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2006年4月29日 (土)

アトム Concert 2006

Atom2006 アトムConcert、渋谷Bunkamura公演。フル・オーケストラと映像による子供のためのオーケストラ・コンサート。(演奏:船橋洋介指揮東京フィル。出演:アトム、ウラン。司会:中井美穂、ロボットASKA。企画制作:ジャパンアーツ、協力:手塚プロダクション、アストロアーツ、名古屋工業大学。舞台演出:クリエイション、映像:ソニーPCL)。私は原案と作曲・編曲・選曲およびイラストで参加。

 冒頭に「子供たちのための管弦楽入門」、中盤に「ASTRO BOY 組曲」という並びは2年前の初回コンサートと同じだが、今回はホールを宇宙船に見立てて、宇宙人と音楽で交信するという不思議な演出。
 後半最後のクライマックスでは、宇宙人がモニョモニョと電子音で信号送ってくるのを、オーケストラが第9を模して「友よ、そんな調べではなく、もっと喜びに満ちた歌で!」と応じ、宇宙人がアトムの歌のハミングから合唱になる・・・という仕掛けなのである。(オーケストラの方々もくすくす笑いながら第9のメロディがいつの間にかアトムの歌になるのを楽しんでいた様子)。
 最後は、子供たちとオーケストラとで「アトムの歌(空を越えて、ラララ・・・)」の大合唱。この曲、原曲はきわめてシンプルなマーチなのだが、ゆっくり鳴らすとペーソスに満ちた名旋律に聴こえてくる。緩急自在にアレンジが利く実に不思議な曲だ。・・というわけで午前午後の2回公演ともほぼ満員の盛況で無事終了。

 いや、それにしても、声というのは強い。いくらオーケストラを壮大に鳴らしても、子供たちが歌の一節を歌い出した瞬間の不思議な感動にはかなわない。音楽ってなかなか素晴らしいものだ。このコンサートを聴いて音楽に目覚め、作曲家に身を持ち崩す子供たちが出ないよう心から祈るばかりである(笑)・・・などと思っていたら、終演後の楽屋に、5歳で作曲をする天才少年くん来訪。「お、商売敵だな!」と握手する。大人げないな(笑)

2006年4月27日 (木)

BS-2 週刊ブックレビュー出演

0427_1 BS-2の番組「ブックレビュー」収録のためNHKへ。かれこれ16年ほど続いている本の紹介番組(1時間)で、前半は作家さんやタレントさんがお気に入りの新刊を紹介。私が出演するのは、後半の今年生誕250周年のモーツァルトに関する本特集。

 ピアニストの三舩優子さんと女優の中江有里さん司会で、モーツァルト入門、日本人のモーツァルト、モーツァルトの違った顔、体に効くモーツァルト…という4つの側面からモーツァルト本をピックアップ。スタンダールや小林秀雄の「モーツァルト」から、戯曲「アマデウス」やコミックスの中のモーツァルト、最後は「モーツァルト・ダイエット」まで全16冊を紹介し、調子に乗って紹介フリップのイラストまで描いてしまった。

 放送は4月30日(日)朝8時からNHKのBS-2。でも、ウチのテレビは衛星放送が映らないので見られない。こういうのを紺屋の白袴というらしい(笑)。

2006年4月25日 (火)

25日の火曜日

昼過ぎ、空が一瞬にわかに掻き曇り、
雷の鳴る荒天に。

どこかで鼠のキリストが処刑されたのか?
あるいは蟻のモーツァルトの葬儀だったのか?

2006年4月24日 (月)

アリバイ@ブログ

 ブログに日記を書いてると、日々の行動が全部ガラス張りになってしまいますよね。いいんですか?…という、心配のご意見をいただいた。

 いや、すべてをリアルに書いているような顔をして、フィクショナルな世界に導くのがブログの醍醐味(笑)。それに、最近のブログは日付指定で自動アップも出来るから、記事をいくつか事前にブログ内に非公開で溜めておけば、書き手がどこかへいなくなっても自動的に日記は更新されるし。

Acapulco_1 実は私も、そうやってブログ上ではずっと東京の仕事場にいるかのように書いていますけど、先週からずっとアカプルコの別荘にいるんですよ。全然分からなかったでしょう?



