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2019年3月22日 (金)

らららクラシック@フォーレ

LalafaNHK ETV「らららクラシック」フォーレのレクイエム回放送。

冒頭「レクイエムに詳しい人をお呼びしました」などと紹介され、ちょっと困ってしまったのだが、こと宗教がらみのことは(音楽にしろ)解説が難しい。同じキリスト教でもカトリックとプロテスタントは視点が違うので、どう説明しても「正確ではない」と言われる可能性があるからだ。そのため今回も、収録のあと専門家によるチェックをお願いした。

なので……レクイエムは正確にはカトリックの礼拝で行われる「死者のためのミサ曲」であり、「鎮魂曲」と訳すのはちょっと違う…とか、「怒りの日」というのは、「地獄は怖いぞ」と信者に恐怖を与え、罪を許して欲しかったら「免罪符」を買いなさい!と教会に献金を集めるCM音楽みたいなもの。それに抵抗する人たちがプロテスタント(抵抗する者という意味)として分離し、宗教改革になったわけで、バッハのようなプロテスタントの作曲家は「怒りの日」どころか「レクイエム」も書いていない。…というような身も蓋もない説明の部分は編集済み。

Lalaf厳密に言えば、「レクイエム」はラテン語の典礼文を遵守して作曲すべきで、勝手に「怒りの日」を抜いたり順序入れ替えたり省略したりはNG。そもそもカトリックの信者以外が「レクイエム」を書くのは異端。(なのでプロテスタントのブラームスは、ルター派の聖書からドイツ語で「ドイツレクイエム」を書いている)。ということは、フォーレが19世紀末の時点で「怒りの日」抜きのレクイエムを書いたのは、(いくら私的な作品とは言え)音楽的に斬新…というのを飛び越えてしっかり「異端」だったわけで、あの優しく穏やかな曲調からは想像できないほど怖いことをやっていたことになる。

ちなみに、現在では1960年代のバチカン会議で「怒りの日」や「レクイエム」に関する縛りはなくなり、カトリックの音楽家以外でも「レクイエム」を書くのは自由になった(のだそうだ)。

余談ながら、最後の美しい「イン・パラディスム」の演奏を聴いた後、「いかがでしたか?」と聞かれて思わず「いやあ、死にたくなりましたね」と応えそうになったのだが、それはさすがに自主規制(笑

再放送は3月28日(木)午前10:25から。

2018年12月19日 (水)

年末のシューベルト

Tabe181219夜、田部京子さんのリサイタルを聴きに朝日浜離宮ホールへ。

CDデビュー25周年という区切りもあってか前半のシューマン「交響的練習曲」から気力充実した圧巻の演奏。彼女持ち前の音の美しさに力強さと自在さが加わり、神がかった感じさえする。

そして後半は、(田部さんの演奏に出会うきっかけにもなった)シューベルト最後の変ロ長調のソナタ(第21番)。デビュー時に既に完成された演奏だったが、今回はさらに一音一音が磨き抜かれ、それに力感が加わった底知れぬ演奏。この曲、美しい旋律の裏で退屈冗長な楽句も少なくないのだが、すべての音を丁寧にすくい上げ、一音も無駄にせず生命を与えていることに舌を巻く。

この時期のシューベルトの音楽はどこか病んだ諦観と「男の弱さ」が漂うのだが、母性が全てを包み込んで補完…というより昇華(成仏?)させている感じがする。シューベルト自身がこれを聞いたら「これは僕の考えていた音楽じゃない。でもこの方がいい!」と言うだろうか。私も彼女がプレイアデス舞曲集を演奏した時まさしく「これは僕の考えていた音楽じゃない。でもこの方がずっといい!」と言ったことを思い出す。

アンコールには、そのプレイアデス舞曲集から「真夜中のノエル」も演奏され、作曲者として客席で立って答礼。そのせいか、帰り際、サイン会に列をなしていた田部さんファンのおじさま群のひとりに「ヨシマツさん、おしあわせですね」と羨ましがられる(笑。

2018年12月 9日 (日)

サイバーバード協奏曲TRIO版

Mitaka181209a_2三鷹市芸術センター風のホール〈須川展也リサイタル〉で、サイバーバード協奏曲TRIO版の初披露を聴く。

原曲は24年前(1994年)の作。3年前にピアノリダクション版を作って初演&録音して貰ったのだが、今回はそれにパーカッションを加えたTRIO版(sax:須川展也、p:小柳美奈子、perc:山口多嘉子)

