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    ・02月02日/09日/16日
    ・03月01日/08日/29日
    ・04月05日/12日/19日
    ・05月03日/10日/17日/24日
    ・06月07日/14日/21日

#日記&雑感

2020年7月 1日 (水)

東京は燃えているか?

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ひさしぶりに高いホテルの50何階から夕方の空を見る。

夕焼けなのか遠くの空が一瞬真っ赤になる。こういう風景を見るとゴジラが炎の中を歩いている気がする世代なのだが、自然が作る「東京アラート」なのかも知れない。相変わらずコロナ禍は続き、「そんなこともあったね」と笑って話せる日が果たしていつ来るのか、誰にもさっぱり分からない。

2020年6月20日 (土)

平常でない平常

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諸々の自粛要請がひとまず全面解除となり、通常の生活に戻った東京・・・のはずだが、この蒸し暑さの中でも律儀にマスクを付けている人の多いのに驚く。(そういう私も付けているのだが)

そして、ほんのひと月前まではジョークだった…全員「マスク」で演奏するオーケストラや合唱も、客が2mずつ離れて座るガラガラのコンサートホールも、共に現実となり、全員マスクしての第九もリアルに有り得そうな世界になってしまった。

もともとクラシックのコンサートは、客は全て同じ方向を向いて座り声も出さず咳も御法度という、もっとも感染からは遠い状況下で行われる。最初からお客の入りが少ない現代モノのコンサートなどは、こういうご時世には推奨されてもいいくらいだ。なのに「万一」を考えると(特にクラシックの聴衆は高齢者が多いので)恐怖が全てを制止する。

私が解説を担当しているFMの音楽番組も、テレワークで解説の録音は自宅でもできるようになったが、肝心のコンサートの音源が(ここ数ヶ月分ぽっかりと)「ない」。まるで「戦時下」だ。

色々な形を模索しながら徐々にコンサート自体は再開されそうだが、ビクビクしながら音楽を聴くのでは「癒し」とは程遠い。(演奏中に咳をしたり声を出したりしようものなら、即、叩き出されかねないし)。満員のコンサートホールで鳴り響くフルオーケストラを心から楽しめる日は……いつになるのだろう。

2020年6月13日 (土)

ホタル・ディスタンス

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椿山荘でホタルを見てきた。

庭園のホタルは毎年5-7月頃の風物詩だが、こんな時期でホテルは5月いっぱい全館休業。ようやく先週から再開したものの、宿泊者およびレストラン予約者以外は庭園に入れない状態で、あいにくの雨とあって人も少なく、ようやく雨が上がった夜10時頃、人影のない庭園でホタルと対面。小さい豆粒のような光が闇の中をゆらゆらと飛び交う幻想的な景色を堪能させて貰った。

子供の頃は夏休みに田舎でよくホタル狩りをしたが、確か見頃は「雨上がりの蒸し暑い夜9-10時頃」。まさにぴったりのタイミングだったわけだが、マスクをしてメガネを曇らせながら見ることになろうとは…想像もしなかった。(勿論ホタルはマスクをしてはいないだろうが、こんなご時世。もしかしたらなんたらディスタンスを守って飛んでいたのかも知れない)

2020年6月 9日 (火)

続・寿命のロウソク

Photo_20200608112801とある知り合いの訃報に接し、亡くなって初めて同い歳と知る。

六十代の死というのは、現代では「早すぎる」と言われるが、個人的にはひたすら「羨ましい」。ずっと「人生五十年」と思って生きてきて、「還暦」は豪華スペシャルデラックスなご褒美として感謝感謝だったが…それ以降はというと、どうも罰ゲームっぽい(笑

落語の「死神」に出て来る寿命のロウソクみたいに、ほかの人の寿命に継ぎ足しできるものなら、誰か若い人に進呈したいといつも思う(と以前から何度か書いているような気がするが) 。そうそう、今もし悪魔が出て来て「何か望みを叶えてやろう」と言われたら、これにしよう。…とは言っても、そこは悪魔。逆に罰ゲームとして百歳の寿命を貰ってしまいました…というオチになるような気もしないでもないが…