 ・・・なんてことはありません(笑)。

2006年4月21日 (金)

CDマニフィーク・ライヴ

Cd_magni CDマニフィーク・ライヴ(Victor : VICC-60487)を聴く。Gt:大萩康司、村治奏一、vn:鍵冨弦太郎、fl:藤井香織、trb:神田めぐみ、p:松本和将、perc:C.ハーディ…という豪華メンバーによる2005年9月3日東京オペラシティでのライヴ録音盤。

 私の曲も、プレイアデス舞曲集より、ギターデュオによる「さりげない前奏曲」、ヴァイオリンとピアノで「線形のロマンス」、そしてこの4人にフルートも加わった「図式的なインヴェンション」の3曲が収録されている。…と言っても、トータルで5分ほど。何しろこの曲集、どんな編成でも演奏出来るもので(笑)

 このライヴ、若手の人気アーティストが次々に登場するガラ・コンサートという趣向だが、最後に「全員で」演奏した〈ボレロ〉が楽しい。なにしろ、パーカッション+ギター+フルート+ヴァイオリン+トロンボーン+ピアノ…という世にもキテレツな組み合わせなのだ。このとんでもない編成のアレンジにチャレンジし成功させた鬼才:中川俊郎氏に拍手。

2006年4月18日 (火)

暇かヒマか、それが問題だ

Cat417 最近、微妙にヒマである。なにしろ合唱とオーケストラの大作と、コンチェルト2つの話がポシャったものだから(6日の日記参照)、手持ちぶさたというかやることがないのである(笑)。

 しかたがない、交響曲でも書くか・・・なんてヒマにまかせて書けるほど交響曲は甘くないけれど、ヒマなら暇でやりたいことはあるもので、それはそれでまた忙しかったりするのだが(笑)。

2006年4月15日 (土)

美術と国宝の土曜日

4portrait 工芸作家をやっている母の作品が展示されている「光風会展」を見に、上野の東京都美術館へ行く。

 一般公募で入選した作品も含めると、この会だけでも絵画から工芸まで約800点。しかも、同時期に会場を隣り合わせてモダンアート展、創元展、版画展、示現会展、日彫展など6つもの展覧会がひしめいているから、合計すると数千点の作品が上野のお山に集まっていることになる。
 これだけの数の作品にそれぞれ「創っている人」がいて、その数だけ「人生」があって、「悩み」があって、「困っている家族(?)」がいる…と想像しただけで気が遠くなるな(笑)。

 ついでに、国立博物館でやっている「最澄と天台の国宝」展にも寄る。邦楽作品のCDを作るので、そのジャケットのデザインの参考に…と思ったのだが、くすんだ古い仏像とお経と絵図が並ぶだけの地味な展示を、たくさんの人が行列を作ってまで観賞しているのにはちょっと驚いた。
 会場の入り口で叫んでいたお姉さんの一言「どうして、こんなのにこんなたくさん人がいるのよッ?!」…に、私も激しく同感。日本ってつくづく面白い国だ。

2006年4月14日 (金)

作曲家のひねくれた人生

Cut415 夜、NHK-FM「ベスト・オブ・クラシック」のN響コンサート生放送に解説でゲスト出演。
 ラヴェルのエキゾチックな逸品「スペイン狂詩曲」、モーツァルトの暗いロマンが疾走する「ピアノ協奏曲第20番ニ短調」、ほとんどピアノ・コンチェルトのシマノフスキ「交響曲第4番」、そして、ウィンナ・ワルツをリング変調したかのようなラヴェル「ラ・ヴァルス」という組み合わせ。ピアノはポーランド出身のアンデルジェフスキ。指揮はデュトワ。

 番組の放送時間は9時10分までで、コンサート終了予定は8時58分。そのため事前の打ち合わせでは、生演奏が終わった後、残りの放送時間は昔の録音(ベルリオーズの序曲)をDATで10分流して「お疲れさま」のはずだった。…のだが、演奏が1分ほど押してしまい、「やれ、終わった」と放送用ブースに戻ったところ、いきなり「録音が入らなくなりましたので、あと9分何か話してください」のメモが!
 
