大河ドラマ「平清盛」音楽制作メモ
今年(2012年)のNHK大河ドラマ「平清盛」の音楽を一年間担当することになった。1月8日(日)が第一回放送。12月まで全50回の長丁場である。
NHKの大河ドラマは個人的に1963年の第一作(花の生涯)からリアルタイムで見ている。当時はまだ小学生で、64年の「赤穂浪士」、65年の「太閤記」の頃まではまだ白黒テレビの時代。1969年「天と地と」(音楽:冨田勲)からカラーになり、以後、毎年ほぼかかさず見るようになった。
もともと戦国武将が出て来るような歴史ドラマが好きだったこともあるが、60〜70年代は、芥川也寸志(赤穂浪士:1964)、武満徹(源義経:1966)、三善晃(春の坂道:1971)、林光(国盗り物語:1973)、山本直純(風と雲と虹と:1976)といったクラシックの錚々たる作曲家たちが音楽を担当していたのが大きい。
なにしろオープニングのテーマ曲はNHK交響楽団が演奏し、タイトルロールでは「作/脚本」の次に「音楽」として作曲家の名前が大書されるという破格の扱い。昔は、オーケストラを扱えるのはクラシック系の作曲家に限ると言うこともあったのかも知れないが、作曲家にとってはオペラ並みに音楽力が問われる「伝統」の場であったわけだ。
その指向が変わったのが1980年の「獅子の時代」(音楽:宇崎竜童)あたりから。その後はTVや映画専門の作曲家たちが担当するようになり現在に至っているので、今の視聴者には「大河ドラマの音楽=クラシックの作曲家」というイメージは少ないかも知れない。
そんな中で「次回の大河ドラマの音楽を」と打診されたのは一年半ほど前。「龍馬伝」(2010)が中盤に差し掛かっている頃だった。
かつて「クラシックの作曲家」を起用するのが伝統だった…と言っても、それは昔の話。最近はすっかり劇判のプロの牙城。クラシック音楽界との濃厚なコネクションがあるわけではない。
対する私の方も、大河ドラマどころかテレビドラマの仕事すら初体験で、映像関係の仕事は数年前に映画(ヴィヨンの妻)を一本やったことがあるだけ。NHK最大の看板番組の音楽を一年間まかせるにしては、あまりに「未知数」かつ「ど素人」である。
満を持して…というと格好いいが、NHKとしてはかなり(それこそ清水の舞台から飛び降りるような…(^_^;)「冒険」だったに違いない。
□平清盛
題材は「平清盛」。一人の歴史的人物の誕生から死までを描く一代記だが、原作となる小説は存在せず、台本は脚本家:藤本有紀さん(朝の連続ドラマ「ちりとてちん」の作者)のオリジナル。
これから書き下ろすので、まだ「話」の中身は存在せず、話を貰った時点では、イメージの引っかかりになるようなものは(主役数人のキャスティング以外)ほとんどゼロだった。
しかし、「戦国武将でメジャー系、ただし変化球」という〈平清盛〉のポジションにはゾクッと来たので、即座に「この仕事を受ける」と決めてしまった。
主人公である「平清盛」という人物については、古典の「平家物語」、吉川英治の「新平家物語」などで知っている程度。一番印象に残っているのは、仲代達也の「新平家物語」と手塚治虫「火の鳥」乱世編の清盛だ。
それ以上の詳しい履歴や人物像は知らなかったので、まずは彼の時代(九百年近く前の平安末期)の音楽状況も含めて資料を集め始めた。
参考にしたのは・・・
NHK大河ドラマ「新・平家物語」(1972)総集編DVD。清盛:仲代達也
TBS時代劇スペシャル「平清盛」(1992)DVD。清盛:松平健
映画「新平家物語」(1955)DVD。清盛:市川雷蔵
人物叢書「平清盛」(五味文彦)
吉川英治「新平家物語」
宮尾登美子「平家物語」
手塚治虫「火の鳥:乱世篇」
横山光輝「平家物語」・・・などなど
清盛は、一時代を築いた不世出の革命児という点では信長や秀吉などと並ぶ英傑だが、日本史上では悪役として描かれることが多い。義経や頼朝のようなヒーローの敵役として語られることが多いせいだろうか。
