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2006年11月

2006年11月28日 (火)

傘は差さねど野暮用事

Kasa ちょっと野暮用があって、霧雨の中を傘を差さずに外に出る。

 すれ違う人はみんな傘を差していて、「この人、傘を忘れたのかしら?」という目でチラと見る。いや、折畳み傘は鞄の中にいつも持っているのだが、このくらいの雨ならそもそもイギリスでは誰も傘なんか差さないですぞ、お嬢さん。

 そう。最初にイギリスに行った時は「雨なのにどうしてみんな傘を差さないんだろう?」と不思議で仕方なかった。でも、今では「日本人はどうしてこの程度の雨にみんな傘を差すのだろう?」と首をかしげてしまう。
 我が日本にも「春雨じゃ、濡れて行こうか」(by 月形半平太)という名言があったではないか。

 もっとも、これは風流だからなどではなく、横からの雨は傘を差しても濡れる度合いは変わらず無駄だから…と解析した人が居たっけ。確かに、風流も何もあったもんじゃない。

 でも、イギリス人も「なぜ傘を差さないのか?」と尋ねると、風流も理屈もあったもんじゃなく、決まってこう答えるのだ。

 面倒くさいから。

2006年11月24日 (金)

名曲を聴くと鬼が笑う

Cond 来年、子供たちのためのコンサートの中で「クラシック名曲メドレー」という妙な企画をやることになり、渋谷の楽器店に寄ってスコアをごっそり買い漁る。

 いわく・・・ビゼー「カルメン組曲」、ロッシーニ「ウィリアム・テル序曲」、グリーグ「ペール・ギュント」、チャイコフスキー「白鳥の湖」、ブラームス「ハンガリー舞曲」、ハチャトリアン「剣の舞」などなど・・・あまりに耳慣れていて改めてスコアを読むなど考えもしなかった逸品たち。

 でも、この歳になって買うのはやっぱりちょっと恥ずかしい(笑)。それを見てどこかで鬼がクシャミでもしていたのか、風邪を引いてしまった。

2006年11月21日 (火)

現代「の」音楽

Nishim 12月に放送予定のNHK-FM「現代の音楽」(毎週日曜日18時放送)、特集「日本の作曲家・吉松隆」2回分を収録する。作曲者自身が作品を選び、その曲のCDを聴きながらMCの西村朗氏とトークするという1時間番組。
 
 現代音楽撲滅協会をやっているのに「現代の音楽」などという番組に出ていいのか?というのは色々論議を呼びそうなところだが(笑)、そもそも「現代音楽」と「現代"の"音楽」とは違う。「東京大学」と「東京"の"大学」が違うようにね。(…と言ったら、「それは言わないでネ」とやんわり釘を刺される(^_^;)。

 放送予定は下記の通り。

 第1回:オーケストラ篇(12月17日放送)
 ・チカプ(orchestra版・全曲)
 ・チェロ協奏曲「ケンタウルス・ユニット」第2楽章
 ・交響曲第5番・第4楽章
 
 第2回:アンサンブル篇(12月24日放送)
 ・アトム・ハーツ・クラブ・カルテット(全曲)
 ・チェシャねこ風パルティータ(抜粋)
 ・星夢の舞(抜粋)

 それにしても、あらためて自分の曲を聴き直してみて「なんとまあ、好き勝手なことをやってきたものだ」と半ば呆れ…半ば感心する。私以外の作曲家がもしこんな音楽を書いたとしたら…「好き勝手なことをやればいいってもんじゃないだろ!」とたぶん(嫉妬を込めて)激怒することだろう。

 でも、好き勝手なことが出来なくて何が音楽か。
 書いてしまえば、こっちのものだしね(笑)。

2006年11月20日 (月)

ライラ小景

Harp フィリア・ホールからの委嘱による吉野直子さんのためのハープ・ソロ作品〈ライラ小景〉 "Lyra Scenes" for harp solo op.99を仕上げる。

 タイトルの〈ライラ(Lyra)〉は、竪琴(リラ)および星座の〈こと座〉のこと。表記を〈リラ〉にするか〈ライラ〉にするかはちょっと悩んだのだが、宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」では「ライラの森」として登場するので、結局〈ライラ〉の方に落ち着いた。プレイアデス舞曲集などと並ぶ〈星のシリーズ〉でもある。