 おかげで、モーツァルトが聴衆のイヤがる短調をわざと弾いた話やラヴェルが拗ねて勲章もらわなかった話などをしゃべることになり「どーせ、作曲家なんてみんなひねくれて生きてるから、死んで100年くらいたたないと食えないンですヨ」と、言わんでも良いことで盛り上がる。
 で、最後に、司会の山田美也子さんが「それでは、ヨシマツさんもひねくれた人生をお送りください…」とにっこり。しまった。こういうのを、墓穴を掘る…と言うのだな(笑)。

2006年4月12日 (水)

クラシック音楽探偵事務所開設

Office 月刊クラシック音楽探偵事務所Blog開設。

 ジャパンアーツのHP「週刊 Japan Arts マガジン」で定期連載予定。早い話が、Japan Arts関係のコンサートで演奏される曲目について、予告編的な曲目解説を兼ねた犯罪捜査と謎解きを試みる怪しい私立探偵事務所(笑)。
 第1回は、ショスタコーヴィチの交響曲第10番。(5月23日、フェドセーエフ指揮モスクワ放送交響楽団。サントリー・ホール)

2006年4月11日 (火)

続いちめんのモーツァルト

 モーツァルト本巡りの続き・・・
*アインシュタイン「モーツァルトその人間と作品」(白水社)
*アンリ・ゲオン「モーツァルトとの散歩」(白水社)
*ドン・キャンベル「モーツァルトで癒す」(日本文芸社)
*吉田秀和・高橋英郎「モーツァルト頌」(白水社)
*篠原佳年「絶対モーツァルト法」(マガジンハウス)
*深川光司「モーツァルト・ダイエット」(ベストセラーズ)

Title 興味深かったのは、音楽療法を説くD.キャンベルの著(原題は〈モーツァルト効果〉)。モーツァルトを聴くと頭が良くなる…という類いの話は基本的に眉唾だと思っているけれど、音楽の中に含まれる高周波や特定の振動波が体の各部分へ共振する(東洋で言うチャクラの思想だ)…という視点から「ある種の音楽にはプラシーボ(偽薬)的な医療効果がある」と結論づけるなら、それは充分納得出来る。

 そもそも人間の「耳」というのは、二足歩行するに当たってバランスをとるのに最も重要な三半規管がある部分。「空間や環境そして身体の認識」と「音の重なりの認識」を同じ器官(耳)でやっていることが、実は音楽の謎に深く関わっているわけなのだ。

 だから、そのあたりを「耳は皮膚から分化したのではなく、皮膚こそが耳から分化したのだ」と言い切る(聴覚の研究者)トマティス博士の主張は面白い。つまるところ人間とは、「音を身体に共振させて感じる受信アンテナ」であり、音楽は「耳で聴く」のではなく「体で感じる」ものなのだから。

 人間という耳にとって、世界は、そして宇宙は、
 すなわち〈音楽〉にほかならない。
 人間は「考える耳」なのである(笑)

2006年4月 9日 (日)

現代の音楽を憂える青年の主張

Cut 日本人の書いた交響曲というのに興味があるという若い人に、…クラシック音楽界の〈現代の作品〉の扱いって本当におかしいですよね、と絡まれた。

 うんうん、わたしゃもう隠居の身だからよう分からんが、そうかもねえ。最近、現代音楽専門のコンサートや放送が絶滅同然になって、新しい作品が聴けなくなってるじゃないですか。そのくせ、モーツァルトだのベートーヴェンだの「もうわかった」というような過去の名作ばかりをうんざりするほど繰り返し演奏する。これって例えば、生きてる作家がたくさんいるのに、本屋にはゲーテとかシェークスピアとか紫式部とかしか並んでない…というのと同じでしょ?。

