« 2021年2月 | トップページ | 2021年4月 »
先日(3/21)、無事FM解説(ブラボー!オーケストラ)の仕事を定年退職した。
昔から(作曲家の性なのか、そういう性格なのか)カメラやマイクを前にして上がることもなく、収録に5-6時間…とか、1時間枠の番組を一日で2・3本…などというペースも、「3分30秒話してください」とか「残り45秒何か話で繋いで下さい」などというリクエストもわりと難なくこなせてきたのだが、還暦を超えた頃から「疲れ」を覚えるようになり、65歳を超えると「しんどく」なってきた。うーん、やはり定年の壁は重い。
ちなみにこの番組、1時間番組で冒頭と終わりのテーマ音楽を除いて本編が58分30秒。そこにコンサートで演奏された10分前後の序曲、30分前後の協奏曲、40分前後の交響曲…というようなバラバラな長さの曲をはめ込んでゆくのだが、組み合わせ次第で、話したいことがいっぱいある曲なのに解説部分が1分ちょっとしかなかったり、逆に説明することが殆どない曲なのに解説時間が20分ちかくあったりして…結構頭を使う。もちろん一応は台本・タイムテーブルのようなものは貰うのだが、話す内容は基本的にすべてアドリブ。事前に作曲者や演奏者や曲に関わる資料やデータやトリビアなどなど調べたものをどっさりプリントにしてスタジオのデスクに積み上げ、それを見ながら横目でストップウォッチを見つつ、録音ではあるが生放送と同じ段取りで1時間番組は1時間かけて録ってゆく。
…というようなFM解説を勤めてかれこれ二十余年。収録は平日午後が多いので、終わると夕方。ただし16時17時頃という微妙な時間なので早めに開いている居酒屋をいくつか見つけ馴染みにしていたが、それも今はもうほとんどなくなってしまった。思い出すのは「シンフォニーコンサート」をやっていた頃に毎週通っていた焼鳥屋の板さんと社長だが、今頃どうしているだろうか。
代々木公園に散策に出たら、桜の花見に人が集まるのを防止するためと称するフェンスが、ぐるりと張り巡らされていた。
3月15日から4月11日まで限定のオレンジの壁。
これくらいでは今さらもう驚かないけれど、今回の件では本当に国も国民も錯乱している気がしてならない。頭に怪我をして(出血したら心臓に近いところを止血しろ…といわれて)首を絞めているような状況…と言ったらいいだろうか。
大友克洋の「AKIRA」で、AKIRAを封印した巨大設備を前に大佐が言ったこんな台詞を思い出した。「見て見ろ、この慌て振りを。怖いのだ。怖くてたまらず覆い隠したのだ。恥も尊厳も忘れ、築き上げてきた文明も科学もかなぐり捨てて、自ら開けた恐怖の穴を慌てて塞いだのだ」
今年の誕生日で運転免許証の更新…だったのだが、次回は(まだ生きていれば)70代になるし、こんな時期で講習会も混雑してそうだったので、思い立って…と言うより面倒くさくなって返納してしまうことにした。
そこで「返納します!」と意気込んで免許更新センターの受付に行ったわけなのだが、最初の一言が「まだお若いのに」(笑)。そして「わざわざ返納しなくても、更新の期限を過ぎれば自動的に失効になりますから何もしなくて大丈夫ですよ」と言われ、あっさりUターン(笑。返納した場合、代わりの身分証明書として「運転経歴証明書」↑というのを希望すると呉れるそうなのだが、無料ではないし、そこに貼る写真も別途必要。既にマイナンバーカードを持って居るならあまり意味がないとのこと。
ちなみに免許自体は、大学に上がってすぐ18歳の時に取って以来50年間無事故無違反のゴールド免許(優良運転者)。とは言っても(お察しの通り)ほとんど運転などしていないからで、最後に運転したのは30年以上も前。別に車を運転したかったわけではなく、作曲家という怪しい仕事を始めるに当たって身分証明書に当たるものが必要だったからで、大学近くの教習所で学割がきく間に取り、すぐに原付バイク(ホンダのスーパーカブ)を中古で手に入れて、御中元や御歳暮シーズンの荷物配達のアルバイトなどでフル稼働。休みの日などは三浦半島や高尾山から富士五湖あたりまで遠出した。
一方、四輪の方はと言うと…買うお金も置く場所もなかったので年に数回レンタカーを借りるくらい。それでも北海道一周とか東北旅行などで一週間くらい乗り回したこともあったし、軽井沢とか草津にも何度か出かけた。最後に乗ったのは確か佐渡だった。いや、若かった(笑
というわけで晴れて無免許になったわけだが、そうなると何だか急に中央高速を八ヶ岳あたりに向かって飛ばしたくなる。そう言えば、十代の頃はアストンマーチンかシボレーコルベットを持つのが夢だった。何処で道を誤ったか…
最近、隠居ひきこもり生活の慰め?に(突然思い立って)モデルガンを2丁ほど(S&W357とベレッタM9A1)大人買いした。
実はむかしむかし十代の頃、モデルガンを収集していたことがある。当時この種のマニアの聖地だった上野御徒町のMGC(ボンドショップ)に入り浸り、ワルサーPPKやP38、ルガーP08やモーゼルC96、南部14年式拳銃、S&Wチーフスペシャル、44マグナム、コルト・ガバメントなどなどを(ちゃんとしたモデルは高価なので安い模造品やプラモデルが多かったが)ずらりと棚に並べていた。
しかし一時期(70年代頃)モデルガンの規制が強化され、金属製に見えるものはNG、銃口はハッキリ塞がれていること、胴体は白く塗ること…などと厳しく決められ、持っていると銃刀法違反になると言われて泣く泣く処分することにした。それ以後は、いかにもオモチャな海賊のフリントロック式火縄銃?だけが愛銃だった(笑
というわけで、ひさびさに手にした本格的な金属(と言っても合金)製モデルガン。基本的にBB弾を発射するガスガン仕様なので、弾丸の装填まで再現はしていないが、弾倉やトリガー・安全装置・ブローバック風のメカニズムなどはホンモノそっくり。それより何より、手に握ったときのしっくり感、形、重さ、感触、安定感。あまりの「手になじむ感」に感動で震えてしまうほどだ。
こう言った銃器にしろ戦闘機や戦艦や戦車にしろ「すべて人を殺す道具じゃないか」と切り捨てる人も多そうだし、それも正論なのだが、その機能美に徹した美しさは楽器と同じ。片や音を出し片や弾を出すという違いはあれど、その形の美しさは男のコの心を鷲掴みにする。(特に武器というのは、文字通り生死を分ける処で生まれた存在であり、芸術品にはない実用的かつ「命懸け」な美を内包している気がする)。ただし、実弾を撃ってみたいとは思わないし、もちろん撃たれてみたいとも思わないけれど。