音階「ドレミファソラシ」は白鍵で横一列に並んでいて、その半音上の音「ド#、レ#、ファ#、ソ#、ラ#」が少し上にずれた位置にはめ込まれて並んでいる。    つまり、「白鍵」だけを叩いていれば自動的に「ハ長調」が鳴るわけで、ピアノにとっては「ハ長調」(短調なら「イ短調」)というのが最も明快に鳴る「基本の基本となる調性」と言える。  ハ長調のイメージが「白」であり、「明るさ」や「平明さ」を感じるのはピアノのこの「白鍵」のイメージのせいだと言ってもいいだろう。  しかし、すべての楽器が「ハ長調」を基本として出来ているかというと、そうではない。ほかの楽器に目を転じた場合、むしろこの「ハ長調」が基本になっているのは極めて少数派であることに気付く。 □ 弦楽器の理由 Photo 例えば、ヴァイオリンは「ソ、レ、ラ、ミ」という、完全5度の間隔でチューニングされた4本の弦からなる。(最初の最初から「ハ長調」の楽器ではないのである)  単純に低弦の「ソ(ト)」でドレミファを弾けば「ト長調」のドレミファとなり、真ん中の「ラ(イ)」で弾けば「イ長調」のドレミファとなる。  それぞれの弦は完全5度の間隔で並んでいるので、互いに自然倍音の関係にあり、「ソ」の弦を弾いている時も、空いている「レ、ラ、ミ」の弦が共振して鳴る。それが、ヴァイオリン特有のふくよかな響きを生むわけだ。  つまり、この「ソ、レ、ラ、ミ」の音(とその自然倍音)を音階に含む「調性」こそが、ヴァイオリンにとってもっとも自然に響くキイということになる。  ヴァイオリンにとっては4つの開放弦が生み出す「ト長調」「ニ長調」「イ長調」「ホ長調」がもっとも鳴りやすい(演奏しやすい)キイなのである。  そして、「ヴィオラ」と「チェロ」は「ド、ソ、レ、ラ」(音域としては1オクターヴ違う)だから、上記の3つのキイにかろうじて「ハ長調」が加わる。  ちなみに、この4つの調、いずれも「#」系であることにご留意いただきたい。 □管楽器の理由  続いて、管楽器。  これは、もっと明確な「個別の調」がある。  なにしろ「管の長さ」によって出る音が唯一絶対の「基本の音」だからだ。    管楽器は、空洞のまっすぐな木の筒、動物の角、金属のパイプ、などを吹いて音を出す楽器として誕生したわけなのだが、「手で持てて」「演奏しやすくて」「音が良くて」という条件を考えると、それぞれの材質によって「もっとも適当な大きさ&長さ」が決まってくる。  例えば、「ド」の音だと、振動数が大体261Hz、波長の半分が65cmほど(4分の一なら32cmほど)。この長さの管を吹けば「ド」の音が出る。  フルートやクラリネットあるいは尺八など、手に持って吹く管楽器としては、50〜60cmというのは扱いやすい手頃な大きさなので、「ド」あるいは「レ」あたりを基音とする管楽器は世界の民族楽器でもスタンダードである。  ただし「もっと良く鳴る音を」とこだわり出すと、長さにこだわっていられなくなる。(いくぶん低めの音を出す太くて長い管の方が、甲高い音を出す短い管より「豊かな響き」を生むからだ)  そこで、いい音を追究してゆくと、自然に楽器の持つキイは「ド」ではなくなり、「シ♭」になったり「ファ」になったりしてしまうわけだ。  (ちなみに、尺八は「レ」、クラリネットは「シ♭」、イングリッシュホルンやファゴットは低い「ファ」が管の長さの基本になっている)  そうなると、その管の長さ&太さでドレミファを吹くと「ニ調(D)」になったり「変ロ調(B♭)」になったり「ヘ調(F)」になったりするわけで…。  こういう楽器を「移調楽器」という。 Winds▽木管楽器  例えば、木管楽器では、「フルート」「オーボエ」「ファゴット」は普通に「ハ長調」の楽器だが、「クラリネット」は基音が「ラ」と「シ♭」の2種類ある「移調楽器」である。  これは、要するに、「ラ」のイ調管でドレミファを吹くと「イ長調」になり、「シ♭」の変ロ管で吹くと「変ロ長調」になる、ということ。  オーケストラなどで他の楽器と一緒に演奏するためには、この楽器だけ「移調」して楽譜を書かなければならない。それで「移調楽器」というわけだ。 (このあたりは作曲家だって時々よく混乱するくらいだから、慣れない人には何のことだか良く分からないかも知れないが…)  クラリネットは(長さはフルートやオーボエとそう変わらないが)構造上ほぼ1オクターヴ下の音が出せる。そのため、管をいくぶん長く(基音を低く)することで深く豊かな響きを得られる。  そのため、ドよりは低い「ラ」と「シ♭」の楽器が作られ、長らく「#系」の曲なら「A」管、「♭系」の曲なら「B♭」管と使い分けていたが、現在では「シ♭」の変ロ管(Clarinet in B♭)がほぼオーケストラの主流になっている。    ちなみに、フルート、オーボエ、ファゴットは「ハ長調」の楽器ではあるものの、厳密に言えばフルートは「レ」、オーボエは「ド」、ファゴットは「ファ」が基音の楽器。  それぞれ基音より下の音(フルートは「ド」、オーボエは「シ♭」、ファゴットは最低音の「シ♭」)まで出せるキイが付いているので、普通に「ハ長調」の楽器としてで演奏することができる。 ▽金管楽器 Brass さて、この「移調楽器」で問題なのは、「金管楽器」だ。  金属のラッパ管にマウスピースを付けて吹く…という構造のこの楽器は、(木管楽器のように管に穴を開けて音階を作ることが出来ないため)基本的に「倍音(ドミソ)」しか音が出せない。(信号ラッパの曲が、すべて「ソドミソ」で出来てるのを思い出して欲しい)  ということは「ハ長調」の曲を演奏するときは、「C」の長さの管、「ニ長調」の曲を演奏するときは「D」の長さの管が必要になるわけで、実際、モーツァルトとベートーヴェンの頃までは、曲によってC、D,E♭、F,G管など色々な長さのホルンやトランペットを持ち替えて演奏されていた。 Eroica 例えばベートーヴェンの交響曲におけるホルンおよびトランペットを見てみると、「英雄」(変ホ長調)では共に「E♭」管、「運命」(ハ短調)では共に「C」管、「田園」(ヘ長調)では「F」管ホルン(トランペットは「C」管)、「合唱」(ニ短調)では共に「D」管が指定されている。   これではあまりに面倒なので、やがて複数の長さの管を丸めて組み合わせ(金管は管を曲げるのだけは自由なのである!)、それをピストンやバルブで調整する…という機構(メカニズム)が開発され、いろいろな調を演奏できるホルン&トランペットが登場するようになった。  現在のモダンホルンは「F」管(および「B♭」管)、トランペットは「B♭」管と「C」管が主流となり、半音階も自由自在に演奏でき、機動性も安定性も優れた楽器になっている。           * □弦楽器のお得意キイ「#」  …と、こうやってざっとオーケストラの楽器の事情を並べてみると、作曲家がどうやって「調性」を選ぶのか(あるいは選ばざるを得ないのか)、何となくわかってきたのではなかろうか? Gdae 例えば、弦楽器が主体のアンサンブルなら「ト長調」「ニ長調」「イ長調」「ホ長調」といった「#」系のキイが演奏しやすいし鳴りやすい。(そもそも、開放弦をジャーンと鳴らしただけで、この4つのキイのどれかが鳴るのだから)  しかも、楽器本体がそれらの「調」で鳴るように(自然倍音を含んで)作られていることもあって、伸びやかに鳴る。ヴァイオリン族の楽器を気持ちよく弾いている限り、この4つの調から抜け出せなくなるほどである。  実際、ヴァイオリン協奏曲など弦楽器のコンチェルトあるいは弦楽アンサンブルのみの作品にこの調性がきわめて多い。ベートーヴェン、ブラームス、チャイコフスキーいずれのヴァイオリン協奏曲も「ニ長調(#2つ)」なのがいい証拠だ。  これらの弦楽器が鳴りやすい「#系長調」のキイが、「喜び」や「明るさ」「希望」といったイメージを感じさせ、「緑」や「青」あるいは「オレンジ」のような、(個人的に好きな)色彩を想起させるのだろう。  ただし、易しく鳴りやすい…というのは逆に言えば、平明な(深みや重厚さがない)響きにすぎる…とも言えるわけで、ロマン派以降は「ちょっと陰りがある」響きを求めて、「短調系」を選択することが多くなる。  そこで、弦を「悲劇的な」感じで鳴らしたい場合、例えば、上記の4つの調の短調系である「ト短調」「ニ短調」「イ短調」「ホ短調」、そして平行調の「ロ短調」あたりがいい感じになるわけだ。  ヴァイオリン協奏曲でいうなら、メンデルスゾーンが「ホ短調(#1つ)」、シベリウスが「ニ短調(♭1つ)」。ドヴォルザークのチェロ協奏曲「ロ短調(#2つ)」もこの路線。  シューベルトの「未完成」やチャイコフスキーの「悲愴」における「ロ短調」も、弦の悲劇的な響きを引き立てる調ということになるだろうか。  この「#系の短調」は、弦楽器に1音だけ「響かない音」を加えるために、「陰り」や「憂鬱」のようなイメージを持たせる。  そのため少し「暗め」で「憂いを秘めた」響きになる。「茶色」や「深い緑」のような色がイメージされるのはそのせいだろうか。  何はともあれ上記の「#系の調」は、弦楽器を鳴らすのに適した調性であり、作曲家があえて「#系」の調性を選択するのは、弦楽器を活かした楽想にしたいからだということになる。 □管楽器のお得意キイ「♭」  対して、管楽器のキャラクターを前面に出したい場合に登場するのが、「♭」系の調だ。  木管楽器は、クラリネットが現在ほぼ「B♭(変ロ調)」。金管楽器では、ホルンが「F(ヘ調)」でトランペットが「B♭」および「C」。  近代オーケストラではよく使われるサクソフォン(アルト)は「E♭(変ホ調)」。「トゥオネラの白鳥」などで暗くも優美なソロを聴かせるイングリッシュ・ホルン(コール・アングレ)は「F(ヘ調)」。「春の祭典」前半で超高音を聞かせるピッコロ・クラリネットも「E♭(変ホ調)」。  ほとんど「♭」系のキイを持つ楽器ばかりなのだ。 Horn 特に、ホルンは(先にも書いたように)基本的に「ドミソ」しか吹けない上に(唇の微妙なコントロールだけで倍音を作るので)きわめて「音を外しやすい」楽器でもある。  そこで、それが楽に朗々と鳴るキイを選択することは、曲のキャラクターを左右するポイントになる。  モーツァルトやベートーヴェンの時代は、曲によってさまざまな調のホルン(C管、D管、E♭管など)を使っているのは前に述べたとおりだが、音は必ずしも同じだったわけではない。  お気に入りは「E♭」管だったようで、モーツァルトのホルン協奏曲はすべて変ホ長調で書かれているし、ベートーヴェンは「E♭管ホルン」を主人公にして「英雄」や「皇帝」(変ホ長調)を書いている。  そのイメージからいまだに「変ホ長調」は「ヒーローっぽい」サウンドの代名詞になっていると言っていいかも知れない。  しかし、「E♭」というのは本来弦楽器では鳴らしにくい調。ベートーヴェンは「田園」(ヘ長調)では「F管」ホルンを使い、1音高い分だけ音が輝かしく張りを持っているキャラクターをうまく生かして、牧歌的で伸びやかな世界を作るのに成功している。 Sym4 チャイコフスキーも交響曲第4番(ヘ短調)で、冒頭ホルン4本による「運命」のファンファーレ(ヘ短調)が、フィナーレでヘ長調へと昇華してゆく圧倒的な楽想を生み出している。  トランペットは、ホルンほど調にデリケートではないが、それでも、曲の最後に「凱歌」のように鳴り渡るところでは、「基音」のドミソ(およびB♭を含む音階)が一番効果的なのは確かだ。  というわけで、弦楽器が主体のオーケストラでは、あまり♭の多いキイは鳴りにくく敬遠されるが、管楽器ばかりが集まった「吹奏楽」などでは、逆に「♭」系の曲が好まれる。その方が演奏しやすいし鳴りやすいからだ。  作曲家は、このように「#系を得意とする弦楽器」と「♭系を得意とする管楽器」の兼ね合いから全体の「調性」を決定するわけである。            * □響きのテンション(緊張感)  しかし、「演奏しやすく」「鳴りやすい」調性を選ぶのだけがベストとは言えない…というのが音楽の面白いところだ。  バロック時代までのように、音楽に「明るさ」「平明さ」が求められていた時代は、確かに「ハ長調」「ト長調」「二長調」など弦楽器が鳴りやすい「#系の長調」の天下だったと言っていい。  ♭系なら、平明に響く「ヘ長調」そして「変ロ長調」までが限度。モーツァルト以前の音楽はほぼこの領域内だ。  しかし、音楽に「深み」や「哲学性」「ドラマ性」などを含ませる「ロマン派」の時代になると、そういう平明さから離れた表現を必要とするようになる。  そこで、逆に「弾きにくい」「鳴りにくい」調性を選択することで、オーケストラに緊張感を与え、テンションの高い音響を生み出す…というテクニックが追究されるようになった。  モーツァルトの「ニ短調」(ピアノ協奏曲第20番やレクイエム)や「ト短調」(交響曲第40番)などがその先駆。その後ベートーヴェンによって「ハ短調」(交響曲第5番)や「ヘ短調」(熱情)などが開発され、「短調」のドラマの世界は宇宙的な広がりを聴かせるようになる。  ちなみに、交響曲などでは、第1楽章が「A短調」で始まり、終楽章は「A長調」で終わるという「お約束」が一般的(近現代ではそうでない例も多いが)。    前半は「響きにくい調」でたっぷり「苦悩」や「悲劇」を描き、後半やコーダは「響きやすい調」で「解放」させる…という高等テクニックも、「調性」の選択次第で生まれるわけだ。 Dsch10 ベートーベンの「運命」の「ハ短調→ハ長調」がもっとも代表的な例だが、チャイコフスキーの第5番やショスタコーヴィチの第10番に見られる「ホ短調→ホ長調」も効果的な例と言える。  さらに、近代になると、それこそ「色彩」として「澄んだ音」「くすんだ音」「透明な音」「霞がかかった音」などを生み出すために、敢えて「#」や「♭」が沢山付いたキイを選択する手法も登場してくる。  基音がそもそも#♭系である「嬰ヘ短調(#3つ)」や「嬰ハ短調(#4つ)」や「変イ長調(♭4つ)」などの調を選ぶのは、自然倍音の平明な響きを逆に嫌った結果と言えるだろう。  最初に「音律」の話で出たように、この種の音は正規の倍音関係から逸脱していることが多いので、いずれも、ちょっと傾いた感情や霞がかった情景、あるいは異教っぽいサウンドを作り出すのに有効なのである。  また、ショパンのように、ピアノの「黒鍵」を自在に装飾として使うため、#♭の多いキイを多用する例もある。(なぜなら、白鍵と白鍵の間隔より、白鍵と黒鍵の間隔の方が短く、デリケートなトリルや装飾音型における指さばきが楽だからだ)  その場合、半音の混じった細かい装飾音のパッセージをちりばめるには、意外と「嬰ト短調(#5つ)」とか「変二長調(♭5つ)」のような調が(意外にも)弾きやすかったりするわけだ。  このあたりはまさに「楽器(ピアノ)の機能」を120%極める高等テクニックと言えようか。 Mussorgsky また、ムソルグスキーの「展覧会の絵」(原曲はピアノ)も、かなり#♭だらけで書かれているのが印象的だ。単純にすべて半音上げ下げすれば極めて弾きやすい#♭なしのキイになるのだが、それを敢えてしていない。  それは、そうしてしまうとあの幻想的で(幾分悪夢がかった)音楽のテンションは生まれないからだ。あの曲は、自然倍音から逸脱した「ヨーロッパ的でない調」を選んだことで生まれる「異教徒的な響き」を意識して作られているのである。  そして、ラヴェルのオーケストラ編曲も、それを受けて原曲のキイを踏襲している。しかも、#系は弦楽器に、♭系は管楽器にイニシアティヴを与える絶妙のバランスでオーケストレイションしているあたりはさすがと言える。  また、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」では、フルートの一番不安定な音「C#」を冒頭に持ってくることで、けだるく淡い幻想の世界を1音で生み出している。これは、近代オーケストレイションの「隠し味」的テクニックの白眉として有名だ。 Stravinskys さらに、調性があるようなないようなストラヴィンスキーの「春の祭典」のような曲になると、それこそ(鳴りやすいか鳴りにくいかなどを超越した)各楽器の一番鮮やかな奏法を目立たせる仕掛けが存分にちりばめられていて、万華鏡のようなサウンドを生み出している。  冒頭、最高音のドで始まるファゴット・ソロは高音の限界を越えることで特殊な効果を出しているし、弦セクションのハーモニクス、ホルンのグリッサンドなど「得意な音」を出すために、逆に「調性」を壊してしまった感があって凄まじい。  この曲、#♭だらけな上にさらに変拍子が加わり、「無理やり難しくしている」と言えそうなスコアだが、それは「異教徒的な響き」を全開にすると共に、「一瞬たりとも油断できない」究極の「緊張感」の中にオーケストラを叩き込む。  そのストレスこそがあの「エネルギー」を生むのである。  作曲家が「調性」を決めると言うことは、楽器の「性格」を100%引き出すための重要事項であり、それゆえにこそ「調性」は作品名に明記される。  調性は、音楽に「色彩」を加え、作品のキャラクターを決定づける「要(かなめ)」なのである。  というわけで、今回はここまで。          * Flyerオール・ロシアン・プログラム! 
 ■11月28日(土) 7:00p.m., 〈ムソルグスキー〉 歌劇「ホヴァーンシチナ」序曲 交響詩「はげ山の一夜」 歌曲「死の歌と踊り」
(バス:ミハイル・ペトレンコ) 