しかし、もともとは朝廷の雇われ用心棒集団にすぎなかった「武士」を、政治と経済の中心にまで引き上げた人物。最初は「犬」と蔑まれるような下層のレベルから、40年ほどで「平家でなければ人ではない」と言えるところまで一代でのし上げたのだから(まさに信長と秀吉を足したような)希代の英雄と言ってもいい。
しかも、武力で無理やり天下を取るような独裁的な制圧ではなく、貿易による経済立国を一家(つまり平家)あげて目指したあたり、かなりの懐の広さと先見の明が見て取れる。
さらに、厳島神社や平家納経などに見られる美的センスも心くすぐられるし、平家一門には笛や琵琶などの名人がいて音楽の素養もある。なかなか文化的なレベルも高いのである。
そして、敵の子供(後の頼朝と義経)を「まだ小さくて可哀想だから」と命を助けたりしているほど(そのおかげで滅びてしまうわけなのだが)人道的だったりもする。
今回音楽を書くドラマの「主人公」なのでどうしても少々贔屓目になるが、それを差し引いてもなかなか魅力的な人物に思えてきた。
□ゆかりの地めぐり
と、主人公である清盛像について調べつつ、イメージを探りに、京都の六波羅蜜寺、神戸の清盛塚、宮島の厳島神社…と、ゆかりの地を訪ねる旅も試みた。
京都の「六波羅」は、平家の元々の本拠地(清盛の実家)があった場所。かつては東山一帯(現在の清水寺から祗園の界隈まで)に広大な屋敷群が広がっていたそうだが、今はその中ほどの位置に小さな「六波羅蜜寺」がぽつんと残るのみ。そこに置かれている有名な清盛の木像も、小さくつつましい。
そして、清盛を祀った西王子八条の「若一(にゃくいち)神社」。六波羅とは反対の京都の西側は、天下を取った清盛の館「西八条御所」があり、最盛期には5万坪の敷地に五十もの館が建っていたと言う。往事の面影は微塵もないが、樹齢数百年の楠の大木(清盛が植えたという伝説があるそうだが、それはないだろう)が良い雰囲気を出していて、出世の神様として祀られていたらしく、石像が建っている。
さらに京都と並んで清盛ゆかりの地が「神戸」。清盛が京都から遷都し、貿易港としての現在の神戸の礎を築いたのが「福原」の都だが、残念ながら今は影も形もない。それどころか、どの辺に何があったのかすら定かでないという。
今も残るのは、兵庫駅近くの能福寺。ここは清盛が剃髪して出家した寺で、小さな清盛公墓処がある。近くには鎌倉時代に建てられたという供養塔と琵琶塚、そして戦後建てられた清盛の石像がある。
それにしても、「平家物語」では「おごる平家」と非難されたほどの栄華を誇ったはずなのに、京都や神戸を回っても、あるのは後世に作られた小さな像や供養塔くらい。いくら千年近い昔のこととは言え、ここまで何も残っていないとはと逆にちょっと驚いたほどだ。
(ただし、その後、「次回の大河ドラマは平清盛」と発表されてからは、あちこちから清盛本が出版され、清盛展だの清盛スポットだのが登場。状況はあっと言う間に変わりつつある。これから一年で、日本人の「清盛像」がどのくらい変わるのか、ちょっと楽しみだ)
*
□音楽作り
資料を集め、取材に回り、本腰を入れて音楽作りに取りかかったのが、5月頃。
大河ドラマは、丸一年間にわたって毎週放送され、全部で50話。(1年53週のうち年末の数回は「総集編」)。音楽としては、冒頭のテーマ曲のほかに、1話ごとに数分の劇中音楽が十数カ所ほど必要となるので、平均12曲として単純計算すると600曲ほどということになる。
それを、かつては
毎回台本を見て曲を付ける部分を打ち合わせ
→その部分の時間と秒数を計算し
→それにM1〜M12のようにナンバーを付けて作曲し
→スコアを書いてそこからパート譜を起こし
→演奏家をスタジオに集めて録音し
