パート譜にがいかしょっぱいか
今は昔、作曲家として仕事を始めた1970~80年代頃、渋谷のNHKの近くの「プリントセンター」という写譜(浄譜)の会社に随分通い詰めた。なにしろオーケストラでもアンサンブルでも、作品を書き上げてまず真っ先に楽譜を持って行くのがこの「写譜屋サン」だったからだ。
むかしから作曲家と写譜業というのは切っても切れない仲。作曲家が書くのはスコア(総譜)というオーケストラ全部の楽器を書き込んだ数十段に及ぶ楽譜だが、それだけでは音も出ないし演奏も出来ない。演奏して貰うためにはそれぞれの楽器が演奏する音符を抜き書きした「パート譜」というのを作る必要がある。この…スコアからパート譜に書き写すのが「写譜」(あるいは作曲家の手書き譜を清書するので「浄譜」)という仕事である。
現代でも、放送局のまわりではドラマの音楽から歌謡曲の伴奏などに至るまで毎日毎日膨大な作曲編曲の楽譜が生まれ、毎月毎週毎日スタジオやコンサートホールに供給される。それを「早く・正確に・間違いなく・読みやすく・譜めくりしやすく」、しかも全て「手書き」で行っていたのだから大変な仕事である。私もデビュー以来、現代曲の新作からテレビやラジオの音楽まで、(貧乏時代に自分で制作したモノ以外は)《プリントセンター》か写譜専門の《ハッスルコピー》のお世話になっていた。
その後、プリントセンターはNHKプリンテックスとなり、さらに放送局関連の印刷や制作を総合的に行うNHKビジネスクリエイトとなり現在に至る・・・のだが、その「楽譜制作」部門、今月で業務終了になるのだそうだ。最近は楽譜も原稿と同じくほとんどコンピュータ制作してデータでやり取りする時代になり、写譜や浄譜の世界もかなり様変わりしたから、これも時流ということなのだろう。
とは言え、デビュー以来40年近い付き合い…しかも一番辛く苦しい時代の記憶が色々ある身としては…名残惜しい…とか、感慨深い…というような言葉では片付けられない複雑な情が背中を這い上がってくるのを感じつつ、思いにふける。