 ちなみにハープは、白い風景(flute,cello & harp)、夢色モビール(sax,harp & strings)などアンサンブル作品は幾つかあるものの、ソロの作品はこの曲が初めて。プロローグ〜ダンス〜モノローグ〜ワルツ〜エピローグという全5曲からなる15分ほどの作品で、組曲というよりは5楽章のソナタに近い。そのあたりは〈タピオラ幻景〉と似ている。(そう言えばタイトルも・・・(笑)
 
 12月23日(土)フィリア・ホール(神奈川・青葉台)における「吉野直子ハープ・リサイタル」にて初演の予定。

2006年11月17日 (金)

CD星夢の舞

Cd_ 20日に発売予定のCD〈吉松隆:星夢の舞〉(Camerata Tokyo/CMCD-28116)のサンプル盤が届く。

・星夢の舞(ほしゆめのまい)
 ・・・邦楽アンサンブル
・星幻譜(せいげんふ)
 ・・・笙&二十絃箏
・風夢の舞(かぜゆめのまい)
 ・・・尺八&二十絃箏
 板倉康明指揮日本音楽集団、二十絃箏:吉村七重/田村法子、尺八:三橋貴風、笙:三浦礼美・・・というみなさんの演奏による全3曲からなる邦楽作品集。(うち後半2曲は、このCDが初披露となる録音初演曲)

 ・・・なのだが、ジャケット(デザイン=吉松隆)を見てお分かりのように、ポップと言うより…かなりマンガチック。これは、間違って現代音楽マニアや純邦楽愛好家が手に取ることがないように、という配慮からである・・・(笑)

 このCD、もともとは和楽〈星夢の舞〉と雅楽〈鳥夢舞〉という二部作のカップリングで企画されたアルバムだったのだが、我が国の不思議な芸術文化振興弾の直撃を受け、あえなく頓挫。そのあたりの子細はこちらへ。
 でも、そのおかげで〈星幻譜〉と〈風夢の舞〉という可愛い妹&弟が生まれたわけで、人間万事塞翁が馬。

 それにしても、この3曲、いずれも「わび」「さび」とか「間」とかいう言葉が飛び交う「真面目な邦楽」の世界とはまったく掛け離れた、何と言うか・・・「能天気さ」に満ちていて、そのあたりは書いた当人も思わず苦笑してしまう。これが、いわゆる晩年の枯れた境地であろうか?(・・・ちょっと違うか)

2006年11月15日 (水)

現代音楽殺人事件

現代音楽を凶器にした殺人事件のプロットを思い付く。
タイトルは「シェーンベルク・コード」???(笑)

Skull ある作曲家が、大戦直後のドイツの前衛音楽作曲家シュトックハウリング氏の封印された幻の作品「Des」が収録されたレコードを手に入れる。しかし、日本に戻ってそのレコードを聴いた彼は、突然苦しみ出し死亡する。

 最初はただの病死と思われたが、友人がそのレコードを聴いたところ、同じように突然苦しみ出して死亡。そして、その音源を検証すべく視聴した音楽大学の助教授と音響研究所の所員も相次いで死亡する。その事実を知った〈わたし〉は、楽曲「Des」に含まれる特殊な不協和音の連続に致死性があると確信する。

 果たして「聴くだけで死んでしまう音楽」など実在するのか?その謎を探るべく現代音楽の作曲家ワルマツ氏に接触した〈わたし〉は、戦時中にドイツの軍用音楽研究所で兵器として開発された致死性音楽「Cis-13」の存在を知る。

 その頃、オリンピックの開会式で流される序曲の作曲を依頼された作曲家シュトックハウリング二世は、父親が残した特殊な作曲法による不思議なサウンドのパッセージを、初演の時だけのサプライズとして密かに組み込むことを構想していた。
 しかし、それが致死性音楽であることに彼は気付いていない。それが演奏され全世界に放映されたら何億人という人間がそれを聴くことになる。音楽の未来、そして人類の運命やいかに!

 ・・・以上、ハリウッドでの映画化を希望(笑)

2006年11月13日 (月)

ヴォーン=ウィリアムス・(マイ)ブーム

Rvw 10日に出演したFM番組で交響曲第5番(ノリントン指揮NHK交響楽団)を聴いて以来、ヴォーン=ウィリアムスの交響曲に改めてはまっている。

 Ralph Vaughan Williams(1872-1958)は、イギリスを代表する大作曲家。86年の生涯に9つの交響曲を書いていて、シベリウス、ショスタコーヴィチと並ぶ20世紀の偉大なる交響曲作家・・・なのだが、本国イギリス以外ではあんまり評価が高くない。

