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2014年2月10日 (月)

なるほどS氏騒動

Miro1 例のS氏騒動。いろいろな事実が出て来るにつれ「何がホントで何がウソか」と悩む人が続出しているようだが、私は逆にあの曲を聞いたときの「嫉妬」に似た感情の出所と理由がすべて解きほぐされるような現在の成り行きに(不謹慎ながら)「なるほど、なるほど」とひとり感心している。

あの「ロマン派そのまま」で「時代錯誤」で「映画音楽みたい」などなど現在言われているような悪口をすべて吞み込んだうえで、堂々と(そしてヌケヌケと)1時間強の巨大妄想に満ちたシンフォニーを書く。その「根性」と肝の座り方に私は(こんなことをやる若い作曲家が出て来たなんて!と)吃驚したと共にものすごい「嫉妬」を憶えた訳なのだが、ああいうやり方で作っていたと知り(結果的におまえも共犯やろ!という罵声も小鳥のさえずりにしか聞こえないほど)すべてが納得できた爽やか感に今浸っている。

なので、私としてはもう彼らのコトなんかどうでもよくて(ごめん・笑)、あの二人の間に生まれた可愛い「交響曲」がいじめられた末どこかに埋められたりしないように、出来るだけのことをしたいと思うばかり。そして、これからも若い作曲家がヌケヌケと面白い曲を書いたら「推薦」する労は惜しまないつもりである。ま、推薦されたら逆に売れなくなるかも知れないが・(^_^;

それから、そうそう、フェアを期すために彼のことについて書いた私の過去の記事にはリンクを張っておく。いずれも無名の作曲家が「一人で書いた」と信じていた頃のものだから今読むと幾分ピントはずれは否めないが、その後の反響の大きさからみると逆に「過小評価」していたとすら思えてくるところが怖い。

http://yoshim.cocolog-nifty.com/tapio/2008/01/post_ce52.html
最初に彼の本を読んだときの記事(2008/1/13)
http://yoshim.cocolog-nifty.com/tapio/2010/01/post-b821.html
最初に曲を耳にした時の記事(2010/1/14)
http://yoshim.cocolog-nifty.com/tapio/2011/05/post-dbf1.html
彼のCDサンプルが届いたときの記事(2011/5/26)

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音楽考」カテゴリの記事

コメント

先生、たびたび申し訳ございません。
友人から、「今すぐ○○ニュースを読め」とメールをもらいました。マエストロ・大野和士の言葉です。
マエストロのご意見にまったく共感しました。わたしが書いてきたことと同じです(ニュース発信よりも前にわたしは書いていました)。
日本の楽壇ではもはや自浄できないときっとお考になったのだと思います。
わたしは吉松先生のお立場は分かります。ただし、ヘンな方向に走っているのを見られた時にはなにかしていただきたかったなと思います。
持上げてた一部プロの人たちは、やはり見識が問われるのもやむを得ないでしょう。
ところで、きのうモーツァルトのピアノ協奏曲やベートーベンの交響曲をいくつか聴きました。雑念なく音楽が心に響き溶けました。音楽は素晴らしい。
いい音楽を聴きたいです。ありがとうございました

偉大なるアマチュアリズムということでしょうか。プロなら絶対作らない曲。アマチュアだからこそ成し得た曲。もちろんそれを自我を滅却し仕事(あるいは奉仕)として請け負ったプロがいてこそですが。僕はぴんからトリオの「女のみち」を連想しますね。(すげえ古いw)あんな下世話な曲絶対プロなら作らない。アマチュア(本業はお笑い)だから作り得た曲。それが200万枚を越える特大ヒットになるんだから世の中ちゅうのはわからない(こんな例えでスマンw)

吉松先生はもともと
〈社会的な良識人〉という立場ではなく
〈常識にとらわれない自由人〉というお立場ですから
モラルを説く人とは違う
(説こうと思えば説かれるのでしょうが
今のスタンス。貴重だと思います

