« 2005年12月 | トップページ | 2006年2月 »
ヤマハ銀座店のインストア・イヴェントで、パ・ドゥ・シャ(ピアノ:小柳美奈子、パーカッション:山口多嘉子)のCD「チェシャねこ風パルティータ」の発売記念ミニ・コンサート。曲も何曲か提供し(タイトル曲、プレイアデス舞曲集、4つの小さな夢の歌)、スーパーヴァイザーも務めたので、ちょっと覗きに行く。
ピアノとパーカッションのこのデュオ、ピアノはともかく、パーカッションの方は通常のシンバルやトムトムなどのほか、ヴィブラフォンとマリンバとグロッケンシュピールも加わる(それを一人で弾くのだが)ので、フルセットを揃えるとトラックまるまる1台分の量がある。運び込むのもセッティングするのも大変なのだ。しかも、休日の銀座のど真ん中でのイヴェント。どうするのかな…と心配していたのだが、考えてみればヤマハは楽器店。売り場に全部(売るほど)あるのだった(^_^)。
夜、日本音楽集団の定期演奏会での拙作「星夢の舞」の上演を聴きに千駄ケ谷・津田ホールへ。3月にはCD録音も予定されているので色々細部もチェック。
横笛・尺八・琴・三味線・琵琶・和太鼓などが並ぶ邦楽器ばかりのアンサンブルと言うと「日本の伝統音楽」を遵守しているように聞こえるが、実は笙・篳篥と尺八が合奏するなんてあり得ないし、三味線と琵琶が同じ舞台に乗るのもあり得ない。要するに、これは始めから異種格闘技オーケストラであり和製ビッグバンド・ジャズなのだ。というわけで、全7曲ダンス・ダンス・ダンス。
ついでに「舞妓」と書くと「ブギ」と読めるじゃない?というわけで、フィナーレは邦楽器によるブギウギ・ロックンロール・パーティ。
お客にはウケるけれど、真面目に邦楽の精神を追究している人にとっては、これは「反則」なのだろうなあ。でも、音楽の反則には東京地検は動かないけどね(笑)。
祝モーツァルトの誕生日。生きていれば250歳(笑)。朝のテレビの情報番組などでもモーツァルトを流していたが、ふだん芸能レポートなどやっている人たちが「もーつぁると作曲こーきょーきょくだい40ばんトたんちょー」などと声に出して言うのを聞いていると、物凄く気恥ずかしくて背筋がムズムズするのはなぜ?。 話題としても「最近モーツァルトの曲が100曲入ったCDが3000円でお買い得」とか「聴いていると頭が良くなるそうですネ」とか、なんだかドラッグストアで売ってる健康サプリの紹介みたいなレベルだし。
そう言えば、本家ウィーンでDNA鑑定にまで持ち込まれた鳴り物入りの「モーツァルトの頭蓋骨?」も、結局「源頼朝公15歳の時のしゃれこうべ?」みたいな話で終わったらしい。なんだか彼のキョホホという笑い声が聞こえそうな話だ(笑)。それでも、クラシック界は今年1年モーツァルトで儲けるのに忙しく、天才は死後250年たっても「いじくられ」続ける。
そのモーツァルトの誕生日に合わせたのか、仕事で使っている楽譜ソフトの最新ヴァージョン「Finale2006」が届く。今回のヴァージョン・アップの目玉はソフトウェア・シンセ(コンピュータ本体の内部音源)としてオーケストラの楽器のサンプル音源 Personal Orchestraが付いたこと。ピアノ(Steinway)を始め管楽器やストリングスなどなかなか生っぽい音で、「書いた楽譜がそのまま音になる」という作曲家にとって夢のような道具が、ますます完成形に近付いた感がある。
朝日新聞連載「ツウのひと声」掲載。今回は、モーツァルト生誕250年以外の生誕没後年特集。ちなみに、ショスタコーヴィチ生誕100年、シューマン没後150年、バルトーク生誕125年、リスト没後120年、宮城道雄没後50年などなど。
…と、西洋ではもっぱら50年とか100年が一区切りだけれど、そもそも音楽や時間は「12」や「60」が1単位。オクターヴは12音だし1日は24時間、1時間は60分で1分は60秒、1拍1秒ならMM=60。あんまり50とか100は使わない。ソナタは6曲で1単位だし、前奏曲は12曲、長短合わせて24曲。楽譜に書いてある速度表示の数字も…60・72・84・96・108・120…のように12進法。