→それを映像に当てて編集する・・・という作業を1年間にわたって行っていたそうだ。
当然ながら、作曲家は毎週数回NHKに通う状態が丸一年間続くヘビーワークになるわけで、音楽を担当することになるとNHKの近くに部屋を借りて通ったほどだったという。
(実を言うと、もし現在もそのようなシステムだったら、この話、引き受けていない。私は、弟子も助手もいない完全一人制の手工業。三十代の若い頃ならともかく、体力的にもとても無理だからだ)
しかし、最近は、数回に分けて1年分の音楽を収録し、それを選曲して場面に当てる方式を採用している。そのため、丸一年間拘束されるという大変さはなくなったが、逆に言えば、台本や映像がまだないうちに、一年分の音楽をまとめて書き下ろさなければならないことになるわけで、かなり大変な作業であることに違いはない。
□モチーフ
物語の「世界観」を模索すべく今回の「平清盛」の世界をざっと見渡してみると、大きく3つの勢力が拮抗していることが分かる。
ひとつはもちろん主人公である清盛が属する「平家」。
そして、その永遠のライバルである「源氏」。
この2つの武家の勢力に、大きく覆い被さるのが「朝廷」や「貴族たち」。この3つの勢力が三つ巴になって展開してゆくのが今回の大河ドラマの基本構造ということになる。
そこで、具体的な作曲作業はまず、「平家」「源氏」「朝廷」という、物語の中の三つの大きな勢力に関するモチーフを作ることから始めた。
1が、主人公「清盛」のモチーフ。
これは音楽部分の基本モチーフ(運命のモチーフのようなもの)。全体の半分近くがこの動機の変奏で出来ていると言ってもいいくらい頻繁に出て来る。
原形は、一番最初にイメージ画像として見せてもらった「青竜刀を持ってそそり立つ若き清盛」の姿から生まれたもので、刀をすらりと抜き、雄叫びを上げるイメージから来ている。
2は「源氏」のモチーフ。
対する、ライバルや敵のイメージは、もう少しドスが利いていて、大地を這うような感じの息の長いメロディのモチーフ。これは師匠(松村禎三)の師匠にあたる伊福部昭風の、ちょっと怪獣映画っぽい「低音ブラスでユニゾン」を目指したもの。
3は「朝廷」のモチーフ。
もうひとつ、雅楽風の「雅さ」を漂わせるのが「朝廷」のモチーフ。これは「今様」(当時の流行歌)の節回しを意識したもので、基本はいわゆる平安貴族風の雅なイメージだが、変奏の仕方によっては暗くて不気味な響きも漂うように考えた。
□遊びをせんとや
そして、もう一つの大きな課題は、平安末期の流行歌を集めた「梁塵秘抄」に収録された最も有名な歌の一つ「遊びをせんとや生まれけむ」だ。
遊びをせんとや生まれけむ
戯れせんとや生まれけん
遊ぶ子供の声聞けば
我が身さえこそ揺るがるれ
これはドラマ全編を通しての「メインテーマ」的な存在で、最初期の台本案には「平清盛〜遊びをせんとや生まれけむ」と記されていたほど、全体を貫く大きなイメージである。
当時どう歌われていたかは想像するしかないが、時代考証して本格的に「今様」風に作ったのでは(♪あ〜〜〜〜〜そ〜〜〜〜〜〜び〜〜〜〜〜〜を〜〜〜〜〜〜というような)きわめて間延びした歌になるうえ、現代の私たちには歌詞が聞き取れない。
そこで、旋法としては平安(雅楽)の香りを残しつつ、ピアノやオーケストラでも変奏可能なもの。分かりやすくシンプルでありながら、微妙なゆらぎを持ち、繰り返しドラマの中で聴かされても飽きないもの。さらに、歌い手の思い入れによってメロディの形が微妙に変化できるもの・・・を目指し作曲することになった。
ちなみに、このメロディ、「初音ミク」というヴォーカロイド(歌声をサンプリングし日本語で歌を歌わせることが出来るソフト)で試作を重ねて作成している。
もともと「歌詞を歌わせる」ことが目的のソフトなので、こういう「歌」の作曲には向いているのだが、平安時代の「今様」をコンピュータのヴォーカロイドで歌わせる…というのは、考えてみれば結構不思議な組み合わせと言えなくもない。
