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お知らせ

  • らららクラシック@バルトーク〈管弦楽のための協奏曲〉
    ・NHK-ETV 6月16日(金)21:30〜22:00放送。司会:高橋克典、牛田茉友。ゲスト:関口知宏/吉松隆。
  • 音楽館
    作品視聴…映像付き
  • 楽譜出版《ASKS.orchestra》交響曲,協奏曲,室内楽などのスコアを電子版(PDF)で販売中。海外向け→**
    出版作品一覧→***NEW
  • 《図解クラシック音楽大事典》(学研)イラストとまんがでオーケストラや楽典から音楽史までを紹介する掟破りの入門書。旧〈音楽大事典〉の超大幅改訂復刻版。
    作曲は鳥のごとく》(春秋社)自らの作曲家生活を綴った独学の音楽史@2013年3月刊
    《調性で読み解くクラシック》(ヤマハ)調性および音楽の謎を楽理・楽器・科学・歴史から読み解く文庫版入門書。
  • ブラボー!オーケストラ
    ・NHK-FM 毎週日曜日19:20~20:20放送。毎月第1-2日曜日(+α)東京枠解説担当。
    ・06月04日/11日/18日
    ・07月02日

2016年1月 7日 (木)

ブーレーズ氏追悼

_57ピエール・ブーレーズ(1925〜2016)氏が亡くなった。

作曲家として1950~60年代、指揮者として70~80年代に音楽界の新しい道を切り拓いた鬼才であり、多くのことを勉強させていただき、色々な面で(間接的かつ野次馬的ながら)お世話になった尊い先達でもある。

合掌。

2015年6月24日 (水)

パート譜にがいかしょっぱいか

Printc_2 今は昔、作曲家として仕事を始めた1970~80年代頃、渋谷のNHKの近くの「プリントセンター」という写譜(浄譜)の会社に随分通い詰めた。なにしろオーケストラでもアンサンブルでも、作品を書き上げてまず真っ先に楽譜を持って行くのがこの「写譜屋サン」だったからだ。

むかしから作曲家と写譜業というのは切っても切れない仲。作曲家が書くのはスコア(総譜)というオーケストラ全部の楽器を書き込んだ数十段に及ぶ楽譜だが、それだけでは音も出ないし演奏も出来ない。演奏して貰うためにはそれぞれの楽器が演奏する音符を抜き書きした「パート譜」というのを作る必要がある。この…スコアからパート譜に書き写すのが「写譜」(あるいは作曲家の手書き譜を清書するので「浄譜」)という仕事である。

現代でも、放送局のまわりではドラマの音楽から歌謡曲の伴奏などに至るまで毎日毎日膨大な作曲編曲の楽譜が生まれ、毎月毎週毎日スタジオやコンサートホールに供給される。それを「早く・正確に・間違いなく・読みやすく・譜めくりしやすく」、しかも全て「手書き」で行っていたのだから大変な仕事である。私もデビュー以来、現代曲の新作からテレビやラジオの音楽まで、(貧乏時代に自分で制作したモノ以外は)《プリントセンター》か写譜専門の《ハッスルコピー》のお世話になっていた。

その後、プリントセンターはNHKプリンテックスとなり、さらに放送局関連の印刷や制作を総合的に行うNHKビジネスクリエイトとなり現在に至る・・・のだが、その「楽譜制作」部門、今月で業務終了になるのだそうだ。最近は楽譜も原稿と同じくほとんどコンピュータ制作してデータでやり取りする時代になり、写譜や浄譜の世界もかなり様変わりしたから、これも時流ということなのだろう。

とは言え、デビュー以来40年近い付き合い…しかも一番辛く苦しい時代の記憶が色々ある身としては…名残惜しい…とか、感慨深い…というような言葉では片付けられない複雑な情が背中を這い上がってくるのを感じつつ、思いにふける。

2015年4月14日 (火)

田園のトォテテ テテテイ

BeethovenpNHK 502スタジオでFM「ブラボー!オーケストラ」5月分2本の収録。

5月10日(日)放送分は、ベートーヴェン:交響曲第6番「田園」ほか。阪哲朗指揮東京フィル(第857回オーチャード定期より)
5月17日(日)放送分は、ワーグナー:ニュルンベルクのマイスタージンガー前奏曲、ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」より第1楽章(p:仲道郁代)、同:交響曲「ウェリントンの勝利」。飯守泰次郎指揮東京フィル(第62回午後のコンサートより)
          *

