田部京子リサイタル@ピアノの深淵
夜、浜離宮朝日ホールへ田部京子さんのピアノ・リサイタルを聴きに行く。
ベートーヴェン:悲愴ソナタ、シューベルトのソナタ第13番、そしてシューマンの大作「幻想曲」というプログラム。精緻で美しい…深く澄んだ水面を覗き込むような…ピアノの音がひたひたとホールを包み込む。前半に演奏された「悲愴」の奥の繊細さ、シューベルトの清涼無垢な響き。時が静止したような時が流れる。
後半のシューマンの「幻想曲」は…個人的に未だに良く分からない曲のひとつ。彼女の演奏は、男の作曲家の音楽の底にある濁りや歪みのようなモノを優しく包み込む女神性みたいなものがあり(私の曲も随分それに助けられた)、シューベルトではそれが見事に発揮されるのだが、シューマンの闇は包み込むにしては歪みすぎている?のか、詩情や情熱を描くピアノの響きの向こうにある「怖さ」みたいなものをひたひたと感じる。(これをドイツロマン派の影の部分として堪能すべきなのか、苦汁のようなものと感じるべきなのか…)
最後にアンコールで演奏された「トロイメライ」も、あまりの美しさ静けさながら…実を言うと無垢さの向こうの闇を感じてしまったので、これはもう曲や演奏云々ではなく、聴いている自分自身の心の中の深淵を覗き込んでしまったということなのだろう(深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている…と言ったのはニーチェだったか)。鏡のように澄んだ水面に「暗い顔をした変な男」が映っていると思ったら、それは自分自身の顔だった…みたいなものだ(笑。
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