実は、彼女に本番の劇中歌およびテーマ曲を歌わせることも考えていたのだが、最終的には「すべて生音で」という原則もからんで採用にならなかった。テーマ曲の最後に聞こえる歌声が「初音ミクっぽい」のはそのせいだが・・・ちょっぴり残念ではある。
(もし実現していたら、タルカス以上にネットの話題を集めたかも知れない)
□変奏(ヴァリエーション)
続く作曲作業は、この大きな4つのモチーフのバリエーション(変奏)を作ってゆくことだった。
具体的に言うと、それぞれのモチーフを「早くする」「遅くする」「暗くする」「明るくする」「重くする」「軽くする」というような形で変形させて行き、なるべく多くの「タイプの異なった楽曲」を作ることである。
ドラマには当然ながら「戦いのシーン」や「感動のシーン」あるいは「明るいシーン」「暗いシーン」そして「なんでもない日常のシーン」など様々な場面があるわけだが、その多種多様なシーンごとにいちいち音楽を考えて600通り作るのでは膨大な作業になる。
さらに、50回のドラマで毎回毎回、作曲者と演出(監督)と音響(選曲)が顔をつきあわせて「ここはこの曲だ」「いや、こっちの方がいいんじゃないか」と延々やっていたのでは、時間がいくらあっても足りないし、意見が対立し始めたら収拾が付かなくなる。
そこで、今回は、どんなシーンにも適応できるように、さまざまなタイプの音楽を「想定」し、できるだけ多くの違った楽曲を増やすことを心がけることにした。
そうして出来た楽曲を素材棚に並べて、音楽の「パレット」のようにする。その中から「選曲(音響)」の専門家がシーンにあった楽曲を選び、嵌め込んでゆく…という方法である。
ちなみに、この4つのモチーフ、物語の中では複雑に絡み合う。
例えば、主人公の清盛自身、「平家」の長子でありながら白河法皇の御落胤という「朝廷」の要素も併せ持つ二重構造の存在で、さらに「源氏」の義朝とはライバルであり友人でもある。
それに「遊びをせんとや」のモチーフが、物語の全体を大きく貫くライトモチーフ(主導動機)として絡んでくる。
この三つ巴+αの世界を「対位法」として掛け合わせ重ね合わせることで、そこから生まれる音楽が8つにも16にも増殖してゆく仕掛けである。
(このやり方は、「ドラマ音楽初体験」で「純音楽畑(人にあれこれ言われて書くのは苦手!)」の私が、もっとも効率よく機能的に作曲するには…と考えて最終的に選択したもの。
普通は、制作サイドが「こういう曲を書いてください」という数十曲に及ぶ注文リストを作り、それに沿って楽曲を納品するのがプロの常識らしい。念のため)
□テーマ曲
本編の音楽の素材がある程度固まり始めた7月頃から、その「素材」を組み合わせる形で「テーマ曲」を作り始めた。
作曲作業はMacの楽譜作成ソフトFinaleで行った。
前述のモチーフを元に、まず簡単なアンサンブルスコア(木管・金管・弦楽器+パーカッション…で5〜6段)を作り、それをソフトの内部MIDI音源(ソフトシンセ)で鳴らして、AIFFなどの音源データを作成する。
それをiTunesを通してCDに焼き、「サンプル音源集」としてディレクターや音響担当に送るわけである。(数十曲単位の場合はデータ量が大きいのでCDに焼くが、単品の場合は〈宅ファイル便〉で送ったり〈iDisk〉にデータを転送する形でやりとりを進めた)
この種の作業は、むかしは、ピアノで弾いて聴かせたのだろうか? 楽譜だけでどんな音楽か分かる監督やディレクターなどちょっといそうもないから、あるいは、録音するまでどんな音楽か誰にも分からなかったのかも知れない。
しかし、現在ではオーケストラ曲でもかなりの精度で「サンプル」として聴くことが出来る。便利な時代になったと言えば言えるが、作曲家としては、「作曲」したうえ「音源」を作り「CD」を作る処まで(くどいようだが一人で!)やらなければならないので、楽になったわけではない。念のため。
