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2018年12月30日 (日)

不歌之歌

Cut03a最近、ほとんど音楽を聴かなくなった。

十代の頃から、レコードやテープ・コンサート・放送・CD(そして、もちろん作曲と演奏)などなど…起きている間はほぼすべて音楽漬けだったことを思うと不思議な感じだが、50年目に玉手箱を開けてようやく「夢から覚めた」…ということなのだろう。

中島敦の「名人伝」に出て来る弓の名人のように、年を経て弓を極めすぎたため弓の存在すら忘れる…という境地(?)なら面白いのだが、単に、老いて歌を忘れたカナリア…というだけで、あまり褒められた状態ではない。

ただ、「名人伝」の弓の達人の話も、本気で「不射之射」を信じているわけではなく、 ボケて弓のことすら忘れた老人を「名人」と称える「滑稽さ」を描いたわけで、「4分33秒」ともども真面目に捉えたら負けのような気がする(笑。

夢は見ている間は現実であり
醒めて初めて「夢」だと知る。

では、今見ているものは…?

2018年12月26日 (水)

現代音楽アーカイブス

Tapeaa 今年の春、仕事場を引き上げる時に押し入れから出て来たテープ類のうち、NHK-FMでエアチェックしたことが明らかな現代音楽モノ(オープンテープとカセット計300本ほど)を、その後NHKアーカイブスに引き取って貰った。

オープンテープは1970年代、カセットは80/90年代にFMで放送された現代音楽を…国内の芸術祭や新作初演ものから海外の音楽祭までオーケストラを中心に…片っ端から録音したもの。AB面にそれぞれ2~3曲ほどずつ収録されているので全部で千数百曲(ぶっ通しで聴くと丸ひと月ほどかかる計算)になる。

引き取って貰ったのは一応整理してクレジット(作曲者/曲名/演奏者/放送日時)付きのものだが、未整理のまま廃棄処分したテープはこの倍くらいはあっただろうか。

もちろん武満徹/三善晃などCD化されている曲も少なくないが、半分以上はNHKにも保存されていないレアもの。アーカイヴ担当の方が丁寧に曲目とデータをリストアップして下さったが、低速で質より量とばかりにぎっしり録音してあるので、音質的にCD化などは無理だろう。

Cdaa ➡ちなみに現代モノCDの方も何やかやで千数百点。こちらはCD評用に送られてきたサンプル盤が多いので、処分するとなると廃棄しかなく(それはあまりに忍びないので)最終的にCD棚ひとつに収まる1000枚ほどを選んで温存することにした。

それにしても、よくもまあこんなに聴いたものだと呆れる(もっとも新譜で貰ったものの中には開封していないものもあるにはあるが(笑)。現代音楽を2分ほど聴いて「嫌い」というのは簡単だが、何千曲も聴いたうえ自身も現代音楽界に身を投じてわざわざ「嫌い」と言うのは…確かにイカれている、と今になって思う。などと今さら言ってももう手遅れだが(笑

2018年12月24日 (月)

日記史

Dairy_3

パソコンにDataが残る以前の過去のスケジュールを調べる必要から、むかしの日記類を押し入れから引っ張り出すことになった。

紙媒体の「日記」は、高校にあがった年の1968年5月からほぼ1年1冊のペースで20年間分、1988年12月まで。そのあと1989年1月から「3年日記」という媒体で5冊分、2003年12月まで15年分が続く。

それと並行して、1987年ようやく日本語(漢字と平仮名)を入力できるようになったパソコン(MacPlus)で、日記を入力し始めた記憶があるが、この頃のデータは古いOSすぎて今では開けない。

Calender
その後、1997年にMacのOSが8になったのを期にパソコンを新しくし、幾つかの日記ソフトを試みた末「Now Up-to-Date」というカレンダーソフトにスケジュールを書き込み始めた。これが97年1月から(OSの都合で使えなくなる2005年頃を経て)2010年12月まで残っている。
それと並行してMacOSXのカレンダーソフトも2003年より使い始めている。そして、2010年6月から普通のWordやPagesで「日記」を書くようになり、これが現在まで続いている。

