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  • ブラボー!オーケストラ
    ・NHK-FM 毎週日曜日19:20~20:20放送。毎月第1-2日曜日(+α)東京枠解説担当。
    ・01月07日/14日/28日
    ・02月04日/11日/18日

2018年2月22日 (木)

FM「ブラボー!オーケストラ」収録

Mozartdvorak

FM「ブラボー!オーケストラ」3月分2本の収録にNHK601スタジオへ。

3月4日(日)放送分は、モーツァルト「劇場支配人」序曲、フルートとハープのための協奏曲(fl:高木綾子、hp:吉野直子)ほか。+ラフマニノフ「ヴォカリーズ」

3月11日(日)放送分は、ドヴォルザーク:交響曲第8番ほか。演奏はいずれも阪哲朗指揮東京フィル(2018年2月12日千葉県八千代市民会館での公開録音より)

2018年2月20日 (火)

MOSTLY Classic4月号寄稿

Mostly1804_3

モストリークラシック4月号「演奏スタイルの変遷」特集号に「作曲家から見た〈演奏〉との距離」寄稿。

2018年2月13日 (火)

幻想の孤独

BerliozsmithsonFM「ブラボー!オーケストラ」の収録にNHK608スタジオへ。

今回は、2月18日(日)放送分の一本で、曲目はベルリオーズ「幻想交響曲」。ミョンフン指揮東京フィル(2018年1月24日第114回オペラシティ定期より)。

左:幻想交響曲を発表した頃のベルリオーズ。
右:女優ハリエット・スミッソン。

この曲、前半3楽章は(身も蓋もなく言ってしまえば)意外と凡庸。全体を支配する固定楽想のメロディなどもっとマシな(耳に残る)モノを思い付かなかったのか?とさえ思うし、ワルツは悪くないものの常識の範囲内、続く第3楽章の「野の風景」は死ぬほどつまらない(カットしちゃいたくなる…と言った指揮者がいたが同感である)

ところが、後半いきなり断頭台への行進で3段階ほどレベルアップ。最終楽章のオーケストレイションはもう神がかった凄さでいつ聞いても鳥肌が立つ。ロマン派をすっ飛ばして80年未来の現代音楽(春の祭典の直前くらい)まで行ってしまう感じだ。

ちなみに、この曲には俳優と合唱・オーケストラが演じる続編(レリオ…あるいは生への復帰)があって、ベルリオーズは「幻想」とペアで演奏して一晩の演目にすることを想定していたらしいが、こちらは(どう贔屓目に見ても)失敗作。もし成功していたら、音楽と文学と演劇を合体させた(後のワーグナーの楽劇のような) 総合芸術として音楽の未来を変えたのかも知れない…というような聴き方をすれば、ちょっとゾクゾクしないこともない。

2018年1月25日 (木)

48年ぶりの寒さ

Schubertmendelssohn

寒い。東京都心で零下4度という寒さは48年ぶり(1970年1月以来)とのこと。寒いわけである。

その寒さの中、FM「ブラボー!オーケストラ」の解説収録にNHK405スタジオへ。

1月28日(日)放送分は、シューベルト:交響曲第7番「未完成」(2017年10月18日第113回オペラシティ定期。ミハイル・プレトニョフ指揮東京フィル)。およびリャードフのちょっと珍しい交響詩3つ「魔の湖」「バーバヤガー」「キキモラ」。

2月4日(日)放送分は、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲(vn:辻彩奈)、交響曲第4番「イタリア」。(7月20日第6回平日の午後のコンサート。三ツ橋敬子指揮東京フィル)

〈未完成〉のほの暗い冬(ロ短調・盤渉調)の世界の後、抜けるような青空のごとき〈イタリア〉。…と、音楽は冷え切った心を融かしてくれるが、それは音楽の中でだけのこと。一歩外に出れば……

2017年12月27日 (水)

