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2015年2月26日 (木)

ピンク・ブルックナー

Antonfloyd無性にブルックナーを聴きたくなり(特に第9番・第8番を)聴き漁ることがある。その異形な巨大感と間延びしたゆったり感がたまらなく心地よいのだが、時々、曲の中に漂う「Major(長調):つまりドミソ」の響きに違和感を感じることがある。

そんな時はピンクフロイドを聴く(最近はライヴ盤「PULSE」「光」)。似て非なる音楽ではあるが私の中では何かの数値が同じらしく、異形な巨大感と間延びしたゆったり感のむこうに聞こえるブルース系コードの響きがその違和感を中和してくれる。

そもそもクラシック音楽では(キリスト教の文化背景と言うべき)自然倍音から生まれた「ドミソ(長三和音)」の響きを絶対の美(協和音)とするけれど、日本を始め多くの文化圏ではむしろ非自然倍音の方を「美しい」と聴くことが多い。
数学的に完璧でシンプルな形…例えば「まん丸」とか「まっ四角」とか「左右対称」なもの…が生活の中にあるのはむしろ「不自然」であり、少し崩したり歪んだ形の方が落ち着くし「癒やし」を感じるのと同じらしい。

私も個人的に、昔から「Major(長調のドミソ)」のコードより、7thや9thが加わったコード(例えば「Cmaj7」や「Dm7」「Gm9」)の方が「美しい」し「肌に合っている」と感じる。それは、完全な球体でキズひとつない水晶玉より、手になじむ形をした木や焼き物の器などに感じる「しっくり感」に似ている。

なので、人間は本当はドミソが好きなわけではないのではないか?とよく思う。ワーグナーあたりからは西洋クラシックの作曲家たちもそれに気付いた感があるが(そのおかげで調性の崩壊に至るわけだが)、人一倍信仰心が厚いブルックナー翁の音楽には、異形の域に達してもなお「完全な球体」への憧れが聞こえてくると言うことなのかも知れない。

とは言え、ピンクフロイドの「The Dark Side of the Moon(狂気)」が「D(ニ長調のドミソ)」のコードで終わった後では、またブルックナー翁の音楽(それもDmで始まる第9番!)を聴きたくなる。それもまた(私の中では)「自然」ということなのらしい。

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