 ああ、そうだねえ。おかしいねえ。おかしいですよ。まあ百歩譲って現代の新作よりシューベルトやショパンの方が面白いとしても、じゃあ本屋に並んで平積みになってる新刊の推理小説はみんなコナン・ドイルより面白いですか?。ポップスの最新のヒット曲はみんなビートルズやプレスリーより面白いんですか?

 うう。そうだねえ。ひと言もないねえ。新しい音楽が演奏されなければ、聴き手の耳が育たないじゃないですか。で、聴き手の耳が育たなければ、才能ある作家が育たない。その結果つまらない音楽ばかり世にはびこれば、悪循環で才能のある人がますます寄りつかなくなる。自分で自分の首を絞めているようなものですよ。

 うんうん、おっしゃる通りだねえ。困ったねえ。悪循環だねえ。だからヨシマツさんも、交響曲が演奏されても1万円ちょっと…なんてビンボ臭い打ち明け話を書いちゃだめですよ!。って、わたしが悪いんかい!

2006年4月 6日 (木)

生まれなかった音楽への鎮魂の舞

Scrap ここ1年ほど書き進めていた合唱とオーケストラの作品のスケッチを、仔細あって破棄することになる。昔なら庭で焚き火でもして燃やすところだが、最近は「廃棄物の処理に関する法律」とやらで出来ず、紙屑と一緒に燃えるゴミの日に出すしかない。まったく風情も感傷も何もあったもんじゃないな(笑)。これで、もう2度と合唱を書くことはないだろう。アーメン。

 …と祈っていて、ふと思い出したのだが、むかしむかし私がまだチンピラ作曲家だった頃(今でも充分チンピラ作曲家だが)、合唱と吹奏楽方面からひどく屈辱的な扱いを受け、その時「憶えていろよ。私がどんな大作曲家になっても、合唱と吹奏楽だけは絶対に書かないからな!」と一人勝手に今月今夜の月に誓ったのだったっけ(笑)。

 あれから30年近くがたち、そこまで意固地になるのも大人げない…と思って書き始めたはずだったのだが、呪いはまだ有効だったようで、結局また振り出しに戻ってしまった。よくよく縁がないのだな。

 実は、このところ、コンチェルトが2つほど続けて流産となり、今回を含めると3つの大作が生まれ落ちずにこの世を去ることになった。でも、それはとりたてて珍しいことではない。この世界では、無事に生まれることは「類いまれなる幸運」で、無事に育つなどというのは「有りうべからざる奇跡」なのだから。

 花に嵐の例えもあるが、さよならだけが人生さ。

2006年4月 5日 (水)

いちめんのモーツァルトいちめんのモーツァルト

Mozartw 衛星放送のBook Review番組の「モーツァルト本特集」に出演することになり、このところモーツァルト関係書を探して本屋巡りの日々。生誕250周年ということもあって、どの本屋にもコーナーがあってお花畑状態。全部買って読んでた日には破産しかねない(笑)。結局、ここ数日で読んだのは・・・