No6
ベートーヴェンの第六交響曲…と言えば、なぜか思い出すのが宮澤賢治の「セロ弾きのゴーシュ」。彼が所属する町のオーケストラ金星音楽団が練習していたのが(おそらく)この曲で、冒頭、楽長(指揮者)が練習途中「トォテテ テテテイ」の処でセロが遅れたのでやり直し!と叫ぶところから物語は始まる。

さて、これは何処の部分なのだろう?というのが昔から気になっているのだが、以前は、第1楽章冒頭のテーマ後半(上)や第3楽章の同じくテーマ後半(中)あたりを思い浮かべていた。しかし、「チェロが遅れる!」と指摘されていることを考えると(どちらもチェロでは弾いていないので)どうも違う。それに、その前後ではトランペットもクラリネットも鳴っているらしい(原典参照)ということになると…。

おそらく有力候補は、終楽章の26〜27小節あたり(下)だろうか。その直前25小節からトランペットが登場し、チェロ・ヴィオラ・ホルン・クラリネットによるテーマ斉奏になる。この部分後半が「トォテテ テテテイ」。当然チェロが遅れれば目立つし、楽長が「今の前の小節(つまり25小節め)から」と振り始めるのも納得できる。さらに「このへんは曲の心臓なんだ。それがこんなガサガサしたことで」という指摘も有り得そうだ。賢治サン、如何?

2015年3月12日 (木)

夢だけど夢じゃなかった…銀河鉄道考

Ginga_2 今書いている〈KENJI…宮澤賢治によせる〉という曲の最終章は「銀河鉄道の夜」をベースにしている。しかし、この余りにも有名な作品、私が最初に読んだもの(昭和28年角川書店刊の宮澤賢治集)と現在出版されているものとは、登場人物も構成も終わり方も随分違う。

現在の版(後期形)では、ジョバンニはケンタウル祭の夜、丘の上で銀河鉄道の夢(友人カンパネルラと銀河を旅行する)を見、目を覚ました後、川に寄ってカンパネルラの死を知る。銀河鉄道は純粋にジョバンニが見た「夢」として処理され、ラストは家(現実)に帰るジョバンニで終わる。

一方、私が読んだ古い版(初期形)では、ジョバンニはカンパネルラが川で溺れたことを知った哀しみで丘の上に行き、銀河鉄道に乗る。そしてカンパネルラと銀河を旅するが、突然見失う。そのあと目を覚まし、セロのような声の博士(ブルカニロ博士)からカンパネルラが死んだことと銀河鉄道がある種の心理学的実験だったことを告げられ、ラストは琴の星の描写で余韻を残して終わる。

賢治の死後、昭和30年代くらいまでは、後者の形で出版されていたが、その後色々な研究から、夢から覚めてカンパネルラの水死を知るまでのシーン(原稿用紙の裏に書かれた5枚)が最後に来るのが賢治の考えた最終形だということになったらしい。それに伴い、初期形で登場する博士や実験のくだりは全面削除した方が整合性がある…ということで昭和40年代以降、現在のような形になったという。

賢治自筆の原稿は83枚ほど残っているそうだが、原稿用紙の枡目に書かれているのは銀河鉄道に乗っている間の中盤半分ほど。あとは、序盤(学校から丘まで)も結尾(目が覚めてから最後まで)も用紙の裏に書かれた走り書きに近く、しかもあちこちバッテンで消されていたり二重三重に書き込みが成されている。最終的にどういう構成にするつもりだったのかは、賢治亡き今となっては永遠の謎である。

現在、普通に出版されている「最終形」は、確かに物語の構成自体はかなりスッキリ分かりやすくなったが、ブルカニロ博士の存在を抹消したことで、彼が宇宙や世界についてジョバンニに語るステキな言葉まで全面削除されてしまったことは残念でならない。私が「銀河鉄道の夜」で一番好きなのは、博士がジョバンニに語るこんな言葉だからだ。

Genko

「みんながめいめい自分の神様が本当の神様だと言うだろう。
けれども、他の神様を信ずる人たちのしたことでも涙がこぼれるだろう。
それから、僕たちの心がいいとか悪いとか議論するだろう。
そして、勝負がつかないだろう。

けれどももし、おまえが本当に勉強して、
実験で本当の考えとウソの考えとを分けてしまえば
その実験の方法さえ決まれば、
もう信仰も化学と同じようになる」

                  *

もうひとつ、個人的に気になるのは、最初に読んだ古い版のラスト、
  「琴の星がずうっと西の方に移って
  そしてまた〈夢〉のように足をのばしていました」
という部分である。
(ちなみに、その部分の原稿(右上)は、半紙に書かれた鉛筆での走り書き。「カンパネルラをぼんやり思い出すこと」などというメモがあり、草稿の最終ページだったため、これが物語の結尾だと思われていた)。