 組曲「展覧会の絵」 (ラヴェル編) ■11月29日(日) 2:00p.m.〈チャイコフスキー〉 
序曲「1812年」 ピアノ協奏曲第1番変ロ長調(ピアノ:ユンディ・リ) 

 交響曲第4番ヘ短調



 ■12月1日(火)7:00p.m.〈ショスタコーヴィチ〉 歌劇「鼻」より 交響曲第1番 ヘ短調op.10

 歌劇「ムツェンスク郡のマクベス夫人」より 交響曲第10番ホ短調op.93


 ■12月2日(水) 7:00p.m.〈ストラヴィンスキー〉 バレエ音楽「カルタ遊び」 ピアノと管弦楽のためのカプリッチョ(p:アレクサンドル・トラーゼ ) バレエ音楽「春の祭典」

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2009/06/10

日本のオーケストラ事始め

Orchjapan 今回は「日本のオーケストラのはじまり」というお話を少し。  まずは日本オーケストラ史におけるパイオニア、山田耕筰(1886〜1965)と近衛秀麿(1898〜1973)の話あたりを入口に始めよう。 Kosaku 山田耕筰は1886年(明治19年)の生まれ。少年時代に西洋音楽の手ほどきを受け、東京音楽学校(現・東京芸術大学)に入学。声楽科を卒業した後1910年(明治43年)24歳の時にドイツ(ベルリン音楽大学作曲科)に留学している。(ちなみに、森鴎外が軍医としてドイツ留学したのが1884年(明治17年)。夏目漱石が英文学研究のためイギリス留学したのが1900年(明治33年)。共に軍や文部省などから任命されての留学だが、山田耕筰の場合はパトロンからの援助を受けての私費留学。)  ベルリンではブルッフ(ヴァイオリン協奏曲で有名)に作曲を師事し、1912年(大正元年)に「かちどきと平和」という日本初の交響曲を作曲。帰国後は日本での本格的な「オペラ上演」と「常設オーケストラの設立」を目指して奔走。1917年(大正5年)には渡米してカーネギーホールで自作のオーケストラコンサートを指揮。…と、まさに日本における西洋音楽受容史(特にオーケストラと作曲)のパイオニアと呼ぶにふさわしい人物である。 Hidemaro 一方の近衛秀麿は、山田耕筰より12歳ほど若く、貴族(近衛家)出身。ドイツ留学から戻った山田耕筰に作曲を学び、1923年(大正12年)24歳で渡欧。指揮をクライバー、作曲をダンディなどに学び、翌24年にはベルリンフィルを振って指揮者デビューも果たしている。 (ちなみに、山田・近衛とも、定期演奏会を客演指揮したわけではなく、オーケストラをお金で雇っての自主公演である。念のため)  日本における最初の本格的なオーケストラ誕生は、この山田耕筰がドイツ留学から戻った1915年(大正4年)頃。まずは、彼の留学のスポンサーでもあった財界の大御所が設立した音楽鑑賞サークル「東京フィルハーモニー協会」母体としたオーケストラ(ただし、軍楽隊や少年音楽隊などからメンバーを集めた混成楽団)を作ったのが始まりだったようだ。 Nichiro_2 その後、1924年(大正13年)に、ヨーロッパ留学から戻った近衛秀麿の助力を得て「日本交響楽協会」を設立。  翌25年(大正14年)には「日露交歓交響管弦楽演奏会」(近衛指揮で「運命」、山田指揮で自作およびR・コルサコフ「シェエラザード」。公演は全4日間で場所は歌舞伎座)を成功させ、1927年(昭和2年)に「新交響楽団」として最初の定期公演を開始する。 Joak この「新交響楽団」は、1925年(大正14年)にラジオ放送を始めたJOAK(現在のNHK)に出演するようになり(当時は、JOAKオーケストラ、東京放送管弦楽団など色々な呼称があったようだ)、戦後1951年(昭和26年)NHK交響楽団となる。  本格的な日本のオーケストラの歴史が始まるのはこのあたりからだろうか。 Tokyoorch ちなみに、学生やアマチュアのオーケストラはこの頃既に幾つか存在していたようで、慶應義塾大学のワグネル・ソサイエティが総合的音楽団体として合唱団およびオーケストラを発足させたのが1902年(明治35年)。  もちろん山田耕筰のいた東京音楽学校にも、学生によるオーケストラは存在していた。写真→は1904年(明治37年)頃の東京音楽学校管弦楽団。         * □少年音楽隊 Boysb 正史でないオーケストラの活動としてさらに古いのは、意外にも百貨店の楽団(ブラスバンド)として発足した「少年音楽隊」。  これは、その名の通り、可愛い制服を着た「少年」たちが十数人ほどで、新店舗のオープン時や娯楽場・食堂などで余興として演奏するもの。  音楽愛好団体ではなく商業的なものなので、起源を辿れば(年配の人には昔懐かしい…いわゆる)チンドン屋さんということにでもなるだろうか。  もともとは江戸末期から明治にかけて、三味線(チン)と太鼓(ドン)を含む小規模(3〜4人)な楽隊が、人通りの多いところを練り歩き、口上を述べたりビラをまいたりという商業的な宣伝活動をしたのが始まり。(戦後は、クラリネットが定番になったが)  それが、大きな店になるに従って大人数の楽隊(あるいは軍楽隊)を雇うようになってゆき、明治20年代(1887年頃)になると民間で西洋楽器を演奏する楽隊が生まれ、やがて家族向けの百貨店で「少年による」小規模楽団へと進化していったようだ。  1909年(明治42年)まず東京の三越百貨店で「三越少年音楽隊」が創設され、1912年(大正元年)には大阪三越で少年音楽隊、京都大丸少年音楽隊が誕生。  以後、百貨店や大型店舗における少年音楽隊が一種のブームとなったというから、ちょっと面白い。    また、「男の子」だけの少年音楽隊に対抗して、1911年(明治44年)には白木屋(現・東急百貨店)で「女の子」だけの「白木屋少女音楽隊」が登場。この成功を受けて1913年(大正2年)には「宝塚少女歌劇団」が生まれている。 Ito 現在の東京フィルハーモニー交響楽団も、1911年(明治44年)に名古屋の「いとう呉服店」(現・松坂屋)で「音楽隊」として発足のが最初とのこと。  後に1938年(昭和13年)に東京で「中央交響楽団」として活動を開始。現在の「東京フィル」の名称になったのは戦後1945年(昭和20年)から。  この「少年音楽隊」の出身者は、やがてプロの演奏家や作曲・編曲家(主にジャズや軽音楽系)となり、大正時代に入ってから流行歌の作曲、ダンスホールでの演奏、劇場あるいは映画館での音楽演奏などに大いなる才能を発揮するようになる。 (実際、大阪のウナギ料亭「出雲屋少年音楽隊」からは、服部良一が輩出している) □浅草オペラ Asakusaoperaa この少年音楽隊と並んで、もう一つ、この頃のオーケストラ・シーンで面白いのが、大正時代に大衆向け娯楽として一世を風靡した「浅草オペラ」。  日本における日本人によるオペラ上演は1903年(明治36年)に東京音楽大学(東京芸術大学)の奏楽堂でグルックの「オルフェウスとエウリディーチェ」が上演されたのが初。ただし、この時はオーケストラではなくピアノ伴奏。  その後、1911年(明治44年)「帝国劇場」に洋劇(歌劇)部設立。専属の管弦楽団(帝劇オーケストラ)が編成され、ここで「魔笛」や「トスカ」「蝶々夫人」などオペラの上演が始まっている。 Teigeki 座席数1700という本格的な劇場で、オーケストラピットも充実しているが、どのくらいの編成だったのかは不明。  また、この時期すでに「日本人による(日本語の)創作オペラ」が上演されている。中には外国人作曲家に作曲を頼んだ例もあるが、東儀鉄笛/坪内逍遙による「常闇」を始め、「羽衣」「熊野」「釈迦」「胡蝶の舞」などという純国産オペラが幾つか上演されたという。  しかし、この国立による本格的オペラ上演は、(制作にお金がかかるうえ、聴衆がちっとも来ない…という普遍的な理由による)財政難もあって1916年(大正5年)にあっけなく終了してしまう。  それに代わって、この時のオペラ作りのノウハウを大衆演劇と合体させた公演が、当時東京で最大の娯楽街浅草で行われるようになる。これが、田谷力三や藤原義江あるいは榎本健一(エノケン)などスターの登場もあって、一世を風靡した「浅草オペラ」である。 Asakusaoperab オペラといっても、歌あり踊りありの創作オペレッタあるいはミュージカル・ショウ的なものが多かったようだが、それでも、オッフェンバックの「天国と地獄」、ビゼーの「カルメン」、ヴェルディの「椿姫」などから、リヒャルト・シュトラウスの「サロメ」まで本格的なオペラも上演しているというからたいしたものである。  ただし、伴奏を担当するオーケストラの編成は(3管編成フルオーケストラなどには程遠く)せいぜい十数人程度。弦楽アンサンブル(ヴァイオリン4,チェロ2,コントラバス1)に、フルート、クラリネット、トランペット、トロンボーン、そしてピアノが加わる・・・といった処だったようなのだが。  当然ながら、かなりアレンジを施した上演ということになるが、西洋音楽しかもオペラを、ここまで大衆的な娯楽に仕立て上げたエネルギーは凄い。 (この浅草オペラに魅せられたことがきっかけでオペラや西洋音楽のファンとなった作家も多く、宮澤賢治、永井荷風、川端康成などはオペラの台本まで書いているほど)  しかし、この「浅草オペラ」も、全盛を極めた1923年(大正12年)に起こった関東大震災により壊滅的な打撃を受け、その後、衰退してしまう。  そのまま大衆娯楽としてのオペラが浅草を中心に根付いていたとしたら…どんな世界になっていただろう。         * □黒船来航と軍楽隊 Perry さて、そんな「大正」からさらに「明治」以前へ遡って、「一般の日本人がいつ頃西洋楽器の合奏を初めて耳にしたのだろう?」と探ってゆくと・・・どうやらペリー率いる黒船が浦賀にやってきた1853年(嘉永6年)あたりになりそうだ。 (もちろん、「西洋楽器を初めて聴いた日本人」ということになれば、おそらく織田信長や豊臣秀吉あたりが登場することになるのだろうが、それはまた別の話)  その頃のアメリカ海軍の楽隊がどういう楽器編成だったかは定かでないが、当時の絵などから見ると、ラッパ類(トランペット、ホルン)に笛(フルート、クラリネット)そして打楽器(中太鼓、大太鼓)という7〜8人ほどだったと思われる。オーケストラというよりは吹奏楽である。 Gungakub ちなみに、鎖国時代の唯一の窓だった長崎では、1840年代(黒船来港よりさらに10年以上前)に、オランダの軍楽隊が、当時最新の楽器サックスも加えた16人ほどの編成で来日していたという記録があるそうだ。(サクソフォンの誕生は1840年代のベルギーだから、まさに出来たてほやほやの最新楽器ということになる)  そして1850年代(安政年間)には、長崎奉行所内にオランダ海軍のマーチ譜を伝習するセクションが出来、幕末には薩摩・長州・土佐など国内にも「鼓笛隊」が誕生する。  西洋音楽は、まず長崎に入ってきて、西から徐々に東(江戸)へと向かうわけである。 Gungakud 薩長で生まれたこの鼓笛隊は、幕末維新期の軍楽隊(「宮さん宮さん」や「維新マーチ」などを演奏しながら行進した楽隊)で有名だが、この時代はまだ金管楽器類は輸入されておらず、楽器自体は和風の笛や太鼓である。    西洋楽器が日本に入ってきたのは、鎖国が解かれ明治を迎えた1869年(明治2年)。  イギリスより薩摩藩に軍楽隊の楽器一式(主に金管類)が届き、軍楽隊長フェントンによる指導(信号ラッパの吹き方、楽譜の読み方など)が始まった。  そして1871年(明治4年)には、陸軍および海軍に「軍楽隊」が正式に発足。  現在の「吹奏楽団」の編成で、行軍における行進曲の演奏だけではなく、公的な儀式も担当。