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    ・NHK-FM 毎週日曜日19:20~20:20放送。毎月第1-2日曜日(+α)東京枠解説担当。
    ・02月05日/12日/19日

2017年1月 6日 (金)

1月6日

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妹の命日に藤沢へ墓参に行く。

早いものであれからもう23年。あの時、妹の病室で書いていた〈サイバーバード協奏曲〉(1994)は、昨年ピアノリダクション版がCD化され、今月は東京シティフィル定期でも演奏される。妹が超えられなかった「時」を、音楽だけが超えているわけだ。

この曲を聞くと、妹が透明な「鳥」になってどこかで聞いているのを(確かに)感じることがある。だから、あの時は「神はいない(絶対に!)」と確信したが、もしかしたら「神みたいなもの」は居るのかも知れない。そう思うことが(たまに)ある。

「音楽」も「神」も、居る(在る)と思えば居るが、居ないと思えば居ない。ただそれだけのことなのだ。…と、そう思うだけのことに、人は何十年もの「時」を必要とする。

2016年12月31日 (土)

よいお年を

Allemenschen

2016年12月15日 (木)

大倉山記念館

Okurayama_2母の作品が展示されている「日本芸術の融合展」(12/14〜18)を見に横浜市大倉山記念館に行く。

綺麗な歴史的趣の或る建物…ということで心惹かれてふらりと出かけるが、どこかで見たような…という既視感がひたひた。映画やドラマでよく使われているそうなので、それか。

天気も良く、久しぶりに広い空を見る。

2016年10月31日 (月)

Haloween?

Halloween渋谷はハロウィーンで大晦日のような大騒ぎである。

不思議な祭りが流行り出したものだ…と思っていたが、そもそも日本でのクリスマスというのも似たようなもの。戦後、旧アメリカ進駐軍施設(ワシントンハイツ/現在の代々木公園)でアメリカ人たちが12月になるとツリーを飾ったりプレゼントを渡したりしているのを見て(渋谷・銀座あたりを中心に)商業的に拡大したものと言う。

実家はワシントンハイツの真ん前だったので、そう言えばクリスマスの導入は早かった。「面白そうなモノ」を取り込む人たちはいつの世にもいる。昔の世代にとっては「何だか良く分からない騒ぎ」だが、これも「日本の文化」として定着してゆくのだろう。

2016年10月24日 (月)

iPad肘の憂鬱

Elbowl数年前から患っていた自称「iPad肘」がここ一週間で悪化する。

症状としては、左肘の痛みを中心に、左肩の肩こり+上腕・前腕外側の痛み+手首・掌側部・小指の痺れ…(つまり背中から左腕の側部全体が指先まで神経痛のような状態)。要するに左手一本が使い物にならない。

長年の右手のマウス肘(肘を浮かせてマウスを扱うことによって起こる炎症)は、ターボマウスを使うようになって解消したが、左手のiPad肘は6年めのiPadPro(713g)+寄る年波(要するに加齢)で限界に達したものらしい。考えてみれば、ワープロ&パソコンを本格的に仕事に使い始めてちょうど30年。10万時間目の勤続疲労?という感じなのだろうか。

整形外科での診断は「肘部管症候群」(ちゅうぶかん・しょうこうぐん)だが、長年のデスクワークで首の関節(頸椎)が前傾気味の「ストレートネック」になっていることも原因とのこと。しばらく左手でiPadを持つことは厳禁である。

ちなみに、通常のデスクワーク(デスクトップパソコン&キイボード)は、背中真っ直ぐ&肘90度・首真っ直ぐ前方の正しい姿勢を心がけていれば(時々走る痛みに「いたた…」と耐えながら)なんとかこなせる。ただし、前傾姿勢になる・左手で本を持つ・ピアノで左手パートを弾く…はいずれもNG。もしピアニスト(キーボーディスト)あるいは指揮者だったら、演奏家人生の終わり(左手がダメなので「左手のピアニスト」としての再起も出来ない(泣)だっただろう。

姿勢の悪いデスクワークを続けている方、「肩こりで死にはしない」と高をくくっている方、くれぐれもお気を付けください。

2016年9月27日 (火)

老人老いやすく楽鳴りがたし

Ro

最近めっきり心身共にポンコツ化してきた自分を実感。思わず…

老人老いやすく、楽鳴りがたし

という自嘲の一句が口から漏れたのだが、「あはは」と笑い飛ばしてから、あれ、オリジナルは何だっけ?と首をひねる。まずい。「少年」がとっさに出て来ない。駄句なりがたし…。

2016年9月23日 (金)

秋祭り

Hachiman近所の代々木八幡神社で秋祭り。

氏子なので奉納金を納めに行くついでに、小雨の中をしばし散策。

暗い神社の境内に提灯や屋台や露店の明かりが色とりどりに光る不思議な空間は、何十年も変わらず、一瞬、子供の頃にタイムスリップしたような気分になる。

祭りは「音」も楽しみなものだが、雨のせいか、神楽の音がしけって水に吸い取られ、耳まで届いてこない。いや、単に年取って耳が悪くなっただけなのか…。

子供たちの笑顔の向こうで淡い光が纏うキラキラした音も、今は昔の遠い夢。

2016年9月14日 (水)

