地の群れ
AmazonのPrimeVideoでひさしぶりに物凄く懐かしい映画を見た。熊井啓監督の「地の群れ」(1970年)。高校生の頃、新聞広告の《音楽:松村禎三》という小さなクレジットを見て(内容も知らずに)映画館に行ったのだが、なんと50年ぶりの再会である。
井上光晴の小説が原作で、戦後の長崎/佐世保が舞台。当時はなんの予備知識もなく見たので、ヒロインの紀比呂子の文字通り「掃き溜めに鶴」的な美しさ以外ほとんど印象に残っていなかったが、原爆の記憶を背景に、炭坑・被爆者・被差別部落・朝鮮人・教会・共産主義者・米軍基地などなどが入り交じる街で起こる錯綜した差別・憎悪・貧乏・強姦・自殺・殺人。今改めて見ると、ネズミの群れが火で焼き殺される原爆を象徴するようなシーンや、老婆が石礫で殺されるシーンなど、結構衝撃的だ。1970年当時もATG系超低予算作品として非商業的に上映されたこの題材、現代では色々な意味で上映は不可能だろうし、どう評していいのか皆目分からない。(ただ、当時は救いようのない暗い題材と思えたが、今見ると意外と女性が強く存在感をもって描かれていることに気付く。男たちはひたすら情けないのだけれど)
ちなみに松村禎三師の音楽(毎日映画コンクール音楽賞受賞)は、背景で地味に鳴っているだけで前面に出て来ることは殆どない。この頃は〈交響曲〉(1965)や〈管弦楽のための前奏曲〉(1968)のように大地の底辺にうごめく生命の群れのような音楽を発表していて、「地の群れ」というまさにぴったりのタイトルを見てそういう響きを期待したのだが、そもそも音楽が聞こえてくるような情景は(唯一「子守唄」のような歌が聞こえる以外は)皆無。原爆を象徴するシーンなどでは不協和音が盛大に鳴り渡っても良さそうに思えるが、響きはどこまでも淡々としている(編成としては打楽器と弦楽数名くらいだろうか)。マリンバの枯れたぽつぽついう音と高音できーんと耳鳴りのように響く弦の音だけが耳に残る不思議な音楽だ。
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