翌1872年(明治5年)の品川〜横浜間の鉄道開通式にも早速演奏を行っている。  この軍楽隊が式典で演奏する「国歌」が必要になり、1880年(明治13年)に生まれたのが「君が代」。  メロディは宮内省式部雅楽課(奥好義)の作曲による雅びな旋律線なのに、ハーモニーはドイツ人の軍楽隊教師(エッケルト)が「軍楽隊向けに」付けたため、今聞くときわめて不思議なバランスに仕上がっている。 Seiyo …と、ここまではもっぱら吹奏楽系(木管、金管、打楽器)の音楽だが、1879年(明治12年)には文部省に「音楽取調掛」(後の東京音楽学校。現在の東京芸術大学)が設立され、いよいよピアノやヴァイオリンを含む「西洋音楽」の吸収が本格的に始まる。   □宮内省式部と鹿鳴館  吹奏楽系(ラッパ類)の西洋楽器は「軍隊」によっていち早く実用化されたが、弦楽器(ヴァイオリン系)はさすがに軍隊のような「野外」の演奏には適さない。  弦楽器系の楽器の導入は、明治になって世相が落ち着き「平和的な」音楽行為が愛でられるようになってから「室内」でゆっくり普及が始まった。 Kunaisho この「弦楽器系」の西洋楽器の習得に音楽学校と同時に(あるいはより早く)取り組んだのが、宮内省の音楽担当セクションである式部職楽部。  古来から宮廷での音楽(雅楽)を司ってきた太政官雅楽局が、明治を迎えて「宮内省式部職楽部」となり、和楽器のほかに先のフェントンらの指導により西洋楽器(主にヴァイオリンなどの弦楽器)の伝習が行われるようになったのが始まりとのこと。  彼らはもちろん、本来は雅楽(笙・篳篥)を奏する世襲の楽師たちなのだが、明治維新以降は和楽の弦楽器(箏や琵琶)も専門に演奏するようになり、さらにこの時期、(宮廷で演奏する必要に駆られて)西洋楽器の習得にも取り組むようになった。  そして1881年(明治14年)頃には、その成果が実って小編成ながらオーケストラの演奏が出来るようになり、宮中で小さなコンサートが開かれたそうだ。 Dance さらに1883年(明治16年)には、西洋風のダンスを踊るための施設が明治政府のお声掛かりで誕生する。御存知の「鹿鳴館」である。  これは、外国(欧米)からの賓客や外交官を接待する「舞踏会」や「祝賀会」を催す社交場として作られた建物で、舶来の舞踏会を演出するためにワルツ(ヨハン・シュトラウスなど)のような西洋の舞曲が連日演奏された。  そこで動員されたのが、陸軍の「軍楽隊」の吹奏楽セクションと「宮内省式部職」の弦楽器セクションによる混成のオーケストラ。(とは言っても、せいぜい数人の小編成。ダンスで実際に演奏されたのは、ほとんど吹奏楽編成の曲だけだったようなのだが)  無理やり洋装した明治の日本人の姿ともども、今から見ればかなり滑稽なものだったのかも知れないが、何はともあれ、軍楽隊で培われた「管楽」と、宮内省で培われた「弦楽」がここで統合され、ここに初めて「管弦楽(オーケストラ)」の音が日本に鳴り響いたわけである。 □ そして現代へ  そんな時代から、かれこれ130年近くがたつ。  山田耕筰・近衛秀麿らのオーケストラ運動から数えてもざっと100年ほどだ。  日本にオーケストラ音楽が初めて入ってきたこの時代(20世紀初頭)というのは、西洋ではロマン派が既に終焉を迎え、ストラヴィンスキーやシェーンベルクによる現代音楽が台頭してきた頃。    この時代を境に、日本のオーケストラは「失った時間」を取り戻そうと地道に西洋古典からロマン派音楽そして民族主義の音楽までを習得し吸収するのに全精力を傾けてきた。  それに対して、作曲家たちは「過去」(ロマン派や民族主義の音楽)はスルーしたまま、より新しい音楽を模倣し再生する道を突っ走ってきた。  そして、どちらもそれなりの成果は上げた。しかし、「過去」の習得に全力を傾けてきた演奏界と、「現代」の模倣に血道を上げてきた作曲界とのギャップを埋めるのは、まだまだ難しそうだ。  それでも現在、日本におけるオーケストラ界は劇的な進化発展を遂げ、現在、プロのオーケストラとして活動している団体だけでも30前後。市民オーケストラや学生オーケストラを含めるとどれほどの数になるのか想像も出来ないほどの「オーケストラ大国」に育っている。  未来がどういう形になるのかは誰にも分からないが、100年の歴史の上に「私たちの音楽」を根ざす大樹たちがより豊かな世界を築くことを祈りたい。           *  最後に、現代の日本のオーケストラ界を俯瞰するため、私が関わった日本の主要オーケストラをほぼ創立年代順に並べてみよう。(青字の曲名は演奏してもらった作品。設立年以降の紹介が多少大雑把な点はご勘弁を) NHK交響楽団(東京) 1927年(昭和2年)新交響楽団として第1回演奏会。1951年(昭和26年)NHKの後援でNHK交響楽団となる。 ・朱鷺によせる哀歌 東京フィルハーモニー交響楽団(東京) 1938年(昭和13年)中央交響楽団として活動を始める。1946年(昭和21年)東京フィルハーモニー交響楽団となる。 ・ギター協奏曲「天馬効果」(初演、CD)、交響曲第2番「地球にて」(初演)、カムイチカプ交響曲、朱鷺によせる哀歌ほか多数 群馬交響楽団(高崎) 1945年(昭和20年)高崎市民オーケストラとして発足。翌46年に群馬フィルハーモニー交響楽団と改称。1963年(昭和38年)に群馬交響楽団として活動を始める。 ・朱鷺によせる哀歌(海外公演) 東京交響楽団(東京) 1946年(昭和21年)東宝交響楽団として設立。1951年(昭和26年)に東京交響楽団となる。 ・ドーリアン(初演)、ギター協奏曲「天馬効果」、ファンファーレ2001(初演) 大阪フィルハーモニー交響楽団(大阪) 1947年(昭和22年)関西交響楽団として設立。1960年(昭和35年)に大阪フィルハーモニー交響楽団として第1回演奏家を開催。 ・カムイチカプ交響曲(初演)、朱鷺によせる哀歌、サイバーバード協奏曲 九州交響楽団(福岡) 1953年(昭和28年)福岡交響楽団を前身として発足。1973年(昭和48年)にプロのオーケストラとして活動を始める。 ・鳥と虹によせる雅歌 京都市交響楽団(京都) 1956年(昭和31年)創設。同年第1回定期演奏会開催。 ・ファゴット協奏曲「一角獣回路」(委嘱初演) 日本フィルハーモニー交響楽団(東京) 1956年(昭和31年)文化放送の専属オーケストラとして設立。翌1957年第1回定期演奏会を開催。 ・朱鷺によせる哀歌(初演)、鳥たちの時代(委嘱初演)、トロンボーン協奏曲「オリオンマシーン」(委嘱初演)、ピアノ協奏曲「メモ・フローラ」(初演)、交響曲第2番、第3番ほか多数 札幌交響楽団(札幌) 1961年(昭和36年)札幌市民交響楽団として発足。翌62年、札幌交響楽団として活動を始める。 ・朱鷺によせる哀歌、ギター協奏曲「天馬効果」、鳥は静かに 読売日本交響楽団(東京) 1962年(昭和37年)読売新聞・日本テレビによって設立。同年第1回演奏会を開催。 ・朱鷺によせる哀歌、サイバーバード協奏曲(初演) 広島交響楽団(広島) 1963年(昭和38年)広島市民交響楽団として発足。69年(昭和44年)広島交響楽団として活動を始める。 ・トロンボーン協奏曲「オリオンマシーン」、ギター協奏曲「天馬効果」、サイバーバード協奏曲 東京都交響楽団(東京) 1965年(昭和40年)東京オリンピック記念事業の一環として、東京都のオーケストラとして設立。 ・交響曲第5番(初演)、朱鷺によせる哀歌(CD)、ピアノ協奏曲「メモ・フローラ」、カムイチカプ交響曲、サイバーバード協奏曲 名古屋フィルハーモニー交響楽団(名古屋) 1966年(昭和41年)設立。同年第1回定期演奏会を開催。 ・ギター協奏曲「天馬効果」、サイバーバード協奏曲、カムイチカプ交響曲、朱鷺によせる哀歌 新星日本交響楽団(東京) 1969年(昭和44年)設立。2001年(平成13年)東京フィルと合併。 ・朱鷺によせる哀歌、ギター協奏曲「天馬効果」、サイバーバード協奏曲、鳥たちの祝祭への前奏曲(委嘱初演) 神奈川フィルハーモニー管弦楽団(横浜) 1970年(昭和45年)設立。同年第1回定期演奏会。 ・朱鷺によせる哀歌 関西フィルハーモニー管弦楽団(大阪) 1970年(昭和45年)室内合奏団として発足。1982年(昭和57年)に関西フィルとして活動を始める。 ・交響曲第3番(初演)、第4番(初演)、チェロ協奏曲「ケンタウルス・ユニット」(初演)、左手のためのピアノ協奏曲(2管編成版初演)、ソプラノサクソフォン協奏曲「アルビレオ・モード」(初演)、鳥は静かに、ほか多数 新日本フィルハーモニー交響楽団(東京) 1972年(昭和47年)日本フィルと分裂する形で設立。小澤征爾の指揮する自主運営オーケストラとして活動を始める。 ・朱鷺によせる哀歌(CD、海外公演) 山形交響楽団(山形) 1972年(昭和47年)設立。同年第1回定期演奏会開催。 ・サイバーバード協奏曲 仙台フィルハーモニー管弦楽団(仙台) 1973年(昭和48年)宮城フィルハーモニー管弦楽団として発足。1981年(昭和56年)仙台フィルハーモニー管弦楽団として活動を始める。 ・ファゴット協奏曲「一角獣回路」(CD)、鳥たちの時代、朱鷺によせる哀歌、子供たちのための管弦楽入門、コンガラガリアン狂詩曲 東京シティフィルハーモニック管弦楽団(東京) 1975年(昭和50年)設立。 ・鳥たちの時代、鳥は静かに 岡山フィルハーモニック管弦楽団(岡山) 1992年(平成4年)設立。 ・鳥と虹によせる雅歌(委嘱初演)               * Flyer関西フィルハーモニー管弦楽団 東京特別演奏会 2009年7月1日(水)19:00開演 サントリー・ホール 曲目 ・サン=サーンス: 交響詩「死の舞踏」作品40 ・吉松隆:左手のためのピアノ協奏曲「ケフェウス・ノート」作品102a (改訂2管編成版・関東初演) ・シベリウス: 交響曲第1番 ホ短調 作品39 指揮:藤岡幸夫、ピアノ:舘野泉 ◆メモ  関西フィルは、おそらく私の曲を最も数多く演奏している日本のオーケストラである。まだデビューしたての80年代に小松一彦氏の指揮でギター協奏曲「天馬効果」や「鳥たちの時代」を演奏してもらい、2000年代からは正指揮者となった藤岡幸夫氏の指揮でトロンボーン協奏曲「オリオンマシーン」や「鳥はふたたび」など多くの作品を取り上げてもらった。ここで初演(世界初演、関西初演)され生まれ落ちた作品も少なくない。 2001年:交響曲第4番(初演) 2002年:一角獣回路:サクソフォン版(初演) 2003年:チェロ協奏曲「ケンタウルス・ユニット」(初演) 2004年:交響曲第3番(関西初演) 2005年:ソプラノサクソフォン協奏曲「アルビレオ・モード」(初演) 2008年:左手のためのピアノ協奏曲「ケフェウス・ノート」(2管編成改訂版初演)。  日本のプロ・オーケストラの中では歴史が浅い新しい団体に属するが、ザ・シンフォニーホールで行われている定期演奏会はいつもかなりの盛況で驚かされる。特に聴衆に若い層が多いことは、クラシックの未来を考えると実に心強くたのもしい。また、指揮者とマネージャーおよび楽団員たちの信頼関係も、音楽を愛する熱っぽさにしっかり支えられていて羨ましいほどだ。東京でもきっと素晴らしい演奏を聴かせてくれることだろう。  ちなみに、今回の東京でのコンサートの3人、ピアノ:舘野泉、作曲:吉松隆、指揮:藤岡幸夫・・・は、同じ高校(慶應義塾高等学校)の出身者である。在学中はお互い全く知り合うすべもなかった先輩後輩が(何かに導かれて一つに集まり)こういうコンサートで共演するというのは、まさに不思議な縁であり、ある意味「夢の共演」ということにでもなるだろうか。

