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2021年7月

2021年7月29日 (木)

夏休みの東京観光ごっこ

Img_2068どこにも行けない2年目の夏……都内のホテルで束の間の夏休み。

一人暮らしなのでそもそも都内のホテルにわざわざ泊まりに行く意味は全くないのだが…(コロナ禍になってから特に)たまの気分転換に(少なくともベッドが快適なので)出かけるようになった。

特に定宿はなく、ホテルの予約サイトで安く泊まれる日を探して毎回違う処に泊まる。交通費がほぼゼロなので、その分すべて宿泊費に回せるのも強み。外国から来たおのぼりさんの気分になって「おお、コレが(モスラが繭を作った)東京タワー!」とか「これが(ゴジラが壊した)国会議事堂!」「(シンゴジラの決戦の地となった)東京駅!」などと東京観光ごっこを楽しむ。

自由業の唯一の取り柄は、好きな時に好きな処に旅できることだったのだが・・・自由な「旅」が出来なくなってしまった今の世界では、これが唯一の「趣味」ということになるのかも知れない。

2021年7月24日 (土)

真夏のドイツロマン

Tabe2107浜離宮朝日ホールに田部京子ピアノリサイタルを聴きに行く。

曲目は…若きシューベルトのイ短調のピアノソナタ(第4番)、葬送行進曲付きのショパンの変ロ短調のソナタ、そしてシューマン流ピアニズムが全開の全8曲からなるクライスレリアーナ。

馥郁たるドイツロマンの香り漂う世界の向こうの透明な叙情。そこに交叉するショパンの哀感とシューマンの諧謔。真夏に冷房の効いたホールで聴くピアノの涼やかな歌。

…という夢の世界に水を差すのがマスク。もうすっかり慣れて顔の一部になった新世代人類もいるのかも知れないが、旧世代の一人としては…鼻と口を塞がれて音楽を聴くのは(目と耳を塞がれるよりはマシにしても)まだつらい。

普通に人と会って話が出来、音楽が聴け、自由に旅し、お酒が飲める日はいつ来るのだろう。

2021年7月23日 (金)

地球(テラ)にて

Img_2041オリンピック開会式最後の聖火点火シーンで、私の〈交響曲第2番・地球(テラ)にて〉が使われていた。

1991年に書かれCDも2種類ほど出ている曲なので、テレビ番組や映画のBGMで楽曲が使われる「選曲」と同じ扱いだが、もちろんひと月ほど前に「開会式で使いたい」という許可の申請があり、事務所を通じて了承している。ちなみに生演奏ではなくCD音源(カメラータトウキョウの私の作品集@外山雄三指揮東京フィル)である。

この曲、〈地球(テラ)にて〉という副題が五大陸を繋げるオリンピックっぽいと言えば言えるが、基本は鎮魂曲で、4つの楽章それぞれが・東(中近東~アジア)・北(北方文化圏)・西(西欧キリスト教文化圏)・南(アフリカ)という4つの地域の音の素材によるレクイエムになっている。

冒頭の第1楽章は湾岸戦争の時に書かれた暗く錯綜した鎮魂曲で始まるが、最後のフィナーレは湿っぽくならず明るく賑やかに死者を天国に送る…というアフリカ風の葬送歌。延々と繰り返されるマリンバの音型(ボレロ風)は、死者の名前を延々と読み上げてゆく追悼の儀式のイメージで、南アフリカのアパルトヘイトを描いた映画「遠い夜明け(Cry Freedom)」(1987)にインスパイアされている。そのため当初はゴスペル合唱隊を登場させようかと考えていたほどだが(もちろん予算の関係で即却下された)、何度か弔いの鐘が鳴り渡ったあと、最後は全てを肯定する「アーメン」で終わる。

そのあたりを含んだ上で「今回のオリンピックに相応しい」と思って選んでくれたのなら嬉しい(というより怖い)が、さてどうなのだろう。

ちなみに、これは全く偶然ながら、オリンピック閉会の翌8月9日(月)川崎での「フェスタサマーミューザ」最終コンサートでこの曲の全4楽章版が原田慶太楼指揮東京交響楽団により演奏される。生で演奏されるのは十数年ぶりくらいだが、オリンピックのオープニングと音楽フェスティバルのフィナーレで時を経ずして鳴り渡るという不思議な邂逅はちょっと感慨深い。

