金管楽器の楽しみ
オーケストラの音楽を書く楽しみのひとつに「金管楽器をバンバン鳴らす」というカタルシスがある。
オーケストラは、繊細な音、軽妙な音、重厚な音、哲学的な音、色彩豊かな音などなど、さまざまな音を出すけれど、曲を締めくくる最後のクライマックスは、やはりブラス(金管)の出番だ。
◇起源は「動物の角」
この「金管楽器」属、現在ではほとんど金属…それも真鍮(Brass:銅と亜鉛の合金)で作られているため「ブラス」(ブラス・セクション)と呼ばれる。
オーケストラで使われるのは、
・ホルン
・トランペット
・トロンボーン
・チューバ
の4種。近代ではこれにサクソフォンが加わる。
金管…と呼ばれるからには、人間が「金属」の製錬技術を持ってから以降の近代の楽器ということになるが、それ以前にも金管楽器の原形はあった。
それは、動物の角(つの)だ。
動物(主に牛)の、中が空洞になっている(湾曲した)円錐形の角に、強く息を吹き込むと「プー」とか「パー」というような大きな音がする。これが「角笛」。ヨーロッパの神話や民話などにはよく登場するアイテムである。
そもそも「角」のことを英語では「ホーン」といい、それを吹いた楽器はそのまま「ホルン」という。どちらも同じ「Horn」。
このあたりが「金管楽器」の先祖ということになるだろうか。
日本では山伏が吹く「ホラ貝」が同系統の楽器。大型の巻き貝を、同じく中の空洞を利用して強い息を吹き込む。これも「ぷお〜」という大きな音がする。音程は確かではないが、とにかく「大きな音」が出るので、戦国時代には戦の合図に使われ、修験道では怨霊調伏や山間での仲間同士の合図などに使われた。
ちなみに、でまかせの大ウソをを付く(大口を叩く)ことを日本では「ホラを吹く」というが、西洋でも「ホーンを吹く(blow your own horn)」というそうで、このあたりの連想は同じらしい。
ただし、この種の「ホーン系楽器」、動物のツノやホラ貝は大きさもまちまちなので、音の高さは一定ではなく、当初は「楽器」というより、もっぱら「信号」や「合図」として音を出す道具という存在だった。
自動車の「警笛(ホーン)」の発想がまさにそれだ。
特にヨーロッパ(フランスやドイツ)では、郵便馬車が到着した時に「郵便が来たぞ!」と知らせる合図として「ホルン」が使われていた。そのため、ドイツやフランスでは「郵便マーク(日本では「〒」)」が「ホルン」のデザインになっている。
そう言えば、日本でもつい最近まで(とは言っても昭和の時代)豆腐屋さんが「豆腐〜ィ」と聞こえる小さなラッパを吹いていた。あれもホルンと言えなくもない。
◇喇叭の蘊蓄
この種の楽器を、日本ではすべてひっくるめて「ラッパ(喇叭)」と呼ぶ。
中国語の「喇叭」は、サンスクリット語で「叫ぶ」という意味の「ラヴァ(rava)」が語源というが、日本語の「ラッパ」はよく分からない。
軍隊から発生したらしいことを考えると、戦国時代、忍者のことを「乱波(らっぱ)」「透波(すっぱ)」と言っていたことに関連がありそうにも思える。
敵陣や遠くまで情報を筒抜けにするあたりが似ているので「ラッパ→喇叭」になったのかも知れない。(ちなみに、スッパの方は「すっぱ抜く」の語源)。…と、これは個人的な妄想。
ちなみに、旧約聖書やレクイエムの歌詞などで「ラッパの響きが」と書かれている時は、ラテン語の「トゥーバ(Tuba)」。「怒りの日」で鳴り響く「奇しきラッパの響き」…は「Tuba Mirum」だ。
この「Tuba」系の楽器、管の長さはある程度長い方がいい音が出るが、真っ直ぐだと持ち運びが難しい。そこで、昔は首のまわりにぐるりと丸めた管をめぐらす「巻管」のものが多く、これは「Clarion(クラリオン)」などと呼ばれていた。
