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お知らせ

  • らららクラシック@バルトーク〈管弦楽のための協奏曲〉
    ・NHK-ETV 6月16日(金)21:30〜22:00放送。司会:高橋克典、牛田茉友。ゲスト:関口知宏/吉松隆。
  • 音楽館
    作品視聴…映像付き
  • 楽譜出版《ASKS.orchestra》交響曲,協奏曲,室内楽などのスコアを電子版(PDF)で販売中。海外向け→**
    出版作品一覧→***NEW
  • 《図解クラシック音楽大事典》(学研)イラストとまんがでオーケストラや楽典から音楽史までを紹介する掟破りの入門書。旧〈音楽大事典〉の超大幅改訂復刻版。
    作曲は鳥のごとく》(春秋社)自らの作曲家生活を綴った独学の音楽史@2013年3月刊
    《調性で読み解くクラシック》(ヤマハ)調性および音楽の謎を楽理・楽器・科学・歴史から読み解く文庫版入門書。
  • ブラボー!オーケストラ
    ・NHK-FM 毎週日曜日19:20~20:20放送。毎月第1-2日曜日(+α)東京枠解説担当。
    ・05月07日/14日/21日

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2015年12月30日 (水)

では、よいお年を

Allemenschen_s

2015年12月28日 (月)

トラウマ氏の庭@パドゥシャ

Mrtraumag来春発売予定のパドゥシャの新アルバム打合せ。ジャケットやアルバムタイトルや曲順の相談(と、その倍くらいのネコの話)をしつつ、出来たてほやほやの追加曲《トラウマ氏の庭》…ピアノとパーカッションと電子音響のための…を聴いてもらう。

トラウマ氏というのは、1985年初演のモノドラマ・シリーズ第一作(トラウマ氏の一日)からの命名。丹羽勝海サンの語りと歌、作曲者自身のピアノ&キイボード伴奏、山口多嘉子サンのパーカッション、崎元譲サンのハーモニカという編成で、セールスマン:トラウマ氏を主人公にした(笑わせつつもホロリとさせる)全5章23分ほどの舞台作品である。

今回はこの曲の構成をベースに、当時(1980年代後半)舞台で鳴らしていたライヴエレクトロニクスの音源(Mac plusで作った民族音楽風リズムパターンやノイズ)とお二人の生演奏そして私自身のピアノをLogic Pro(音楽編集ソフト)上で合成。最後にちらっと出て来る歌の部分はヴォーカロイド(YAMAHA iVOC-VY1)に歌ってもらう…というスタジオワークで作りあげた8分半ほどの〈リミックス版〉。

タイトルの《トラウマ氏の庭》は、さまざまな極彩色の花(音響とリズム)が咲き乱れる庭(Garden)のイメージと共に、初演者である丹羽(にわ)勝海サンの名前にも掛けている。

Padechatd
前作〈チェシャねこ風パルティータ〉も相当「オモチャ箱」的な世界だったが、今回の「帰ってきたチェシャ猫」は(さらにイカレ帽子屋的なトラウマ氏も加わり)かなりはっちゃけた仕上がりになりそう。乞うご期待。

というわけで、パドゥシャのお二人のページ(FaceBook)は→こちら

2015年12月27日 (日)

三人鼎談@三田評論

Keio3三田評論12月号@三人鼎談、冨田勲氏、私、藤岡幸夫氏の「音楽家になるなら慶應に行こう」を読む。(ちなみに、三人とも慶應義塾高校出身で先輩後輩の間柄である)

当日は結構三人三様のばらばらな雑談だった気がするが、こうしてまとめるとちゃんと進行しているように見える。さすが編集の力は凄い(笑)

それにしても、父親が古賀政男くらいしか音楽を聴かない家庭で生まれながら、中学に上がる頃に米軍のラジオ放送で「春の祭典」とグレン・ミラーを聴いていきなり音楽に目覚めた…という冨田勲氏の話は(時代背景も含め)面白い。

慶應義塾高校では同級に小林亜星氏がいたそうだが、その亜星氏、映画でラプソディ・イン・ブルーを初めて聴いて「こんな音楽聴いたことない!」と教室で話していたら、同級生がニヤリと笑ってピアノで全曲を弾き出した。それが林光氏だったそうだ。