2021年7月19日 (月)

架空オリンピックの夏

Duocc

色々トラブル続きとなった57年ぶりの東京オリンピック。

今回の無観客での開催を機に……競技はすべてCG(コンピュータグラフィック)で作ったバーチャル空間で行い、世界中の選手は自宅からテレワークでアバター(義体)を参加させて競い、種目は体を使うものなら何でもありで、言語は全てネット経由で同時通訳され、音楽はすべてAIが瞬時に即興的に作る……という(国籍も性別も年齢も身体能力も問わず誰でも参加出来て自由な)形のオリンピックが現実になったらいいのに、と思う。

その時は私も、100ミリメートル走と猫パンチボクシングという種目を作って参加してみたい(笑

2021年7月15日 (木)

悪夢は続く、どこまでも

Masks_20210714090801マスクが外出時の必需品になって1年半が経つが……未だに慣れない。

とにかく息苦しいし・顔が見えないし・声が聞こえづらい。何しろ基本は…息をするな・人と会うな・話をするな・接触するな…なのだから生きることの否定に近い。エイリアンの幼虫を顔に貼り付かせているような不快感。

なのに街を行く人たちがみんな揃ってマスクをして黙々と歩いている光景は果てしなくシュール。むかしSF映画やホラー映画でよく観た「近未来の悪夢」を思い出し、軽く鳥肌が立つ。

そのうち、マスクを外しても大丈夫な状況の方が「緊急事態」になるのだろうか。

2021年7月13日 (火)

原田慶太楼氏と

Img_2034ジャパンアーツで指揮者:原田慶太楼氏と初顔合わせ。

この8月に私の交響曲第2番〈地球にて〉(改定4楽章版)を東京交響楽団と演奏するのを皮切りに、国内外で私の交響曲全曲を演奏するチクルスを構想中とのこと。

現在は新進指揮者として世界を舞台に大活躍中だが、元々はあらゆる楽器を演奏できるマルチプレイヤーを目指していたそうで、サクフォン奏者として〈ファジーバードソナタ〉も演奏しているとのこと。間口の広さと音楽を取り込む自在さ…そして生命力に満ちた〈若さ〉が羨ましい。

カフェ・フィガロ

Tumblr_5dabacb764d2d77ad55faa643c5c05cb_2010年3月(11年前!)にゲスト出演した《林田直樹の「カフェ・フィガロ」》アーカイヴ放送のお知らせ。

ちょうど〈タルカス〉を初披露するコンサートの直前で、プログレ談義のほか、〈アメリカReMix〉初演前のMIDIサンプル音源、黛敏郎「BUGAKU」でのGAGAKU=プログレ論など雑談が全開。今聞くと若い&早口という印象しかないが…(笑

カフェ・フィガロ-アーカイブ放送

2021年7月11日 (日)

ワクチン接種

Photo_20210706084801新型コロナワクチンの接種を終えた。

区の高齢者(65歳以上)枠で接種券が届いたのは5月初め頃。受付開始日にネットで予約したものの、1回目は6月下旬、2回目は7月初旬(1回目と2回目は3週間の間隔が必須)…と丸2ヶ月がかり。その間にはコロナ禍も少しは収まっているだろうかと期待したが、蔓延防止措置や緊急事態宣言が続く状況は相変わらず。

指定された接種場所(医師会のビル)に指定時間通り出向くと、簡単な手続と問診をしたあと「はい、ちょっと痛いですよ」と腕に注射され、ものの数分で接種終了。そのあと(副反応が出ることもあるので様子見のため)15分間じっとしている必要があるとかで別室で待機。

数メートル間隔に椅子が置かれた部屋で接種が終わった人たちと並んでボーッと待っていると、「もしかしたらタヌキか何かに騙されているのでは?」というような怪しい想像が頭の中に涌いてくる(笑。これもワクチンの副反応のひとつだろうか。