昔の版で読んだ私にとっては、これこそが「銀河鉄道の夜」を締めくくる印象深いエンディングだった。銀河鉄道について「なんだ、夢だったのか」というような身も蓋もないことは言わず、最後に星を見上げて「夢のよう」と遠回しに述懐する詩的で見事なラストだと感心したほどである。

Yume3_2 しかし、現在ではこの「夢のように」という部分も、「夢」というのは誤植で「蕈(きのこ)」が正しいとされ、そのように修正されている。

←写真一番左がその《夢/蕈》の該当部分。鉛筆による走り書きなので確かに「夢」とも読める微妙な筆跡だ。

一方、真ん中は「五.天気輪の柱」の中で琴座に触れた「蕈のように」の部分。こちらは原稿用紙にインクで清書された文字であり、明らかに「キノコ」と読める。
そして、一番右は別の部分でペンで書かれた「夢」の筆跡である。

この物語では琴座と蕈はペアで登場し、キノコだからこそ「足」つまり傘の下の柄の部分を「のばして」いるのだ…と言われてしまえばその通りなのだが、この美しい物語のラストを締めくくる琴座の描写が 「夢のよう…」という表現だったからこそ「ああ、なんて美しい終わり方なんだろう」と思ったのは私だけではないはずだ。
だから、これがラストですらなく、しかも「キノコ」と書かれている(新しい)《銀河鉄道の夜》を読んだときのショックったらなかった。

確かに「夢」ではないのかも知れない。
でも「夢」であって欲しいと願わずには居られない。
賢治さん、「夢」だと言って呉れ。

2014年11月28日 (金)

手書きスコアの時代

Matsumurat楽譜棚を整理していて松村禎三師の「管絃楽のための前奏曲」(1968)のスコア(手書きのコピー)を久し振りに見つけ、京都で見た東寺の「曼荼羅」を思い出していた。

冒頭のオーボエ・ソロの旋律がひたすら増殖して全オーケストラに広がってゆく…というワンアイデアの作品なのだが、同じ発想の「ボレロ」と違って、こちらは完全に東洋的な世界。数百数千の仏像の群がびっしり世界を埋め尽くすような圧倒的なイメージを持った曲で、この曲を一聴して以来この作曲技法に10年ほど「取り憑かれ」てしまった。(高校の頃、気付くといつもこの旋律を口笛で吹いていて、同級生に「気持ち悪いから!」と何度も指摘されたほど。確かにボレロの旋律より不気味ではある・(=_=)・)。19歳の時に松村さんの処に無理やり伺ったのも「こんな曲を書くのはどんな人なのか?」と知りたかったことが大きい。

もともと松村さんは京都の呉服屋の生まれで、父親がかなり熱心な仏教徒だったという。だから、この曲が「ボレロ」を意識しつつ「曼荼羅」を思わせる処があるのもあながち的外れではないようで、実際、後半に般若心経を歌う千人の大合唱を付ける構想もあったと聞く。この曲は、その巨大な作品への「前奏曲」ということだったのらしい) …もうひとつ、「実はこの曲はね…」とむかし師匠が語ってくれた驚愕のネタがあるのだが、それは…あまりにホラーすぎてちょっと人には言えない…_(_^_)_

Takemitsut それにしてもこの手書きのスコアは、「よくもまあこんなにビッシリゴチャゴチャと書き込んだものだ」と呆気に取られたという点でも衝撃的だった。この時代(1960ー70年代)の武満さんと松村さんは「無駄に書き込んだ細かいスコア」の競争をしていたのでは?と思うほど精緻な(美術品のような)楽譜を残していて(武満さんの極致は縦1.1m、80段を優に超える巨大スコアの「カシオペア」(1971)か→) 、私を含む多くの若い作曲家たちに悪影響(?)を与えている・(=_=)・。

現在は、私自身すべてパソコン入力&清書になっているほどで、今さら「手書きに戻れ」などと言う気はないが、この「膨大で無駄な手間」こそが、あの時代のひたむきな情熱の一部だったことは確かだ。そこから生まれた「無駄にゴチャゴチャ書き込まれた」スコアたちは、私にとって貴重な青春の記憶(おかげで青春を潰してしまったという恨みも込めて)であるとともに生涯の大いなる宝物でもある。

