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    ・10月01日/08日/15日/29日
    ・11月05日

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2016年1月29日 (金)

おそうじパック

Soji某カードのポイントがたまったので〈お掃除パック〉なるものを頼んでみる。

仕事場のトイレ洗面台など水回りを綺麗にしてくれて、女性ひとりおよそ1時間半の作業で12,000円。

でも、「明日伺います」と言われると、あんまり汚れているのも何なので自分で掃除を始めてしまったりするわけで・(^_^;

2016年1月26日 (火)

OneNoteサンバ

On1OnenoteiPad ProでApplePencil を使うようになったものの、今いち手書きとキイボード入力を自在に併用できるようなアプリがない。…と思っていたのだが、Office365の中に入っていた〈One Note〉というアプリを再発見。

文字はキイボードなり手書きなりでもごもごと書き込み、そこにイラストなり記号なりメモなりをちゃっちゃと描き入れる…という使い方が「即」出来る、という点では極めて便利である(ということに今頃気が付いた)。

Cloudで同期しているので、iPad上で作成したものは即Mac本体で編集可能なほか、○△□のような図形は手書きを自動変換してくれる。 これで五線譜も書き込むことが出来、ついでに手書き譜を認識して清書してくれるともっと便利…なのだが、それは無理か。

それでも、Pencilを右手指に挟み、指先で文字を打ち込みつつペンで絵を描く…という(器用なんだか横着なんだかわからないような)二刀流が出来るのが嬉しい。

On3

…実は、これは作曲する時のスタイルと同じである。

←こんな具合に、鉛筆を右手指に挟み消しゴムを左手指で持ち、そのままピアノを弾き音符を書き、消しゴムで修正つつまたピアノを弾く。

パソコンのない時代には、これが出来るようになって一人前だった?のである。どっとはらい。

2016年1月22日 (金)

舞楽解説

Bugakuk昭和7年(1932年)刊の「舞楽解説」(雅楽講究会編)電子書籍(Kindle)版を手に入れる。

手書きによるいわゆるガリ版(謄写版)刷りの150頁ほどの小冊子を、国会図書館蔵のものから電子化したようで、この「舞楽解説」のほか、「龍笛譜」「鳳凰笙譜」「篳篥譜」が揃って、それぞれ300円(!)。

舞楽の〈左方の舞(唐楽系)〉 ・〈右方の舞(高麗楽系)〉 が、なぜ「左右」なのか?というのは昔から疑問だったのだが、御所から見て左(左京)に唐楽を専門とする奈良の楽人狛(こま)氏が住み、右(右京)に高麗楽を専門とする京都の楽人多(おおの)氏が住んでいたから。という「へえ〜」な記述に出会い、目から鱗・(・_・)・

実は、この「右方・左方」というのは私も結構むかしから使っていて、プレイアデス舞曲集の3には「左寄りの舞曲」と「右寄りの舞曲」 が並び、交響曲第6番も第1楽章が「右方の鳥」・第3楽章が「左方の鳥」と題されている。

Bugakuka
私の中では、右手・左手、右脳・左脳、右翼・左翼などなど色々なイメージが混在した左右だが、本来の舞楽では普通「左方」が先で「右方」が後に演じられてペアを成し、バランスのよい組み合わせの二曲を「番舞(つがいまい)」という(なので、早坂文雄「左方の舞と右方の舞」や黛敏郎「BUGAKU」は共に全2章でその段取りに則っている)。

いや、この歳になっても、知らないことばかりである。

2016年1月18日 (月)

東京の雪

Snow118_3

朝、起きると雪景色。

仕事場へ行く途中に急勾配の坂があり、雪が積もると「越えられない」ので本日は休業である。

などと言うと、雪国の方からは「何と軟弱な…」と笑われそうだが、逆にどかどか積もった雪ならざくざく踏みしめて行けるような気もしないでもない。中途半端にしょぼい雪が積もって半解けの状態の「坂道」というのが一番怖い(一度滑ってえらい目に遭ったので、懲りた)のである。

Cd_white_landscapeと、そんな軟弱な都会育ちながら、むかし「雪景色」を描いた曲を書いたことがある。雪国育ちで生涯雪景色ばかりを描いた日本画の先生(富岡惣一郎氏)の美術館に頼まれて書いた〈3つの白い風景〉という曲だ。

最初は先生も「東京生まれ東京育ちのヒトに雪景色の音楽なんか書けるわけがない」と思われていたらしいが、曲を聴いて貰うと「不思議だね〜、雪の香りがする」とひどく褒められたのが印象深い。

Cd_memo_flora

さらに数年後、その曲をイギリスで録音したとき、(そんな曲の由来など知らない録音技師氏に)「不思議だね〜、この曲を演奏するとスタジオの中の温度がすーっと下がる気がする」と言われたのも思い出深い。