一方、真っ直ぐな「直管」型のものは「Tromba(トロンバ)」「Trombetta(トロンベッタ)」などと呼ばれ、これがイタリア語での「Tromba(トロンバ)」になり、その大きな楽器(-one)が「Trombone(トロンボーン)」と呼ばれるようになったようだ。
現在は「Tuba」というと低音金管楽器のことだが、これは「Bass Tuba(低音のラッパ)」が正確な呼び名。
ハリウッドの歴史活劇映画では、古代ローマの情景というと必ず長管トランペット数本による「ファンファーレ」がお約束。「王様が到着したぞ」とか「儀式が始まるぞ」という合図として印象的に使われているが、史実かどうかは不明とのこと。
ただし、ローマ時代あたりから「軍隊」でこの種の小型金管楽器(トロンバ:tromba)が使われていたのは確からしい。
なにしろ「軍隊」というのは数百人数千人(時には数万人)の兵隊がぞろぞろと進軍する大集団。その全員に「前進しろ」とか「突撃しろ」あるいは「撤退しろ」という命令を伝えるのに、甲高い大きな音の出せるトランペット系の楽器は重宝だったようだ。
この伝統は20世紀になっても続く。大砲や爆弾の音がとどろく近代戦になると、甲高い金属音で、しかも音の信号を作ることが出来る「ラッパ」の威力は絶大だからだ。
特に、片手で持ち歩けるビューグル型の小型のラッパは、無線などが登場する20世紀初頭まで、世界各国の軍隊で「信号ラッパ」として重用された。
日本でも、第二次世界大戦まで、「進軍」「停止」「突撃」などから、「起床」「食事」「集合」「就寝」「消灯」などなどすべてラッパの信号を合図に行われていた。
そんなわけで、「ラッパ」の響きは「軍隊」を連想させる響きとして使われることが多い。
◇倍音「トテチテタ」
金属の製錬技術が発達するようになると、金属製のこの種の「ラッパ」は「楽器」として愛用されるようになる。
ギリシャ時代の壁画にもそんな金管楽器の祖先たちの姿が見られるから、起源はかなり古いもののようだ。
ただし、ラッパ属には「楽器」としては致命的な欠点があった。
管を吹いてその管長の空気を共振させる構造上、「自然倍音」に当たる音しか出せないのである。
ちなみに「ひとつの管」で作り出せる倍音は「図」の通り。
要するに「ドミソ」の音を含む5つくらいの音しか出せないのだ。
これを例えば、旧日本軍では「トテチテタ」という呼んでいた。(「おもちゃのチャチャチャ」という曲の中で「♪鉛の兵隊、トテチテタ〜」と歌われるあれである。
バルブも何もない「素」のラッパ管から出せる音は「(ド)・ソ・ド・ミ・ソ」に限られるので、これに「(ド)トタテチ」という音を当てたわけである。
モーツァルトやベートーヴェンの時代に作曲家が「オーケストラ」を書く時、もっとも頭をひねったのもこの点だ。
なにしろ、当時のナチュラル・ホルン、ナチュラル・トランペットは、基本的に「ドソドミソ」の音しか演奏できない。(そのぶん、ドミソの音に関してはクリアで華やかなのだが)
ハイドン〜モーツァルト〜ベートーヴェンあたりのスコアを見ると、金管はほとんど「ド」と「ソ」しか吹いていないことが多いのはこのせいだ。
そこで、ハ長調の曲を演奏する場合は「C(ド)管」のホルンとトランペットを使う必要があり、ニ長調の曲を演奏する場合には「D(レ)管」の楽器を使う必要があった。
しかも、「C(ド)」の管のホルンやトランペットを使った場合、「ハ長調」以外の曲は演奏できず、「D(レ)」の管の楽器を使ったら「ニ長調」しか演奏できない。
さらに、同族の「短調」の曲も演奏できない。なぜなら半音低い3音「ミ♭」や半音低い6音「ラ♭」が出ないのだ。(古典派までの音楽に「短調」の曲がほとんどないのは、このあたりの事情も色濃く関係しているわけだ)
そこで、例えばモーツァルトの「ト短調シンフォニー」では、「G(ソ)管」と「B♭(シ♭)管」のホルンを組み合わせ、G管に「ソ・シ・レ」、B♭管に「シ♭、レ、ファ」の音を担当させる…という分業により、ト短調のドミソ(ソ・シ♭・レ)を出させるという涙ぐましい努力をしている。