2020年6月 1日 (月)

東京 DARK

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約束の「5月末」を超えてようやく馴染みの店が営業を再開し、東京が(暗いながらも)元の状態を取り戻す。

ただし、ここ数ヶ月にわたって「人に近づくな(人を見たら感染者と思え)」という疑心暗鬼?を刷り込まれた身は、そう簡単に元には戻らない。(いや、下手するともう死ぬまで元に戻らないかも知れない)

音楽界も致命的なダメージを被った。音楽は元々「人から人へ」「空気感染」させる?メディアなので、それを否定されたら存在自体がアウトである。それを克服して「ネット経由で聴いてもらう…」という生き残り戦術も、ある意味、両刃の剣だ。なにしろ人と空気を遮断しているのだから、その先にあるのはAI(人工知能)が音響合成とCG(コンピュータグラフィックス)で造り無料配信する…「人間の要らない」音楽世界だろう。ネットの普及でCDが壊滅状態になり、ようやく「やっぱり生の音楽がいい」という流れになった処に今回の一撃。これでは、音楽は生き残っても、音楽家は生き残れないかも知れない(という悲観的なヴィジョンも脳裏をかすめる)。

ちなみに、居酒屋のカウンターで一人ちびちび酒が飲めるようになったのは嬉しいが、料理人がマスクしていて味や匂いが分かるんだろうか?と酷く気になる。これでは、コンサートが解禁になっても、オーケストラ全員(指揮者も?)がマスク着用という悪夢もあり得なくないわけだ。…まさか合唱団が全員マスクして第九を歌う年末が来たり・・・するのだろうか?

2020年5月24日 (日)

5月の悪夢の歌

Img_5180ひさしぶりに緑の中を歩く。

ここ数ヶ月、世界中が恐怖のあまり学校から劇場から会社から店から何もかも閉めてしまい、「コロナだから」と言えば甲子園の野球大会だろうが何百年も続く祭りだろうが何でもかんでも「とにかく中止」にしてしまって居るわけだが、これは果たして正気の沙汰なのだろうか?本当に?

何だか…後になって検証してみたら「まったく無意味だった」と言われてしまうような…取り返しの付かないことをやっているのではないか?という悪寒を全身の鳥肌と共に感じてならない。

おまけに、新緑のいい空気を吸いに外に出たはずなのに、マスクをしながら歩いていて暑さと息苦しさとで呼吸不全に陥りそうになる(これでパッタリ倒れて死んだら、感染による死亡者に数えられるのだろうか?あるいはただの不審死?)。

これは「テロ」だ。ウィルスではなく「恐怖」が文明を破壊する。そして、息をしろ・でも・息をするな・という矛盾だらけの悪夢はまだ続く。

2020年5月18日 (月)

是非に及ばず

Photo_20200518111001しかし酷い日々である。
ひとつの重荷を必死で耐えているところに、重ねて重荷を背に積まれるのは(まあ、今までの人生でも何度かあったけれど)歳を取ると正直、格段にこたえる。
背骨がぎしぎし音を立てているのが分かる。ついでに腰も…(笑

なので、ネットなどで「大丈夫」とか「がんばろう」とか「家の中で楽しもう」などという台詞を呟かれても、(マスクや一時給付金と同じく)届く前に泡のように虚しく消えてしまう。

ちなみに、今回のコロナ禍、感染するのは老若男女問わないものの、重篤化し死亡するのは60歳以上の男性(さらに持病があったり肥満しているとポイント倍増)が7-8割を占めるのだそうで、私を含めて世界中の爺さんたちは、外に出たら最後ピンポイントでゴルゴ13に狙われていると自覚すべきなのだろう。

