フォト

Home page

お知らせ

  • 音楽館
    作品視聴…映像付き
  • 楽譜出版《ASKS.orchestra》交響曲,協奏曲,室内楽などのスコアを電子版(PDF)で販売中。海外向け→**
    出版作品一覧→***NEW
  • 《図解クラシック音楽大事典》(学研)イラストとまんがでオーケストラや楽典から音楽史までを紹介する掟破りの入門書。旧〈音楽大事典〉の超大幅改訂復刻版。
    作曲は鳥のごとく》(春秋社)自らの作曲家生活を綴った独学の音楽史@2013年3月刊
    《調性で読み解くクラシック》(ヤマハ)調性および音楽の謎を楽理・楽器・科学・歴史から読み解く文庫版入門書。
  • ブラボー!オーケストラ
    ・NHK-FM 毎週日曜日19:20~20:20放送。毎月第1-2日曜日(+α)東京枠解説担当。
    ・09月03日
    ・10月01日

2016年12月25日 (日)

名古屋 de Xmas

Nagoya17来年3日のニューイヤーコンサートのリハーサル立会いに名古屋へ。

フィナーレの「星に願いを」(Sp:鈴木慶江、Ten:ジョン・健・ヌッツォ、vn:宮本笑里、vc:遠藤真理、p:鈴木謙一郎、名古屋少年少女合唱団、角田鋼亮、名古屋フィル)および「トロイメライ」(チェロと弦楽オーケストラ)、「月の光」(ピアノとチェロ)のアレンジを担当したので練習に立ち会うこと1時間ほど。

帰りにちょっと熱田神宮に寄ってお参りし、滞在2時間ほどで東京に戻る。名古屋駅・東京駅とも人でごった返していて、「何があったの?」と思ったら、クリスマスなのですね。

2016年11月15日 (火)

紅葉@京都

Kyotoc骨休めに紅葉の京都へ。

まだ紅葉にはちょっと早いか…とも思ったが、定番の永観堂や南禅寺あたりはなかなかの鮮やかさ。寒いと思って少し着込んでいったのだが、 前日の雨が上がって暖かくなり、散策しているうちに汗だくになる。

昼、後白河法皇ゆかりの「法住寺」で身代わり不動尊の大祭。小さなお寺なので大祭といってもこじんまりしたものだが、笛や箏の演奏や山伏と鬼の行列があり、最後に護摩焚きという地元っぽい可愛らしいお祭。今様狂いの後白河法皇(松田翔太サン)のにやりと笑った顔が浮かんできて思わず顔がほころぶ。

Kyotod このあたりは大河ドラマ(平清盛)の下調べでも何回か訪れた「六波羅」の地。すぐ隣が後白河と清盛ゆかりの三十三間堂で、最近そこからちょっと歩いたところに新しくフォーシーズンズホテルが出来たそうなので、ちょっと覗いてみる。お金持ち外国人向け?の高級ホテル仕様だが、装飾は木の感触が多くどこか和風な処があって、着物姿でも釣り合うのが京都風か。元は重盛の屋敷があった場所なのだとか。

Kyotof夜は、柳馬場通りの料理屋でお酒を飲んだ後、雲間から見え隠れする大きな月(スーパームーン)を愛でる。前日(14日)の満月は天気が悪くて見られなかったが、今日が十五夜。月の出が17:30で、20時頃には東山の上に良い感じに浮かぶ。ほろ酔い加減で見上げると、ちょっとギョッとする大きさだ。

850年ほど昔、かの法皇もここから月を見上げ、今様を夜通し喉がかれるまで歌われのだろうか。♪月はおぼろに東山〜(…は、ちょっと違うか)

2016年10月 3日 (月)

八橋検校と金平糖

Kyoto161003a昨日の講演で八橋検校のことをネタにしてしまったので、黒谷の金戒光明寺まで墓参(&御礼)に行く。

寺の一番奥まった高台の上(文殊塔の裏)にあるので、当然ガイド(矢印)くらい立っているかと思ったら何もないので吃驚。さらにTAXIの運転手さんも「有名な方なんですか?」と聞くので二度吃驚。