その種の早熟っぽさも含め、慶應出身者は基本的に(同じく塾高出身の加山雄三氏に代表されるような)「何でもそつなくこなせるいいとこ坊ちゃん(いわゆるKOボーイ)」臭がする人が多い(今回のお二人もしっかりそれを身に纏っていらっしゃる)。

ところが、私はというと、慶應からの恩恵を受け損なったまま(まあ、中退したので自業自得だが)三十代半ば頃まで〈不遇〉の道を邁進。おかげで、未だに「野良犬」な感じが抜けない。「慶應出身」と認められて晴れてこういう鼎談に参加することが出来るようになるとは…恥ずかしいような有り難いような複雑な気持ちである。

しかし、「音楽家になるなら慶應に行こう」は、言い得て妙ではあるナ。

2015年12月25日 (金)

鳥ステップ…無伴奏クラリネットのための

Bstepa日本クラリネット協会より委嘱されていた無伴奏ソロ曲をようやく書き上げる。

コンクールで演奏出来るような6〜7分の短い曲という注文だったので、鳥(奏者)の「歩み」と「鳥の音程(step)」を兼ねて《鳥ステップ(Bird Step)》 と命名する。

Clarinet短い曲ながら、SONG、AIR、DANCEの3つの部分からなり、最初は、巣から飛び立つ初々しい若鳥になぞらえて《鳥はためらいながら…(Bird with hesitating)》というタイトルを考えていた。…のだが、Hesitateだと「気後れ」や「尻込み」のようなマイナス面を含んでいて、コンクールのような場にはちょっと縁起が悪そうなので改題することに。

本来なら(ピアノ伴奏があったりするので)楽譜にはB♭管かA管かの明記が必要なのだが、そもそも無伴奏なのでどっちも可能なのでは?と思い立ち削除。そのうちバスクラとかピッコロクラで吹く猛者も現れると嬉しい(…のだが、例によって奏者に優しくない変拍子な作風なので、その前に「こんなモン吹けるかッ!」と怒られるような気がしないでもない)

ちなみに《猫ステップ:Cat Steps》という曲も以前書いたことがあるが (チェシャねこ風パルティータの第2曲) 、こちらはDUOの曲なので、猫の足跡にかけて「Steps」。2曲並べると鳥と猫でケンカになりそう。

2015年12月23日 (水)

鬼の首症候群

Oniaクラシック音楽マニアになるとかかる病気のひとつに〈鬼の首症候群〉というのがある。

むかし私がクラシックおたく1年目だった高校生の時、音楽の先生が《拍子》の話を始めた。3拍子はこんな曲、4拍子はこんな曲がある、と挙げた後、「5拍子にはチャイコフスキーの悲愴の第2楽章があります」「7拍子にはショスタコーヴィチの森の歌のフィナーレがあります」と挙げてゆく。クラスのみんなが「へえ〜」と感心する中、私は内心「そんなことは知ってるもんね」と思っていた。

そして、「9拍子の曲はありません」と言うので、わたくし思わず手を挙げて、「あります!シベリウスのトゥオネラの白鳥」。先生、怪訝な顔をして音楽室の奥からスコアを引っ張り出してきて…「ホントだ」。

続いて「11拍子。こんな曲は絶対ない!」というので、「あります!ストラヴィンスキーの春の祭典の90ページめ」。以下同文。

まさに「鬼の首を取った」ようなドヤ顔だったに違いないが、いや、これは「イヤな生徒」だったろうな、と今思い出すと忸怩たるものがある。

しかし、クラシック・マニアというのは得てして「こういう性格」になるものらしく、「モーツァルトはね」とか「平均率クラヴィア曲集というのはね」とか、あちこちから色々な〈鬼の首〉を取り出しては、周りの人を複雑な顔にするのが得意である。

Shindan なので、コンサートやネット周辺でこの種の人を見かけると、昔の自分を思い出して苦笑いしてしまうというか甘酸っぱくも懐かしい不思議な気分になるわけなのだ。

しかし、ヘンな顔されようが煙たがれようが臆することはない。もっともっと〈鬼の首〉を集めて欲しい。たくさん集めると、やがてその首が人の受け売りでなく自分のことばで話し始める。そうしたら、そこが「始まり」だ。

2015年12月22日 (火)

お知らせ

Choclass

「今、日本で一番売れているクラシック音楽書」…という怪しげな紹介で、拙著「調性で読み解くクラシック」(通称:調クラ)の特設ページを作ってもらえることになりました。 (著者インタビューに続いて、本に出て来る楽曲や譜例の音源視聴コーナーがあります)