2014年10月19日 (日)

名前の英文表記

Name

ここ40年分くらいの楽譜を整理していて改めて気になったのは、自分の名前の英文表記(の姓名順)だ。

個人的に、昔からなんとなく好みで「YOSHIMATSU,Takashi」(姓を大文字で、名を小文字で)という表記を使っているのだが、音楽業界では、レコードやCDなどからプログラムまで(今でも)ほとんどが「名・姓」の順番が定着している。気になって調べてみたら、私の作品が入っているアルバムは国内外盤問わずすべて(一枚の例外もなく)「Takashi Yoshimatsu…と「名・姓」の順番だった。(しかし「平清盛」は、Kiyomori TAIRA…とはなっていないようなのだが・φ(.. )

確かに、海外で名乗るときは「名・姓」の順でないと「どっちが名前デスか ?」と改めて聞かれてしまうことが多い(特に、どちらが姓でも名でもあり得るような名前の場合はなおさら)ので、おそらく明治時代に渡欧した先人たちが「外国に合わせて」名・姓の逆順にすることを慣習としたのは分かる気がする。

ただ、最近では国語審議会などでも「姓・名の順(Yamada Tarou)にすることが望ましい」と明言しているように、少なくとも国内発信する分は「姓・名」のスタイルが多くなりそうだ。もっとも、その場合はやはり(相手が混乱しないように)…姓=大文字、名=小文字…のような分かりやすい表記にすべきなのだろう・・・(などと書いていて気付いたのだが、クレジットカードなどはローマ字表記が全て大文字である。…こういうのはサテどうなるべきなのか?

2014年7月28日 (月)

敢えて今、交響曲を…

140728先月「交響曲を書くわけ」で受けた取材が記事になる(日本経済新聞28日夕刊)

うっかりピアノの上に置き忘れていた交響曲第7番のスケッチについても書かれてしまったが、これは「作曲中の作品」ではなく「ネタ」(なにしろ「鳥〜曼荼羅」なんて走り書きしてある)。死んだときに未完の交響曲の楽譜が・・・というのが夢なので・・・d(^-^)!

ちなみに、作品のスコアは(仮プリントアウトしない限り)パスワードでロックされたパソコンの中に入っているので、作曲者の死後は誰にも開けない文字通りの「お蔵(HD)入り」。というわけで・・・「この中に未完の交響曲のスコアが入っている筈ですが開けません」というHDだけが残される・・・と想像するとドキドキする(気分はほとんど「いぢわる爺サン」・(∩.∩)・

2014年7月10日 (木)

S氏事件取材 from U.S.A

Smrgアメリカの雑誌社からS氏事件についての取材記者氏来る。(何だかこのところ濃いキャラクターの人が次々テレビを賑わせているので、Sクンの件は何年前のことだっけ?と一瞬思ってしまったが、まだあれから半年もたっていないのだった)

もちろん多くの関係者に会って話を聞くそうだが、個人的に、この件は海外にどう伝わっているのだろう?という興味もあって取材を受けることにした。当初は「1時間くらい」という話だったのだが、日本のクラシック界の事情や作曲家の現実から交響曲の作り方なども含めて話すうち「盛り上がって」2時間半ほどに。この件の社会的な側面、情緒的な側面、音楽的な側面、極めて日本的な側面、NGな側面、OKな側面…とそれぞれ割り切って話ができたのは英語での取材(もちろん通訳付きだが)ということもあるのかも知れない。

ちなみに、件の〈交響曲第1番〉はスコアを見ながらひさしぶりに聞き直した。その後の怪しい顛末いきさつを知っていてもなお、この曲に宿る(一種異様なまでの)「生真面目さ」と「よく書けている!」感は変わらず。もちろん当時はツッ込めなかった色々なネタも再確認したが、何年か(何十年か)したら「おさわがせしました」と頭を下げて再び社会復帰してくれることを願う。

この曲を善意で紹介したおかげで危うく共犯者扱いされそうになった一人としては、これを書いたときの二人のやりとり(その時点では極めて大まじめに理想を語り合っていたと信じたい)について是非一度当人たちから詳しく話を聞いてみたい気がする……のだけれど、「まずは一発ぶん殴ってからネ♡」というと記者氏大笑い。

2014年4月20日 (日)

電子楽譜という世界

02_2今月から電子版の楽譜(スコア)をネットで販売して貰うことになった。さしあたりオーケストラ作品から邦楽曲まで12点。最終的には100点近くになる予定である。