つまるところ、データがパソコン内にあって検索できるのは2008年頃からのたった10年分にすぎず、Macのカレンダーも12年以上前の記憶は不確か。Data入力したものはPDF化することで一応20年前まで遡って検索可能だが、それ以前の「手書き文字」媒体の日記やメモは、入力し直さない限りどう検索しても引っ掛からない(紙を処分してしまえば永遠に消滅)ということになる。

あらゆるデータはネット(&パソコン)上にある…というのは現代の「大いなる物語」だが、そこには巨大な「空隙」があることも事実。平成の30年が終わろうとし、著作権保護期間が70年になる時代を間近に控えたクリスマスイヴ。圧倒的な情報量の裏の広大無辺な空白を前に、「時」と「記憶」に関する茫漠たる思いが頭をよぎる。

2018年12月19日 (水)

年末のシューベルト

Tabe181219夜、田部京子さんのリサイタルを聴きに朝日浜離宮ホールへ。

CDデビュー25周年という区切りもあってか前半のシューマン「交響的練習曲」から気力充実した圧巻の演奏。彼女持ち前の音の美しさに力強さと自在さが加わり、神がかった感じさえする。

そして後半は、(田部さんの演奏に出会うきっかけにもなった)シューベルト最後の変ロ長調のソナタ(第21番)。デビュー時に既に完成された演奏だったが、今回はさらに一音一音が磨き抜かれ、それに力感が加わった底知れぬ演奏。この曲、美しい旋律の裏で退屈冗長な楽句も少なくないのだが、すべての音を丁寧にすくい上げ、一音も無駄にせず生命を与えていることに舌を巻く。

この時期のシューベルトの音楽はどこか病んだ諦観と「男の弱さ」が漂うのだが、母性が全てを包み込んで補完…というより昇華(成仏?)させている感じがする。シューベルト自身がこれを聞いたら「これは僕の考えていた音楽じゃない。でもこの方がいい!」と言うだろうか。私も彼女がプレイアデス舞曲集を演奏した時まさしく「これは僕の考えていた音楽じゃない。でもこの方がずっといい!」と言ったことを思い出す。

アンコールには、そのプレイアデス舞曲集から「真夜中のノエル」も演奏され、作曲者として客席で立って答礼。そのせいか、帰り際、サイン会に列をなしていた田部さんファンのおじさま群のひとりに「ヨシマツさん、おしあわせですね」と羨ましがられる(笑。

2018年12月14日 (金)

虹を見た

Rainbowa虹を見ることなどここ数年(いや、数十年かも知れない)なかったのに、なぜか朝・昼・晩と一日三回も見てしまう。

何か良いことがある兆しなのか……あるいは「もうひとつ虹を見る」というだけで(幸運は)もうお終いなのか…(笑

2018年12月13日 (木)

冬の京都

Kyotoa_12突然思い立って一瞬だけ、京都に行く。

紅葉も終わり、束の間のシーズンオフ……だと思ったのだが、あちこちに修学旅行や海外の団体さんがわさわさいて、落ち着かない。(TAXIの運転手さんに聞くと「紅葉の時に比べればガラガラですよ。ちゃんと道を歩けますもん」とのこと。

それでもなんとか、むかし平重盛の邸宅だったという新しいホテルの庭を覗き、清盛ゆかりの三十三間堂や六波羅蜜寺を訪ね、祇園の隠れ家的な(紹介されなければ絶対辿り着けないような細い路地の奥の)小さな料亭に寄る。

しかし、どこもかしこも自撮り棒を突っ立てた観光客だらけで、以前のような…しっとり・はんなり…は薄くなった。「Too Much Love Will Kill You」というQUEENの歌が頭の中でリフレインする。QUEEN人気も京都も、もう少し寂れて…もとい、落ち着いてくれた方がいいのに、と勝手なことを思う。

2018年12月10日 (月)