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最初にサンプルとして制作した「初稿(初号機)」は、実は17歳の頃に書いた「架空の大河ドラマの音楽」を元にして作成。前述の「天と地と」を見ていた高校生の頃、大河ドラマっぽい音楽を思い付いて書いた「とっておきの」もの。
当然これはかなり「大河ドラマっぽい」仕上がりだったのだが、サンプル音源を聴いてもらったところ「大河ドラマっぽすぎますよね」「そうですね」というやりとりであっさり却下(笑)。
とは言え、捨てるのももったいないので、本編音楽でも「決意」として収録した。収録の時に指揮の藤岡幸夫氏が(ひと言も説明しない内から)「この曲、いいじゃないですか。一番大河ドラマっぽいですよ」と叫んだ曰く付きのもので(笑)、ドラマ本編でもキメの場面などで登場する。
その後、第1稿(壱号機A/B)・第2稿(弐号機・甲/乙)と、試作品を作ってはボツにする…という繰り返しがしばらく続いた。
しかし「試しに作ってみる」とは言え、すべてフルスコアを書きあげたうえ試聴用に仮音源を制作するのだから、たっぷり半月かかるうえに、普通なら作品委嘱一曲分の大仕事。ちょっとした家を一軒建てる手間なのだ。
(さらに、同時進行でドラマ本編音楽の50曲ほども進行中!。何度も言うが、弟子も助手もいない完全一人制の手工業なのである)
それを「ちょっと作ってください」「あ、やっぱりこれは違いますね」ではたまらない。
この辺からかなり「鬱」状態になる・・・(^_^;
□テーマ曲最終稿
そして、最終稿に当たる「第3稿(参号機)」のスコアが完成したのが8月末。
震災後初めての大河ドラマということもあり、冒頭はある種の鎮魂の意味を込めて「静かに」「繊細に」始めたかった。(本来なら派手に始まるのが掴みとしては確実なのだろうが、それは出来なかった)。冒頭は、舘野泉さんの左手のピアノによる「単音」のメロディで(祈るように)始まる。
しかし、繊細の奥に力強さと激しさを秘めたそのメロディは、やがてフルオーケストラにエネルギーとなって伝わり、次の瞬間マグマのように噴出する。これが続くアレグロ部分。ここは、5/4の変拍子でタルカスと呼応すると共に、日本人の「不撓不屈」のたくましさとダイナミズムを描いたつもりである。
そして、疾走と復興の後に聞こえる「子供の声」は、冒頭の歌に回帰する「輪廻」でもあり、未来から聞こえる「遊びをせんとや生まれけむ」と歌う子供たちの声でもある。
そんな思いと同時に、この版は「2分30秒で清盛の生涯を描く」ということを目指してもいる。
冒頭が「遊びをせんとや」と呟く少年時代(ピアノソロ)。やがて独立して「清盛」を名乗り(清盛のテーマのオーケストラ強奏)、日本統一に向けて疾走(アレグロの変拍子リズム)を始める。
しかし、栄華を極めた解放感に満ちたメロディが鳴り響いた次の瞬間、低音ブラスで「源氏」の影が迫り、数度にわたる衝撃(負け戦と病気)のあとガラガラと平家の世は崩壊。最期にむかしの「遊びをせんとや」の歌声を遠くに聴きながら、すべては歴史の彼方に消えてゆく…という構成である。
この稿は、最初オーケストラのみで書かれたが、「曲の最後は実際に〈声〉で歌うのもアリかも知れませんね」という話が出て、急遽「歌い手」(サンプルは「初音ミク」!)を探すことになった。
声のイメージとしては、訓練された歌い手ではなく「普通の子供が普通に口ずさんでいるような」というもの。その時点では当てはなかったのだが、演出チーフの柴田岳志さんからの推薦もあって、大河ドラマ「龍馬伝」や「坂の上の雲」に出演経験もある子役(というより小さな女優さん)松浦愛弓さんに歌ってもらうことになった。