ドミソで読み解く音楽

Roliz来月京都で行う小さな講演の下調べもあって、このところ古い音楽(雅楽や中世ルネサンス音楽)ばかり聴いている。

いずれも現代のハーモニー感に慣れた耳には「不思議な響き」なのだが、これに耳が慣れてくると、今度は「ドミソ」や「長調短調」で出来た(そしてドミナントや導音などの和声進行の存在する)音楽がものすごく「ヘンな音楽」に聞こえてくるから面白い。

特に、ドとミが「長和音」な(つまりごく普通のドレミファなMajorキイの)音階の違和感が半端でない。モノの本によると、明治の初期、日本に初めてこのドミソが入ってきたとき、日本人はその異様な響きにどうしても馴染めなかったそうだが、それもなんとなく分かる気がしてくる。(ちなみに、平安時代には「呂旋法」として長調風の音階が存在し、雅楽では壱越調・双調・太食調がこれに当たる)

対する西洋でも、そもそも数ある教会旋法(ドーリアやフリギアなど)の中で長調のイオニアと短調のエオリアは最後の最後(16世紀頃?)に登場した異端?の旋法なのだそうで、当時「最近、若い女性たちがイオニア風の歌と踊りを好むようになった。困ったモノだ」と嘆く記述が残っているという。長3度の響きは洋の東西を問わず最初は「すごくヘン」な「堕落した響き」に聞こえたようだ。

それがいつの間にか西洋音楽(そして世界標準の音楽)の王座に君臨する音階になってしまったのだから不思議な話だが、その理由は…と聞かれれば「キリスト教の隠謀?」と言うしか無い。とは言え、もはや「そうでない音楽」を想像するのが難しいほど汎世界的に広まってしまい、どこまでが純粋に「感覚」に関わる先天的な部分でどこからが「理屈」が関わる後天的な領域なのか、判別することも分離することも難しい。(しかも、問題の性質上、「機能和声法」などという代物を耳に仕込んでしまった人…つまり音楽を専門に勉強した人ほど…その判別と分離が難しいことになるから厄介だ)。

Aim_2
おそらく、ここから先はもう人間の「知」で踏み込むのは無理ということなのだろう。ここは是非、AI(人工知能)氏に虚心坦懐に音楽を聞いてもらい、(心だとか気持ちだとかいった魑魅魍魎を剥ぎ取った)「純粋な理知」と「純粋な感性」で音楽について分析する言葉を聞きたい気がする。

とは言え、それを聞いて理解できるかどうかと言われると……心許ないのだが。

2016年9月 1日 (木)

9月の曼荼羅

Mandalasym京都より戻ってから、何か憑き物でも連れて帰ったか、と思うほど体調不良になる。

それに呼応してか、メインマシンとして使っているiMacの起動がおかしくなり、ディスクユーティリティやSMCリセットからメモリの整理まで思い付く限りのメインテナンスを試みるも、身体とハードとソフトとを襲う老いのポンコツ感にしみじみ滅入る。

というわけで、ここしばらく、ほとんど耳が音楽を受け付けなくなっていたのだが、先日FMでの鼎談(おんがくのつぼ)を聴いて以来、くるりの「ブレーメン」と植松伸夫氏の「チョコボのテーマ」が頭の中でヘビロテを始め…いかんいかん、と岸田繁氏からもらったCDを聴いていたら、今度は 「♪上海蟹食べたい」という歌が止まらなくなってしまった・orz。音楽は怖ろしい。

という泥沼の中、黛敏郎氏の〈曼荼羅交響曲〉のスコアを読み返す。同じEdition Petersで出版されている〈涅槃交響曲〉の方はちゃんと浄書されているのに、こちらは荒っぽい手書きコピーのまま。インクの滲みで音が判読できない部分が多く、あまりに読みにくいので、いっそ自分で浄譜してみようか…とFinaleを開いて入力し始めたところ……クラッシュ。そうそう。OSX(10.11.6)との相性不具合でFinale2014はしばらく使えないのだった。

というわけで改めて、身体とハードとソフトとを襲う老いのポンコツ感に……以下同文。

2016年6月15日 (水)

冨田勲氏お別れ会

KeybmA_2青山葬儀場で行われた冨田勲氏のお別れ会に出向く。

とは言え、まだ〈亡くなった〉とは信じられなくて、今にも「やぁ、来てくれたんだね」と笑顔で現れ「いやぁ、ちょっと銀河鉄道に乗ってみたくなって留守にしただけなんだよ」とてれながら話し始めるような…そんな気がしてならなかった。そんな思いは皆同じらしく祭壇は「銀河鉄道」をイメージして作られたとのこと。

折りしも出がけに届いたキイボードマガジンはキースエマーソン特集号→。追悼コメントを寄稿させて貰ったのだが、わずか3年前に冨田勲氏と並んで一緒に撮った笑顔の写真が切ない。

それにしても、ようやく知己を得ることが出来た2人の敬愛する大先輩音楽家の相次ぐ死は、相当心にも体にも応えた。まだしばらく回復する気がしない。

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