KAさんの『交響曲=女のみち』論、笑いましたが納得です
プロが「何だ、あんな曲、しろうと丸出しだ」と言っても
現実に200万枚(ホントですか?)の大ヒット
それを「あれは漫才師が作ったんだから駄作」と非難しても・・・

大野さんクラスだから別に日本での仕事を考えなくても言えたのだろう。普通の音楽関係者では関わらない協力しないがせめてもの抵抗だったのでは?それにしても大野さんの一刀は残酷な迄に正に両断のばっさりだったわ(笑)

はじめまして(=^ェ^=)
サムやん=ガッキー騒動で、どこでもドアからたどりつきました。
旧記事のリンクからは飛べなかったんですが、
バックナンバーから読ませていただき、ブログ主さまのフェアな精神と
ユーモア感覚のファンになりましたヽ(´▽`)/
この騒動おもしろすぎて、いつか映画にでもなりそうな気がします(^O^)
ブログ主さまの役もあるかもw

なるほど、大野さんは作曲と共に野垂れ死にすることを推奨してますね。
現代音楽のうだつの上がらない作曲家が喜びそうな記事です。
彼は指揮者として世界中の人々を感動させています。それによって富と名声も得ています。ご自分は随分メジャーなことをされているのです。
現代音楽の作曲で生きてる人なら説得力もありますが、なんとなく今さらズルいなぁ~と思わずにはいられなかったです。
大野さんの指揮はまあ好きですが、あの文章(メール)は後出しジャンケンの代表格ですね。
そんな人がこれから続々出てくるかと思うと、クラシックファンとして悲しいです。

吉松さんのコメントが聞けて、大変嬉しく思います。
わたしもあの交響曲を大変面白く聴いて、事件発覚後にもあらためて聴いて、これまた面白くて至極感心した次第。

「あれは作者が一人じゃなかった!」という点が、特に腑に落ちました。
原作者のいる漫画、たとえば「あしたのジョー」みたいだな、と感じてましたから。

大野氏の仰ってることは、たとえば警察官が
「なんでわしらあの事件を事前に防げなかったのか?」
と言っているようです。

疑わしかったのなら、その時言えば良いのでは?
いや、黙っていたのは止むを得ないけれど、それなら何故今になって言うんだ?
取り上げた演奏家たちの面目はどうなる・・・?

こう言えるのも、わたしが単なる一ユーザーに過ぎないからでしょう。
真面目な警察官、もとい、音楽家なら(そして、もしわたしが同じ立場なら)、今はきっと大野氏と同じような気持ちだろうと思います。

「HIROSHIMA」めちゃくちゃ面白い曲だけれど、どこか異形というか、怪物めいているように思います。

「ソナチネ」は、それに比べると、可愛いですね、ホントに可愛い。

これも事件発覚後だからこその感想、かもしれませんが。

 話題になってるジャーナリストE氏の記事を読んだ。サーリアホとも交流のある世界的指揮者O氏を引っ張り出してくるとは驚いた。O氏の目利きに文句は出ないだろう。
 E氏の怒りもあってか熱い内容で、O氏による強く警鐘を打ち鳴らすのにはインパクトがある。
 O氏の主張にはそれぞれきっちり理由付けがあって非常に説得力がある。
 E氏の普段のジャーナリストとしての姿勢からこの問題に疑問を持ってた事がよく解る。それにクラシック愛好家でもあるから、具に状況を見ているだろう。どの人がどういう発言をして来たか、どういう発言をするのか。相当の取材ノートがある筈。纏めて欲しい。
 もの言わなかった者が今更何を言うかと言う事もあるが、総括する事は必要ではないか。社会的に問題となる事象解決のヒントにもなろう。
 E氏には日頃の記事には従えない事も間々あるが、これはグッジョブだった。
 問題視された「音楽の専門家」諸家がこれからどうするのか見守りたい。