考えてみれば「5」とか「10」というのは、実は「手の指が左右で10本」…という生物学的な理由以外、数学的にも物理学的にも音楽的にもまったく意味のない数字なのだ。それなのに、なぜ指は5本なのだろう?…と、じっと手を見る(笑)。
昼、正月から書き進めていたシューベルトとカッチーニの「アヴェマリア」の 左手用アレンジ版楽譜を舘野泉さんに送付。左手ピアノの曲というとどうしても近代現代に偏るけれど、舘野さんにはやっぱりロマン派を弾いて欲しい…ということから、ひそかに構想したもの。それに、今年は東京でも年末以来寒い日が続いて、仕事場では手がかじかんでピアノが弾けない事態になり、左手だけで弾くピアノ…というのに実感がこもってしまったこともある。身体(と心)の寒さに、音楽は本当にしみじみ沁みる…
午後、NHKのスタジオで「FMシンフォニー・コンサート」の収録。チャイコフスキー(同性愛)とショパン(独身&同棲)の話から「ロマン派の作曲家って、まともに結婚してまともに家族を持ったのが一人も見当たらない!」という話に暴走(笑)。確かに、フツーに人を愛せるなら普通に愛せばいい。話はそこで終わり。愛せないからこそ、その葛藤が作品に昇華する。それがロマン派ということなのだろうな。…ということは、現代も充分「ロマン派の時代」なのだ。
収録後、夜、渋谷の新和食の店に行く。お品書きに「お酒全品380円」と書いてあるので、「それは安い!」と八海山を頼んだところ、出て来たのは小さな御猪口に100cc弱(笑)。「なるほどね」。結局2本単位で頼むことに…。
夜、 ゲルギエフ&マリンスキー・オペラの来日公演「ラインの黄金」を観に行く。天上から吊るされた巨像を配した色彩的な舞台装置が話題だが、「ロード・オブ・ザ・リング」にでも出て来そうなアルベリヒの造形を含めて、どこか「ネバーエンディング・ストーリー」系のファンタジー映画風。理屈っぽさはゼロで、悪い意味ではなく「お金をかけた学芸会」風の楽しさがある舞台。11日が初日で、22日の最終日まで「ニーベルングの指環」全4夜を2回公演(東京文化会館)する予定。
それにしても、ヨーロッパのオペラを観るたびにいつも思うのは「食べ物が違う」ということ。休憩なし2時間半の舞台で、オーケストラ鳴りっ放し歌手歌いっ放し。しかも、これが全4夜の序章にすぎなくて、最終章(神々の黄昏)は6時間という長さなのだから、書く方も書く方なら、観る方も観る方だ。これはもう分厚いビフテキに樽ごとワインの世界。刺身や塩辛を肴に日本酒ちびちび飲んでいる淡泊な作曲家には、とても太刀打ち出来る世界ではございませぬ。
新春のニューイヤーコンサートでサイバーバード協奏曲を上演するというので広島へ行く。思えばこの曲、誕生から今年で早12年目。作曲家としては、作品を生み終えた後は別にすることはないのだが、時々気が向くと我が子の成長を見届けに(?)コンサートに出かけ、柱の影からそっとのぞいて「うんうん、立派に育って、お父さんは嬉しいよ」と涙を流したりするわけなのである(笑)。
相変わらず元気印のSax:須川展也、Piano:小柳美奈子、Percussion:山口多嘉子の御三方は、渾身の熱演で満員の聴衆を魅了。終演後うっかり「三人そろうと西遊記だね」と言ったところ、誰が孫悟空で誰が猪八戒かで論争になる(^_^;)。オーケストラは藤岡幸夫指揮広島交響楽団のみなさん。
三が日は、初詣での後、妹&父親のお墓参り。神社へ行って、霊園に行って、お寺に行く。別にどれも信じていないけれど、正月だけ信じたふりをするのが日本風(笑)。夜は横浜中華街で甥っ子たちと新年会。
しかし、今年は寒い。吉松家のお寺の本堂で護摩供養というのを見学したものの、あまりの寒さに身体の芯から凍える。「お寺は冷暖房完備です。夏は暖房、冬は冷房…」という住職の笑い話に誰も笑わない・・・