8hashiそもそも八橋検校のお墓参りに沢山の人が来るので、お箏の形に見立てた干菓子→を参道の茶店で売るようになったのが「八ツ橋」の起源ですよ…と説明すると「へぇ、そうなんですか」と言うので三度吃驚。(ということは京都の方なら誰でも知っていると思って話した昨日の八ッ橋ネタは意外と分かる人が少なかったのか?と思い当たって冷や汗)

Kyoto161003b
というわけで、帰りに参道の聖護院八ッ橋(写真左)に寄り、昔ながらの固い旧八ッ橋と柔らかい生八ッ橋を購入。

Konpeitoついでに百万遍近くの緑寿庵清水(写真右/金平糖の専門店)にも足をのばしてみる。最近は日本酒やブランデーの金平糖も作っているとかで狭い店内は良い香り。最新作はハロウィン向けのカボチャの金平糖なのだそうだ。そのうちアイスクリームの金平糖!などというのも出て来る?かも知れない。

2016年10月 2日 (日)

京都音楽家クラブ講演

Chroni京都音楽家クラブ60周年記念例会に招かれ、「調性で読み解く京都の音楽」というテーマで講演を行う。

人前で講演をする…ということはまずやらないのだが、今回は「京都」に惹かれてふらふらとお引き受けしてしまった。ちょうど、大河ドラマ(平清盛)の仕事以来、京都(日本)と西洋の並行音楽史のようなことに興味があったので、人類400万年の音楽の歴史〜平安京の音楽〜日本と西洋の音楽の出会い〜音楽の現在と未来…というような大風呂敷を広げたお話を、パソコン2台を持ち込んで「画像」と「音源」を流しながら1時間ほどさせていただいた。

弦の3分の1部分を押さえることから生まれる「完全5度」の響きが多様な音階をうみ、それが五行思想と絡まって東西南北・春夏秋冬(青龍・白虎・朱雀・玄武)の「調べ」を生む…というあたりは、平安京の碁盤の目の中(しかも会場となったホテルは御所のすぐ近く)に居ることを思うと感動を新たにさせられる。

PhotoPhoto_3さらに、江戸時代の箏曲の名手(「六段」の作曲者)八橋検校が亡くなった年にバッハが生まれている…という視点で見ると、西洋クラシック音楽の歴史というのは御菓子の八ッ橋(箏の形に見立てて作ったと言われる京都を代表する御菓子)とほぼ同じ…という話にすんなり「あはは」と笑えるのは京都ならでは。

おまけに、1889年(明治22年)にブラームスやチャイコフスキーやマーラーやドビュッシーやシベリウスが現役でひしめいている頃のドイツに医学留学した曾祖父(駒造)の話をしたところ「その人、知っている(名前を聞いたことがある)よ」と仰る医学関係の方にもお会いして吃驚。

話していて自分自身も改めて勉強させられた意義深い一夜となった。ご静聴下さった皆様に感謝 。

2016年9月20日 (火)

マンチェスターのBBC放送局

BbcGoogleMapでイギリスを検索していて、マンチェスターのBBC放送局ビルが無くなっていることに(今頃)気が付いた。

ここのスタジオ(Studio 7)は、1995年から2003年まで毎年訪れ、マエストロ・フジオカ&BBCフィルと一緒に私のオーケストラ作品集(Chandos)を計7枚録音した思い出の場所。

建物(New Broadcasting House)は1975年に建設されたものだそうで、90年代当時もいくぶん古びた感じだったが、2012年に取り壊され、西に2キロほど離れた新しいMediaCityビルに移転したのらしい。

(写真上は当時のビル。下はGoogleMapで見た現在の様子。3本並んだ街路樹だけが残っていて、跡地は公園&駐車場になっている様子)