大変興味深く読ませていただきました。
hirosima CD持ってしまってる(^_^;)一人です。

吉松先生とほぼ同じ感想でした。このHPを今日見て初めて知りましたが。
「クラッシックと現代音楽とロックやっポップスを、しっかりした作曲で
 理解して、冷静に、程よく、バランスよく、感動できる形にしてる」
感がすごい新しい!才能だ!と感じてたんです。
その証拠が、「最後まで聴けるってすごい!」でした。
クラッシックって、私好きですが、細切れのサントラぐらいしか最後まで聞けないもの。コンサートでも、途中できもちよ~くなって、うっとり至福。。
でも、hirosimaは最後まで、
次はどうなる?こうくる、こりゃロック、あー崩壊しちゃったこりゃ現代、あ~てんこ盛りで、最後は教会っぽい~いいじゃん~。
ってけっこう感動しました。
作られた真実を知って腑に落ちる納得のあの曲ですよね。

私、あの曲はけっこうすごいと思っています。

Sさんの耳が聞こえないかどうかって、ど~でもよくないですか?ベートーベンが耳聞こえなくて苦悩していい曲出来たらみんなの幸福ですよ。
Sさんど~でもよい。新垣さんがすごい。大ファン。カッコいい!
っていうか現代音楽やっぱすごい。私もう一回聴こう。
って思いました。

私吉松さんの書評も全部今見ても、そのまま納得です。
音楽を純粋に聞いて、S本人を見てないから、かける言葉だと思います。(もっと、本人見てたら良かったけど(^.^))

ディフェンスに「後出しじゃんけん」を反射的に言うマニュアルでもある?そう言うのって逆に言い訳として苦しく窮しているようにしか見えない。子供の喧嘩じゃあるまいし。

ごめん下さい。通りすがりの者です。
ひととおりS氏騒動の記事拝見しました。大変面白かったです。
といっても、この交響曲はおろかクラシック音楽自体聴かない一般大衆でございます。
障害者詐称はいけませんし、それを聴衆に聴かす道具にしてはいけませんが、しかしこのS/Nコンビの作った交響楽って、どんでもないもんだなぁって、拝読しながら思った次第。
これが「時代の異形」で終わるのでしょうか。私はもしかしたら「クラシック音楽の産業革命の狼煙」になるのか、と思ってしまったりもしました。
今までも商業音楽でオーケストラ演奏なども多用されていますし、「その延長だ」と思われれば鼻で笑われてしまうかもしれません。しかしこのプロデューサー+職人というpopsでは当たり前の形態が、蛸壺化したクラシック業界に風穴を開けて新たなクラシック音楽制作なるのかな、と。
純音楽vs商業音楽といった対立構造から止揚した音楽へ。ポップスでもロックでも映画音楽でもゲーム音楽でもTVCM音楽でも、より大衆化し下野したメロディーを、逆にクラシックのアイコンを踏まえなながら吸収し直した新しい音楽、なんてのができるようになる契機になるのかなと。
ツギハギだらけの曲だそうですが、こういう止揚過程の中でブラッシュアップされていけば、きっとそのうち一つの新たな様式とかのすごい新時代の音楽が確立されるんでしょうかね。
もしかしたら歴史の入口になるんかな?、なんて拝読しながら夢見た門外漢でした。
失礼しました。

大野さんのコメントに‘後出しジャンケンの代表格’とは何かな。大野さんが嘘言ってるとでも思ってるのかな。大野さんが世間の流れ見てから言ってるとでも思ってるのかな。そんなことまでして言う大野さんに何のメリットがあるかまで考えて言ってるのかな。言うと面倒増えるし、言わない方が楽なんだけどなあ。
大野さんは曲内容の事を言ってる。大野さんぐらいだと、仮に後から聞いてからコメント出したってなんの問題もない。ここら辺に批判されても何の影響もない。
大野さんは日本のクラシック音楽界が心配だからわざわざ言ってくれてるのに、それにいちいち言うぐらいのエネルギーがあるなら、もっと曲内容について疑いを持って検討すべきだ。
忘れた頃に、なんかまた同じ事があるんじゃないか。これだけバカ売れしたんだから、二匹目の何とか。ちゃんと検証されなければならない。
大野さんの気心も解らずに茶化すのはどうなんだろう。あなた、引っかからないでと言いたい。