歌の最後に聞こえる「笑い声」は、彼女の声を収録中、その方が何となく「プログレ」っぽいかな…と思いついてのアドリブ(笑)。むかし、NHK電子音楽スタジオで制作した「マーマレイド回路」(1984)でも、同じようなこと(曲の最後に「周期律表」を読み上げる子供の声と笑い声が聞こえる)をやったことがある。
余談ながら、万一(万々が一)また震災のような不幸な事件が起きたときに備えて、テーマ曲の「笑い声なし版」も作ってあるのだが、それは蛇足の蛇足の裏話。
□平安プログレ
もうひとつ、演出側から出されたリクエストが、一昨年私が制作した「タルカス」のオーケストラ版を使いたいということ。そして、舘野泉さんのピアノで私の旧作「5月の夢の歌」の旋律を使いたいということの二つだった。
平安時代を描く大河ドラマに「タルカス」のようなロックの作品を使うというのは奇妙な組み合わせだが、今回の「平清盛」の世界は、雅楽や箏が鳴り響くような「雅な平安時代」ではなく、ダイナミックでプログレッシヴ(先鋭的)な世界=《平安プログレ》がテーマ。その「イメージソング」的な音楽という位置づけである。
そして、もうひとつの「5月の夢の歌」。これも平安のイメージとは程遠い…ピアノの(いわゆる「癒し系」の)メロディ。「タルカス」とは全く正反対のキャラクターだが、今回の物語の優しい部分、清盛を取り巻く家族の心の「絆」のイメージ曲として是非とも欲しいという。
そのこと自体は光栄な話だが、ドラマの音楽で、作曲者の既製の音楽(既に発表した音楽)を使う、というのはあんまり聞いたことがなく、知らない人が聞けば「作曲家の手抜き」と取られかねない。
さらに、現実問題として、この2曲とバランスを取るべくほかの曲も作らなければならないし、なによりこの2曲と並ぶレベルで音楽を書かなければならないことになる。(つまり「タルカス」と並ぶハイテンションの曲を書き、「夢の歌」と並ぶ癒しの曲を書け!ということなのらしい…>_<…
というわけで、これは随分ぎりぎりまで結論持ち越しとなったが、「タルカス」も「夢の歌」も、他人の曲を使うわけではなく「音楽:吉松隆」であること、「タルカス」の作曲者キース・エマーソン氏らの権利関係がOKとなったこと、などから最終的にはGOサインが出ることになった。
□音楽収録
・テーマ曲
そして、音楽の大枠が出来始め、いよいよ最初の収録である「テーマ曲の録音」が行われたのが9月末。場所はNHK509スタジオ。
NHK交響楽団が担当するのは大河ドラマ50年来の伝統。指揮者も毎回中堅どころが抜擢され、今回は(「鳥たちの時代」の初演などで昔から顔なじみの)井上道義氏である。
テーマ曲は2分30秒だが、万全を期して収録のスケジュールは2時間以上たっぷり取ってある。しかし、相手はクラシック楽曲や現代曲を日々演奏している一流オーケストラ。映画音楽的にメロディを歌い上げるだけのやさしいスコアでは演奏者に退屈されてしまうし、15分もあれば録音が終わって帰られてしまう・・・と裏情報で聞いていたので、スコアは(退屈する暇を与えないように)みっちり書き込んだ(笑)。
編成は3管編成。ホルンは6本に増強し、パーカッションは6人。ハープと左手ピアノが加わる。曲は「静」「動」「静」の3パートからなり、冒頭の「静」は舘野泉さんの左手ピアノが主役。そしてオーケストラは「動」のロック風変拍子で疾走する部分で全開になるという構成だ。
弱音で叙情的な「静」の部分は、N響の美しくクラシカルなサウンドで問題なくOK。
問題は、「動」の部分。なにしろ本編では「タルカス」も登場する「平安プログレ」の世界。アレグロはどこまでもダイナミックでなければならない。しかし、クラシックの演奏家は本能的に「美しく」「きれいな」音を目指すので、どんなに「速く!」「ダイナミックに粗っぽく!」と叫んでも、上品さが抜けない。例えて言えば、時速100㎞で走っても、ロールスロイスが巡航速度で走っている感じと言ったらいいだろうか。ここはやはりエンジンをバリバリ唸らせて疾走する国産車(?)が欲しいのだ。