8年間で計7回訪れたが、スコアだけを詰めた小さなバッグ一つでぷいと飛行機に乗り、空港とスタジオとホテル(最初は藤岡氏のアパート)の間を行き来するだけで、あとは丸3日間ほどスタジオに籠もりきり。街を散歩した記憶もほとんどなく、観光や買い物をした覚えもない。今から思うと勿体ない話だ。

ちなみに当時はまだホームページもブログも無かった頃で、写真(もちろんカメラはフィルム式である) もほとんど撮っていない。今だったら「イギリス録音記」とでも称して毎日レコーディングの様子をアップしてただろうに、かえすがえすも勿体ない話である・・・

下の写真は1998年12月、3枚目のアルバムで交響曲第3番とサイバーバード協奏曲を録音したときのスナップ。指揮:藤岡幸夫氏、サクソフォンはもちろん須川展也氏。20年近く前なので、みんな若い若い・・・。

1998m

2016年8月24日 (水)

京都de残暑

Kyoto16824_24ヶ月ぶりの京都。天気がよかったので今宮神社〜大徳寺〜船岡山と市内北部を散策する・・・

今回寄りたかった船岡山は平安京時代の京都の南北の起点(現在の京都はその当時と比べるとかなり東に寄ってしまっている)。ここを北の玄武に見立てて都を作ったと言われ、登ると京都の街がほぼ一望できる(五山の送り火などはさぞ良い眺めだったろうと思う)…

…のだが、さすがに残暑の8月。天気が良い…というよりはカンカン照りの陽気で、人っ子一人おらず。山頂(標高100mほど)の小公園は日差しを遮るものもなく、暑さでふらふらになる。

汗だくになって駅に戻る途中、腰痛に効くという護王神社に寄って参拝。座りっぱなしの仕事は腰に来るので、ここ数年、来るたびに寄っている(ような気がする)。

Kyoto16824b
夜は、ホテルで紹介して貰った祇園門前通り(このあたりは「鴨東」と呼ばれ古美術の店が多い場所だと今回初めて知る) の「陶然亭」で食事。京都はひと皿ひと皿が美しい。

明日へのかたち展2016

Kyotof母(道子)が毎年出品している〈明日へのかたち展〉の初日を見に京都へ。

今回は、←旧作「巨木との対話」。

例年は9月下旬開催なのだが、今年からひと月早まった模様。それにしても8月の京都は・・・暑い(泣。

8月24日(水)から28日(日)まで、京都文化博物館(中京区三条高倉)5Fにて。入場無料。

2016年4月20日 (水)

平安宮を歩く

Kyoto16420a_2ちょっと調べたいことが出来て、いつもの路地を抜けて京都へ。

まず清盛の頃の京都(平安京)を復元した模型がある平安京創世館(丸太町七本松)へ行き、しばし平安時代の京の都にトリップ。

中央を走る朱雀大路(写真左上)の奥の奥が平安宮。清盛と白河法皇が対峙した?大極殿跡(写真左下)が現在の千本通り丸太町あたり。五条大橋を渡った鴨川沿いの一角(写真右上)が六波羅&清盛邸。

創世館の近くを散策すると、あちこちに「平安宮内裏XX殿跡」という石碑が建っているが、全く普通の住宅街で当時の面影は微塵もない。(一旦焼け野原になり、秀吉・家康で大改修され、現在の京都の街は当時よりかなり東にずれて作られている)

音楽を司る「雅楽寮」は、1.5km四方ほどの平安宮の東南端にあったそうで、場所としては現在の二条城本丸あたり。そこで何をやっていたのか興味津々である。 (ちなみに、現在の二条城は京都の南北線からわざわざ3度ほど傾いて建てられていて、これもちょっと不思議)。

