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2008年1月13日 (日)

佐村河内守「交響曲第1番」

Sgouch 先日、本屋の棚で「交響曲第一番」と大書した本を見つけ、思わず(吸い寄せられるように)手に取った。
 タイトルからして新人作家の音楽小説か何かかと思ったら、佐村河内守(さむらごうち・まもる)という全聾の作曲家の自伝だった。1963年に広島に生まれた(まだ四十代半ばの)彼が、作曲家を志し「交響曲」を作るまでに至る情熱と苦悩の半生を綴ったものなのだが、驚くべきはその内容の壮絶さだ。

 被爆二世として広島に生まれ、独学で作曲を学び、オーケストラを駆使して現代音楽ではない「交響曲」を書きたいと、上京して(クラシックの現代音楽界ではなく)ゲーム音楽の世界を選ぶ(確かに、オーケストラを鳴らしたいなら、クラシックの現代音楽畑よりゲーム音楽やTV映画界の方がチャンスは遥かに多い)。しかし、20代半ばで左耳の聴力を失い、作曲家として大きな仕事を始めた30代半ばで、遂に両耳の聴力を失って「全聾」となってしまう。
 まさに「現代おけるベートーヴェン」の状態なのだが、自分の書いた音楽がまったく耳では聴こえない上、24時間耳鳴りの轟音が止まらない、という壮絶なコンディションの中、現在では隠者のような生活を続けつつ、「交響曲第1番」「交響曲第2番」を書き上げ、現在「第3番」を作曲中と言う。

 ここまで読んで肝心の「音」がない、というのはフラストレイションが溜まるが、彼の交響曲はまだ演奏されたことはないとのことで、当然ながらCDは存在しない。しかし、今日ようやく彼のゲーム音楽での代表作という「鬼武者」の2枚組CD(現在は廃盤)を手に入れ、彼の音楽の一端に触れることが出来た。
 ゲーム音楽とは言え、かなり巨大編成のフル・オーケストラと多種多彩な和楽器を使ったなかなかの力作である。さまざまなスタイルの楽想がポプリのように並列しているものの、終始大真面目で時に甘いまでにロマンチック。敢えて近しい音楽を挙げるとすればマーラーか。

 当の佐村河内氏は「同情されて自分の音楽が聴かれるのはイヤだ」と書いているが、この書を読んで彼の音楽を公平に聴くことはもはや不可能だろう。それに、表紙にデザインされたスコアのページを見ただけで想像できる晦渋で巨大な交響曲を「聴いてみよう」という人間が現れるとしたら、「音が聴こえない人間が、音でどこまでの構築物を作れるか」という興味が重要なファクターになるはず。それは決して悪いことではない。

 だから、きっとこの本をきっかけに、どこかの指揮者(オーケストラ)が取り上げて初演の機会もあるかも知れない……と思いかけたが、そうなったとしても作曲者本人はそれを聴くことが出来ない、と言う事実に愕然とする。
 同じく交響曲という莫迦なものの創作に人生を費やした同志としては、「身につまされる」どころでなく、言葉もない。

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コメント

先日の池袋・東京芸術劇場で行われた
響宴という演奏会で、佐村河内さんの曲が演奏されました。
吹奏楽曲だったのですが、120人以上の奏者の上に
ダブル・ティンパニに三味線。
それはもう凄まじい音楽でした。
怒りにも似た壮絶な音楽でした。

ちなみに最後に舞台の上にいらっしゃったんですが
とても長い髪・サングラス・杖という出で立ちで
まさに現代のベートーヴェンさながらでした。

舞台の上では手話で話されていて
(というよりもアシスタントの手話に頷くだけ)
司会の方も、ロビーで本を売ってる関係者も
「全聾」という言葉を連呼していました。

佐村河内氏の交響曲第一番が2008・9・1
広島で初演されます。本を読まれた秋葉市長が感動され
実現したそうです。G8議長サミット記念コンサートのハイライトとして。私もこの新聞記事により本を読み、人生について深く考えました。

実は聴きに行きます。
これは聴かずにはおられないでしょ。

初演、
しかも

記念すべき日です。

神が与えたもうた
タラント

捧げることによってのみ
昇華されるでしょう。

今日、広島厚生年金会館で行われた「G8議長サミット記念コンサート」に行って来ました。

初めて演奏された佐村河内守さんの交響曲第一番が、本当に素晴らしかったので、家に帰り着くなりネットで検索し、ここにたどり着きました。

聞きたいと思っている人がきっとたくさんいらっしゃるんだろうな、と思い、つたないながらも感想を分かち合わせていただこうかと思い、書き込みさせていただきます。

私にはクラシックの専門知識もなく、理論的なことは何もわかりませんが、とにかく壮大で迫力のある、素晴らしい演奏でした。

きっと指揮者の秋山和慶さん、広島交響楽団の皆さんが、佐村河内さんと一緒に「核兵器の廃絶と世界平和」への思いを一つにして取り組んだからこそ、これほど素晴らしいものになったのだろうと思います。