「CDが10万枚売れたこと」自体は悪ではなく、むしろ現代のクラシック業界にとってはちょっとした朗報。
現代の日本に生まれたひとつの音楽を世に広めようとした人間に罪は全くない。
そもそも吉松ブログでこの曲を紹介したからといって、10万枚のCDの売り上げのうちの数百程度にしか影響はないでしょう(吉松さん、失礼)。

悪いのはS氏が関係者各所に迷惑をかける結果になったこと、そして過度な虚飾によりS氏がつけあがるのを助長した人たち。

そもそも指揮者は「演奏されるだけの価値があると判断された曲」をやる人間。
演奏会は過去何十年の間に評価されてきたクラシック曲がメインで、現代音楽でも何かしらの賞を取った人の曲と少しやる程度。
演奏会をやる立場の指揮者としてはそれは当然だし、客の入らない演奏会のために無名の作曲家の曲を探し出し取りあげは普通しない。

もちろん指揮者はスコアを読むプロであり、楽曲の解釈の能力は間違いなく高い。
けど、大野氏の言葉は現在のクラシック界で弱者と言える作曲家の立場は考えてないのではないか。
「クラシックという芸術を大切にするならば、真に価値あるものを判断すべし」とは、現在から新しい曲が生み出されるのを否するように思う。

クラシックは過去何十年にわたり評価されてきた曲が多い。
一方で現在でも古い曲ばかりが演奏され、過去の遺産を消費するばかりのジャンルでもある。
指揮者にとっては、素晴らしい曲を解釈し「指揮の芸術」を追求する余地もあるが。
「クラシックの死」とは何だろう。

所感ですが、私にはクラシックは生きてても繁殖が難しい保護動物のような物に思えます。
聴衆がいる限り、まだ死に絶えはしないと思いますが……。
イーハトーヴ交響曲ほどの意欲作でも、件の交響曲ほどは話題にならなかった。
できれば今度は嘘偽りのない曲で、あれほどの話題を呼べる曲が日本に生まれますよう……。

何か開き直りっぽいー。
O氏と読み比べると攻と防にどうしても見えるけど、説得力あるのはどっちか明らか。
「ま、推薦されたら逆に売れなくなるかも知れないが・(^_^;」→確かに、、、。まっ評論家Kさんの推薦は買わないし、叩いたら買いたいと思う笑笑。レコード会社も「お願い、Kセンセイ、ノータッチで!」となるかも
Sの疑惑も頭痛いが、浮き出て来た専門家センセイの見識問題は何かもっと深刻に見える