もちろん、ナチュラル・ホルンでも「ベル(ラッパ口の部分)」に右手を突っ込んで音高を上下させる奏法(ゲシュトップ)があり、ソロの名手ともなればドレミファも短調も自在に吹けなくはなかったようだ。
しかし、オーケストラの金管楽器にそれを要求するのはきわめて難しく、作曲家がどう頑張っても、簡単に長調から短調に「移調」したり、完全5度や4度以外の調に「転調」したりすることは出来なかったわけなのである。
◇ピストンとバルブ
しかし、ベートーヴェンが最後の交響曲を書いている頃(19世紀初め)、革命的な「発明」がこの楽器に訪れる。「バルブ(ピストン)」が付くようになったのである。
金管楽器は、木管楽器のように管に穴を開けて「ドレミファ」のような音階を作ると言うことは出来ない。穴を開けた時点で音が漏れて楽器として役に立たなくなってしまうからだ。これはひとつの短所。
しかし、逆に長所は、管をどんなに曲げても捻っても回転させても音は変わらないこと。
現在のホルンは、全部の管を引き伸ばすと5mくらいになるのだが、それをぐるぐるとカタツムリのように渦巻いて楽器にしている。それでも立派に音は出るわけだ。
ということは、知恵の輪のように「短い曲がったパイプ」をその渦巻きの中に組み込み、それらをピストンやバルブを使って組み合わせれば、色々な長さの「管」が出来るんじゃないか…というのが、この革命的発明の基本。
その結果、元の管が「C(ド)」の長さでも、それを一音分長くするバイパス管に切り替えれば「D(レ)」のドミソ(レ、ファ#、ラ)が出るようになった。これによって、金管楽器は「ドレミファ」の音階だろうが「半音階」だろうが自在に出せる新しい楽器として生まれ変わったわけである。
◇ナチュラルとモダン
と、このようにバルブやピストンの発明により、どんなキイでも半音階でも自在に演奏できるようになったのが現代のモダン・ホルン、モダン・トランペットである。
ワーグナーやマーラーなどは、このモダン・ホルンやトランペットの登場により「調性の呪縛」を解き放たれ、「移調」だ「転調」だと複雑きわまりないサウンドへと突き進んだ組だ。
どんな半音でも自在に出るのだから、「トリスタン和声」のような捻くれた和声進行もやってみたくなるわけである。
しかし、自然な「ドミソ」の響きを持つ(昔の)ナチュラル・ホルン、ナチュラル・トランペットでなくては…というこだわりを持つ作曲家たちも多い。
ブラームスやブルックナーなどは、自然な「倍音」が綾なすナチュラル・ホルン&トランペットにこだわっている。(実際、ブラームスやブルックナーの交響曲においては、ウィンナ・ホルンの独特の響きが圧倒的な美しさを生む)
移調や転調が生み出す「複雑さ」や「斬新さ」より、協和音になった時の「宇宙が共振するような」豊かで豊饒なサウンドに「音楽」の存在感を聞きたいということなのだろう。
このあたりは、弦楽器の「純正律」と「平均律」論争に似たところがある。音楽の「自由度」を優先するか、響きの「協和」を優先するか、なかなか悩ましいところではある。
◇ジャズ
もう一つ、現代おける「金管楽器」の活躍場所に、「ジャズ」がある。
ジャズは御存知のように、トランペット、サクソフォン、トロンボーン、チューバ(ホルンは見かけないが)と言った金管楽器がソロで活躍するジャンルである。
なぜ新大陸アメリカで、こんな楽器たちが普及したのか、考えてみるとちょっと不思議な気がするが、この誕生秘話は(歴史の偶然と必然が絡み合っていて)なかなか面白い。
18世紀あたりからヨーロッパの軍隊は、行進曲を吹奏したり儀式の音楽を吹奏したりするかなり高度な「軍楽隊」を持っていた。
屋外で行進しながら演奏するので、いわゆる「弦楽器系」は無理。当然ながら、主役はトランペット・トロンボーン系の金管楽器、それに持ち運び便利で高い音が出るクラリネットやサクソフォン、そして行進のリズムを刻むドラムス(太鼓属)という組み合わせになる。