音楽には、不思議なモノが付いていることがある(…ということなのらしい)。

2016年1月15日 (金)

イエス考

Yeszイエスについての短いエッセイを……と頼まれたのだが、「5枚以上なら何枚でも」と書いてあったので調子に乗って書き進むうち20枚超えに。

そう言えば私が二十歳の頃プログレを目指していた時のバンド名は「NOA」というのだが、これは「YES」に対抗して(Nor(否定形のor)から)付けたのだった(笑)

さすがに、名前負け…というより、そもそも初めから否定形で入ったのがいけなかったか。

人生も音楽もまずは「YES」と肯定しなければ何も始まらないのだ(たぶん)。

2016年1月13日 (水)

新年早々「悲劇的」

03NHK 605スタジオでFM「ブラボー!オーケストラ」2月分2本の収録。

今回は2月7日(日)と14日(日)の2回に分けて、マーラーの交響曲第6番「悲劇的」を放送。7日が第1・2・3楽章。14日が第4楽章。演奏はチョン・ミョンフン指揮東京フィル(2015年2月25日第859回サントリー定期より)。

14日はそれにプラスしてチャイコフスキー幻想序曲「ロメオとジュリエット」(尾高忠明指揮@2015年7月5日第64回午後のコンサートより)。図らずも、こちらも「悲劇的」ドラマbyシェークスピアの音楽化。

実は、当初はこれが1月最初の回(1月10日)放送の予定だったのだが、「新年早々「悲劇的」ですか?」という話になり、チャイコフスキーの第5番へ変更に。

でも、収録は新年早々から「悲劇的」なのですよ、マーラー先生。

2016年1月11日 (月)

毎年恒例 〈祝・成人〉

Kurai二十歳。成人。

なんと素晴らしい響きだろう。

どんなに暗くてモテなくて友人が居なくてモノを知らなくて才能が無くてお金がなくても、「若い」というのは…未来がある…と言うことであり、無限の「力」を持っているに等しい。

でも、「じゃあ20歳の頃の(そういう暗い青春真っ只中の)自分に戻りたいと思いますか?」と聞かれたら、0.2秒で「それは絶対イヤ!」と答えるけれど(笑)

2016年1月 8日 (金)

忘れっぽい天使 Ⅱ

Angel2_3

福田進一サンのギター、和谷泰扶サンのハーモニカで演奏された拙作〈忘れっぽい天使 Ⅱ〉および〈ベルベット・ワルツ〉の録音音源を聴く。 NAXOSから出る「日本のギター作品集」のシリーズ第3集に収録予定とのこと。

ハーモニカ(崎元譲サン)とギター(芳志戸幹雄サン)のために書いた〈忘れっぽい天使 Ⅱ〉は、私の最も初期(デビュー前の1979年26歳頃) の作品の一つ。 ハーモニカは笙+ヤンガルバレクで、ギターが武満徹+ラルフタウナー、拍子のない半図形楽譜ながら音はドーリア旋法…というわけの分からないコンセプトで書かれていて、自分の曲の中でもっとも良く分からない曲のひとつ(笑)でもある。

ところが、今回のお二人の演奏、実に愛おしくも美しい。自分の曲ながら一瞬聞き惚れてしまった。と同時に、これを聴いてもらった時の松村禎三師の謎の言葉を何十年ぶりかで思い出した・・・・

Fangel_2 そう言えば、何日か前に夢を見てね。それが、巨大な石仏が何体も頭の上を飛んで行くんだけど、静かで全く何の音もしない。そんな夢なんだよ。キミのこの曲を聞いたら、何となくそれを思い出した。ウン、それだけなんだけどね。

ああ、今ようやくその意味が分かった気がします、師匠。

2016年1月 7日 (木)

ブーレーズ氏追悼

_57ピエール・ブーレーズ(1925〜2016)氏が亡くなった。

作曲家として1950~60年代、指揮者として70~80年代に音楽界の新しい道を切り拓いた鬼才であり、多くのことを勉強させていただき、色々な面で(間接的かつ野次馬的ながら)お世話になった尊い先達でもある。

合掌。

2016年1月 6日 (水)

1月6日

160106 妹の命日にお墓参り。

あれから22年。こうして墓前の花を見ていると、お墓に入っているのは私の方で、妹が毎年花を持ってお墓参りに来る…というパラレルワールドがいつも頭をよぎる。

妹はお墓の前で手を打ってこう言う。「お兄ちゃんも生きていたらもう還暦過ぎかぁ。 そう言えば、クラシックの作曲家になって交響曲や協奏曲書いて海外で作品集のCD出して大河ドラマの音楽もやる…なんて夢のようなことを言ってたけど、そんなこと出来るわけないのにね」

それが意外と、出来たのだ。妹よ。

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