 しかし、壮大無比な大オラトリオ風「海の交響曲(第1番)」や、良質な映画を見ているようなロンドン交響曲(第2番)、美しくも暗き自然の風景を描いた傑作「田園交響曲(第3番)」、南極で遭難したスコット隊の悲劇を描いた映画音楽を元にした南極交響曲(第7番)あたりを入口にして、もっと聴かれていい作曲家だと思う。

 個人的には、イングランドの霧の向こうのはかなくも美しい風景のような第3番「田園」・第5番ニ長調が好み。第4番ヘ短調・第6番ホ短調は対照的に、第二次世界大戦の悲劇をエコーさせたようなドラマチックで陰りのある音楽。このあたりの中期の作品(年齢的には50代から70代)が、やはり彼の真骨頂だろう。

 80代を超えてからの最後の2作(第8番・第9番)は、枯れた境地に達した謎めいた不思議な曲だが、いまいちキャラクターを掴み切れない。ちなみに、第9番はなんと86歳で書かれていて交響曲作曲のおそらく長寿記録(91歳という長寿記録のシベリウスも、最後の交響曲を書いたのは60歳。老巨匠ブルックナーですら第9番は70歳の時の作である)

 このところ繰り返し聴いているのはボールト指揮ニュー・フィルハーモニアの懐かしのEMI盤交響曲全集だが、往年の名盤プレヴィン指揮ロンドン響もお勧め。最近のものではA.デイヴィス指揮BBC響の全集が、全9曲CD6枚で3000円前後!という廉価盤で手に入る。
・・・蛇足ながら、RVW翁(イギリスでは敬愛を込めてこう呼ぶ)が亡くなったのは1958年だから、まだ没後48年。ショスタコーヴィチの時も思ったのだが、著作権の切れてない作曲家の交響曲全集を、そんなに安く売って大丈夫なのだろうか?(…と、我が身に置き換えて心配になったりする(笑)

2006年11月10日 (金)

左手のためのピアノを巡って

Tatenoc Blog「月刊クラシック音楽探偵事務所」更新。

 今回は、ピアニスト舘野泉さんと左手のためのピアノを巡るお話。
 左手のためのピアノ曲の作り方についてや、「タピオラ幻景」の生まれるまで。あるいは、続編である「アイノラ抒情曲集」「ゴーシュ舞曲集」について、などなど。

ちなみに、本日11月10日は舘野さんの誕生日。古稀(70歳)おめでとうございます。

2006年11月 7日 (火)

横のディスプレイを縦にする

 コンピュータやテレビの画面というのは、なぜかすべて横長の横型と決まっている。

 確かに通常の作業では、これがもっとも効率も良く自然である。
 ただ、普通の書類はけっこう縦型として使うことが多いし、作曲でも段数の多い大型のスコアなどを書く場合は縦に段が積み重なってゆくので、縦に長い画面ほどありがたい。そこで、「縦型のディスプレイがあったらなあ」と以前から思ってはいたのだ。

 それが、つい先日、コンピュータ専門店に行ったところ、そういう製品(EIZO Flex Scan L-997)を見つけた。横型でも縦型でも使えるスタンド付きの21.3インチ液晶ディスプレイで、A3サイズ(A4見開き)を等倍表示出来るという。

Monitor 思わず「いいなあ、これ」と食指を伸ばしかけて仕事場に戻り、なにげなく自分のMacのモニタをあれこれ調べてしているうちに、環境設定のところに「回転」というのがあるのを見つけた。→

 で、「なんだこれは?」とクリックしてみると・・・
 なんとモニタ画面の中で画像がすべてが90度回転する(つまり横になる)ではないか! 
 要するに、横になって見ても(誰がそんな使い方をするのかは定かでないが)モニタが使える裏技だったのだ! かれこれ5年も使っているのに、し、知らなかった(笑)

Macmonitor_2 ←そこで早速、デュアル・モニタのうちの1台(写真左)を縦に据え置いてみた。これなら、縦長のスコア1ページ(30段ほど)がスクロール不要で画面全体に表示出来て、実に便利・・・

 ・・・と思ったのだが、そもそもモニター自体が横型限定使用を前提にした台座や足が付いていて、それを縦にして置くと不安定きわまりない。(いわゆる「横のものを縦にする」というやつだ…ちょっと意味は違うけれど)

 結局あきらめて元に戻すことになったのだが・・・
 世の中、まだまだ知らないことがあるものだ。

2006年11月 5日 (日)