……それにしても、家の内は火が燃えていて、外には明智の軍勢。色々思いは巡り、色々なことが走馬燈のようによぎるが、脳裏に浮かぶ言葉は、確かにこれしかない、としみじみ思い至る。

「是非に及ばず」

2020年4月30日 (木)

ワクチンとしての音楽

Picturem いつまで続くか分からない新型コロナ禍に覆われた世界の底に蠢きつつ、もしかしたら音楽家というのは普通の人より不遇に対する耐性が強い(鈍い?)のかも知れない、とふと思う。

考えてみれば「今月も収入ゼロです」とか「残念ながら落選です」とか「演奏会がナシになりました」とか「ここ半年ほど仕事はありません」とか「申し訳ありませんがボツです」とか「悪いけどギャラは出ません」とか「今回はなかったということに」などという台詞は昔から聞き慣れ過ぎていて、今更そのくらいのことでいちいち絶望を感じたりはしない。(特に作曲家は!)

そもそも音楽家なら誰でも(褒められっ放しで育った一部の不幸な?天才を除いて)そういう不遇ウイルス禍の中を這い上がって来ているので、(多かれ少なかれ)不遇への抗体を持っている。それを乗り越え生き残った人だけが音楽家を続けていると言ってもいいくらいだ。

なので、もし抗体のない一般の人でも「音楽」を聴いて何か力付けられることがあるのだとしたら、音楽家の持つそういった不遇ウイルスへの免疫力が、音を通じて伝わるから…なのかも?知れない(…と思うのだが、どうだろうか)。

2020年4月 8日 (水)

杜を行く

Img_5053東京にも緊急事態宣言が出され、代々木公園、新宿御苑と徒歩圏内の散歩コースを全て封鎖されてしまったので、最後の砦?である明治神宮をぐるりと回って生活必需品の買い物に出る。人影は殆どなく、なんだか地球ならざる星を宇宙服で歩いているような気分だが、深い緑の下は空気も清浄な気がしてマスクを外し、しばし深呼吸してみる。

神頼みをしようにも、もともと神に「人の命」を優先する理念などあろう筈もなく、人間だろうがキクガシラコウモリだろうがオオグソクムシだろうが平等に生と死を振り分ける。当のウィルスはただその習性のまま自己を複製させているだけで何の悪意も意志もなく、この事態の終息は(何かの拍子に突然ウィルスが消滅する以外は)、ワクチンが開発されるか、感染して免疫を持つしかない。全員が助かる術はなく、その間に何%かは犠牲になる。人間に出来るのは、それをどれだけ低く抑えられるかだけ。なんとも怖い設定のゲームに人類全体が入り込んでしまったわけだ。

…という虚無感と無力感を深く心に刻みつつ、一時間ほどの散歩の間で「人との接触」は結局コンビニのレジのお姉さん一人。会話はマスク越しの「支払はSuicaで」のみ。音楽はどこにもなく、ただ青い空と白い雲だけが頭上に広がるばかり。

2020年4月 1日 (水)

新型コロナな世界に生きる

Virusヘンな世界になってしまった。

未知のウィルスが世界に蔓延する…というのはSF小説や映画ではお馴染みのシチュエーションだが、自分がその世界の中に居て内部から状況を見ているというのは不思議な感じだ。

個人的には、もう何年も前から閉じた世界の中でひきこもった生活をしているのでロックダウンには耐性があるが、アクティヴな若い人やこれから人生を謳歌する人たちにとっては悪夢に違いない。「ひと月くらいで終息する」と分かっていれば何とか我慢のしようもあるが、下手すれば年を越す可能性もあると言う。それでも何年続くか分からない終わりの見えない災厄よりはマシだと思うしかない。

人は、イヤだ!と叫んでも、やめてくれ!と泣いても、逃げようがないものに、人生で何度か遭遇することがある。戦争だったり、災害だったり、XXだったり、△▽だったり。これもそのひとつ、と割り切るしかないのだろう。

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