もともとは楽譜を売ると言うより「どこも出版してくれない楽譜を(棚から出して)公開する」というのが目的で、どちらかというと「身辺整理(遺品整理?)」に近い。実際、商品として並んでいるスコア自体はすべて(電子版も手書き版スコアも含めて)自作の「手工芸作品」・・・作家で言えば、本人が書いたそのままの手書き自筆原稿やワープロ原稿・・・である。

ちなみに電子版はPDFという規格のデータで、これは10年ほど前から普及し始めた(書類も画像も楽譜も読み込める)〈汎用ドキュメントFormat〉。私個人が作曲作業に使っているFinaleというソフトも楽譜をこの規格で保存できるようになったので、ここ10年ほどの作品は簡単に電子版が作れ、メールで送付したりネット上で公開することができるようになった。

この電子版があれば、印刷出版したり楽器店に並べたり在庫や絶版に悩んだりすることなく(当然そう言ったコストもかからず)、1冊しか売れない楽譜でも(100万部売れる本と同じ顔をして)供給できる。ある意味、出版の大革命?のような気もしないでもない。

Scoreg

とは言え、それも「電子版にしさえすれば」というカッコ付きであり、そうなっていない楽譜は・・・1ページ1ページSCANして取り込みその画像を1枚1枚処理してゆく膨大な手作業が必要。これが簡単ではないのがつらいところだ(まあ、作家個人が「手間」さえ厭わなければ出来る…という点が微妙なのだが)。

さらに、楽譜の場合は電子書籍と違って、いかに電子版でも最終的には紙に印刷しなければ演奏などには使えない(そのうち電子版のパート譜でオーケストラが演奏する日も来るかも知れないが)のも問題。

結果、電子版楽譜のSHOPとは言っても、完全無人で自動化というわけにはいかず、印刷製本版やパート譜の手配などに対応する人力が必要(となると当然、維持費や人件費がかかる)。現実は「簡単に」「お安く」とはいかないようだ。

私個人は「手元にあるPDF化された自分のスコア」の(死後の?)保存先として悪くない…とお任せすることにしたが、これから自分の音楽を売り出す若い作曲家諸氏は自作の「楽譜」を世に問う新しい場として大いに活用して欲しい。さらには60〜70年代に膨大に生まれた古い現代音楽のスコアをここで掬い上げられないだろうか…とも思うのだが、難しいか・・・(T_T)

さて、この試みがこれからどう機能してゆくのか・・・未来は(常に)未知数だが、まずは第一歩というところ。

2014年2月11日 (火)

まだやるかS氏騒動・演奏家編

Bachl まだやるのか・・・と言われそうだが、今回の佐村河内/新垣氏の曲に関して、演奏にあたった方々まで非難するような言説を耳にしたのでひとこと(にしてはまた長文多謝なのだが)

ポップスのように「音にされた(ほぼ)完成形」を最初からCDなどで聴けるジャンルと違って、クラシック系音楽の場合、作品が「作曲」されただけでは「楽譜」という単なる「記号の群」でしかない。それに生命を吹き込むのが演奏家の仕事だ。

例えばバッハの作品にしても、楽譜だけ見た限りではパズルのように入り組んだ設計図か暗号表のような代物だ。しかし、演奏家はそのパズルを解きほぐしメロディやハーモニーの絡み具合を感情の起伏とシンクロさせてゆく。その結果生まれるのが「音楽」であり、それを聴くことが「感動」という至福の快楽を生む仕掛けだ。

その際、演奏する側が「なんだかわけの分からない弾きにくい曲だなァ」などと思って弾けば、いかに大バッハの名曲といえど単なる「騒音」になり果てる。(ピアノの練習のアレな音のアレである・(^_^;。一方「深遠な作品なので心して弾かねば」という敬虔さを持って弾けば、そこに神の姿が立ち上ることすらある。それが「音楽」。(だからこそ、クラシック音楽の場合は、指揮者や演奏家が違うと同じ曲でも全く違った音楽になるわけだ)

今でこそ「不滅の名曲」というお墨付きがある曲も、初演の時は「まだ海のものとも山のものとも知れぬ代物」であり、書いた作曲家がいくら「これは大傑作である」と言い張っても、演奏する側は弾きにくい部分や理解できない処ばかりの「わけの分からない」曲であると思うことは実に多い。その結果、あまり調整が出来ないまま演奏してしまって初演は大コケ、失敗作・駄作という烙印を押されてしまう…というような例は、ベートーヴェンにしろチャイコフスキーにしろ枚挙にいとまがない。