19世紀アメリカで起こった南北戦争(1861〜65)でも南軍北軍いずれも、この「軍楽隊」が大量投入された。
そして南軍が敗れて戦争が終了した時、両軍の「軍楽隊」が持っていたこの大量の楽器…トランペット、サクソフォン、クラリネット、トロンボーン、そしてドラムが不要品となって放出された。
本来ならかなり高価な楽器であり、特に選んでこれらの楽器を購入するのは難しいのだが、それが大量に時代の狭間にポンと置き去りにされたわけだ。
それを、南北戦争後に奴隷から解放された黒人たちが手に取った。
それだけなら、マーチング・ブラスバンドだが、これに、西部開拓時から場末の酒場(バー)にあふれていた「ピアノ」と「ベース」が合体した。
ピアノの方は、当時「工業生産ライン」に乗って大量生産が可能になっていたアップライト型のピアノだ。これを、西部開拓など未開の土地へ進出する白人たちが、今で言うジュークボックスのような「簡易音楽マシン」として酒場に持ち込んだ。
その絶妙な出会いから、「ジャズ」は生まれたわけだ。
常識的に見れば、マーチ系の楽器であるトランペットやトロンボーンと、サロン系の楽器であるピアノが融け合うとはとても思えない。
しかし、それを手にした彼らは、その(まさしく偶然の産物である組み合わせの)楽器たちで自分たちの「心の歌」(白人たちはカントリー&ウエスタン、黒人たちはブルース)を演奏し始めた。
かくして、20世紀のアメリカで、信号でも突撃の合図でもなくファンファーレでもない…新しいブラスの音楽「ジャズ」は生まれたのである。
◆金管楽器たちのキャラクター
さて、最後に、そんな金管楽器たちを「演奏者」の側から見てみよう。
□ホルン
まず、ホルン。
最初に「ホーンを吹く(ホラを吹く)」などという話をしたが、ホルン吹きがそうなのかと言うと実は正反対。
実際には、オーケストラにおけるホルンのパートは、能天気に大きい音を「パーン」と出すなどということはほとんどないからだ。
そもそも唇の破裂音を増幅する構造なので、「小さい音」を出すのがまず難しい。さらに、「唇の締め具合」だけで倍音の音程を作るので、ちょっとでもバランスを崩すとトンでもない音(裏返った音)が出てしまう。
しかも、ラッパで拡大する構造なので、外した音は常に「大きい音」がして、ホール中に響き渡ってしまう。相当な名門オーケストラでも、いきなりヘンな音が出たり、音のアタックで外したりするのはほとんどホルンである。
にもかかわらず、弱音のアンサンブル部分では、ホルン4本でハーモニーを担当することが多いので、ちょっとでも音を外したり音程がずれると致命的なことになる。
そのため、全曲にわたって気を抜けない。ずっと気を遣いっぱなし、ストレス溜まりっぱなしである。
そんな楽器なので、奏者のキャラクターとしては、とにかく繊細で内気な(時に暗く内省的な)社会的な常識人が多いように思われる。自己顕示欲が強くホラ話好きで外交的で明るい…というような人にはオケのホルンはとても勤まらない。
そう言った気遣いやストレスの所為か、一説にはオーケストラの楽器の中でオーボエと並んで最も禿げる可能性が高いとも言われる。まさにその苦労が忍ばれる話である。
□トランペット
次にトランペット。
これは、同じ「ホーン」属でも、ホルンとは正反対。
オーケストラだろうがジャズコンボだろうが、とにかく一番目立つパートであり、彼がパーンと音を出せば、その瞬間からどんな音楽でも彼が「中心」になってしまう。ストレスとは無縁の「花形楽器」である。
弱音や倍音の難易度で言うとホルンもトランペットも似たようなものだが、多くの作曲家はトランペットに微妙な和音や弱音を聴かせるパートを書いたりしない。
大体が、強奏の時のもっとも上のメロディパートを担当させる。なにしろ高音かつ強音で華やかかつ壮大な音が出る「とっておきの」楽器なのだ。