羨ましい作曲家たち

RssFM「ブラボー!オーケストラ」2本の収録にNHK 401スタジオへ。

12月16日(日)放送分は、ロッシーニ「ウィリアムテル」序曲、ベートーヴェン交響曲第7番。渡邊一正指揮東京フィル(2018年10月1日第11回平日の午後のコンサートより)

そして来年1月13日(日)放送分が、ロッシーニ「アルジェのイタリア女」「チェネレントラ」序曲@バッティストーニ指揮東京フィル(11月12日第121回オペラシティ定期より)。サン=サーンス交響曲第3番「オルガン付き」ミョンフン指揮東京フィル(10月5日第911回サントリー定期より)

古今の大作曲家たちには「彼らのような才能が欲しい・彼らのような音楽を書きたい」と憧れることはあっても、「彼らのような人生を歩みたい」と思うことは極めて少ない。素晴らしい音楽と引換えの罰ゲームのような人生がほとんどだからだ。

そんな中で「幼少時から神童と称えられ、青年期には人気作曲家として名を成し、奥さんにも子供にも経済的にも社会的にも恵まれて巨匠となり、悠々自適な晩年を過ごしてそこそこ長生きをする」タイプも稀に存在する。ロッシーニとサン=サーンスはその代表格かも知れない。

特に、20歳頃から年に4つも5つもオペラを書き飛ばして時代の寵児となり、人気絶頂の三十代後半でさっさと引退し、残りの人生はグルメ&美食三昧。それでも70代後半まで長生きしたロッシーニは「せめてなりたや」の憧れレベル。
同じく神童から巨匠になり、ピアノとオルガンの達人にして詩や絵から数学・天文学まで玄人はだしだったというインテリ博学のサン=サーンスも捨てがたい。もう何もかも手遅れだが・・・

2018年12月 9日 (日)

サイバーバード協奏曲TRIO版

Mitaka181209a_2三鷹市芸術センター風のホール〈須川展也リサイタル〉で、サイバーバード協奏曲TRIO版の初披露を聴く。

原曲は24年前(1994年)の作。3年前にピアノリダクション版を作って初演&録音して貰ったのだが、今回はそれにパーカッションを加えたTRIO版(sax:須川展也、p:小柳美奈子、perc:山口多嘉子)

Mitaka181209

本来はオーケストラが付いて成立する音楽…の筈なのだが、山口さんのパーカッション付きで聴いていると何だかこちらがオリジナルのような不思議な気がしてくる。

妹の看病の病室でスコアを書き、葬儀の直後に初演し、一緒にロンドンに行って録音し、アビーロードの横断歩道を4人で歩き、Chandosでの録音にマンチェスターまで行った色々な思い出が走馬燈のようによぎる。

2018年12月 8日 (土)

寿命のロウソク

Img_0014_2落語の「死神」に、寿命のロウソクが出て来る。寿命の短い消えそうなロウソクに、長いロウソクの火を足すと、生き長らえる。

このヴィジョンは基本的に「人は長生きしたいと思うもの」という前提があるのかも知れないが、もし寿命のロウソクをやり取り出来るのなら、私の残りの分はもう要らないから、誰かのロウソクに継ぎ足して差し上げたい、と最近しみじみ思う。

そもそも私のロウソク自体が、三十代くらいで消えるはずだったのを誰かに継ぎ足して貰ったような…そんな気がしてならないからだ。

2018年12月 1日 (土)

iPad Pro 2018

Ipadpro11aうっかり新しいiPad Proを買ってしまう。

初代iPad(第1世代/2010)から数えると8台目。(むかし「どうして女性はハンドバッグや靴を幾つも買うのだろう?一つあれば足りるのに」と不思議だったが、「その言葉そっくりApple Pencil付けてお返しします」と言われそうだ)

今や、書籍,コミックス,新聞,雑誌,楽譜などはほとんどこれで読むので、メガネと同じレベルの生活必需品。初代(680g/厚さ13.4㍉)から比べるとずいぶん軽く薄くなった(11インチで468g/厚さ5.9㍉)が、8年たっていることを思うと、もっと軽くなっていいような気がしないでもない。

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