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2017年9月29日 (金)

チャイコフスキーとマーラーの生と死

Tcaikomahler1892_2FM「ブラボー!オーケストラ」10月分2本の収録にNHK401スタジオへ。今回は、マーラーの大作:交響曲第2番《復活》。

まず10月8日(日)は、始めにチャイコフスキー幻想序曲「ロメオとジュリエット」(バッティストーニ指揮東京フィル@6月4日第72回平日の午後のコンサートから)。そのあとマーラー:交響曲第2番「復活」の前半第1・2楽章を。

そして10月15日(日)は 後半の3・4・5楽章。演奏は、チョン・ミョンフン指揮東京フィル。ソプラノ:安井陽子、メゾソプラノ:山下牧子、合唱:新国立劇場合唱団。(7月21日第111回オペラシティ定期より)

1時間半という長さの「復活」を1時間番組で放送するため前半・後半と分け、別の日に収録した20分ほどの長さのチャイコフスキーの序曲を(偶然)組み合わせた…のだが、実はマーラーとチャイコフスキーのこの作は因縁浅からぬモノがある。

1892年、まだ31歳の新進指揮者マーラーは、ハンブルク市立劇場の指揮者としてチャイコフスキーの歌劇「エフゲニーオネーギン」(ドイツ語版)を指揮する。元々はチャイコフスキーが指揮するはずだったのだが、ドイツ語上演と言うことで自信がなく、マーラーが代わりを務めたものらしい。ハンブルクを訪れてこの上演を見たチャイコフスキーは「よかった…どころではなく天才的(な指揮)だった」と絶賛。この20歳年上の大先輩作曲家と、まだ作曲家としては無名の新進指揮者マーラーは、きわめて友好的な間柄になる。

ところが、翌1893年10月、新作交響曲(悲愴)を初演した直後チャイコフスキーは急死。翌月の追悼コンサートでマーラーは「エフゲニーオネーギン」の抜粋とともに幻想序曲「ロメオとジュリエット」を指揮し、この巨匠への哀悼の意を表することになる。

その頃、マーラーが作曲していたのは〈葬礼〉と題された交響詩。しかし、翌1894年、チャイコフスキーに続いて先輩指揮者ハンス・フォン・ビューローが死去。その葬儀で流れた「復活」の朗詠を聴いたことから、〈葬礼〉を第1楽章に、そして〈復活〉を終楽章にした新しい交響曲(第2番)は完成に向かって歩み始める。

Resurrection
ちなみに、題材となったクロプシュトックの詩「復活」(よみがえる。そう、おまえはよみがえるのだ)は出だしの弱音で歌われるコーラス部分のみ。アルトが「信じるのだ。おまえが憧れたもの、愛したもの、争ったものは全てお前のものだ」と歌い出してから後は全部マーラーの創作らしい。

キリスト教の「復活」の概念は信者以外には良く分からない点も多いが、マーラーの復活頌はちょっとニュアンスが違う。「生まれたモノは必ず死ぬ。そして死んだモノは再び必ずよみがえる」だから「生きるために死のう」そうすることで「おまえはよみがえるだろう」。そう歌われると、木や花が冬に枯れて春に再び命を咲かせるようなヴィジョンが頭に浮かび、意外と東洋的な死生観のようにも思えてくる。この曲が日本で人気が高いのはそのあたりが心の琴線に触れるからなのかも知れない。

2017年9月21日 (木)

京都ディープ観光

M01今回散策(捜索)したディープな京都観光?名所その1。松村禎三師匠の生地。

佛光寺通り室町西入ル…という住所は以前お聞きしたことがあった。お父様は呉服問屋をされていて、店の後ろに住居があったそうだ。ただし小学校に上がる頃にはもう少し郊外(宇治市伊勢田)に引っ越されたとのこと。糸屋町という名のとおり衣装関係のお店が多い一角。

L01その2は、京都を舞台にしたコミックスゆかりの地。タバコ屋をやっているお姉さんが主人公で、結構場所が特定できる記述(五条通りの南、東本願寺の北、大通りから一本入った路地…など)が多いのでぶらりと散策してみた。

すると、本当にTABACOと書いたマンガそのままのお店があったので驚いた。(もちろん主人公はいなかったが)。作品中に登場する和菓子屋、京町家風ゲストハウス、扇子屋なども実在する。この作品の聖地巡礼第壱号?か。