今年最後(来年最初)のFM解説

Rimskykorsakov

FM「ブラボー!オーケストラ」新年1月放送分2本の収録にNHK401スタジオへ。

1月7日(日)放送分は、冬の夜長にふさわしいロシアの民話を題材にした幻想的な3つのオペラの音楽から。リムスキー・コルサコフ作曲の「雪娘」・「見えない町キーテジの物語」・「皇帝サルタンの物語」の組曲。プレトニョフ指揮東京フィル(2017年10月23日@第898回サントリー定期から)

Jhlim

1月14日(日)放送分は、16歳(演奏当時)という若さの韓国の女性ピアニスト:イム・ジュヒさんとミョンフン指揮東京フィルの共演でベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番 (2017年9月16日@第61回響の森クラシックシリーズから)。そしてもう一曲、上記のコンサートからグリンカ:幻想曲「カマリンスカヤ」。

雪で出来ていて太陽の光で融けてしまう雪娘、見えない町に佇む霊となった王子と森の乙女、熊ん蜂に姿を変えた王子と白鳥に変えられた王女、正確な打鍵とダイナミックな表現力でひた走る16歳の少女。今年最後(放送は来年最初)のFM解説は若者たちの不思議な夢の世界・・・
 

2017年12月20日 (水)

オーケストラとスポーツ

Orchun

FM「ブラボー!オーケストラ」12月最後の回の収録にNHK401スタジオへ。

今回は12月24日(日)クリスマスイヴの夜放送分で、10月28日に代々木公園の特設会場で行われた《子供のためのコンサート/オーケストラ大運動会》(2020年東京オリンピック開催1000日前&代々木公園開園50周年記念)から、ウィリアムテル序曲、スターウォーズ組曲などを当日のお話を交えて放送。司会:中川翔子、高山哲哉アナウンサー、ゲスト:錦織健(テノール)、岩本力指揮東京フィル。

昨年11月も同じく中川翔子さんの司会(私も説明役として参加)で子供たち向けの《渋谷発!オーケストラおもしろ研究所》というコンサートを放送したが、今回もそのシリーズ。後半は運動会で定番の音楽(ギャロップやカンカンなど)や「ラジオ体操第一」の音楽、そして「アニメソング・メドレー」なども登場。いつもの「ブラボー!オーケストラ」とは雰囲気の違う異空間?をお楽しみ下さい。

ちなみに、前回2000人近い子供たちの前で「みなさん、お元気ですかぁ」とか「はーい、ここでクイズですぅ」と言う羽目になってつくづく思い知ったのだが、私は子供相手の仕事には向いてません(笑…ナニヲイマサラ

2017年11月22日 (水)

ショパンの歌・大地の心

ChopinsFM「ブラボー!オーケストラ」12月分1本の収録にNHK405スタジオへ。

今回は12月10日(日)放送分で、ショパン:ピアノ協奏曲第1番(p:遠藤郁子)ほか。演奏は円光寺雅彦指揮札幌交響楽団。(2017年6月24日札幌交響楽団名曲コンサート「大地のショパン」@Kitaraより)

七十代を迎えられた大御所ピアニストのショパン。しかも通常40分ほどの曲を46分近く かけて演奏している…と聞いて失礼ながら(誠に失礼ながら)最初は微かに不安を感じたのだが、一音一音を慈しむような美しい演奏に感動。普通は「経過句」のような技巧的部分はアクセルをふかして弾き飛ばしてしまうのだが、「そんなに急いでどうするの」とばかりに丁寧に音を紡いでゆく。

演奏家は「楽譜を正確に音にする」のではなく、「楽譜の向こうにある音楽を音にする」のだと改めて感じさせてくれた演奏だった。

ちなみにコンサートのタイトル「大地のショパン」というのは、曲目がチェコ(ドヴォルザーク)に始まってポーランド(ショパン)〜ロシア(ムソルグスキー)〜中央アジア(ハチャトリアン〜ボロディン)というように西から東に大地を俯瞰する並びになっていることからの命名のようだ。演奏された「札幌」(ピアニストの出身地でもある)を起点に大地の記憶を遡ってゆくと、ショパンに達する…というなかなか素敵なヴィジョンである。