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本来はオーケストラが付いて成立する音楽…の筈なのだが、山口さんのパーカッション付きで聴いていると何だかこちらがオリジナルのような不思議な気がしてくる。

妹の看病の病室でスコアを書き、葬儀の直後に初演し、一緒にロンドンに行って録音し、アビーロードの横断歩道を4人で歩き、Chandosでの録音にマンチェスターまで行った色々な思い出が走馬燈のようによぎる。

2018年11月 9日 (金)

舘野泉リサイタル@金魚初演

Tateno181109_2舘野泉ピアノ・リサイタル@東京文化会館で「金魚によせる2つの雨の歌」初演。

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ただし、今回は都合により前半の「雨の歌」だけの披露。後半の「雨の踊り」は次回に持ち越し。

それにしても……老いに潰される音楽家が多い中で、老いてなお精力的に音楽を発信する音楽家もいる。この差は何だろう? 

最大の要素はもちろん「天(/命)」なのだろうが、「人(/徳)」と支えてくれる「家族」も大きそうだ。舘野さん御自身は昔…「才能より何より、何処でも寝られて何でも食べられること」と仰っていたが(笑。ちなみに私は昔(姓名判断だかで)天命・人徳・家庭運3つとも持ち合わせがないと断言された。「才能と仕事運はそこそこだが、天は味方せず・性格悪くして人望薄く・家庭運なし」なのだそうだ 。見事にすべて的中している(笑)。

2018年3月29日 (木)

レッドシンフォニー@出演

1803293月29日@NHK広島放送局開局90周年記念コンサート〈レッドシンフォニー〉に出演のため広島へ。

平清盛の生誕900年ということもあり、大河ドラマ「平清盛」テーマ曲、「タルカス」、「鳥は静かに」が演奏され、トークで登壇。(鳥は静かに…は、ヴァイオリンの正戸里佳さん、清盛とタルカスはピアノの山田武彦さんがソロを務める協奏曲?仕立て)

(清盛は安芸守…今で言うなら広島県知事?…を足がかりに出世を究めたので、厳島神社も含め「地元の英雄」感がある。本来の地元である京都で冷遇されているのと対照的だ。右下写真は厳島神社に建つ清盛像)

Img_1651 司会:戸田菜穂、八田知大アナウンサー。出演:錦織健、森麻季、正戸里佳、山田武彦、吉松隆。下野竜也指揮広島交響楽団、NHK広島児童合唱団@広島文化学園HBGホール。

放送はNHK総合TV(中国地方限定)で4月30日15時からの予定。

2018年3月12日 (月)

夢色モビール@エンターtheミュージック

Enterthemusic180312

本日(3月12日)BSジャパン「エンター・ザ・ミュージック」〜邦人作曲家特集で「夢色モビール」放送。

オーボエ、サクソフォン、チェロ、ハーモニカなど色々な楽器のソロで演奏されてきたが、今回はヴァイオリン版。独奏はコンサートマスターの岩谷祐之さん。演奏は藤岡幸夫指揮関西フィル。

 

2018年3月11日 (日)

メモフローラ@神戸

この2月に神戸で演奏されたピアノ協奏曲「メモフローラ」の演奏映像。

ピアノ:市川未来さん、指揮:松永健司郎さん、ダイバースアンサンブル(2018年2月17日@神戸芸術センター)

◇第1楽章

◇第2楽章

◇第3楽章

2017年12月 2日 (土)

遠くからの3つの歌@長谷川陽子リサイタル

Yhas2017長谷川陽子さんのチェロリサイタル@浜離宮朝日ホールで〈遠くからの3つの歌〉初演(ピアノ:青柳晋さん)。

デビュー30周年記念の委嘱作で「カッチーニのアヴェマリア」「アメイジンググレイス」「ふるさと」の編曲3題。各4分ほどなので、アンコールピース的な仕様。

「遠くから」聞こえてくると言うのは「この世ではない」歌ということでもあり、「アメイジンググレイス」は9.11、「ふるさと」は3.11の記憶でもある。

…のだが、それは決して追悼の歌ではない。陽子さんのチェロはそれら全てを包み込み、ほのかに暖かく世界を照らす「陽」のように歌う。

楽譜はASKS.orchより近日中に供給予定。

2017年7月14日 (金)

西方からの音楽・彼岸からの歌

Big4 FM「ブラボー!オーケストラ」8月分1本の収録にNHK405スタジオへ。

今回は、8月6日(日)放送分で、2017年6月24日@札幌コンサートホールで行われた札響名曲シリーズから、ドヴォルザーク「謝肉祭」、ムソルグスキー「禿げ山の一夜」、ハチャトリアン「ガイーヌ」、ボロディン「ダッタン人の踊り」。札幌交響楽団、指揮:円光寺雅彦。