俺も江川紹子さんの記事を読みました。
大野さんという世界的な指揮者のインタビュー記事だそうですが
俺個人の感想だと断るものの
俺はむしろこの大野さんのインタビューいくつか非常に感心できないポイントが在りましたね。後だしじゃんけんも何も大野さんはこの
交響曲、全体を聴かず、細切れに聴いて、好きになれないと突っぱねたという話だったと思うがそれでこの音楽の素性をいぶかしむというのは少々話が飛躍してないですかね。これは推理とかなんとか言うよりまるで超感覚ですよ。
オカルトみたいだなと思いました。予言者じゃ在るまいし。
もう少し慎重に言葉を選ぶべきだと思いました。音楽の専門家の言うことという以前に社会人としてもう少し常識をわきまえるべきではないかと。
もう一つ感心しなかった点はクラシック音楽の伝統に関して今日日ずいぶん歯の浮くようなきざな見解だなと俺個人は思いましたね。
俺はクラシック音楽は8割からほとんどは駄作のオンパレードだと思いますよ。
むしろどんな芸術にしたってそれが普通でしょう。
そういう中から頭を出してくるのが傑作あるいは天才なんですから。
モーツァルトの音楽なんて9割がた聴く値打ちはないはずです。
こんな曲だってそれこそ残っているくらいですからね。
http://www.youtube.com/watch?v=dz1tj2tu794
聴いてみてください。
どちらかというと演奏の現場の演奏家たちの超人的な技術で今日的な存在意義を与えられているように思います、ほとんど演奏家の力の賜物ではないでしょうか。
今時こんな霞を食って生きていけるというようなものの考え方は相当に俺はださいというより先行き不安だと思います。
オーケストラのリーダーなら音楽をもうすこしビジネスライクとは言わぬまでもファイナンシャルにというかマネジメントできる資質が必要だと思います。
読んでて非常に不安になりましたね。クラシック音楽の将来が。
後江川紹子さんはオウムの頃からあまり進歩のない人だなと思いました。
ジャーナリストならこの大野さんだけではなく、ほかの音楽関係者に幅広く話を聞きにいくべきじゃないでしょうか。
自分に都合のいいことを言う専門家にだけ、それも世界的な指揮者の言うことなら金科玉条のように受け取って誰も逆らいはしないだろうとばかりにこの指揮者のインタビューですべてを済ませている。
これなら多くの音楽家に話を聞いて回った最相葉月さんの絶対音感の方がもっと迫真性が在る。
俺はどうもあまり共感できませんでした。
ちょっと優等生的すぎてどうも気に入りませんでした。話の調子にかなり腹が立った。

しかしあの新垣さんほどの方がいくら息抜きの余興というべきゴーストライターの仕事とはいえ、そんないい加減なことをやりますかねえ。
やってるうちに楽しくなって興が乗ってきて面白い音楽をつい書いてしまうというのはあり得る話だと思います。
あと、推薦というのは人を持ち上げてスターダムに押し上げる手伝いをする訳ですから、話を少々大げさに言って面白くするというのは、あるいは気の利いたことを言って世間の耳目を集めようとするのは当然です。
ただ三枝さんの場合、村上龍なんかと同じで女性のミュージシャンを持ち上げることが多かったのでこの件に関してはかなり意外ですが、それを悪いと言ってしまうと今後いかなる分野でも人の応援ということができなくなる。
例えばの話、選挙演説で候補者の応援にたった人を後から当選した政治家がとんでもなかったからといってそうそう批判するのもどうかと思いますね。
その時々に応じていろんな事情あ在ります。

〈現代曲を、まことしやかなものするために、お墨つきを与えた、音楽関係者の罪は、重いと思います。

現代曲のメガヒットと言われているそうですが、現代曲は、百年ほど前から、無視を超え非難を超え、人々に広がったからこそ、現代曲と呼ばれるているのだと思います。じわり、じわりと、歴史の中に浸透しているからこそ、音楽関係者が自らの存在の意義を振り返る礎として、演奏され続けてきたのだと思います。

千枚の売り上げといった今日的な文句も、その歴史を前にすると、あまりにも表層的なものに思えます。いにしえの人々の魂にじっと耳を傾けながら、今に生き、未来を展望するのが、現代音楽家の役目だとすると、今回の出来事は、その根元に水がいかなくなったような状態といえばいいのでしょうか。自ら招いた現代曲の死ですね。〉

南無阿弥陀仏

先ほど、江川紹子さんの記事を読んできまして、指揮者・大野和士から来たメールというのを見ました。
その文章を読んで思わずいたずらをしましたが、ちょっと間違いというか・・・、
「現代曲」じゃなくて「現代音楽」ですね。
ここに訂正させていただきます。