2017年11月 6日 (月)

ブラームスと定年

BrahmsjFM「ブラボー!オーケストラ」の収録にNHK504スタジオへ。

今回は11月12日(日)放送分で、ブラームス交響曲第4番。渡邊一正指揮東京フィル(6月14日第110回オペラシティ定期より)およびグリンカ「幻想ワルツ」(指揮プレトニョフ@10月23日第898回サントリー定期より)

ブラームス晩年の憂愁感漂う第4番……と言っても、51-2歳頃の作品。人生80年90年の現代では50歳で「晩年」はないが、「人間五十年」の時代には充分晩年感があったのだろう。(ちなみにブラームスは享年63。第4番を書いたあと10年の余生がある)

そう言えば、人間は神様から定年50歳(肉体の使用期限が50年)と定められている…とどこかで聞いた憶えがある。生物学的に「恋愛して(生殖活動をして)」「子供を産む(子孫を残す)」という環に参加出来なくなった時点が、その生物にとっての「定年」だとすれば、そこそこ妥当な線のような気がしないでもない。ブラームス先生が第4番を書いている頃に感じたのも、そういう「50歳の壁」だったのかも知れない。

ただし、そういうコトが出来なくなったことでがっくり老け込む人もいれば、そういうコトから解放されて自由かつ元気になる人もいる。「晩年」に枯れる人もいれば、逆に燃える人もいるのはそのせいだろうか。個人的には、歳取ったら普通に枯れて最後は透明になって消える…というのが理想なのだが…サテ、そろそろ

2017年10月25日 (水)

英雄・受難・亡き子

HaydnbeethovenmahlerFM「ブラボー!オーケストラ」の収録にNHK401スタジオへ。

10月29日(日)放送分は、ベートーヴェン交響曲第3番〈英雄〉。ミョンフン指揮東京フィル(9月16日第61回響の森クラシックシリーズより)

11月5日(日)放送分は、ハイドン交響曲第49番〈受難〉およびマーラー〈亡き子をしのぶ歌〉(MS:小野美咲)プレトニョフ指揮東京フィル(10月18日第113回東京オペラシティ定期より)

No3今回、ちょっと妙なところに注目してしまったのが、ベートーヴェン〈英雄〉の「3づくし」な点。3番目の交響曲、調性は音階の3番目の音「Mi♭(Es)」の調、当然♭が3つ。(しかも1・3・4楽章が変ホ長調、2楽章がハ短調なので、楽譜は全楽章♭3つ)。主人公はEs管のホルン(しかも3本)、EroicaSymphonyと綴ると頭文字は「ES」。音楽の三和音、フランス革命の三色旗(自由・博愛・平等)に通ずるのだろうか。

Fm こんな「3づくし」みたいな算数的凝り方はベートーヴェンっぽくないような気もしないでもないが、今回、師のハイドンの第49番〈受難〉のスコアを見て「さすが師弟!」と納得した。この曲、4楽章全部がヘ短調という妙な作りなのだが、ヘ短調はフラットが4つ。つまり全楽章で曲の始まりに必ず「十字架」が並ぶのだ(受難だけに!)。作曲家というのは時々こういうヘンなことをする(そう言う自分も心当たりがあるのだが)。

ちなみに「英雄」をナポレオンとするには、第2楽章に葬送行進曲というのは妙だと昔から思っていた。それだと後半2つの楽章は「おまけ」にしか聞こえないからだ。しかし「人は死して〈不滅の存在=英雄〉として生まれ変わる」という人間賛歌と捉えれば、再生後の後半2つの楽章の明るさが納得できる。
もしかしたら「英雄」というのは革命や自由のために死んだ無名の市民たちであり、この曲は(現世の英雄などと言うちっぽけなモノではなく)「神の手に抱かれて兄弟となった」彼ら(英雄=人間)を描いた、ある意味では第九の先駆けとなる壮大な作品なのかも知れない…。