秋葉原発ロボットの未来

Robot1 秋葉原のロボット・イベント(アキバ・ロボット運動会2006:秋葉原UDXビル AKIBA SQUARE)を覗きに行く。

 たいして広くないスペースに連休とあって子供がビッシリ。というわけでオモチャ売り場に迷い込んだ大人の気分ではあったのだが、30センチほどの身長のロボットたちが、軽快なステップでサッカーをしたり体操をしたりするのに、しみじみ驚く。
 これはもうサーボ・モーターの精度がここまで来たということなのだろう。もはや歩いたり踊ったりは当たり前。しかも、転んでもヒョイと立ち上がる。これの30倍ほどの大きさのものを作ってビルの街でガオーと言わせれば、もう立派な〈鉄人28号〉である(笑)。

 写真↑は左から「PLEN(システクアカザワ):230mm/700g。¥262,500」「KHR-2 HV(近藤科学):353mm/1270g。¥89,985」「MANOI AT-01(京商)340mm/1410g。¥147,000」。もう、このくらいの値段で市販されているのだ。ほ、欲しい・・・

Actroid さらに目を引いたのは、アクトロイドという人間そっくりの接客ロボット(今回は右端のモデルのみの展示)→。
 昨年の愛知万博でちらりと見た限りでは「マネキンが動いて話す」という以上の印象はなかったが、最新のモデルは肌にしろ手の動きにしろその美脚にしろかなりリアルな出来。これなら「ちょっと酔っぱらったセクハラおじさん」なら完全に人間の女性と間違うに違いない(笑)。
          *
 残念ながら現在のロボットは、いくら人間に近くなったと言ってもまだまだ〈プログラムされている通りに動く機械人形〉にすぎない。
 そもそも、電話回線に繋がっていない携帯がただの金属の箱でしかないように、個別のパソコンで操縦されネットに繋がっていないロボットは、所詮人間の形をした金属や合成樹脂の集合体でしかないわけなのだ。

 でも、やがてロボットたちは端末として世界中のネットに繋がり、そこに生まれた人工知能とリンクする日が必ず来る(と私は信じている)。
 その時こそ、すべてのロボットが「アトム」になる。

2006年11月 3日 (金)

ネットの海漂流記

 Portrait01
 ホームページ〈吉松隆:交響曲工房〉のカウンターが30万を超えた。
 というわけで、まずは、御愛顧に感謝。

 開設は2002年4月だからHP歴は4年半ほどになるが、インターネット歴としては(パソコン通信と言われている頃から数えると)今年で19年目になる。
 始めた当時(1987年)は、家庭用黒電話の受話器に音響カプラーというものを付けて「ピーーーー・キョロキョロキョロ」などという音声信号でデータを転送していた時代。モノクロ画面で文字情報しか送れなかったし、写真や動く映像を送るなんて想像も出来なかった。携帯端末でネット検索出来るなんてスパイ映画やSF映画だけの話だったわけだ(若い人にそういうことを話すと、まさに「有史以前」の話を聞くような顔になるのが面白い(笑)

 あれから20年ほどが経ち、今では全世界のサイト数は1億を超えたと言うから、ネット世界の進化は本当にすさまじい。そこはまさしく〈情報の海〉であり、その中から瞬時にキイワードを検索出来るシステムは(まだまだ万全ではないにしろ)〈魔法〉の域に達している。

Net ただし、理想的な進化をしていると思うか?と問われると、ちょっと答えに詰まる。
 そもそもネットが始まった頃の最初の理念は、お互いが持っている知識や情報を皆の共有財産とすること…(ネットそれ自体が、世界中の人間が共有する第3の脳・記憶バンクとなること)…だったはず。
 ところが、現状は(御存知の通り)商業主義がはびこり著作権問題が侵入し、ハッカーやウィルスやネット性異常人格が浮遊する(まさに現代社会の縮図というべき)奇妙な世界になっているわけで、そのあたりについては「やっぱり人間のやることは…」という失望感があるのも事実。

 それでも、この進化は止まらないと思うし、士郎正宗が「攻殻機動隊」(1991)の中で描いたように、ネットの情報の海から新しい人工的な知性が(アミノ酸の海から地球の生命が生まれたように)生まれる日も、いつかは来るような気もする。
 それはたぶん清濁を合わせ飲むだけでなく、知性や感情とともに善悪をも超越しているに違いないから、人間から生まれ落ちながら、人間ではないもの…しかも、ロボットのように現実のボディは持たないもの…ということになる。
 うーん、そんなもの見たくない気もするけれど、ちょっと見てみたい気もするな・・・

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