平成最後の日
平成最後の日に、昭和最後の日(1989年1月7日)の日記を読む。
1月7日(土)くもり 6:33天皇陛下崩御。昭和最後の日となり明日から平成元年。
TVすべて追悼番組となり、CMもなし。FM、ラジオもクラシックのみ。巨大な大晦日のようだ。
1月8日(日)雨のちくもり。平成元年になる。静かな一日。
>そうそう。平成は「急に」なったのだった。昭和天皇の病気で半年ほど「自粛」の暗い雰囲気が日本中を包んだ後、正月明けの7日早朝に「崩御」の報。14時すぎにいきなり「平成」と発表された。当時の私は絵に描いたような貧乏作曲家(笑)で、狭い1Kのアパートを借りて、小さな電気ピアノで最初の交響曲を書き始めていた頃。崩御の前後に、暗く悲しい曲調なのが気に入られてか拙作〈朱鷺によせる哀歌〉が放送で時々流れていた(そう言えばその数ヶ月ほど前に…アナタの曲を含めて暗いクラシック/現代曲を「特別放送」用に何曲か録音するが「ご内密に」…というような話があった)ような気がする。
今なら色々な情報がネット上を飛び交うところだが、当時はネットもなければブログもなく、ようやく「パソコン通信」というテキストだけのデータ通信サービスが始まった頃。携帯電話などもちろんない(あっても冗談みたいに大きな箱形だった)。その2年ほど前(87年)に本格的にパソコン(macintosh plus)を導入し、細々と原稿を書くようになったものの、印刷はモノクロでぎざぎざのドットプリンターで、やり取りはFAX。打ち込みのMIDI音源で簡単なサンプル曲は作れるようになったものの、PCでオーケストラ曲を作曲したりスコアを書くことはまだまだ夢の夢。当然ながらスコアも日記も「手書き」で書いていた!(全面的にデジタル化したのは10年後の1997年から)。そんな時代だった。
…などと列挙して行くと、30年前のことながら微妙に「原始時代」っぽい感じがする(笑)。ほんの昨日のような…遠い遠い遙か昔のような…不思議な記憶である。(そして今日のことも、多くの人々の「プライベートな記憶」として後世に脈々と伝えられてゆくのだろう。子や孫の世代に「古〜い」と言われながら)