L02最後の一つは明智光秀の首塚。三条通白川橋を下った行き止まりの路地裏にひっそり(本当にひっそり)佇む。

小栗須で討たれた光秀の首を家来が持って逃れたものの、夜明け近くなったので此の地に埋めたと伝わる場所。表には〈餅寅〉という和菓子屋があって、光秀饅頭を売っている。

そして、すぐ前の白川の流れをたどって数分歩けば、もうそこは祇園。色々な時空が重畳している不思議な街である。

2017年9月20日 (水)

明日へのかたち展@京都2017

2017B 母(道子)が毎年作品を出品している〈明日へのかたち展〉初日を見に、京都文化博物館へ出向く。

このところほとんど外に出られない籠の鳥生活になってしまったので、京都はほぼ1年ぶり。

夏でもなく秋でもない微妙な季節だが、観光客の居ない路地をあてもなく歩くうち、見知らぬ神社や小さな祠(あるいは小説や映画や漫画に出てくる「ああ、ここか」という虚実ないまぜの場所)に行き当たったりするのが楽しい。

展覧会は9月20日(水)より24日(日)まで、京都文化博物館(三条高倉)5Fギャラリーにて開催。入場無料。

Kyototen2017a

2017年9月18日 (月)

マリンバ協奏曲@リダクション版

Mbconp夏中かかったマリンバ協奏曲〈バードリズミクス〉リダクション版ようやく仕上がる。

2010年に三村奈々恵さんのために作曲。飯森範親指揮京都交響楽団で初演。2014年CD発売(COCQ-85061)。今回のリダクション版は、ピアノ伴奏にパーカッション(bongo, conga ほかアフリカの太鼓など自由に)付きという変則形で作成 。

スコア69p、マリンバ・パート譜21p、パーカッション・パート譜13p。オリジナル・オーケストラ版(既発売)と共に、ASKS.orchより供給の予定。

2017年9月13日 (水)

古い映画のパンフレット

Movp_2押し入れを整理していたら、60〜70年代頃の古い映画のパンフレットが100冊近くごっそり出て来た。

一番古いのは、 小学生の時、叔母に連れられて見に行った 「キングコング対ゴジラ」(1962)。何作かある 「007」シリーズは、さすがに中学になってから再映を見たのだろう。「サウンドオブミュージック」や「ベンハー」などの名画は学校の映画鑑賞会。「猿の惑星」から「ターミネーター」(1984)あたりまで、怪獣モノやB級SF・ホラー映画が多い。

こういう代物がお宝なのか紙くず同然なのかよく分からないが、さすがに古新聞と一緒に資源ゴミに出すのは気が引けるので、同じ棚から出て来た古い美術本や海外のSFイラスト本などと一緒に(そういう趣味の)古本屋さんを探して引き取ってもらうことにする。

2017年9月 9日 (土)

美の軌跡展

Gallery21b
母(道子)の作品2点が展示されている「美の軌跡展」を見に行く。

お台場のグランドニッコー東京内のGallery21で9/8から9/13まで開催中。

2017年9月 8日 (金)

CD優しき玩具

CdtendertoyshmCD「優しき玩具」(CamerataTokyo CMCD28350)届く。

ハーモニカの崎元譲氏とギターの小川和隆氏のデュオによる作品集。私の「優しき玩具」より8曲(木漏れ陽のロマンス、朝の歌、リムセ、水色のアリオーソ、L嬢の肖像、雨のアラベスク、アーノルド氏のオルゴール、ベルベットワルツ)の他、林光・三宅榛名・菅原明朗氏らによるハーモニカとギターの作品を収録している。

崎元譲さんは、私が作曲家デビューする前(25歳頃 )原田力男さんプロデュースによる〈プライベート・コンサート〉で出会った「初めてのプロの演奏家」。ハーモニカという(クラシック界ではちょっと異質な)不思議な響きの楽器に惹かれて 〈忘れっぽい天使〉シリーズやモノドラマの連作など色々な作品を書き、ラジオドラマの音楽や舞台作品など多くの仕事でご一緒した。

Cd_sakimoto半音階も出せるクロマチック・ハーモニカということで、ずいぶん実験的なサウンドにも挑戦したが、決して無機質な音にはならず、独特なペーソスを含んだ不思議な温かさがある。 おかげで「5月の夢の歌」や「ベルベットワルツ」などなど崎元さんのハーモニカに触発されて生まれた旋律は少なくない。

現代音楽の時代真っ只中に作曲家になって最初に出会った楽器が「ハーモニカ」だった…というのは、「どんな時代でも音楽にはPathosを決して忘れるな」という天啓だったのだろうか。(その割には、最初に書いた曲が〈忘れっぽい天使〉だったのだけれど…)

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