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2009/05/10

オペラ座の人々

Opera 今回は、〈オペラ〉を作る人々の話。 「オペラ(歌劇)」は、今でこそクラシック音楽の一ジャンルに過ぎないけれど、20世紀以前の、映画やテレビがなかった時代の欧米では、演劇と音楽と美術が合体した「究極の娯楽」の地位にあったと言っても過言ではない。  なにしろ、そこには古典(時代劇)から新作(現代劇)に至るありとあらゆる「物語」があふれていて、シリアスで泣ける話もあれば、コミカルな笑える物語もあり、恋愛ドラマはもちろん、英雄やお姫さまや竜が出て来るヒロイック・ファンタジーものもあれば、ちょっと怖いホラー&オカルトっぽいものもある。そしてお金のたっぷりかかった壮大な歴史劇もあれば、小さな舞台での私小説風のメロドラマもあり、異国を舞台にした旅情サスペンスもあれば、週刊誌の三文記事のような不倫ものや殺人事件もあるのだから!。  しかも、全編に渡ってオーケストラやコーラスによる豪華な〈音楽〉が満ちあふれ、想像力を刺激する(しかも、ふんだんにお金をかけた)舞台美術の魔術の粋が盛り込まれている。そこで繰り広げられる夢のようなドラマの数々。まさにこれ以上ない最高のエンターテインメントである。 Bolshoi 当然ながら、欧米の主要都市にはそれらを鑑賞するためのオペラ劇場があり、そこに王侯貴族から富裕層の観客そして一般庶民までが押し寄せた。そして、人気の演目は(映画の全国ロードショーのように)プラハやウィーンやパリやロンドンなどなど各地で上演され、莫大な興業収益をもたらすことになる。  オペラは単に「音楽」における進化の最終形であるだけではなく、ヨーロッパにおける「文化」の到達点のひとつだったのである。             * ★作る人々 Composersg  ◇作曲家  クラシック音楽の作曲家たちは、誰もが「オペラでの成功」を夢見た。貴族や教会に雇われる(あるいは教職に就く)のではなく、独立した自由芸術家として社会に存在する・・・つまり「プロの作曲家になる」というのは、「オペラを当てる」ことにほかならなかったからだ。  とは言っても、世間一般の例に漏れず、成功するのはほんの一握り。クラシックの(いわゆる)大作曲家たちを見ても、オペラで成功するのを夢みながら、それがかなわなかった「負け組」が実に多い。 Fiderio 渾身の一作「フィデリオ(レオノーレ)」がどうしてもヒットせず、序曲も含めて何度も書き直し続けたベートーヴェン。  貧乏な歌曲作曲家から逃れたくて何本もオペラを書いたものの、結局夢果たさず早死にしてしまったシューベルト。  人気作曲家として十数本ものオペラを書き続けたけれど、結局大ヒット作には恵まれなかったチャイコフスキー。  そして、最初から「私はオペラ向きではないから」と、舞台作品には背を向け続けたブラームスやマーラーそしてシベリウス。  対して、作曲家として成功し社会的地位と経済的報酬を勝ち得た「勝ち組」は、ロッシーニやヴェルディ、プッチーニといったイタリア・オペラの大家たち。自分専用の劇場(バイロイト祝祭劇場)を建てさせたワグナーや、ナチス時代に音楽総裁まで登りつめたリヒャルト・シュトラウスなども成功組。20世紀になっても「ヴォツェック」の成功でベルクは(…現代音楽作曲家にしては)かなりいい生活が出来たと言うから、オペラの威力は大きい。 Librettos ◇台本作家  オペラは作曲家だけでは作れない。「歌」には必ず〈詞〉がいるように、セリフを歌詞にした「台本(リブレット)」がなければオペラは作れないからだ。  そこで当然ながら、「台本を書く作家」というのが必要になる。TVや映画でいう〈脚本家〉である。元になる物語をベースにして、「シーン(場面)」を作り、背景の説明は「ト書き」にし、そこに登場人物の「台詞(セリフ)」を並べてゆき、ストーリーを進行させてゆく。    元の物語が演劇用の「戯曲」である場合は、(セリフだけの舞台劇なので)オペラに転用するのはいくぶん簡単だが、それでも演劇のセリフやシーンをそのままオペラにすると(なにしろセリフを全部「歌」で歌うので)数倍の長さになってしまう。  そこで、原作が戯曲や詩であっても(その演劇や詩の作者以外に)オペラを熟知した〈台本作家〉が必要になった。  そのため、オペラが量産されていた時代は、それこそ(現代のTVドラマのように)毎月何本というペースで新作オペラが生まれていたので、専門のオペラ台本作家が数多くいたようだ。  もっとも、実際に作曲するとなると、台本の一字一句に縛られることなく、音楽として扱いやすい形に書きかえるのが普通。それならばと、最初から作曲家本人が台本を書き下ろすケースも少なくない。  文学青年の素養があったワーグナーは楽劇の台本をすべて書いているし、ムソルグスキーの「ボリス・ゴドノフ」や、前述のベルク「ヴォツェック」「ルル」なども作曲者自身が台本を書いている。  また、作家や知人の助言を得ながら自分で台本を書き下した例(チャイコフスキーの「エフゲニ・オネーギン」や「スペードの女王」など)も加えると、作曲者自身が〈台本作家〉を兼ねているオペラは結構多そうだ。   Eonegin ◇原作者  オペラは、文字で書かれた「原作」を音楽と歌で舞台化したもの。しかし、オペラは決して「原作」を音楽で説明したものではない。それどころか、音楽を付ければ付けるほど「原作」を逸脱してゆくことが少なくない。  音楽はある種「感性」の芸術なので、「知性」で説明してゆく小説や戯曲とは違ったダイナミズムで出来ているからだろうか。陳腐で凡庸な物語がオペラ化することで見事な宇宙を作ることもあれば、シェークスピアやゲーテのような最高級の戯曲を原作にしても、凡庸なオペラにしかならないこともある。  なにしろ、セリフがすべて「歌」なので、歌として見栄えのする「アリア」を随所に配置するのが必要不可欠。どんな名セリフでも印象的なアリアとして生きなければ台無しな半面、つまらない場面が「音楽」の力で最大の聴き所になることだってある。  つまるところ「言語」ではなく「音楽」が世界を作っているので、論理的な整合性や状況の詳しい説明にこだわるのはあまり意味がないということだろうか。  そのため、時には物語を分かりやすくするために登場人物を整理して少なくしたり、逆に原作には存在しない人物を創作することだってある。  例えば、原作が男ばかりの物語の場合、登場人物の誰かを女性にしてみたり。あるいは、同じシーンで同じ声質(例えばテノール)のキャラばかりが並んで登場する場合、一人に絞って分かりやすくしたり・・・。  つまり、どんなに優れた「原作」があっても、オペラにするためには筋書きやセリフを含めてかなり大幅に改変しなければならないわけで、原作者がいたら激怒するような著作権無視の大改竄は当たり前だ。  そんなわけなので、もしオペラの現場に原作者がやってきて、「それは原作と違う」とか「そこをカットしちゃ困る」とか「主人公はこうでなければならない」などとクレーム付け始めたら、オペラは崩壊必至。  オペラにおける「原作者」は、なるべく死んでいてくれた方がやりやすかったりするのである(^ ^;)。           * ★出演する人々 Boris ◇歌手たち  さて、オペラの主役…と言ったら、それはもちろん登場する歌手たちだ。オペラの題名はほとんどが主人公の名前。(カルメン、トスカ、ドン・ジョバンニ、エフゲニ・オネーギン、ボリス・ゴドノフ、ヴォツェック・・・)。当然ながら、その主役を歌うのが、オペラの最重要人物。特に、主役を張る女性歌手(主にソプラノ)はプリマ・ドンナと呼ばれ、オペラの華である。  それにしても、オペラというのは何故あんな金切り声を張り上げて全編「歌」で歌うのだろう?…というのは誰しも一度は思う疑問。しかし、理由は簡単。その方が大勢の人に声が届くからだ。  マイクやスピーカーのない時代、劇場に集まった数百人とか数千人の観客に「セリフ」を伝えるには、当然ながら大きな声を張り上げなければならない。そのための発声法がオペラにおけるベルカント唱法。(日本なら歌舞伎の独特な発声法)  遠くに届く大きな声で、節回しを付けて歌う。しかも、重要なセリフはゆっくり…かつ繰り返す。それでも足りないときは大勢(コーラス)で歌う。そして、歌のないところは楽器で補い、歌の伴奏するためのアンサンブルを加えてゆく・・・すると自然に「オペラ」になるというわけだ。 Orchestra ◇指揮者とオーケストラ  コンサートホールでは主役を張るオーケストラも、オペラの場合は縁の下の力持ち。実際、指揮者ともども舞台の下のオーケストラ・ピットという狭くて暗い場所に押し込められて、微かな照明の明かりを頼りに小さな譜面に目をこらしながら数時間という長丁場を付き合う。  そして、コンサートでは絶対的な権力を持つ指揮者も、オペラでは歌手とオーケストラの間を取り持つ中間管理職に徹しなければならない。  歌手が出て来るところは「間合い」を、長いアリアの場合は「息継ぎ」を考え、盛り上がりの「見せ場」では、目立とうとする歌手たちが「大見得を切る」のを盛り立て、聴衆から「ブラヴォー」や拍手やブーイングが飛べば、その間は音楽を止めたり延ばしたりして調整する。  そんなわけで、通常のコンサートの演奏とは違った「気配り」が必要であり、常に劇場の空気を読まなければならず、かつ長丁場。だから、ベートーヴェンの交響曲が振れるからと言って、すぐオペラが振れるかと言うと、それはきわめて難しい。  オペラの指揮者は、コンサートとは違った「職人」としての技術と年季が必要なのである。    ◇そのほかの出演者たち&合唱団  オペラは主役数人だけで演じる舞台ではない。王様が出て来ればお付きの家来や小姓や侍女たちがぞろぞろ必要だし、それを取り巻く群衆だって半端でない人数が要る。英雄ものなら敵役の兵隊たち、酒場のシーンなら騒ぐお客たち。  合唱として歌う内容は「皇帝陛下ばんざい!」とか「酒を飲もう!」とかシンプルでも、群衆にしろ家来にしろ店のお客たちにしろ、それなりの衣装を着て、それなりの演技をしなければならない。  音楽的には「コーラス」の扱いだが、舞台では「背景」や「小道具」のひとつとして、作品世界を作る重要な役割がある。しかも、映画のエキストラなら「映っていない時」があるけれど、舞台ではそれはない。自分の歌のパートがない何時いかなる時も「その役になりきって」演じ続けなければならない。  多くは、合唱団がこの「そのほかの出演者」を演じるが、演技が必要なら俳優たち、踊りが必要ならダンサーたちが呼ばれることも少なくない。さらに、子役や児童合唱、コメディアンや芸人などのタレント、時には動物なども登場することがある。  そんな「そのほかの人々」(の表情や仕草や活躍)を見るのも、オペラの隠れた楽しみのひとつだ。           * ★ 舞台を作る人々 Ring ◇演出家  オペラの「音楽」の部分を作るのは、歌手たちやオーケストラだが、オペラを上演するには「舞台」を作らなければならない。どういう舞台装置にして、どういう衣装を着て、どういう動きをして・・・というような作品の「世界観」を作り出す。それが〈演出家〉である。  映画で言えば「監督」にあたり、現代では作曲家よりも指揮者よりも、この「演出家」がオペラ制作の場で絶対的な権力を握ることも少なくない。  もちろん本来は、舞台となる時代や場所に忠実な「背景」や「衣装」や「小道具」を揃えて演じられるのが基本。しかし、そもそも現実ではない世界(登場人物がみんな「歌」でセリフを言うこと自体が非現実的だ!)を描くのがオペラなのだから、「リアリティ」や「時代考証」ばかり追い求めても意味がない。そこでユニークな作品世界を創る「演出家」の腕の見せ所となるわけだ。  有名な例は(1970年代バイロイトでの)映画監督パトリス・シェロー演出による「ニーベルングの指輪」。ゲルマン神話の世界を現代に置き換え、背景が工場だったりダムだったりする舞台が衝撃的だった。(これは、神話時代の指輪をめぐる権力闘争を、現代の資本主義や自然破壊の構図と重ねて見せたもの…らしい)。以後こういう「見立て」の演出によるオペラが世界に蔓延することになった。  ちなみに、演出家で多いのが、このシェローのような映画監督。やはり視覚芸術のプロだからだろうか。映画「魔笛」を演出したベルイマン監督や、中国紫禁城での「トゥーランドット」を演出したチャン・イーモウ監督、日本でも実相寺昭雄監督が多くのオペラ演出を手がけている。  さらに最近では、「何でもあり」の様相を呈してきて、元の話とはぜんぜん違う世界にしてしまうのが大流行。(そのため、オペラとはまったく無縁のジャンルの人を演出家に起用することも多い)。神話やおとぎ話の世界を「現代」に置き換えるのなどは当たり前で、バイクに乗った暴走族風の英雄や、大会社の社長令嬢風のお姫さま、NYの安アパートメントにすむ詩人、サラリーマン風の背広を着た兵士たち…などなど「演出家」の空想(暴走)はとどまるところを知らない。  