Kindertotenという視点で最後に「亡き子をしのぶ歌」を聴くと…何だか色々と儚さや切なさや透明な哀しみがひたひたと大気に広がってゆくのを感じる。

始まった音楽はいつか必ず終わる。でも、新しい音楽がまたどこかで始まる。同じように、人は生まれ、いつか死ぬ。でも、どこかでまた新たな人が新たな夢を抱いて生まれてくる。そうして世界は遙かな未来へ歪んだ夢のように繋がってゆく。

2017年9月29日 (金)

チャイコフスキーとマーラーの生と死

Tcaikomahler1892_2FM「ブラボー!オーケストラ」10月分2本の収録にNHK401スタジオへ。今回は、マーラーの大作:交響曲第2番《復活》。

まず10月8日(日)は、始めにチャイコフスキー幻想序曲「ロメオとジュリエット」(バッティストーニ指揮東京フィル@6月4日第72回平日の午後のコンサートから)。そのあとマーラー:交響曲第2番「復活」の前半第1・2楽章を。

そして10月15日(日)は 後半の3・4・5楽章。演奏は、チョン・ミョンフン指揮東京フィル。ソプラノ:安井陽子、メゾソプラノ:山下牧子、合唱:新国立劇場合唱団。(7月21日第111回オペラシティ定期より)

1時間半という長さの「復活」を1時間番組で放送するため前半・後半と分け、別の日に収録した20分ほどの長さのチャイコフスキーの序曲を(偶然)組み合わせた…のだが、実はマーラーとチャイコフスキーのこの作は因縁浅からぬモノがある。

1892年、まだ31歳の新進指揮者マーラーは、ハンブルク市立劇場の指揮者としてチャイコフスキーの歌劇「エフゲニーオネーギン」(ドイツ語版)を指揮する。元々はチャイコフスキーが指揮するはずだったのだが、ドイツ語上演と言うことで自信がなく、マーラーが代わりを務めたものらしい。ハンブルクを訪れてこの上演を見たチャイコフスキーは「よかった…どころではなく天才的(な指揮)だった」と絶賛。この20歳年上の大先輩作曲家と、まだ作曲家としては無名の新進指揮者マーラーは、きわめて友好的な間柄になる。

ところが、翌1893年10月、新作交響曲(悲愴)を初演した直後チャイコフスキーは急死。翌月の追悼コンサートでマーラーは「エフゲニーオネーギン」の抜粋とともに幻想序曲「ロメオとジュリエット」を指揮し、この巨匠への哀悼の意を表することになる。

その頃、マーラーが作曲していたのは〈葬礼〉と題された交響詩。しかし、翌1894年、チャイコフスキーに続いて先輩指揮者ハンス・フォン・ビューローが死去。その葬儀で流れた「復活」の朗詠を聴いたことから、〈葬礼〉を第1楽章に、そして〈復活〉を終楽章にした新しい交響曲(第2番)は完成に向かって歩み始める。

Resurrection
ちなみに、題材となったクロプシュトックの詩「復活」(よみがえる。そう、おまえはよみがえるのだ)は出だしの弱音で歌われるコーラス部分のみ。アルトが「信じるのだ。おまえが憧れたもの、愛したもの、争ったものは全てお前のものだ」と歌い出してから後は全部マーラーの創作らしい。

キリスト教の「復活」の概念は信者以外には良く分からない点も多いが、マーラーの復活頌はちょっとニュアンスが違う。「生まれたモノは必ず死ぬ。そして死んだモノは再び必ずよみがえる」だから「生きるために死のう」そうすることで「おまえはよみがえるだろう」。そう歌われると、木や花が冬に枯れて春に再び命を咲かせるようなヴィジョンが頭に浮かび、意外と東洋的な死生観のようにも思えてくる。この曲が日本で人気が高いのはそのあたりが心の琴線に触れるからなのかも知れない。

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