だから、オーケストラによる長大な交響曲でも、複雑で長ったらしいところはずっと休んでいて、最後のクライマックスにだけいきなり登場し、「一番おいしい処」をすべて横取りしてしまう。
特に一番トランペットは、最後の最後に一番格好良く主題テーマをフォルテで吹きまくり、ジャーンと終わる「リレーのアンカー(最終走者)」のようなもの。それまで必死に膨大な音符を弾いていた楽器たちからすれば、「なんであいつだけが!」と恨み骨髄のポジションとも言える。
そんな楽器の性格上、それを吹く人のキャラクターが地味だったり内気だったりするはずもない。
なにしろ他の楽器が大変な時はずっと休んでいて、一番いいところでサッと出てきて「パッパカパー」と吹き鳴らして、拍手喝采なのだ。
そういうことが平気な…良く言えば明朗快活、悪く言えばいくぶん能天気な(くよくよ悩まず、時には他人に乗っかる)享楽主義的性格でないと、トランペッターは勤まらないわけだ。
□トロンボーン
そして、トロンボーン。
この楽器は、金管楽器属ながら、管をスライドして伸び縮みさせる…というユニークな構造を持った「独創的楽器」である。
管そのものの長さを自由に変えられるのだから、ここまで述べてきた「(固定された管の長さの)倍音しか出せない」という金管楽器最大の欠点がそもそも無い。
なにしろスライドのポジションを調節すれば、C管にもD管にもなる構造なのだから、どんな微妙な音程も自由自在。自然倍音上の「ドミソ」でも短調の「ドミ♭ソ」でもハーモニーが自在に作れる。
そのため、オーケストラや金管アンサンブルにあっては「ハーモニー」の基調を作る最大の「要」となる。
ただし、その長所が裏目に出て、オーケストラでは、トロンボーン三本(通常、テナー2本、バス1本(+バス・チューバ)が基本グループ)で「和音」だけ吹かされるということが実に多いのが、トロンボーン・パートの悩ましいところ。
本来なら、音量でもトランペットに負けないのだが、いかんせん中低音域が専門のため、高音パートを担当する…というより、中低音の補強に当てられることが多い。主役メロディの座は、いつだってトランペットに取られてしまうのである。
それでも、オーケストラ内では圧倒的な存在感を持つ「(オルガン的)ハーモニー」を作り出し、パワフルで重厚壮大なオーケストラサウンドを生み出す「縁の下の力持ち」なのは確か。
さらに、ティンパニと強力タッグを組んで強烈なコードを叩き付けたり、ピアノの左手和音のような刻みを生み出すのも可能。
また、コラールのような宗教的重みと敬虔さを持った楽想には、素晴らしい効果が得られる。
そこで、奏者のキャラクターとしては、頭が良く才能があってもあまり自分が一番前に出て行くのは好まず、「他の人を立てる」温厚なタイプが多いように思われる。
ただし「音は大きい」ので、あまり引っ込み思案だったり繊細だったりする人は合わない。小さいことは気にしない大らかさと、絶妙なバックアップの職人芸が信条だろうか。
□チューバ
さて、最後に控えるバス・チューバは、金管の最低音を担当する巨大楽器。とにかく圧倒的な低音を出す最終兵器で、巨大オーケストラがフォルティッシモで鳴っていてもそれに負けない朗々たる低音を保持することが可能。
そのため、オーケストラのサウンド全体の重心を低く「重厚な」響きにするには必要不可欠の楽器といえる反面、あまりに太く重いサウンドになりすぎることを嫌って、チューバを加えない作曲家(例えば後期のシベリウスなど)もいる。
逆に、チューバを2本並べて圧倒的な「残忍な響き」を生む(ストラヴィンスキーの「春の祭典」のような)例もある。
この楽器の奏者は……そもそも楽器が巨大で重いので、体躯が大きい人でないと勤まらない。最近は女性でチューバを吹く人も出てきているが、プロのオーケストラの中にヒゲの大男とか見た目が巨漢風の人がいたらまずそれがチューバ奏者のはず。