むしろオーソドックスな時代背景で普通に演じられるオペラの方が「斬新」になってしまったほど(…とまで言ったら言い過ぎか) Ringb ◇美術  そして、そんな演出家の注文を受けて、舞台セットの数々を作るのが〈美術(デザイン)〉の仕事。  オペラの舞台となる場所はそれこそ様々。中世のお城だったり、王様の宮殿だったり、貴族の館だったり、スペインの酒場だったり、ドイツの森の中だったり、ロシアの雪の大地だったり、日本の旧家だったり。さらには地下の洞窟だったり、ライン川の底だったり、天上の雲の上だったりもする。それを舞台に出現させるのが〈美術〉の仕事である。  映画なら、その場所に行ってロケをしたりCG合成する…と言うことも出来るが、オペラの場合は舞台にそのシーンを作り出さなければならない。かと言って、岩山や森のシーンで本物の岩や木を持ってくるわけにも行かないし、海のシーンで海を持ってくるわけにも行かない。  そこで、予算と時間と手間とを考えながら、趣向を凝らして(背景を絵で描いたり、それらしい舞台装置を作ったり、舞台を斜めにして広い空間を演出してみたり、照明や舞台効果を駆使して異世界を表現したりして)最も経済的かつ効果的な方法で舞台を表現するわけである。  現代では(エコノミーなのかモダニズムなのか不明だが)真っ白なボードだけ…とか赤いカーテン垂らしただけ…という超「シンプル」な舞台も少なくない。それを「安っぽい」と見られるか、「シンプルで斬新」と見られるかは、美術の見せ所というわけだ。 Bolshoiw ◇衣装  続いて、登場人物たちが着る服をデザインし、制作するのが〈衣装〉。  基本は、時代考証を施した登場人物たちの衣装を作ることだが、前述のように昨今は変幻自在。ゲルマン神話の神様にレザージャケットを着せてみたり、ウィーンの貴族にサラリーマンの背広を着せてみたり、中国のお姫さまにパジャマを着せてみたり・・・  それでも、グランド・オペラ(王宮での出来事や歴史的事件を扱った豪華絢爛な舞台で見せる大がかりなオペラ)などでは、王様やお姫さまが粗末な衣装を着ていればそれだけでぶちこわし。衣装の豪華さは「その世界に客を引き込む」重要なポイントでもあるので手を抜けない。  さらに、「群衆たち」とか「兵士たち」とか大人数の登場人物が出て来る場合は、その人数だけ新しい衣装を作らなければならないので、それはもう大変である。   Butai ◇大道具・小道具  そして、舞台の大がかりなセットを組むのが〈大道具〉。お城や岩山や花畑や森や海などなど、なんでも舞台の上に作ってしまう。  とは言っても、その多くは、板や布にそれらしい「絵」を描いて立てたり吊したものや、張りぼて(竹や木で編んだ枠や粘土で造った型のうえに、紙などを張って色を塗ったもの)が基本。(もちろん現在では、合成樹脂を始めもっと色々な素材がある)  多くの場合、幕やシーンが始まると舞台の上に出現させ、次のシーンでは即座に舞台袖に引っ込めなければならない。そのため、頑丈に出来ていると同時に、簡単に移動でき解体できることが不可欠で、これも予算と手間との兼ね合いが難しい。  歌手が歌い終わって、舞台が暗くなったと同時に、台車を着けて引きずったり、天上から滑車で吊したり、クレーンを使ったり、回り舞台の仕掛けて回転させたり、という〈大道具〉の修羅場が始まる。(そのため、時には暗転した舞台の後ろでガシャーンなどと大きな音がする時があるが、黙って聞かなかったふりをするのが礼儀である)。  一方,〈小道具〉の方は、主人公が持っている剣とか王冠あるいは家具などの雑貨小物を扱う仕事。多くは、「それらしく」みせるための装飾品の類だが、中には「魔法の笛」とか「不思議な鏡」とか「聖杯」とか、物語の根幹に関わる重要アイテムもあったりするので、これも手が抜けない。  ちなみに、以上の〈衣装〉〈大道具〉〈小道具〉は区分が微妙で、現場によって色々らしい。例えば、ドレスが衣装でも靴は小道具だったり、鎧は衣装なのに剣は小道具だったり…。なかには〈中道具〉などというのもあるのかも… Light ◇照明  そして、美術と並んで作品世界の想像に欠かせないのが〈照明〉。  劇場では、舞台の上に大小様々なライト(電球)が吊されていて、それを点滅させたり、角度や明るさや色やその組み合わせを替えたりしながら、舞台を照らす仕掛けになっている。  基本はもちろん、舞台全体を明るくすることで物語の始まりを表し、暗転(暗くする)ことでシーンの終了を表すこと。そのほか、スポットライトで主人公や舞台を照らし出し、注目を一転に集めるのも重要な仕事だ。  しかし、もちろんそれだけではなく、「徐々に暗くする」「徐々に明るくする」「照明に色を付ける」「色を変化させる」「強い光をピンポイントで当てる」「弱い光を揺らす」などなど様々なテクニックを使うことで、いろいろな表現を舞台に加えることが出来る。  シンプルな何もない舞台なら、「赤い照明」で燃える火を表したり、「青い揺れる照明」で海の底を表したり。あるいは、群衆が大勢いる舞台の照明を暗くして主人公にだけスポットを当てれば・・・賑やかなパーティの場面で一人苦悩する主人公・・・などといった表現が出来る。アイデア次第でその表現は無限と言っていい。  そんな〈照明〉の仕事を楽しむのも、オペラを観る楽しみのひとつと言える。            * ★縁の下の力持ち  さて、オペラでは「舞台裏」で重要な役割を果たしている仕事も色々ある。その幾つかを紹介してみよう。  ◇コレペティトゥール(練習ピアニスト)  まずは、本番の舞台には乗らないものの,練習では大活躍するのが〈コレペティトゥール〉。  オペラは、歌手やコーラスなど大勢の人が登場するが、その全員が毎回集まってオーケストラ付きで練習するわけにはいかない。  最初は、まず楽譜を見ながら歌だけ歌ってみる「本読み」から始まり、次に舞台での立ち位置や出入りなど「段取り」のチェックをし、それから演出家の前で「稽古(リハーサル)」になる。  その間は、「はい、一幕の途中でAが登場する処から」とか「三幕でBのアリアが終わった処から」とか「四幕の群衆の合唱がの途中から」…というような細かい部分練習になるわけで、その際オーケストラの代わりに音楽を担当する(ピアノで伴奏する)のが「練習ピアニスト」である。 Vocal_score オペラは(多くの場合)オーケストラのパートをピアノで弾けるように書き直した「ピアノスコア」というのが存在する。しかし、単にそれを弾けばいいのかというと,そうはいかない。  なにしろ,リハーサルでは「ここはトランペットの出にあわせて」とか「弦のフレーズが止まったところで歌い出して」とか「ベースの音を聴いて」というような色々な注文が出る。そのような注文に応じてすぐさま演奏するためには、単にピアノが弾ける…というだけでは勤まらない。  指揮者の代役としてオーケストラ・スコアを把握しているのはもちろん、演出家の仕事をフォローする舞台経験や音楽的素養も必要になる。  さらに歌手たちへの発声法のアドバイス(ボイス・トレーニング)から、歌詞の発音(イタリア語、ドイツ語、ロシア語などオペラの言語は様々)の助言、時にはオペラの背景となる歴史の知識なども必要になる。(もちろん、肝心の所ではそれぞれの専門家が登場するだろうけれど)  そこで、こういうすべてをこなす人材を〈コレペティトゥール(Korrepetitor)〉と呼ぶ。ヨーロッパでは、練習ピアニスト〜コレペティトゥール〜歌劇場指揮者〜音楽監督…というように叩き上げで育ち大指揮者になってゆく例が多い。(カラヤンやフルトヴェングラーなど往年の大指揮者の多くはここの出身者とか)   Prompter ◇プロンプター  そんな(コレペティトゥールが仕切る)リハーサルの時は、歌手たちもみな私服で楽譜を見ながら歌う。しかし、さすがに本番ではそうはいかない。全曲、暗譜が基本だ。  しかも、ただ歌うだけではなく、演技をしなければならない。おまけに、舞台のどの位置で歌うか(立ち位置)とか、どのタイミングで振り向き、どのタイミングで動き出すか…などなど、段取りを覚えなければならない。  さらに、2時間とか3時間という長丁場であるうえ、さまざまな登場人物や大道具係や照明が入り乱れる修羅場で、動き出したら誰にも止められない。「間違えました」とか「忘れましたので、もう一度」ではすまされない、一発勝負の「ライヴ」なのである。  そこで、オペラでは舞台の中央床あたり(お客からは見えず、歌手からだけ見える位置)にプロンプター・ボックスというものを作り、歌手に歌詞を教えたり(今なら「カンペ(カンニング・ペーパー)」でも出すところだ)」、指揮者の棒を中継したり、立ち位置や動きの指示を出したりする。これが〈プロンプター(Prompter)〉と呼ばれるお仕事である。 Incom 最近のポップス系のライヴでは、インカム(放送局などで使われる無線のヘッドホン)を付けて,スタジオからの指示を歌手が直接聞くことが出来るハイテクが普及してきているが、オペラ界ではまだまだ。(でも、こういう技術は新しいオペラなどでは活用できそう)。プロンプターが大声でアリアの歌詞をどなったり、様々なサイン(手話のような)を駆使して段取りを歌手に伝えるのが「伝統」である。  もっとも、普通の有名オペラの公演(何度も上演していて慣れている演目の場合)は、プロンプターが聴衆に聞こえるような大声を上げることは滅多にない。活躍するのは、珍しい演目や新作オペラ、あるいは特殊な言語のオペラや、リハーサルを充分に行う時間のなかった公演。 (私も、昔とある現代オペラの初演で全曲ずっと主役のパートの1小節ほど前を大声で歌い続けるプロンプターの声に驚いたことがある)。  ただし、これは歌舞伎で言う「黒衣(くろこ)」のようなものなので、見ても見ないふりをするのが礼儀。念のため。  ちなみに、本番の舞台でこのプロンプターや照明や大道具・小道具および出演者たちに(リアルタイムで)指示を出す役職は〈舞台監督〉と呼ばれる。 ◇字幕 Jumakua 最後に、最新のお仕事をひとつ。  オペラは、そのほとんどがイタリア語やドイツ語やロシア語や英語などなど(日本人にとっては)外国語。全曲日本語の訳詞で歌う「日本語オペラ」もずいぶん上演されたが、外来のオペラではそうも行かない。  そこで、かつては「オペラを見に行く時は,前もって内容やあらすじをすべて予習してゆくべし」というような本末転倒な「心得」を説く人までいて、それが、初心者がオペラに親しむ大きな壁になっていた。  ところが最近では,オペラの生公演でも映画で見るような日本語の「字幕スーパー」が普通に付けられるようになった、これは画期的な進歩であり、このおかげでオペラ・ファンは画期的に増えたと思う。  この「字幕付きオペラ」、1980年代に日本とアメリカ(共に、オペラ・ファンは多いのに自国語のオペラは皆無というお国柄)で試験的に始ったものらしい。日本では多くの場合、舞台の左右あるいは上に大きな電光掲示板のようなボードを設置し、そこに字幕を流す。  あんまり中央に大きく出ると、読みやすい半面鑑賞の邪魔をするので(実際、有名オペラなどの場合は、煩わしいという声も少なくない)、ちらっと見るくらいの位置がいいようだ。 Jimakub オペラの本場(イタリアのスカラ座やウィーンの国立歌劇場など→)では、座っている席の前の座席の背に小さなモニターで字幕が出て、数カ国語に切り換えられるようになっているのだそうだ。  ただし、この〈字幕〉、単に歌詞の対訳をだらだらと流せばいいわけではなく、歌とピッタリ合わせることが必要。早すぎると(ネタバレのようになって)興をそがれるし、遅れると(何を歌っているのか分からないという)ストレスになる。また、文字が長すぎると(歌い終わってもだらだらと文字が続き)みっともないし、だからと言って短すぎると内容を伝えられない。  というわけで、音楽とシンクロする長さと順序で翻訳原稿を作り、それを字幕にし、スコアを見ながら適確なタイミングで電光掲示板に出し、そして消すことが必要になる。  つまり、なかなか専門的な知識と芸の細かさが必要な仕事なのだが,正式な名称が何というのかは不明。個人的には「字幕スーパーマン」と呼んでいるのだが・・・(^ ^;)  ・・・と、ほかにも、まだまだオペラの上演に関わっている人・業種は数多くあるけれど、長くなってしまったので、今回はこのへんで。  オペラを観るときは、あちこちに目を配り,様々な人が頑張っていることを想像しながら鑑賞してみると面白いかも知れない。そうすれば、またちょっと違った世界が開けるはずだ。              * ボリショイ・オペラ日本公演 Spades_2 チャイコフスキー「スペードの女王」 ・6月19日(金)18:30 ・6月20日(土)14:00 ・6月21日(日)14:00・・・NHKホール Onegin_2 チャイコフスキー「エフゲニー・オネーギン」 ・6月24日(水)18:30 ・6月25日(木)18:30 ・6月26日(金)18:30・・・東京文化会館 指揮:アレクサンドル・ヴェデルニコフ(オネーギン)  ミハイル・プレトニョフ(スペードの女王) ボリショイ劇場管弦楽団 ボリショイ劇場俳優団 ロシア語上演/日本語字幕付き