一見普通に「ポピュラー名曲」を並べたコンサートに見えるが、曲順に辿ると東欧(チェコ)~ロシア~中央アジア~東アジア…と大陸を西から東へ飛翔する壮大な音楽の旅になる仕掛けだ。しかも、いずれの曲も大地に根ざした「生命」を讃える舞曲。私たちのご先祖様もおそらく数万年前、これと同じような道筋を辿って東の果ての島(日本)に辿り着いたのだろうか…と思うと感慨深いものがある。

ちなみに、イーゴリ公東征の年1185年は、壇ノ浦の戦の年。韃靼人があのメロディで踊っていた頃、日本では平家が壇ノ浦で滅びている。そう聞くとちょっと違った万感の思いが胸に押し寄せる。

          *

Tabe170714 夜は、田部京子リサイタル〈シューベルト・プラス第2回〉を聴きに朝日浜離宮ホールへ。ベートーヴェンとシューベルト晩年の2つの名作ソナタを並べ、それをもうひとりの晩年の作曲家(私)が客席で聴くという…深淵を覗き込むような趣向(笑

彼女の音楽はもはやベートーヴェンでもシューベルトでもなく、彼岸から聴こえてくる瑠璃色の真言(マントラ)のように聞こえる。最近、一身上の都合もあって音楽から離れた生活をしているので、久しぶりの生の音楽は一層心に染み入る。

2017年6月16日 (金)

らららクラシック@バルトーク回ゲスト出演

Lalacla_2NHK Eテレ「らららクラシック」@ゲスト出演。バルトーク〈管弦楽のための協奏曲〉特集回。司会:高橋克典、牛田茉友。ゲスト:関口知宏/吉松隆。

バルトークを初めて聴いたのは、高校生の頃だ。通っていたレコード店でかかっていたライナー指揮シカゴ響のLPの〈弦楽器と打楽器とチェレスタのための音楽〉の冒頭を聴いて鳥肌が立ち、即買い込んだ。

〈管弦楽のための協奏曲〉はそのB面。弦チェレのクールさと比べると、ハリウッド映画っぽいサウンドと楽観的で明るい音楽がいまひとつピンと来なかった。その背景を聴いて共感できるようになったのはしばらく後だ。

これが40代の元気な頃書かれた作品だったら、「よく響くスコアだな」くらいの印象で終わっていたかも知れない。しかし、番組で情緒的に再現されていた通り、この曲はバルトークの最晩年、祖国を離れ、戦争にまみれ、病に冒され、仕事もなく、貧窮のどん底という文字通りの絶望の中で書かれた作品だ。

おそらくクーセヴィツキーから委嘱(しかも1000ドルの委嘱料付き)を受けてこの曲を書いている2ヶ月ほどだけは、病気のことも戦争のこともお金の苦労のことも一瞬忘れ、「音の遊び」に興じられたのだろう。その刹那的な「楽観」がこの曲を(現代音楽らしからぬ)明るい響きにしている。しかし、これほど悲しく切ない(そして怖ろしい)「楽観」があるだろうか。(作曲しているバルトークの頭の上には文字通り「(死への)フラグ」が立っていたに違いない)

Bartokc_2それでも、理系オタクの「変拍子」趣味、民族音楽収集マニアの「旋法」指向、(関口氏も指摘していた)ハンガリー風正義感から来る「ロック」な血。それらが、この曲を通じて戦後、ジャズ(モードによるモダンジャズ)やロック(変拍子プログレ)にリンクし、その色彩的でモダンなオーケストラサウンドは戦後ハリウッド映画の音楽などにも影響を与えてゆく。

ただし、音楽が人の心を動かすとき、(彼が嫌ったナチスドイツと同じような)排他的な民族主義や非知性的な興奮(狂気)に加担する危険も同時にはらむわけで、この曲が生まれた時代は、(音楽にとっても)絶望と希望の渦巻く「崖っぷち」だったのは確かだ。

そう思ってこの曲を聴くと、音楽自体はバルトークが最後に見せた(生涯一度も笑うことがなかったカタブツ男による一世一代の)「笑顔」のような曲だが、その笑顔の裏に見える「怖さ」は(弦チェレ以上の)ホラーのような気がしてくる。

再放送:6月22日(木)10:25〜

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