そうですね!大野さんという立派な方に向かって、「後出しジャンケンの代表格」は失礼ですね。謝ります。ごめんなさい。

しかし、とんでもない障害を乗り越えて、すべてを頭の中だけで作曲するとされていた人間が書いた交響曲を推薦したり、称えたりした音楽家たちを、「お粗末」という失礼極まりない言葉で切り捨てるのもどうかと思うんですがね。しかも公にですよ。
その音楽家たちをバカにすると同時に、一般の聴衆もバカにしてますよね。あの交響曲のCDを買ったり、コンサートに足を運んだ人の中には、大野さんのファンの方もたくさんいらっしゃいますよ。
そういう人たちのことも、間接的に「お粗末」扱いにしてしまっているのですよ。「お前の耳や感性はフシアナ」っていうことですよ。
しかも、劇伴っぽいから途中でやめたって!
とりあえず最後まで聴いてから意見しましょうよ。
劇伴の作曲家の方たちにも失礼ですし。

たとえクラシック界のことを心配なさった故の言葉でも、公に人をバカにしたり、傷つけたりする権利はないと思いますよ。
大野さんほどの人だからこそ、ちょっとがっかりしてしまいました。
でも「後出しジャンケンの代表格」はいけませんね!

とにかく悪いのはあの詐欺師です。とんでもないです。

http://www.youtube.com/watch?v=2C20-XN8yiM

これは坂本龍一さんのyoutubeの公式なサイトなんですが、
今CDが売れていないというのがどのくらい深刻なのかちょっと考えるきっかけにしてもらえませんかね。
今音楽業界の人間がどれだけ苦労しているか。
坂本氏ももう音楽的に価値のあるものをCDで出版するとなると
クラウドファンディングで(ネットで呼びかけるカンパ、先日都知事選で最年少の候補者だった家入一真氏はこのビジネスで有名な人だった)
資金を集めるしかないんじゃないかとまで言ってます。
そもそも今の世の中CDみたいなパッケージングされた音楽ソフトを出版すること自体が大変なほどの不景気なんです。
売れる見込みがないと企画が通らないからです。
坂本龍一ですら売れないからそうだと彼自身、ラジオでも発言しています。
http://www.j-wave.co.jp/original/radiosakamoto/pod/index.xml
このエピソードの後半でその話題に触れています。

かといってダウンロード販売みたいな携帯電話やスマートフォンに合わせてミックスされたようなクオリティの低い音質の音楽をクラシックの専門の人間が
あるいはそのファンが許すんですか?
この点皆さんよく考えてもらいたい。
音楽家はビジネスにタッチしないでいいなんて言う時代はもう終わっていると思います。真剣に出版社の人とどうやって訴求するかというのを考えないと。
マエストロだろうが何だろうが相手が音楽の素人だろうとやはり人の言うことは聞けということです。


かと思うとアメリカのティーンの間ではvinyl(昔のレコード盤)やテープなんかが音楽のメディアとして売れていたりするという。
今日日、ポップスでもこれほど厳しいのですからクラシックの人ももう少し
現代の交響曲が(この二人手によるの結果として偽のものだが)売れたという事実は
確かに吉松さんの言うように真剣に考察の対象としても良いと思いますね。