自分に「素晴らしい」以外に表現できる言葉がないボキャブラリーの貧しさが情けないです。。。すみません。

ただ一つ私の言葉でお伝え出来るのは、あまりクラシックには馴染みがなく、曲の世界とか(歌詞がない場合)あんまりよくわかったことのない私ですが、佐村河内さんの交響曲第一番は、聞いていると、なんとなく「怒り」とか「苦しみ」とか「嘆き」、「祈り」、「祈りの戦い」、「希望」というのが部分部分で感じられたので、ちょっと難しい部分はあると思ったけど、とても心に訴えかけてくるものがある、素晴らしい作品だと思いました。

この曲と演奏が、もっともっと有名になって、世界中で聞いてもらえるようになればいいのにと思いました。きっと、ヒロシマの悲劇と苦しみ、そして平和への祈りが、言葉や映像とは別の形で、人々の心に伝わるだろうと思います。

今日テレビで初めて佐村河内さんについて知りました。
交響曲第一番の一部だけですけど聴きました。
言葉では表せないものがありました。
戦争を体験した者ではないけれど、ヒロシマの被爆者の苦しみ、嘆き・・色々なものが伝わってきました。
こんなすごい音楽があるんだろうか、て思いました。
いつか交響曲第一番を全部聴いてみたいです。
そんな日が実現できる可能性があったら、何よりも優先して聴きたいと思います。

本当にもっともっとたくさんの人に知ってもらいたいです。

初めまして。
私も昨夜のテレビで初めて佐村河内守氏のことを知り、気になって調べここにたどり着きました。
テレビではほんのさわりしか聴けませんでしたが、
それでもこの交響曲が心に訴えかけてくる感情は恐ろしいものがあるということが容易に解りました。
実況録音されたのかはわかりませんが、是非CDでの発売を願いたいですね。

作者の「同情で作品に触れられるのが嫌だ」とのコメントですが、
いちアーティストとして音楽のみで勝負したい、
音楽のみが評価の対象であってほしい
と思いたい気持ちも解らなくはないですが、
同情でなくても、被爆者二世、全聾ということがきっかけで興味を持ち
彼の音楽に触れたいと興味を持つ人も多いはずでしし、
そのきっかけが結果として音楽を広める良い要因となることを理解してもらいたいです。
そしてもっと沢山の人々に知ってもらえ、
再演、CD発売、さらには二番、三番の実演となる可能性も大きくあるのですから。

テクノロジーの進化で誰しもが自分の「作品」を容易にかたちにすることができる昨今だからこそ、
彼の音楽が埋もれてしまってはもったいなさすぎる。
そう感じさせる、耳に、心に訴えかける作品でした。
是非とも全編通して聴きたいです。