結局、1時間ほどかけて指揮の井上道義さんが「もうこれでいいんじゃない?」という完璧テイクを仕上げてくださったが、それをばっさりNGにし、さらに「理性かなぐり捨てて暴走してください!ロックしてください!」と叫んで録り直し。
かなり顰蹙?を買ったが、結局、それが最終テイクになった。
・本編音楽
一方、テーマ曲以外の本編の音楽は、藤岡幸夫指揮東京フィルの演奏。藤岡氏はイギリスCHANDOSでの私の作品集CDを7枚も録っている旧知の仲。
大河ドラマは、テーマ曲こそフルオーケストラだが、ドラマ本編の音楽は中〜小編成のアンサンブルでやるのが普通。(すべてオーケストラで書いて収録したら、お金がいくらあっても足りないし、作曲家の命も危ない・・・)
ところが、今回は丸2日オーケストラ(さすがに2日目は、少し人数を減らして弦楽オーケストラ中心だったが)をフル稼働させるという豪勢な音楽収録になった。
収録したのは2日で計50曲ほど。
第1日目は、冒頭にまず「タルカス」オーケストラ版の抜粋2分ほどのテイクを3パターンほど収録。そのあと、主人公「清盛」系の8曲、「源氏」系とコラール系の10曲を収録。
ちなみに、スタジオ録音では大まかに言って1分の音楽を録るのに30分前後かかる。
というわけで、3分前後の曲を10曲(30分)録音するのに5時間。13時に収録を始め、18時終了。
第2日目は、舘野泉さんのピアノをフィーチャーした「夢詠み」「友愛」「安息」の3曲と、弦楽オーケストラ+数種の楽器という編成のものを20曲ほど収録。
録音ブースを分けることで、弦楽アンサンブル・ソロ楽器・ハープ・打楽器などをマルチで録音し、Aの曲の「ソロ楽器ありバージョン」「ソロ楽器なしバージョン」というように、同じ楽想の別バージョンを作成する裏技?も駆使。最終的には計30曲近くを作成した。
さらに第2日目後半は、雅楽(伶楽舎)も収録。劇中で清盛が剣を持って舞を舞うシーン、忠盛(清盛の父)が舞を舞うシーンの音楽のほか、「遊びをせんとや」の旋律による雅楽など3曲を録音。
そのうち一曲(剣ノ舞)は弦楽アンサンブル+パーカッションにさらに編集で特殊奏法によるノイズを加えて作成。(これは個人的に一番《平安プログレ》っぽくてお気に入りである)
・紀行の音楽
また、ドラマ本編の音楽とはちょっと別枠になるが、大河ドラマでは、ドラマの本編が終わった後に1分半ほどの「紀行」というミニ番組が放送される。
ドラマのゆかりの地などを紹介するもので、そのBGMに流れるのが「紀行の音楽」。春夏秋冬の季節にあわせて1年で4回(3ヶ月ごとに)模様替えをするので、音楽も年間で4曲必要になる。
というわけで、まず1月から3月まで流れる音楽用に、劇中でも登場する「夢詠み」という曲を、ピアノ:舘野泉さん、ヴァイオリン:木嶋真優さん、藤岡幸夫指揮東京フィル(弦楽セクション)の演奏で収録。
若い女性ヴァイオリニストの木嶋さんは、ジャパンアーツからの推薦。1分半の短い音楽で、しかもピアノの背後に流れるオブリガート旋律なのだが、音が鳴った瞬間に空気が変わるような存在感は「ただ者ではない」という印象。
ちなみに、この曲の原曲は、昨年、二十絃ソロのために書いた全5曲からなる「夢詠み」の中の第1曲(壱の夢)。これはCD「吉松隆:夢詠み/吉村七重」(Camerata Tokyo)で聴ける。
*
1月8日(日)より毎週日曜日放送
NHK総合テレビ:20:00〜
BSプレミアム:18:00〜
NHK公式HP「平清盛」
CD「平清盛〜オリジナル・サウンドトラック」
CD「タルカス〜クラシックmeetsロック」
・参考Blog「ロックmeetsクラシック」
CD「夢詠み・吉村七重」