*小林秀雄「モオツァルト」(新潮文庫)
*作曲家の生涯「モーツァルト」(新潮文庫)
*作曲家/人と作品「モーツァルト」(音楽之友社)
*吉田秀和編「モーツァルトの手紙」(講談社)
*井上太郎「モーツァルトと日本人」(平凡社新書)
*中野雄「モーツァルト 天才の秘密」(文春新書)
*石田衣良「I LOVE モーツァルト」(幻冬舎)
*スタンダール「モーツァルト」(創元社)
*D.ワイズ「モーツァルトの暗殺」(立風書房)
*P.シェーファー戯曲「アマデウス」(劇書房)
*ヒルデスハイマー「モーツァルトは誰だったのか」(白水社)
*高階秀爾「モーツァルトの肖像をめぐる15章」(小学館)
*木之下晃、堀内修「モーツァルトへの旅」(新潮社)
*和合治久「モーツァルトを聞けば病気にならない」(ベストセラーズ)
・中沢新一「チベットのモーツァルト」…これはチベット密教の本。
・土屋賢二「モーツァルトと猫とロボット」…これは哲学の本。
・森雅裕「モーツァルトは子守歌を歌わない」…これは推理小説。

 色々な人が色々な(勝手な)ことを書いているが、読んでいてひとつだけ思ったのは「作曲家なんかになるもんじゃない」ということだな(笑)

2006年4月 3日 (月)

浦沢直樹 PLUTO(3)

Pluto3 注目作の第3巻。最初にこの作品の第1巻に出会った時は、人間そのままの姿で登場するアトムやお茶の水博士やゲジヒト刑事に感動し、手塚治虫の「鉄腕アトム」の世界を見事に21世紀風のリアリティで翻案したその世界に快哉を叫んだものだ。確かに日本のマンガ史上に残ることを約束された作品であると思う。

 しかし、3巻目ともなると、浦沢WORLDに特有な「思わせぶり」の演出(そのあたりは手塚治虫流と言うより、「AKIRAって何?」という謎で延々と引っ張った大友克洋流か)のあざとさと、それより何より登場人物の誰も彼もが眠たそうな(悲しそうな?)無気力で暗い目をした凡人の外見をしていることに、ちょっと付いて行けなくなりかけている。

 ロボットが普通に存在する近未来の世界を描いていながらあまりにアナログな絵柄(ちなみに今回の巻の表紙がウラン!)も、始めはそのギャップこそが最大の魅力だと思えたのだが、ここまでメカニックな描写が希薄で情緒が勝ったストーリーが続くと、逆に今後の展開が心配になってくる。さすがにアトムとプルートゥの戦いは「ピカッ」とか「ドーン」という擬音だけの思わせぶりの描写ではすまないだろうし。

 彼独自の(まるでヨーロッパの文芸映画でも観ているような)風格ある絵のタッチが今のところ破綻を防いではいるけれど、ロボットと人間が共存生活をしている世界の設定も曖昧だし、そういうことを考えずに「マンガだから」と笑って読むにしては作品世界がリアルにすぎるし(笑)。もっともそれもこれも、期待度が高いゆえの不満なのだけれど・・・。

 ◇後注:これはあくまでも第3巻を読んでの印象。第1・2巻の段階ではまったくこの種の不満は感じなかったので、念のため。もちろん第4巻が出れば、また発売初日に買ってしまうのだろうな(笑)

2006年4月 1日 (土)

モーツァルトに盗作疑惑?

Mozart 今年生誕250周年を迎えたモーツァルト氏(35)の弦楽四重奏曲第19番「不協和音」ハ長調K.465(1785年。ハイドン・セットの最後の曲)の中に、同じく今年生誕100周年を迎えたショスタコーヴィチ氏(68)の弦楽四重奏曲第8番ハ短調(1960年)に登場する有名な「DSCH」のモチーフ音型が盗用されて使われていることが分かり、現在ザルツブルク王立警察が調査に乗り出している。ちなみに、第1楽章冒頭アレグロの主部に入る前に、第1ヴァイオリンで2回も出てくる。

 これが事実だとすると、モーツァルト氏はショスタコーヴィチ氏がこのモチーフを使う175年(!)も前に盗用していたことになり、このきわめて悪質な予知的盗作に対し、ペテルスブルクのショスタコーヴィチ財団は、不当に使用されていた175年分の著作権使用料の徴収の検討に入ったと伝えられる。
・・・以上4月1日のニュースでした(笑)

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