はじめまして。広島県在住です。

kikiさんが書いておられる、「G8議長サミット

記念コンサート」開催のニュースを見て、

初めて佐村河内さんのお名前を知り、

検索で貴サイトに出会い、本書に出会いました。

平明かつ純朴な口調で 語りだされる半生は

感想を書くことも ためらわれるほどの苦痛に満ち

そのさなかで、文字通り、命そのものを吐き出す

ように紡ぎだされた曲の数々。

素人の自分には理解できないのだろうな。。。。と

思いながら、それでもやはり、同時代を生きている

一人として佐村河内さんの曲を聞きたい、と

思わずにはいられません。

第三番の完成と、全作品の再販・CD化を

待ち望んでいます。

佐村河内守の「交響曲第一番」を聴くために広島で開催されたG8議長サミットコンサートへ行ってきた。
その前に東京で「吹奏楽のための小品」を聴いていたので、原爆が主題だというこの「交響曲」は、まさに現代音楽そのものに違いないと思っていたのだが、良い意味で期待を大きく裏切られた。
本来80分もある大交響曲(一楽章カットは非常に残念)だが、最後遂に訪れる6分間にも及ぶ荘厳を窮めた救済の大コラール以外、終始一貫してその響きは常に何等かの不協和音を引きずった独自調性感に支配されて暗い楽曲ではあるものの、語法は限りなく後期ロマン派に近いものであり、決して俗に言うゲンダイオンガクとは程離れたものであったことに正直驚きを隠せなかった。
一見暗いマーラーといった感じなのだが、私がこの音楽に他にない驚愕を感じたのは、紛れも無い【内実性の高さ】だった。
暗いマーラー的で内実を伴った音楽というとペッテション辺りが妥当だろうが、佐村河内守の苦悩はペッテション(晩年リュウマチと闘いながら作曲をしたとされる)それとは到底比較にならない。
佐村河内守は被爆二世の宿命を背負い生まれ〜学生時代から原爆症の重度の偏頭痛に苦しみ〜自身の音楽の最大の理解者であった弟は非業の死を遂げ〜二十代前半から聴覚障害(難聴)が始まり〜激しい耳鳴りが頂点を極めた35才にして一切の聴力を失った〜プロ級の腕前だったピアノも長年の酷使が祟り左指機能不全に至った〜耳鳴りは最重度の頭鳴症へと悪化し〜神聖な音楽室は頻繁におこる激しい発作のため血と尿と嘔吐物にまみれた地獄と化した〜やがて精神の破壊が訪れ発狂・・・そして廃人へ〜二度にわたる自殺未遂をへて〜遂に精神病院へ運ばれるに致る。
決して大袈裟ではない、佐村河内守の「交響曲第一番」には、それらの究極の苦悩が見事に内実として寄り添っていた。
恥ずかしながらその一音一音が私の胸に突き刺さり、その都度涙が込み上げてきた。
見たことのないほど熱のこもった秋山氏のタクト。演奏終了後涙を流す演奏者たち。現代作曲家の初演とは考えられない程の観客の熱狂・・・・
佐村河内守の「交響曲第一番」は、本当に素晴らしい作品だった。

はじめまして。

東京芸術劇場でのコンサートから、たった今戻ってました。佐村河内守の「交響曲第一番」、背筋が寒くなりました。今まだ、頭の中で鳴り響いています。ご本人もいらっしゃっていて、すばらしいコンサートでした。今日は、ほんとにいいコンサート、演奏でした。ただただ、感謝感謝です。第一、第三楽章でしたけど、全曲、聞いてみたくなりました。

8月14日に京都で第3楽章までのコンサートが開催されます。詳細は「福祉広場」でアクセスしてみてください。

2010年8月5日の日経新聞の最終頁の文化面に、
「作曲家魂 聴覚障害に勝つ」とのタイトルでの記事に
引き付けられて、佐村河内 守 という、
姓が四文字の珍しい名前をもつこの方の、文章に触れました。

 聴力を無くされても作曲されていることに
大変な驚きましたが、 ひとつに専心されたそれまでの
時間は、多くのものを天啓として与えられるのだと
思いました。

 8月14日には、
京都市の京都コンサートホールで
2003年創作された「交響曲第一番」が
間引かれることなく全楽章の演奏が
実現なるとの案内が記載されていました。

 ぜひ、参加したいと考えています


 今日(8/14)京都で、交響曲第一番「HIROSHIMA」を聞いてきました。ご本人も来場され、初の全曲演奏でした。
 第三楽章のマーラー風のアダージェットの「祈り・レクイェム」的な部分は、やはり背筋が…。力のこもったいい演奏だったと思います。東京に帰宅後、家族から、NHKのニュースでやっていたと聞きました。録音していたようなので、いずれ放映されるのではと期待しています。

交響曲第1番「hiroshima」をぜひ聴いてみたいです。CDやDVDは発売されいますか。購入して、聴きます。発売の情報を教えてください。

NHKTV 拝聴しました。
感激しました。
なぜか落涙していました。

これだけの「偉業のひとつ」を完成させて、聴く人がどのような環境にいる人でも、この交響曲はこころの細胞を震わせる意思をもっているのではないかと思っています。これが音楽なんだと思います。ジャンルや手法など超越した凄まじい音楽です。
でも、私は佐村河内さんに「なにか」できるかを考えた時、演奏会へ行くことや、CDを買うくらいしかできないしか、感謝をお返しできない自分に苛立ちさえ感じます。
まさに無力です。
佐村河内守という偉大な作曲家と同時代生き、新しい音楽の夜明けを感じられることに感謝したいと思います。

3月31日 NHK 総合 「魂の旋律」音を失った作曲家 田村河内守
レクイエム 感激しました。
今回もたかまる感情に支配されました。
石川利雄

これ、もう5年も前(2008年)の記事なんですね。
初音ミク(2007年)にしろ佐村河内さんにしろ
吉松さんのアンテナの鋭さと早さには感服します。

私が佐村河内守を知ったのは、吉松先生のブログのこのエントリがきっかけでした。

どうかすると、吉松先生まで今回のペテンに一枚噛んでいたのではないかと勘繰る向きも出てくるかもしれません。今後の成り行きを見守りたいと思います。

佐村河内守さんの音楽はとてもすばらしいです。
とても耳が不自由とは思えません。

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