ワクチン自体は特に「打ちたい」とも「打ちたくない」とも思わなかったし、そもそも今回の新型ウィルス自体にリアルな恐怖を感じたことが一度も無い。ただ、感染者の増減に反応して次々と繰り出される正気を失った罰ゲームのような政策(…とそれによる生活・文化・経済の破壊)がひたすら心身を蝕み続けている。

無観客の東京オリンピックは、そんな災禍を記憶する(…映画「シン・ゴジラ」のラストで凍結されたゴジラが東京駅前にそそり立っているような)異形のモニュメントということになるのだろう。

2021年7月 9日 (金)

孤独のグルメの孤独

Kodokuno_20210709091301最近ひきこもり孤食しながらPrimeVideoの配信で見ているのが「孤独のグルメ」という番組。

中年男性が仕事の合間にあちこちの街で独り食事をするというだけの30/40分枠のセミドキュメンタリードラマ…なのだが、登場するお店はいわゆる有名店や高級店ではなく商店街などにある普通の庶民的な食べ物屋。和食・中華・各種民族料理からカフェ・スイーツまで好き嫌いなく「お腹が空いた」と行き当たりばったりに店に入ってメニューを隅から隅まで眺め色々と料理を頼んでは「うん、これはいい」とか「やはり米の飯に合う」とか(心の声で)呟きながら独りで次から次へとひたすら食べる。

それだけ……のドラマなのだが、知らない街で知らない店に入り知らない料理を注文する(しかも独りで!)というのは、普通の人にとっては結構ハードルが高い行為。なので、意外とギャンブル性やゲーム性もありグルメ(食通)ドラマとして成立しているような気がする。(実際、2012年に始まって以来今期でシーズン9を迎える長寿人気番組でもある)

主役の松重豊氏の(強面なのにとぼけた味わいの)シャイで寡黙な健啖家ぶりが絶妙だが、原作者の率いるScreenTonesというバンド?のオモチャ箱っぽい音楽も面白い。中でも主人公が「腹が減った」と決めのポーズを取るときのとぼけた「3音」↑が出色。

・追記・9日夜から始まった第9シーズンだが、登場人物がみんなマスクをしていることに(改めて)ショックを受ける。こんなご時世(特に飲食店関係)で仕方ないとは言え・・・ショック(泣

2021年7月 4日 (日)

人間とAIと音楽と

Guitarist

最近、若い人に「音楽の未来」について聞かれ、「人間が人間に希望を持ち続ける限り音楽は存在し続けると思いますよ」と大人の対応をしたのだが、そのあとでうっかり「でも、ぼくは今ちょっと失望しかけてるんですけどね」と漏らしてしまった。ちょっと反省している(笑

人類の祖先が十数万年前アフリカを出て世界中に大いなる旅をする過程(何万年前にアジアの何処に到達し・何万年前に南米の何処に到達…というような)は結構細かく分かるらしい。その理由はシンプルで…人類が到達するとその地域の生物の大量絶滅が起こるからなのだそうだ。

つまるところ人類の最大の資質というのは、二足歩行し両手を扱えるようになったことで「暴力と殺戮」というスキルを得、知能を持ったことで「虚構や妄想(宗教や国家)」を共有するようになったこと…に尽きるらしい。若い人向けにはもう少しオブラートに包んだ表現にした方がいいような気もするが、あれから十万年ほど経ったはずの現代でも思い当たることが多すぎて怖い。

AI(人工知能)にそんな人類の歴史をみっちり学習させたところ「人類は絶滅させた方がいい」と言い出したので慌てて電源を切った…という話(SFでも定番だが、どこまで本当かは不明)があるが、私がAIでも同じ結論に達する気がする。その結果、未知のウィルスを撒いて、それに効くワクチンと称して全人類に微毒をうたせ、繁殖を抑止させ絶滅に導く…という陰謀がどこかで進行しているのかも知れない(笑

それでも「音楽」だけは人類の生み落とした美しい存在(かつ非暴力の象徴)だと思ってきた。しかし、これも基本は他者の心を組み伏せる暴力(そして武器)のひとつと言えなくもないことに最近ふと気付いてしまった。いや、今さらそんなことに気付いてももう手遅れなのだけれど。

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