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2009/04/10

音楽のルーツを辿る旅...ロシア民謡をめぐって

Top 今でこそ普通に(いや、普通以上に)お酒をたしなんでいるが、実を言うと、私がアルコールを飲み始めたのは30歳を過ぎてから、とちょっと遅い。  なにしろ音楽を志してからは貧乏と放浪の二十代だったから、酒に回すお金などあるはずもなく、願掛けもかねて「酒は口にしない」と決め込んでいた。  とは言っても下戸の家系ではない。医者だった曾祖父は留学中にドイツ人とビールの飲み比べをやり、陸軍の軍人たちと酒の飲み比べをやって、どちらも圧勝したという酒豪だそうだから、酒飲みの血筋であることは確かだ。  生まれて初めてアルコールというものを口にしたのは、これも生まれて初めて自分の書いたオーケストラ作品が演奏された28歳の頃。それまでは、ウィスキーもブランデーもビールも「茶色いお酒」という以外区別が付かなかったほどである。(いや、本当の話)。  しかし、飲み始めると持ち前の妙な研究心が頭をもたげ、色々な種類の酒を飲み歩き飲み倒し(カクテル200種類制覇とか、ワイン飲み比べとか、日本酒酒蔵巡りの旅とか)、すっかり呑兵衛になるのにさほどの時間はかからなかった・・・のだが、それはまた別の話。  お酒を飲み始めて面白いと思ったのは、同じワインや日本酒でも、その産地によって微妙に味が違うこと。そして、舌が「美味しい」と思う酒とは別に、「酔い口が良い」酒があるということだった。  特に、日本酒は「米」と「水」の芸術品。「甘い」「旨味がある」「香りがある」「清々しい」など色々なタイプの美味しさがあるが、それとは別に、自分と「水が合う」ものがある。  そういう酒は、飲んだ瞬間に「これは美味しい!」と感じるのではなく、飲むにつれて体に心地よく染み込んでゆき、なんだか良い夢を見ているような気分になる。    それはどうやら、産地に関わりがあるらしく、日本酒を飲み始めてからは「どこの地域のお酒か」ということが一番気になるようになった。 Sake3a 美味しいと思うお酒は全国色々だが、私個人が「水が合う」と感じるのは北陸や東北のものが多いことにも徐々に気付き始めた。  私の家系自体は、別に北の出身ではなく、むしろ中国地方(津和野)や九州が出自と聞いているので、ちょっと意外な感じがしたのだが。    で、「そういうことありますか?」と酒飲みの先輩に訊いたことがある。すると、「そう言えば、ぼくは広島あたりの瀬戸内海系の水が合うな」と言う。  そして曰く「魚だって自分が生まれた川の水の匂いを覚えていて、そこに戻るくらいだから、人間だって遙か昔の先祖が飲んだ水の記憶が残ってるのかも知れないね」。         *  …などという話をし出したのは、「こういう音楽が好き」とか「こういう響きに心を動かされる」というのもまた、水と同じく人それぞれの遠い昔の「音の記憶」に関わるんじゃないか?と感じてならないからだ。  以前、作曲家仲間の西村朗氏と話していて、「自分の音楽のルーツ」のような話になった時、それを確信した。  二人とも全く同世代で、戦後の復興を果たした日本で生まれ、中学時代にクラシック音楽に目覚め、現代音楽に接したのもほぼ同じ時期。違うのは、私が「東京」で彼が「大阪」で生まれ育ったことくらいだ。  しかし、それぞれの感性のアンテナに「これはいい!」と引っかかる音楽が微妙に違う。  私は、チャイコフスキー、シベリウスなどの音楽に惹かれて作曲を志し、宮澤賢治にしろアイヌ文化にしろ、ヨーロピアン・ジャズにしろ、ブリティッシュ・ロックにしろ、なぜか「北方」の文化指向を持っている。  対して、西村氏の方は、入口はベートーヴェンやシューベルトでも、その後、作曲を学ぶに従って東アジアやインドの音楽や文化に惹かれるようになり、実際そうした音楽からインスパイアされたものを自身の音楽の根幹に据えている。  その理由について論じているうちに、「もしかしたら、先祖が北回りで日本に来たか、南回りで来たかの差じゃないか?」という話になったわけである。 Wmap 最新の学説では、われわれ人類の共通の先祖は、何十万年か前にアフリカ大陸で生まれたということになっている。  それは、世界中のあらゆる人種民族のDNAサンプルを解析し、その遺伝子情報を遡ってゆく…という方法で得られた結論なのだそうだが、地球上のすべての人間は、20万年ほど前にアフリカで生まれた一人の女性(イブと呼ばれている)を起源とするのだそうだ。  人類すべての母が一人の女性であるというのは、ちょっとロマンチックに過ぎる発想だとしても、我々人間がすべて共通の起源を持っているというのは、なんとなく納得できる。  世界中の人間が、ある程度の差異はあってもみんな「音楽」に共通の反応を示すのは、すべての人間が兄弟であるからに他ならない…というのは、(これもロマンチックに過ぎる考えかも知れないが)心躍る話だ。  なにしろ、そうなれば人間に違いなどなく、ただ「どこに住みついたか」だけが人種を決定しているにすぎないことになる。  アフリカの人々は故郷にとどまり、ヨーロッパの人々は北上して「北」の地に住み着き、アジアの人々はさらに東を目指して大いなる旅の果てに自身の地に根を下ろし、日本人はさらに海を渡って日本列島に来たわけだ。  私の先祖はヨーロッパを北上し、たぶんフィンランドあたりを抜け、ロシアからシベリアを踏破して「北回り」で、日本列島にたどり着いた。  一方、西村氏の先祖は、中近東からインドや東アジアを回って「南回り」で日本列島にたどり着いた・・・というわけだ。 (もちろん、シルクロードの時代よりもっと昔のことである)  これが人類学的にどこまで信憑性のある話かどうかは別として、そう考えると、なんとなく「音楽の嗜好」の差も分かるような気がする。         * Silkroad それに、こういう発想をしてみると、音楽の見方がちょっと変わる。  クラシック音楽の本家であるヨーロッパ(欧米)の人々は、アフリカの記憶を遺伝子情報の中に持っている。だからアフリカ起源のロックのようなビート音楽に血が騒ぐ。(それは、日本人も同じだ)  でも、彼らは「それより東」の旅をしていない。だから、当然、中近東やアジアの記憶はないし、それらの音楽に郷愁は感じない。  その点、スラブ(チェコからロシア)やアジア(インドから中国)の人々は、アフリカやヨーロッパの記憶は持っている上に、自分たちの風土から得た記憶を上乗せしている。  でも、彼らはそれより東の旅はしていないから、その地域の音楽に郷愁を感じない。  しかし、我々日本人は前人未踏の「大いなる旅」の果て(極東)に住み着いている。  だから、先祖が経由してきたすべての文化圏の音楽に(深い浅いの違いはあっても)郷愁を感じる。  なぜなら、その遺伝子的記憶の中に、先祖が旅してきたアフリカからヨーロッパそしてアジアに至る風土の記憶をすべて蓄積させ持っているからだ。  そう。ここから導き出される結論は、「われわれ日本人は、アフリカからアジアに至るすべての世界の記憶を意識の底に擁しているのではないか?」という壮大なことになる。(なにしろ我らの先祖は、こんな極東の果てまで旅してきたのだから)  現実に日本人である私たちの中に、ヨーロッパやアフリカの記憶がどれほど残っているかは心許ないけれど、無意識の記憶の底の底にダイブしてゆけば、それは「ある」はずなのだ。  そう考えると、日本人にとっての「西洋クラシック音楽」というものの意味(そして見方)が根本的に変わってくる。  日本人がクラシック音楽の指揮や作曲や演奏に関わる時、必ず悩みつつ自問するのは「なぜ東洋人である自分が、西洋というまったく違う文化で生まれた音楽をやるのか?」という一点である。  しかし、この「大いなる旅」の視点からすれば、その問いの答えは実にシンプルだ。  日本人である自分の〈ルーツを辿る旅〉をしているのである。           *  と、妙な前振りになってしまったが、そんな日本人の音楽的な「記憶のルーツ」を辿るとすると、その旅の第一歩はどこになるのだろう?と考えてみる。  もちろん、同じ日本人でも「南回り組」もいるはずだから、誰もが同じ嗜好というわけではないというのは、既に述べたとおり。  でも、演歌や歌謡曲ではなく〈クラシック音楽〉に惹かれる人は、「北回り組」の遺伝子の記憶を持っている可能性が大だ。  ということは、まず海を渡っての第一歩は「ロシア」ということになる。ここは、ひとつ「ロシアの音楽」でも聴いてみることにしようか。         * Utagoe2 そもそもある世代から上の日本人にとって、「ロシア民謡」というのは特別の思い入れがあるはず。  私はリアルタイムではまった世代よりは若いのだけれど、それでも「カチューシャ」「ともしび」など懐かしく思い出す曲は10ではきかない。  その原点は、最近ノスタルジーとして良く語られる昭和30年代。