ヤマハミュージックメディア → http://www.ymm.co.jp/feature/chousei.php

NAXOS → http://naxos.jp/special/chousei

Choclabs今回、改めてインタビューされて気付いたのですが、45年も音楽をやっていながら、私自身は(15歳過ぎてから音楽を本格的に勉強し始めたことも含めて)自分が音楽の専門家だという意識は全くありません。情熱と鍛錬はなまじの専門家の数倍以上と自負しておりますが、所詮は独学。好奇心と興味は素人と同じ感覚のまま、30年以上プロの現場で音楽をやって来た異邦人…と言ったところでしょうか。ですからこの本は、「専門家が書いた音楽専門の本」ではなく、そんな「怪しい旅人」が覗いた音楽の世界の探検記というわけです。

ちなみにAmazonクラシック音楽部門第1位、ヤマハ銀座店音楽書年間売上第1位……なのだそうですが、あくまでも「クラシック音楽部門」に限っての話。普通の「ベストセラー書」とは数字が「ふた桁」違いますので念のため。…と、ここで自嘲気味に笑う場合、もちろん笑い声は・・・「けたけた」でしょうね。

2015年12月18日 (金)

Finaleの帰還

Finale2014d今週Mac OSX が10.11.2にバージョンアップ。ElCapitanになってから記号を書き込もうとするとクラッシュしていた楽譜制作ソフト《Finale》が、なんとか普通に使えるようになった。

ついでに、起動すらしなくなっていた執筆支援ソフト《Scrivener》も、再ダウンロードすることで使用可能に。(より安定性を求める向きにはScrivener2というのも開発されている)

おかげでこの間ほぼ丸ひと月にわたり色々な作業が消し飛んだわけだが・・・まぁ、OSが9からXに変わったときの悪夢(それこそほとんど全てのソフトが動かなくなった)に比べれば、何と言うことのないほんの小さなトラブル…と考えることにしよう、そうしよう。

2015年12月16日 (水)

12月のブラームス

Brahmsj NHK 605スタジオでFM「ブラボー!オーケストラ」来年1月放送分残り1本の収録。

今回は1月31日(日)放送分で、ブラームス交響曲第4番ほか。大植英次指揮東京フィル(2015年9月22日第869回オーチャード定期より)。

ブラームスは、ベートーヴェンの呪縛(とブルックナーの追い上げ)に翻弄された末、ようやく交響曲第1番を完成させたのが43歳。そのあと45歳くらいから、トレードマークのヒゲを蓄え始め、最後の交響曲となった第4番を書いたのが52歳。ということは、交響曲作家としての活動期間はわずか10年足らずということになる。

その後、音楽家としては充実の日々を送るが、 独身老年の哀愁を漂わせながら57歳にして「創作力の衰え」を訴えほぼ隠居状態となり、63歳にして一人寂しく亡くなっている。・・なんだか身につまされて怖い話だが、それでも作曲家としては羨ましい人生のような気がする(のだがどうだろうか)。

そう言えば、同じ独身老年隠居作曲家のせいか、最近どこかで「ブラームス先生!(笑)」と(もちろん冗談で)声を掛けられたことがありますが・・・確かに、ヒゲと体型は似ております(笑)。上の写真など親近感が半端でないし・・・

2015年12月11日 (金)

調性と音楽と殺人事件と

Image001「調性で読み解くクラシック」の販売促進?を兼ねた取材を受ける。

「調性」…というと難しそうだが、普通の人でも「調子がいい・悪い」「調子が狂う」などと言うから、人間にとって「調」は身近なモノだ。

そして、人によって乗りやすい「調子」があるように、楽器や曲によって鳴りやすい「調」がある。クラシック音楽にはそれが顕著で、曲そのものの名前に「ハ長調」とか「嬰ト短調」とか付いているほどなのだが、それはナゼ?…というのを色々な方向(…音楽的・科学的・歴史的)から突いてみたのがこの本。

ちなみに(一般には固く信じられている)「長調=楽しい」「短調=悲しい」という感覚は、西洋キリスト教音楽に騙されている(日本人にとっては短調の方が調子がいい)のであり、その証拠に「♪きょうは楽しい雛祭り」という歌は短調ではないか!(…と誰かに説明したらすごくウケたことがある)。