Kyoto16419天気が良かったので、「伏見稲荷に清水寺・金閣銀閣・嵐山」(混雑が度を過ぎているので行ってはいけない場所)の禁を破って?嵐山へ。

観光客の多さは尋常ではないが、ちょっと外れると静かな場所はいくらでもある。というわけで、天龍寺隣の宝厳院でしばし休息。

市内に戻ると、学生たちが熊本地震の救援募金活動をやっている。そう言えば3年ほど前、京都も台風で桂川が氾濫して大変だった。自然は美しい。けれど、怖い。(そして人間も…)

2016年2月18日 (木)

続2月の京都・梅苑

Kyoto160218

最近の京都はいつ来ても混んでますね…とタクシーの運転手サンに愚痴をこぼしたら、「おかげさんで…」とニコッと微笑んだ後、外人サンが多くて年中混雑の場所として「伏見稲荷に清水寺・金閣・銀閣・嵐山」という呪文を教えてくれた(笑)。

ついでに平安京云々の話をしたら「応仁の乱で焼けなかったのは千本釈迦堂さんくらいですヮ」と言われ、急遽その大報国寺へ。写真左上がその本堂(柱に当時の刀傷が残っている)。

宝物殿にあった室町時代の鼉太鼓(だだいこ。雅楽で使う巨大な太鼓)の縁一対(龍と鳳凰)がなかなかの逸品で、ドドンという音と共に交響曲が聞こえたような気がした。…のだが、しばし見とれていると足元の板の間から底冷えが伝わり、たまらず外へ。

そして梅の香りに誘われ、すぐ近くの北野天満宮へ。ちょうど梅が見頃ということで、天気も良くぽかぽか陽気の中、 紅白の梅が咲き乱れる御土居の梅苑を散策する。

ちなみに、御土居(おどい)というのは秀吉の時代に作られた京都をぐるりと囲む土塁で、高さ5m全長22.5kmのベルリンの壁のようなもの。今はほとんど取り崩されて数カ所残るのみだが、京都の不思議のひとつ。

…と、ちょっと歩いただけで、江戸時代〜平安時代〜室町時代〜安土桃山時代…と空想のタイムトラベルが出来るのが京都の面白いところ。というわけで、夕暮れの先斗町で一杯ひっかけた後、路地を抜けて東京に戻る。

2016年2月17日 (水)

2月の京都・島原

Kyoto160217江戸時代の遊郭(花街)の話を読んでいて、ふと思い立ち、いつもの路地を抜けて京都島原へ。

島原(京都)は、新町(大阪)、吉原(江戸)と並ぶ日本三大花街のうち最古の街。吉野太夫、夕霧太夫などの名妓を生み、花魁や芸者など日本独自の文化の礎を築いた地でもある。

しかし、現在は輪違屋(わちがいや)と資料館となっている角屋(すみや)の二軒の置屋の建物が当時を偲ばせるのみで、あとはほぼ普通の住宅街。太夫や天神たちが歩いていた頃を空想しながら大門から西門跡まで歩いても、観光客らしき人間は私一人。海外からの観光客が溢れ、「舞妓さんに手を触れないで下さい」という立て看板まである(動物園じゃないんだから!)祇園花見小路とは比べるべくもない。

そんな島原散策の跡、二条城南の神泉苑へ。ここは平安遷都(794)の当時もあった古代湖の跡らしい。というわけで、青空を映す水面を愛でながらしばし平安の昔を偲ぶ。

ちなみに、京都は平安京の頃と現在とでは位置関係がかなり違う。大河「平清盛」の時に取材で訪れて初めて知ると共にビックリ仰天したのだが、そもそも京都御所の場所が全然違ううえ、中央大通りである朱雀大路(現在の千本通あたり)すら影も形もない。(歴史に詳しい人なら、あの「本能寺」も当時は全然違う場所にあったことを知っているはず)。現在の京都御所に行って「ああ、ここで白河法皇や清盛が…」と思ったら、全然ちがうのである。

何ででしょう?と聞くと「はぁ、先の戦争で焼けまして」「あぁ、(太平洋戦争のとき)空襲があったんですか」「いえ、応仁の乱で…」というのが京都の鉄板ネタ。

より以前の記事一覧