吉松先生、数日に渡るS氏騒動に関する先生のコメントで先生の音楽に対するまっすぐな気持ちが良くわかりました。
私がS氏作とされた交響曲に出会ったきっかけはまだ話題になる前に市の図書館でCDを借りたことです。
解説書も読まずに、曲を先に聴いたのでS氏に対する何の先入観もありませんでしたが、ロマン派丸出しの長大な新作交響曲に感動し、そのような曲が出てきたことを大変うれしく思いました。
私は作曲に関しては素人ですが、純粋に、1時間観客を飽きさせない交響曲は評価に値すると思います。
実際の作曲を行ったN氏は元々現代音楽が専門で、S氏と関わらなければ一連の本格的な調性音楽は書かなかったと思います。
私はこのことを大変残念に思います。せっかく素晴らしい才能を持ちながら、なぜ現代音楽の作曲家は調性で書かれた長大な交響曲を書かないのか。
N氏の他にも多くの現代音楽作曲家が、才能を埋もれさせているのではないでしょうか。
件の交響曲も、S氏のお涙頂戴的なバックグラウンドがなければこれだけ演奏はされなかったでしょう。
そもそも、初演すらされなかったと思います。
S氏のしたこと、世間を欺いたことは許されることではありませんが、「交響曲」を大ヒットさせるには、S氏の取った手法以外に思いつきません。
コロムビアの動画で大友さんや大谷さんが交響曲を絶賛されていましたが、その気持ちは本当だと思います。
例えプロであっても、演奏家であれば調性音楽の演奏の方が心地よいと思いますし。
クラシック音楽界において、優れた作品が正当に評価され、演奏される機会が得られるようになることを心のそこから願います。

音楽家でお金持ちになりたい人は、商業音楽と自分の正直な音楽と分けて考えてはどうでしょうか?
大衆にうける音楽=優れた音楽ではありませんから。ベートーベンやモーツァルトはたまたビートルズなどは、音楽家、評論家、大衆すべて巻き込める。だから優れていると言えるのでしょう。本物はそんな簡単には生まれない。
新垣さんは、大衆に受ける商業音楽のみで満足出来ない(自分に嘘ついている)から、売れない現代音楽を作り続けるのでしょう。むしろ、そちらを応援するべきではないでしょうか。
二人の共作のほうでなく…。

いや・・・・、あの・・・、ですから、ポップスを書いても
今日日、お金持ちにはなれないんです・・・・・。

現代音楽の作曲家はそれで良くても
演奏にあたる人たちの生活をどうするかというのは
深刻な問題だと思いますよ。
すべての音楽家が大金持ちになる必要はなくとも
最低限の生活を担保できるくらいの収入は必要でしょう。
新日本フィルがペンションファンドというコンサートを
やってますが演奏家も万一けがでもして、あるいは年を取って
演奏ができなくなったら、彼ら生活どうするんですか?
音楽を目一杯やれて幸せな一生だったでしょ、で人ごとみたいに
済ませるのはちょっと・・・・。

それに現代音楽にしたって商業的に成功しては行けないみたいな
概念はおかしくないでしょうかね。
需要が在れば売れてしかるべきだと思います。
なんでポップスを押しのけて本物の音楽を聴かせてやるぜみたない
気迫のある人が出てこないのか不思議です。
これじゃあ、クラシックの音楽家は乞食だ、あるいは坊さんみたいに
托鉢でもやってれば良いみたいな話ですべてが終わってしまう。
大阪市長の橋下さんのおかげでだいぶ騒ぎになりましたが
地方公共団体がいつまでもオーケストラの維持に助成金やらを出すとは木切りませんよ。
それこそジョン・ウィリアムスがボストン交響楽団とやってとボストンポップスや
久石譲のワールドドリームオーケストラでも良いが
ああいう活動ってもっとやった方が良いんじゃないでしょうかね。
まじめに現代音楽やってりゃお金はどこからか入ってくると
金の循環のことを(金を自分たちにまわしてくれる人たちの労力や恩を忘れて)考えず、馬鹿な大衆にこびる必要はないとばかりに
独りよがりな音楽作り続けるというのもどうも・・・・。
次の記事で演奏家の話題が出てますが、演奏家の人たちもあまりに気の毒。

元信者「僕は推薦していただけですから・・・。」

すがすがしい程の手のひら返し。

いまさらながらですが、自分なりにこの曲のことを書いていて、
たまたまこのサイトに行き当たり、一連の記事を大変興味深く
読ませていただきました。お話にはとても共感できます。
URLの方は素人のつたない長文ですが、お付き合いいただけましたら幸いです。

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