その頃、町には「歌声喫茶」というのがあって、普通の人が(今のカラオケに通うように)集まってロシア民謡をよく歌っていた。  なぜ「ロシア民謡」だったのか?というと、それは別に、大昔の遺伝子情報云々という話ではなく、その直前の第二次世界大戦でシベリア抑留にあった人たちが、その地で知ったロシア文化を戦後日本に伝えたからだ。 (ちなみに、「シベリア抑留」というのは、敗戦によってソヴィエト軍の捕虜となった日本人が、シベリアなどの収容所に抑留されて強制労働に従事させられたこと。念のため)  私の高校の時の先生も、このシベリア抑留組。収容所で何度か死にそうな目にあったそうで、「ソヴィエト嫌い」ではあったが、そこで慣れ親しんだロシアの文化への敬愛の情は隠さなかった。  おかげで、ボルシチ、ピロシキ、ルパシカ、バラライカなどから、プーシキン、ドストエフスキー、エイゼンシュテインまで、ロシアの話をずいぶん聞いた。(その影響か、大学に進んだ時は、第二外国語に「ロシア語」を専攻したほどだ) Utagoe1 そんな世代が生み落とした「歌声喫茶」のブームは1950年代後半。エレキギターを含むバンドやカラオケ機器などが出る少し前である。  伴奏は店内にあるアップライトのピアノかアコーデオン。(ちなみに、エレキギターによるバンド・ブームが起きるのは1960年以降)。集まるのは主に、若い労働者や学生たち。  まだ、フォークソングなどというしゃれたものはなく、(ギター片手のフォークソングが日本の音楽界を席巻するのは、1966年あたり以降)、ロシア民謡や小学校唱歌、労働歌などを、歌集などを見ながら歌い合ったようだ。  お金はなく、生活に追われ、でも未来への希望はたっぷり胸に秘めている若者たちが集まるわけだから、肩を寄せ合い声を合わせていると、自然と話は「社会」のことになり、いくぶん政治的な性格も帯びてくるのは当然の帰結か。  そのせいか、「うたごえ運動」という幾分政治的な色合いのあるムーヴメントに発展してゆく。  その勢いの中で、ショスタコーヴィチの「森の歌」とか「10の詩曲」、スヴィリドフの「悲愴オラトリオ」なども一般の合唱団で歌われていた。それはよく覚えている。  私のショスタコーヴィチ体験は、このあたりがルーツになっている。         * St2 今でこそ、共産主義国家「ソヴィエト連邦」というのは(スターリン独裁政権や冷戦時代の記憶からか)、あまりいい印象で語られることは少ないような気がする。  しかし、その頃は「人間がみんな平等」で「ひとつの思想の元に構成された新国家」であるソヴィエトを、ある種の理想郷だと思っていた人は少なくなかった。  私は、思想的なことにはさっぱり興味は持たなかったが、チャイコフスキーを入口にしてクラシック音楽を聞き始めた後、その原点であるロシア民謡から、当時はソヴィエト政府お抱え作曲家とされていたショスタコーヴィチまで、ずいぶんロシアものを聴いた。  その頃は「新世界レコード」(ソヴィエト国営メロディア・レコードの日本での輸入元)というレーベルがあって、社会主義リアリズムの成果(?)とされる交響曲やオラトリオや合唱曲やソナタなどを結構聴くことが出来たことも大きい。  ショスタコーヴィチ、ハチャトリアンがやはり多かったが、スヴィリドフ、シチェドリン、カバレフスキー、ミャスコフスキー、ティシチェンコなどなど多くのソヴィエトの作曲家の存在もそこで知った。  また、赤軍合唱団による「ロシア民謡」の歌声も鮮烈な記憶として残っている。町で突然聞こえてきた「トロイカ」や「ポリュシカ・ポーレ」に泣かされたことも一度や二度ではない。(むかしは、喫茶店やスキー場のジュークボックスなどでは、良くロシア民謡がかかっていたのである)。  個人的に、「演歌」までストレートなマイナー節になると体が受け付けないのだが、ペーソスと泣きのパッションを持った「ロシア民謡」は結構「水が合う」音楽だったのだ。        *  Karinka ただ、ロシア民謡がすべてそういう「泣き」のパッションによる曲ばかりというわけではなく、日本人がそういう好みの歌だけをロシアから輸入してきた結果に過ぎないらしい(…とは最近知った話)。  そもそも「民謡」と言っても、古くから民衆の間で歌われてきたいわゆる「民族音楽的な歌謡」ではなく、戦後ソヴィエトで生まれた流行歌や赤軍の歌から伝わったものも多いそうだ。  日本で言うなら、「荒城の月」とか「雪の降る町を」とか「上を向いて歩こう」が〈日本民謡〉として伝わってしまった…みたいなものなのだろうか。  例えば、有名な「ヴォルガの舟歌」や「トロイカ」「ステンカ・ラージン」「黒い瞳」あたりは帝政ロシア時代の歌らしいが、「カチューシャ」や「ともしび」が生まれたのはソヴィエト時代になってから。  かの「ポリュシカ・ポーレ」に至っては、クニッペルという作曲家が1933年に書いた交響曲第4番(コムソモール戦士の詩)の一節なのだそうで、ちょっと驚いてしまう。  〈ロシア民謡〉ではなく〈ロシアの歌〉…というくらいでいいのかも知れない。        *  そして、ロシア民謡というと、一人で歌うのではなく「コーラス」が基本。あの独特な分厚いコーラスを聴くとぞくぞくするのは、私だけではないはずだ。  その裏には、「民謡」ではなく、ロシア正教による賛美歌コーラスの歴史がある。チャイコフスキーの序曲「1812年」冒頭に出て来る聖歌(フランス軍の「ラ・マルセイエーズ」に対して、ロシアを象徴するテーマとして敬虔かつ崇高に登場する)あれである。    同じ聖歌でも、西洋キリスト教の例えば「グレゴリオ聖歌」のような、柔らかく細身で清涼な世界と比べると、圧倒的な違いがある。もっとも印象的なのは、何と言っても男性低音(バス)の野太く重量級の力感だろう。  普通、男声の最低音はせいぜいMi(ミ)。しかも、最低音周辺というのは声が充分に出ないので、貧弱な音になってしまう。 Inc しかし、彼らは楽々とそれより下のDo(ド)の音まで出す。これはちょっと西欧諸国のコーラスや日本のコーラスでは真似できない。    そして、西洋キリスト教系の聖歌が、対位法的にからむ繊細な織物のようなサウンドを指向しているのに対して、ロシア正教の聖歌はハーモニーの厚みと深みが特色だ。 (ソヴィエト時代は、オーケストラもコントラバスを増量して低音をゴーゴー響かせるのが得意だったから、これは彼らの音の嗜好なのだろう)  そこから生み出される肉厚のハーモニー。これこそ、ロシアの合唱の最大の魅力である。  ムソルグスキーの歌劇「ボリス・ゴドノフ」にしろ、前述のショスタコーヴィチのオラトリオ「森の歌」や男声合唱付きの「交響曲第13番」にしろ、バスが朗々と鳴り渡るこの分厚く力強いコーラスの存在無くしてはあり得ない。          *   Ioan_2 チャイコフスキーとラフマニノフは共に、そんな敬虔かつ重厚なサウンドを持つロシアのコーラスのために大作を残している。「晩祷」そして「聖ヨハネ・クリソストムスの典礼」だ。  共に、無伴奏で歌われる長大なミサ曲(カトリックのミサ曲とはもちろん違うが、ロシア正教会で徹夜で行われる典礼儀式のための音楽)だが、ベートーヴェンの「荘厳ミサ曲」やブラームスの「ドイツミサ曲」に通じる宗教曲の名作である。  ちなみに〈聖ヨハネ・クリソストムス〉というのは、日本人には聞き慣れない名だが、ロシア正教では重要な聖人として崇拝されている人物とのこと。  4世紀のキリスト教聖職者で、説教が巧みだったことから「黄金の口」=「金口(きんこう)」という二つ名(?)を付され、ロシア正教では「金口・イオアン」と呼ばれている。 Raf そのため最近では、ラフマニノフのこの曲は英語タイトル(Liturgy of St.John Chrysostom)の訳である「聖ヨハネ・クリソストムスの典礼」でなく、ロシア語からの訳である「金口イオアン聖体礼儀」と記述されることもあるので、ちょっとややこしい。  私の記憶の底には、さすがにロシア正教は眠ってなさそうだが、チャイコフスキーやラフマニノフあるいはストラヴィンスキーの音楽のルーツとして聴くと、なかなか面白い発見がある。  …と、お酒のルーツを辿る旅から、ずいぶん妙な方向へ話が飛んでしまったが、今回はここまで。        * Flyer1国立モスクワ合唱団 The State Moskow Chamber Choir 2009年来日公演 ◇これがロシア民謡だ 5月31日(日)14:00横浜みなとみらいホール 6月3日(水)14:00サントリーホール ・ロシア民謡「ともしび」「カチューシャ」「黒い瞳」「トロイカ」「ステンカ・ラージン」「ポーリュシカ・ポーレ」ほか Flyer2◇ロシア合唱の神髄を堪能する一夜 6月2日(火)19:00東京オペラシティコンサートホール ・ロシア民謡「黒い瞳」「ステンカ・ラージン」「ボルガの舟歌」「カチューシャ」 ・ボロディン歌劇「イーゴリ公」より「ダッタン人の踊り」 ・ラフマニノフ「聖ヨハネ・クリソストムスの典礼」  ウラディーミル・ミーニン:芸術監督  国立モスクワ合唱団