でも、担当するのは常に「オーケストラの最低音を支える」という(天球を支える)アトラスのような仕事。気は優しくて力持ち…的な頼れる人が多い。
余談だが、むかし「中学生日記」というNHKのドラマで、「チューバを吹く少年」という話があった。
クラスで一番背が小さい少年が、吹奏楽部に入って自分の楽器にチューバを選ぶ。吹きながら歩いている姿は、チューバが歩いているようにしか見えないので、クラスメートからは笑われ、先生からは「体が小さいからチューバは無理」「そもそもソロで活動できる楽器ではない」「チューバはオーケストラに一人いれば良いのだから、就職先はゼロに等しい」…などと猛反対を受ける。
それでも、少年はチューバを吹くのをやめない。
彼は、「ヴォーン=ウィリアムスのチューバ協奏曲が吹けるような演奏家になりたい」という夢だけを抱いて、チューバを吹き続けるのだ。
……これには泣いた。
彼は、チューバ吹きになれたのだろうか?
チューバを見るたびに、いつもあの少年のことを思い出す。
*
■ロシアン・ブラス
(サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー金管五重奏団)
Russian Brass-St.Petersburg Philharmonic Brass Quintet
イゴーリ・シャラポフ(トランペット)
Igor SHARAPOV
アレクセイ・ベリャーエフ(トランペット)
Alexei BELYAEV
イーゴリ・カールゾフ(ホルン)
Igor KARZOV
マキシム・イグナティエフ(トロンボーン)
Maxim IGUNATIEV
ヴァレンティン・アヴァクーモフ(テューバ)
Valentin AVVAKUMOV
2月19日愛知県日進市「日進市民会館」*
2月20日大阪府大阪市「ザ・シンフォニーホール」*
2月21日東京都武蔵野市「武蔵野市民文化会館」*
2月22日神奈川県横浜市「横浜みなとみらいホール」*
2月25日東京都「日経ホール」*
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コメント
浅学ながら, 私の理解ではサクソフォンは金属で作られているけれどリード楽器なので木管楽器に分類されると思いましたが間違っておりましたでしょうか。
投稿: ☆○ | 2010/12/11 16:53
私も☆〇さんに同意でごさいます。
弘法も筆の誤りということもございますね。
投稿: K-jiro | 2010/12/13 02:36
サクソフォン協奏曲を書き、ソナタは国際サクソフォンコンクールの課題曲にまでなっているセンセに、釈迦に説法とはまさにこのことですネ。あなおそろしや。
そもそも金管楽器と木管楽器の合いの子として作られた楽器で、ブラスセクションに含まれることは確かです。
投稿: Bird | 2010/12/13 08:54
サクソフォンは「金属製の木管楽器」です。
でも、金管楽器[属]はブラスセクションといい
近代ではサクソフォンが加わる。。。
という書き方ですから,
間違ってません。
投稿: johnK | 2010/12/14 00:41
あっ、本当だ!
ブラスセクションの話であって、サクソフォンが
金管楽器だ、という話ではありませんでしたね。
私の読解力の方が大問題でした(赤面の極み)。
大変失礼を申し上げました。お詫び致します。
投稿: K-jiro | 2010/12/14 01:23
ジャズの話はさすがに簡単にしすぎでは?
そもそもニューオリンズジャズではピアノが入らない編成も多いですし。
またホルンでジャズといえば、ガンサー・シュラーがいるし、
あとはジャコのビッグバンドでもソロを吹いている奏者がいましたね。
投稿: fumi | 2010/12/26 03:42