そういう轍を踏まないように、今の演奏家たちや指揮者たちは、例えば現代曲の新作とか新人のコンクール参加作品などを演奏するときでも「全力で」演奏する。心の奥では「なんだか若い知らない作家のつまらん曲だなァ」と思っても「怪しげなヘンな作曲家だなぁ」と思っても、そういう偏見の加わった演奏をすれば、それはそのまま演奏のつまらなさに繋がり、結果初演が失敗することで新しい才能や名作を潰しかねないからだ。

今回の曲(交響曲)に関して指揮者の大野和士氏が、音をちょっと聴いたがそれ以上聞く気にもならず演奏する気にもならなかったと告白されているが、それは確かにきわめて良識的な見解だろう。しかし、そうやって演奏以前の段階で良識の壁に阻まれて闇に葬られた新作が膨大にある中、「新しい作品をできる限りいい状態で多くの人に紹介しよう」と誠意を尽くして演奏した今回の日本の演奏家たちの行為は、賞賛されることはあっても非難されるべきものではない。

ヨーロッパのクラシック音楽界では、200年も300年もの間、名作が埋もれている横で凡作がはびこっていたり、作曲家が生きている間は傑作扱いだったのに亡くなったら忘却されたり、逆に初演に失敗して作曲家は失意の内に亡くなったものの死後年月と共に名曲という評価がうなぎ登りになったり…という歴史と場数を踏んできている。その結果、今私たちが聴いている「お墨付きの名曲」があり音楽界の成熟があるわけなのだが、日本はと言うと本格的にオーケストラ音楽が定着してまだ100年ほど。自分たちの音楽をそうやって選び抜いてきた経験があまりない。

今の日本の音楽界は優れた音楽家を多く輩出しているが、ほとんどが「外国で評価されたから」「国際的な場で活躍しているから」というような「他力本願?」に左右される。そのため、本当に才能ある音楽家ほど海外に出て行ってしまい、一方で若い作曲家たちは国内で発表の場さえ与えられず苦しんでいるという現実がある。今、この騒動で日本の音楽界が直面しているのは、自分たちの国の中から不思議な形で生まれた「まだ海のものとも山のものとも分からない」作品をどういう位置づけで自分たちのものとし後世に伝えるかを「自分たちだけで判断する」正念場ということになる。
それが「痛み」を伴うのは今の流れから見て確実だが、それを超えてさらなる向こうに行くのが、今まで(そういった痛みを乗り越えて生き残ってきた)外国の「名曲」たちを享受してきた私たちのいわば義務だろうか。

ただし、はるかヨーロッパの音楽界からこれを見れば、(敢えて!敢えて例えるなら)100年以上遅れてチェコにおけるスメタナやフィンランドにおけるシベリウスのようなタイプの音楽の登場でわいわい騒いでいるみたいなものなので、「100年遅れてるヨ」と呆れられるのは致し方ないけれど。

ちなみに日本にも、戦後のいわゆる現代音楽の中に「名作」は数多くある。そして、多くの専門家たちが「傑作」であると「お墨付き」を与え、「賞」まで出して普及を務めた。しかし、それでもレコード化すらかなわず、幸運にもCDにされたものも今はほとんど廃盤…という冷たい現実がそそり立つ。そういう現実を見てきた目には、「お墨付き」くらいでみんなに聞いてもらえるなら苦労はないよなァ…とぼやくしかない。とにかく聴いてください、そして自分の耳で判断して下さい。それが「お墨付き」なのだから。

そもそも(繰り返し言うけれど)「作品」は作曲されただけではただの「音符の群」に過ぎない。演奏家によって引き上げられ高められ、そこで初めて聴衆のジャッジを受ける。そうやって人間の音楽文化は綿々と続いてきたのだから、その根底となる演奏家たちの「演奏行為」や聴衆による「評価の是非(ブレのようなもの)」そのものを否定してしまったらお仕舞いだ。

「不滅の名曲というお墨付きがあったのでベートーヴェンを聞いたがつまらなかった」でもいいし「専門家は誰もいいと言わない曲だけれど、私は個人的に傑作だと思う」でもいいし「曲はお粗末だったかも知れないが、演奏は素晴らしかったので感動してしまった」でもいい。そういうスクランブルな状態からこそ「未来」は生まれるはずだ。・・・ト、今回は少しマジメに。

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