Chocla

それはともかく、人を楽しませたり悲しませたり出来るなら、人を殺す「調」だってあるんじゃないか…という妄想から、例えば「嬰へ短調殺人事件」なんていうお話も出来るような・・・(「Siの音は死を呼ぶ(英語だとDeath Noteだ)」とか…「ABC(ラシド)殺人事件」とか…)気がしないでもない。

2015年12月 9日 (水)

師走のチャイコフスキー

Tchaikovsky

NHK608スタジオでFM「ブラボー!オーケストラ」来年1月分2本の収録。

1月10日(日)放送分は、チャイコフスキー交響曲第5番。指揮:小林研一郎(2015年10月18日第870回オーチャード定期より)

1月17日(日)放送分は、チャイコフスキー交響曲第6番「悲愴」.指揮:尾高忠明(2015年7月12日第866回オーチャード定期より)。どちらも演奏は東京フィル。

第5番は1888年(明治21年)、悲愴は1893年(明治26年)の作。ちなみに、1888年というのはロンドンに切り裂きジャックが跋扈した年で、チャイコフスキーが第5番を書き終えてから初演するまでの3ヶ月間(8月末から11月初旬)にかけて5人(もっと多いという説もあり)が連続して殺されている。

イヤ、「彼が犯人?」という話でなく、「作曲を終えて新聞を見ると」・・・という話である。念のため。

余談ながら1893年はニューヨークで「新世界より」も初演されている。面白い時代だったのだなぁと、しみじみ。

2015年12月 5日 (土)

田部京子リサイタル

Kt2015浜離宮朝日ホールに〈田部京子ピアノリサイタル〉を聴きに行く。

今回はBBワークス(ベートーヴェン&ブラームス作品連続演奏)シリーズのの第5回目(最終回)で、ブラームス:3つの間奏曲op.117、ベートーヴェン:ピアノソナタ第23番「熱情」と第32番ハ短調。

彼女の演奏は、どんな曲も「今生まれ落ちたかのように瑞々しく」再生する。ブラームスの間奏曲やベートーヴェンの32番のソナタなどは大いなる偏見を持って言えば(独身男性作曲家が老境にかかって孤独の中で書いたという点で)…おそらく〈女性に最も似合わない枯れた曲〉の筈なのに、まるで女神が降臨して穏やかな佇まいで神話を紡ぐかのような世界が広がる。

さらに、ごつい男が殴り弾きするのが最も似合う…と勝手に思っていた「熱情」ソナタの演奏の緻密で繊細なパッションは、この聞き慣れた曲を「初めて聴いた」瞬間に引き戻してくれた。聴いているのは紛れもなく「音楽」なのだが、そこにあるのはもはや「音」ではなく、彼女の世界の「佇まい」に触れ「時の流れ」を共有することなのだろう。

最後にアンコールで、バッハの(最もシンプルな)前奏曲ハ長調をさらりと弾いたが、これもその向こうにある「平均率クラヴィア曲集」全巻の偉容が見えるような…巨大な銀河の中の小さな星のひとかけらをふと手に載せられたような…絶妙の「佇まい」。ひさしぶりに音楽の深淵を覗き込んだかのような体験をした。

2015年12月 1日 (火)

iPad Pro

IpadsA4サイズの大きさになったiPad Pro。微妙に重く(723g)、べらぼうに高価(128GBのWiFiモデルで ¥112,800 と通常サイズのほぼ倍!)なので今回はパス…と思っていたのだが、ふと寄ったAppleStoreに在庫があったので、つい買ってしまった。

こういうモノが生活の一部を占めるとは、10年間には想像も付かなかったが、今では逆に、これがなかった頃どうしていたか想像が出来ない。本(や紙)の未来・・・のようでもあり、パピルスや粘土板などの原点に戻ってゆくようなデバイスでもあり・・・面白い。

結局9.7インチ(標準iPad)、7.9インチ(ミニ)、12.9インチ(iPadPro)と(酔狂なことに)全種併用することになったのだが、一番使うのはやはり標準iPad。文庫サイズの本を読むには最適と思った小型軽量の「ミニ」は意外と使わない。今回のProは最初に手に取ったときは「大きい!」という印象だったが、楽譜や大判の本などはこの大きさに慣れると、もう小さいサイズには戻れないような気がする。(ただし、もうちょっと軽くなって欲しい。ついでに紙のように丸められたらベストだが…)

サテ、未来は「もっと小さい」か「もっと大きい」か。

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