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2009/03/10

少年たちの歌〜音楽の中のこどもたち

Title こどもは好きですか?  ・・・と聞かれたら、たぶん5分くらいは考え込んでしまう。  抽象的な「こども」という概念、あるいは静かに佇んでいるこどもなら、それは「好き」とすぐに言えるけれど、目の前できゃあきゃあ言っている生のこどもは(特にその声が)苦手だ。  そうでなくても、音楽を始めてから「こども」とは無縁の世界を生きている。家庭も子供も持っていないせいもあるけれど、自分がそもそも「こども」と大差ないせいもあるのかも知れない。  ただ、音楽を40年もやっていると、若い人に向ける視線も当然ながら出てくる。そのせいか、ここ数年、こどもたちのための音楽を書く機会が増えてきた。  きっかけは2003年にTVアニメ版「アストロボーイ/鉄腕アトム」の音楽を担当したことだろうか。そのオーケストラによる組曲版を中心に「こどもためのオーケストラ・コンサート」がシリーズ化され、東京(Bunkamura)を始め、名古屋(愛知万博)、大阪(大阪城ホール)などで多くのこどもたちを集めている。今年も東京での開催を企画中とか。 Osaka_2 これは、基本的には子供たちに生のオーケストラを聴いてもらうコンサートなのだが、最後に子供たちの合唱で「アトムの歌」が歌われるのが恒例になっている。  これがまた心に染みるのだ。  何のことはない。ただただシンプルなユニゾンで(普通の小学校に通う)子供たちが(♪「空を越えて〜ららら星の彼方〜」と)歌う。それだけのことなのだが、毎回、その声が聞こえてきた瞬間、背筋がぞくっとするのを抑えられない。  技術の粋を尽くし大人の手練手管を施したフル・オーケストラのサウンドが、無垢の声で一瞬のうちに消し飛んでしまう。まさに「声」の威力である。  ちなみにこのシリーズは、室内楽版(ピアノ、フルート、ヴァイオリン、チェロという編成)でも関西(宝塚)で開催されていて、こちらもこの夏(8月)に二回目が開かれる予定。 Tokyo そして、もうひとつ、NHK-BSの「おーいニッポン」という番組で、児童合唱・混声合唱にフル・オーケストラ(プラス太鼓や民族芸能からロックバンドまで加わる!)という編成のアレンジを4作ほど書く機会があったことも大きい。    これは全国の都道府県のその地ゆかりの音楽をメドレーにする企画で、私が担当したのは、茨城、埼玉、宮崎、そして東京。  これも毎回その地方の「子供たち」がコーラスで登場するのだが、大人たちの男性女性たちによる200人近い混声合唱に混じった30〜50人ほどの「子供たちの声」が、不思議な威力を発揮して音楽を「異化」してしまう。  確かに、作曲家として「子供の声の合唱」というのは、オーケストラやコーラスあるいはパーカッションや邦楽器などと並ぶひとつの貴重な「音の素材」である。  しかし、「子供の声」というのは、そういった「素材」の域を超えた、何か人間という生物の魂の根幹に触れる、そして自らの記憶の襞をかき乱す、そんな独特の響きの「魂」がある。そんな気がしてならない。           *  Boysch ただ、それにしては、クラシック音楽というのはあまり「子供の声」というのを使わずに長い歴史を経て来た。  オーケストラや混声合唱に混じって「児童合唱(少年合唱)」が登場する作品・・・というと、なぜか近・現代の作品に限られるのがそのいい証拠だ。  もちろん古来、教会では少年合唱が賛美歌を歌っていたし、私的な演奏会の場では、無伴奏合唱やピアノ伴奏の小品は少なからず書かれていたはず。  そのわりに、クラシックの作曲家たちが自分の「作品」の中で児童合唱を積極的に使うようになるのは、なぜか19世紀末から20世紀以降というのはちょっと不思議だ。    例えば、マーラーが交響曲第3番の第5楽章「天使たちが私に語ること」で、極めて印象的な児童合唱の楽章を設定したのが1896年。  マーラーは、このアイデアが気に入ったのか、1907年に完成した第8番でも「天使たち」として児童合唱を登場させている。 Janne そして、おそらく児童合唱としてもっとも効果的な使用例は、1935年にオネゲルが書いたオラトリオ「火刑台上のジャンヌダルク」だ。  要所要所で繰り返し歌われるシンプルなメロディは、「マタイ受難曲」のコラールのように効果的かつ印象的に心に刻まれる。(彼は、1953年に「クリスマス・カンタータ」でも天使の声として児童合唱を使っている)  さらに(これは児童合唱ではないけれど)、1921年に書かれたベルクの歌劇「ヴォツェック」で、幕切れがこどもの声で終わるのも演出効果抜群。不条理で暗い殺人劇の最後に聞こえる子供(少年)の声は、悲劇のコントラストを際だてていてきわめて印象的だった。  いずれも「無垢な魂」そして「天使たち」のイメージとして「少年合唱」を用いているのが特徴と言えば言える。  確かに、女声(ソプラノ)では、清浄な感じは出ても「無垢」なイメージは難しい。「少年たち」による「天使たち」の歌声というのは、オーケストレイションという点から考えても、まさに最上の「天上のサウンド」ということなのだろう。           *  Amgels とは言え、それ以前も音楽の世界に「こどもたちの声」がなかったわけではなく、バッハやモーツァルトの時代から、教会における「合唱」だけは「こども(少年)」の歌が重用されていた。  理由は簡単。「女性禁制」の教会で高音パート(ソプラノとアルト)を歌うため…である。(だから、「児童合唱」ではなく、「少年合唱」に限られる)  そのため、教会や宮廷では、管弦楽団や合唱団と並んで、少年たちを集めた合唱隊を持っていた。 Wiens 中でも有名なのは、少年時代のシューベルトが入っていた「宮廷礼拝堂児童合唱団」(現在のウィーン少年合唱団の前身)だろう。彼は、ウィーンの寄宿学校(コンヴィクト)で音楽を学び、11歳の時にそこから選抜されて入団している。  ここの先輩にはハイドン兄弟(兄ヨゼフと弟ミヒャエル)がいて、この合唱隊はモーツァルトやブルックナーとも共演している。(そのせいで、ウィーン少年合唱団は、ブルックナー組、ハイドン組、モーツァルト組、シューベルト組、という4つのグループに分かれているそうな)  この「少年合唱団」、簡単に言えば「女性の高音を少年で代用したコーラス」のわけなのだが、少年はやがて「大人の男」になる。どんな美しい少年の声も、12歳前後になると声変わりして「大人の声」になってしまう残酷な未来が待っているわけである。  それを避けるために、去勢手術を行ってボーイソプラノの声質を保持するのがカストラート(Castrato)。  17〜8世紀には全盛を誇ったが、人道上の問題で19世紀には廃れ始め、現代ではまったく姿を消してしまった。  つまり、いかに美しい声を持った「少年」も、その歌が機能するのはほんの数年。「少年合唱」というのは、極めて短い期間だけ花を咲かせる(まるで「桜」のような)存在なのである。(その点が、緩やかに女声合唱に移行可能な「少女合唱」との決定的な差ということになるだろうか)  その期間限定の「儚さ」が、同じ「高音の美声」でも、女声とは全く違う魂の響きを醸し出す。  そんな「ぎりぎりの美しさ」に、作曲家たちは「天上の世界」の声を聴いたのかも知れない。          * Renoir ところで、作曲家が「子供ための」というコンセプトを前面に打ち出してきたのも、19世紀末〜20世紀初頭以降のような気がする…のだが、どうだろうか?  それ以前は(音楽の世界に限らず)、そもそも「こども」というのが社会の前面に登場することなどなかった。モーツァルトやロッシーニのような「早熟の天才少年」が話題になる以外、「こども」が音楽界に関わる例は皆無だったと言っていい。 Manet もちろんどんな大音楽家も最初は「こども」だったし、良家の子女は「こども」の時から音楽の鍛錬にいそしんでいたわけだから、ハノンやツェルニーやブルグミュラーなどによる「練習曲」や、シューマンの「子供の情景」(1838)、あるいは「おもちゃの交響曲」(1770頃)のような「こども(初心者)のための音楽」という需要はあったはず。  しかし、それはあくまでも「家庭用」あるいは「プライベートな場」での音楽であって、大人の観賞用音楽とは無縁の世界だった。  そもそも「音楽」の世界は大人のものであって、コンサートやオペラは大人が行くもの。子供は(大きくなるまで「一人」という勘定には入らず)家でおとなしく留守番…というのが決まりだったわけだ。  それが、19世紀末あたりから市民生活そのものに変化が始まり、(それはおそらく、乳母や使用人が多い貴族や上流家庭に代わって、夫婦に子供数人というような中流階級の市民が音楽会の聴衆の中核になっていったせいだろう)大人が行くコンサートに「こどもの世界」が乗るようになった。  そう。「子供」が「お子様」になったのである!  その先駆けは、チャイコフスキーのバレエ「くるみ割り人形」(1892)、そしてフンパーディンクのオペラ「ヘンゼルとグレーテル」(1893)あたりだろうか。あるいは、もう少し前のサン=サーンスの「動物の謝肉祭」(1886)?。(先のマーラーの交響曲第3番も1896年だからこのあたりだ) Nutcracker この傾向は20世紀を迎えると顕著になり、ドビュッシーは愛娘のためのピアノ組曲「子供の領分」(1908)やバレエ「おもちゃ箱」を書き、子供がいない独身のラヴェルまでも童話マザー・グースを元にした組曲「マ・メール・ロア」(1910)や子供が主人公の歌劇「子供と魔法」(1925)を書いている。  以後、「こども」は、音楽家たちにとって未来の大事なお客となり、教育的な観点からも、こどもたちのために上質な音楽を作り聴かせることが、試みられるようになった。(このあたりは「不思議の国のアリス」(1865)から「ピーターパン」(1906)に至る当時の「児童文学(劇)」の隆盛とも呼応しているのだろう)  その最高の成果は、プロコフィエフの「ピーターと狼」(1936)とブリテンの「青少年のための管弦楽入門」(1945)あたりだろうか。共に、作曲家が持てるすべてを動員した、音楽的にもまったく遜色のない子供向けクラシックの代表的名品である。          *  さて、ここらで話を少し変えて、我が国(日本)の「こども」たちの音楽に目を転じてみよう。  日本も、第二次世界大戦後、西洋諸国からは少し遅れたものの、「子供」から「お子様」への変化が始まったのは御存知の通り。  それまではせいぜい「わらべうた」くらいしなかった「こども」の文化が、雪崩のように社会の前面に登場するようになる。  代表的なのは、手塚治虫に代表される「マンガ」文化の台頭だが、その話を始めると長くなるので別のところで。  しかし、「マンガ」あるいは「アニメ」の登場で、その主題歌を歌う「児童合唱」がめきめきと音楽界の前面に登場し、独自の世界を築くことになったのは事実。   もちろんそれ以前にも、童謡や民謡などを歌う児童合唱の団体は(レコード会社の専属などで)存在したが、戦後、こども向けのラジオ・テレビ番組の主題歌を歌うことをきっかけに、数多くの少年少女合唱団が登場し始め、60〜70年代に一つのピークを迎える。 Nhkuta 例えば、その頃(私が作曲家を志し始めた高校生の頃である)、NHKに「歌はともだち」(1968年4月〜1977年3月。土曜日の夜18時から放送)という子供の歌番組があった。  牟田悌三、芹洋子、ボニージャックス、ペギー葉山、今陽子(ピンキーとキラーズ)などが司会で、伴奏のオーケストラの指揮が南安雄氏。合唱は、NHK東京放送児童合唱団、西六郷少年少女合唱団、杉並児童合唱団、荒川少年少女合唱隊、ひばり児童合唱団などなど。  土曜日のゴールデンタイムに児童合唱がメインの音楽番組というのは、今ではちょっと考えられないが、単なる「お子様向け音楽番組」ではないクオリティの高さを感じていたのは私だけではないはず。  ちなみに、私はその中では西六郷少年少女合唱団(指揮と指導:鎌田典三郎氏)のファンで、児童合唱組曲を二つほど送りつけたことがある。(もちろん、無名の高校生の書いた作品。確かお礼の手紙は来たと記憶しているが、演奏されることはなかった)  そして、優秀な児童合唱団が林立し、テレビで活動が紹介されて人気を博していたこともあって、その頃は児童合唱の傑作が結構生まれていた。  個人的には、間宮芳生「子供の領分」(合唱のためのコンポジション第4番)、南安雄「チコタン」(詞:蓬莱泰三)、三善晃「オデコのこいつ」(詞:蓬莱泰三)が三大名曲か。    間宮芳生「子供の領分」(1963年)は、東京のわらべうたや囃子歌(棒が一本あったとさ…とか、でぶでぶ百貫でぶ…とか)をオーケストラ伴奏で組曲メドレー仕立てにしたもので、どこかフランス近代風の軽やかなオーケストレイションも印象的な逸品。  歌を素材としてコラージュした点では(バルトークにも通じるような)現代作品(のはず)なのだが、普通に「音楽的」で「聴いて楽しい」名品である。1960年代という前衛音楽全盛の時期に、「そうか。子供を使えば〈調性〉も〈リズム〉もまだまだアリなんだ!」という感激が強烈だった。 Chikotan 南安雄「チコタン」(1969年)は、前記の「歌はともだち」で指揮とアレンジを担当していた氏による、全編関西弁で歌われるコミカルなタッチの合唱組曲。少年である「ぼく」が同級生の「チコタン」に恋をするのだが、彼女が突然交通事故で死んでしまう。そのため後半はかなり(社会派的な?)シリアスなトーンになる不思議なバランスの曲。  もとはピアノ伴奏の作品だが、室内オーケストラ伴奏によるレコードが気に入ってずいぶん聴いていた。ミニ・オペラ的な趣のある作品である。  対して、三善晃「オデコのこいつ」(1973年)は、児童合唱の限界に挑戦するかのような変拍子&不協和音を炸裂させた衝撃作。少年である「ぼく」の頭の中に、アフリカ(ビアフラ)内戦の飢餓にみまわれた「オデコばかり大きな黒人の子」が入り込み、言葉も通じず、わけの分からないまま最後はいつの間にか死んでしまう…というシュール&ショッキングな(怖い)内容が、それこそ「春の祭典」なみの難しい譜面で歌われる。  しかし、その現代的な書法があってこそ、現代社会の暗部を抉る内容を伝えられるのも事実。「子供向け」と甘く見ると怪我をする?辛口の名品である。  もうひとつ、一柳慧「ヴォイス・フィールド」(1974)という作品も、谷川俊太郎の「ことばあそびうた」を使ったなかなかの逸品。合唱曲というよりは「かっぱかっぱらった/らっぱかっぱらった/とってちってた」というような言葉のサラダの羅列によるシアターピースなのだが、言葉と音楽の「前衛」が「こども」の歌でありえるのか…と、かなり感心した記憶がある。  それ以後も、日本の現代音楽の作曲家たちは、結構本気で児童合唱曲を書いている。「こども」が演奏するので極端な複雑さは薄いせいか、いわゆる「現代音楽」的な難解さとは一線を画した、なかなか音楽的に面白い曲が少なくない。      * Boyssong 最後に…余談になるが、私が最初に「こども」を意識して作ったのは、NHKの電子音楽スタジオで制作した作品で、「マーマレイド回路」(1983)という曲。  作曲家としてデビューした直後の(結局、作品番号も付けなかった)習作だが、これは「こどものための」ではなく、子供(少女)の声…を使った「こどもによる」テープ音楽である。  この曲、そもそもは、シュトックハウゼンの初期(28歳ころ)の名作「少年の歌(Gesang der Jünglinge)」(1956)」へのオマージュとして発想したもの。  「少年の歌」は、電子音やテープによる変調音という「極めて無機的な」音響の中に、旧約聖書(ダニエル書?)の一部を呟くこども(少年)の声をちりばめコラージュして作った13分ほどの作品で、テープ音楽の古典的名作として知られている。  しかし、実を言うと当時は「幻の名作」として断片的に聞いていただけだったのだが、「少年の声をコラージュして作ったテープ音楽」というのが魅力的に思えて、それをさらに変調した自分流「少女版」少年の歌…を編み上げたわけである。 Marmalade_2 ちなみにタイトルは、当初「電動式アリス」というものだったのだが、ちょっと妖しい響きがあるので(ちなみに、吾妻ひでお氏などの影響でロリコンがオタク文化に浮上する前夜のことである)、放送直前に改題してしまった。  これは「オレンジ(生音)を入力すると、マーマレイド(加工された音響)が出力される」という架空の音響回路。要するに電子音楽スタジオそのものを、そういう変な音を作る「回路」に見立てたわけだが、なんで「マーマレイド」だったのか?は記憶がない。  素材は、女の子3人(知り合いの子とその友人たち。小学校高学年から中学生くらい)の声。「ん〜」とか「あ〜」とか「ぷるん」とかいう擬音や「あはは」とか「きゃっきゃ」という笑い声を片っ端からテープ(当時はオープンリール)に録音して、変調したりピッチを変えたりエコーをかけたりループにして繰り返したりしたものを作り貯め、それを切り貼りして16分ほどの作品に構成していった。(今ならさしずめ〈初音ミク〉で作るところだ…)  曲の途中では、「ぷるん」を8チャンネル合成してケチャにしてみたり、最後は周期律表(水素、ヘリウム、リチウム、ベリリウム、ホウ素、炭素、窒素、酸素…というやつ)を読み上げたり。日本初(そして唯一)の「ロリコン・テープ音楽」とマニアの間ではひそかに囁かれている(とかいないとか)  えーと、何の話をしていたのだっけ(笑)。    今回はここまで。            * Wienj ウィーン少年合唱団日本公演 2009年 5月2日(土)14:00 サントリーホール 5月3日(日)14:00 サントリーホール 5月16日(土)14:00 東京オペラシティ 6月6日(土)14:00 東京オペラシティ 6月12日(金)19:00 東京オペラシティ 6月13日(土)14:00 東京オペラシティ 6月14日(日)14:00 東京オペラシティ ほか 曲目:アンジェラ・アキ「手紙〜拝啓15の君へ」ほか

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