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#日記&雑感

2021年12月 1日 (水)

師走の紅葉

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2021年9月22日 (水)

秋祭り

Img_2313 今年も(昨年に続いて)御神輿・露店のない寂しい秋祭り。

来年は普通の世界に戻っているのだろうか。とは言っても、もう「普通」が何なのか思い出せないのだけれど…

2021年8月30日 (月)

迷人伝…考

Photo_20210829202601 最近ほとんど音楽を聞かなくなった。

14歳で音楽に目覚めて以来、クラシックだろうが現代音楽だろうがポップスだろうが民族音楽だろうが、とにかく「聴いたことがない音楽」がこの世にあることが我慢できなくて何でもかんでも片っ端から聴きまくって50年。

そんな「音楽への飢餓感」も還暦を過ぎた頃から徐々に希薄になり、最近ではほとんどゼロになった。とは言っても、情熱が消えたというより、今まで暴走していたのがノーマルな状態になったという感じ。「我に返った(夢から醒めた)」と言うのが近いだろうか(笑

中島敦の「名人伝」で、弓の名人が弓を極めすぎて弓を手に取らなくなり、最後は弓が何であるかすら忘れてしまう…という冗談のような深遠なような話が昔から大好きなのだが、最近は自分で書いた交響曲のスコアを見て「これ、何?」と言いそうになるのが怖い(笑。

2021年8月19日 (木)

新宿の鴨

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新宿の高層ホテルで束の間ひと休み。天気がいいと遠くの山並みまで望めて東京らしからぬ清々しい景色が広がる。

Photo_20210820090201しかし、夜、和食の店に行くもお客はほぼゼロ。一人カウンターで炙り鴨などつついていても、緊急事態宣言下の酒類提供制限でお酒がないので間が持たない。メニューにはノンアルコールビール・ノンアルコールワイン・ノンアルコールハイボール・ノンアルコールカクテルなどが並んでお店の苦労が忍ばれるが、ノンアルコール日本酒はない。銘柄としては月桂冠と零の雫という2種類が存在するそうなのだがメニューにはなく、お店の人は「お米のとぎ汁でもお出ししますか?」と苦笑い。

ありがたいことに来年のコンサートの話などもぼちぼち聞こえてくるのだが、来年「通常モード」に戻っている保証は全くなく、まさに「鬼が笑う」感じがぬぐえない。なにしろ、生まれたときからコロナ禍の子が早2歳になっていて、彼らにとってこの世界はマスクなしでは肺が腐る「腐海」の感覚なのだとか。もしかしたら一生マスクが普通の人生になるのかも知れない…などとは思いたくないが、完全に否定できないのが怖い。

私のような老世代にとっても「人生の最後がこれか」とため息をつくしかない災難だが、「死ぬまでにもう一度、マスクなしで外を歩き(酒を飲み)人と自由に話し音楽を聞き旅をしてみたい」という思いは切実だ。しかし、皿の上の鴨に「明けない夜はない(かも)?」と語りかけても、お酒なしのしらふでは返事もない(笑。

2021年8月 9日 (月)

フェスタサマーミューザ KAWASAKI

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フェスタサマーミューザKAWASAKI2021@最終日での交響曲第2番〈地球にて〉の演奏に立ち会う。演奏は、原田慶太楼指揮東京交響楽団。

交響曲を書いて、生きている間に演奏され、CD録音もされ、さらに歳を重ねて若い世代の演奏家達によって演奏されるのを聴くことが出来る…というのは作曲家にとって究極の夢。多くの先達たちが夢を果たせず無念の念を抱いたまま亡くなった死屍累々の世界であり、私も正直言って1㍉も期待どころか空想すらしていなかったのだが…夢はごくごくたまに神の気まぐれで叶えられる・こともあるらしい(笑。

ちょうど30年前(1991年)の作品になるが…当時の世界は、ソヴィエト連邦が解体し東西ベルリンを隔てる壁が消滅し湾岸戦争が始まりアパルトヘイトの撤廃が叫ばれ日本は昭和から平成の世になった頃。現代音楽が調性を取り戻し始め、コンピュータやネットが世界を変え始める前夜である。古い秩序が崩壊し新しい世界に変貌を遂げるために多くの人たちが命を落としたが、その鎮魂の歌は哀しみ嘆くだけではなく、新しい世界を称える頌歌でありたい。…そう願った夢を30年ぶりに思い出した。

若きマエストロと東京交響楽団が紡ぎ出す熱気溢れる熱い音楽と4つの鎮魂の夢。そして聴衆からの温かい拍手の嵐。ひたすら天に感謝。そして、地にも人にも…。
Kawasaki21a

2021年7月23日 (金)

地球(テラ)にて

Img_2041オリンピック開会式最後の聖火点火シーンで、私の〈交響曲第2番・地球(テラ)にて〉が使われていた。

1991年に書かれCDも2種類ほど出ている曲なので、テレビ番組や映画のBGMで楽曲が使われる「選曲」と同じ扱いだが、もちろんひと月ほど前に「開会式で使いたい」という許可の申請があり、事務所を通じて了承している。ちなみに生演奏ではなくCD音源(カメラータトウキョウの私の作品集@外山雄三指揮東京フィル)である。

この曲、〈地球(テラ)にて〉という副題が五大陸を繋げるオリンピックっぽいと言えば言えるが、基本は鎮魂曲で、4つの楽章それぞれが・東(中近東~アジア)・北(北方文化圏)・西(西欧キリスト教文化圏)・南(アフリカ)という4つの地域の音の素材によるレクイエムになっている。

冒頭の第1楽章は湾岸戦争の時に書かれた暗く錯綜した鎮魂曲で始まるが、最後のフィナーレは湿っぽくならず明るく賑やかに死者を天国に送る…というアフリカ風の葬送歌。延々と繰り返されるマリンバの音型(ボレロ風)は、死者の名前を延々と読み上げてゆく追悼の儀式のイメージで、南アフリカのアパルトヘイトを描いた映画「遠い夜明け(Cry Freedom)」(1987)にインスパイアされている。そのため当初はゴスペル合唱隊を登場させようかと考えていたほどだが(もちろん予算の関係で即却下された)、何度か弔いの鐘が鳴り渡ったあと、最後は全てを肯定する「アーメン」で終わる。

そのあたりを含んだ上で「今回のオリンピックに相応しい」と思って選んでくれたのなら嬉しい(というより怖い)が、さてどうなのだろう。

ちなみに、これは全く偶然ながら、オリンピック閉会の翌8月9日(月)川崎での「フェスタサマーミューザ」最終コンサートでこの曲の全4楽章版が原田慶太楼指揮東京交響楽団により演奏される。生で演奏されるのは十数年ぶりくらいだが、オリンピックのオープニングと音楽フェスティバルのフィナーレで時を経ずして鳴り渡るという不思議な邂逅はちょっと感慨深い。

2021年7月19日 (月)

架空オリンピックの夏

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色々トラブル続きとなった57年ぶりの東京オリンピック。

今回の無観客での開催を機に……競技はすべてCG(コンピュータグラフィック)で作ったバーチャル空間で行い、世界中の選手は自宅からテレワークでアバター(義体)を参加させて競い、種目は体を使うものなら何でもありで、言語は全てネット経由で同時通訳され、音楽はすべてAIが瞬時に即興的に作る……という(国籍も性別も年齢も身体能力も問わず誰でも参加出来て自由な)形のオリンピックが現実になったらいいのに、と思う。

その時は私も、100ミリメートル走と猫パンチボクシングという種目を作って参加してみたい(笑

2021年7月15日 (木)

悪夢は続く、どこまでも

Masks_20210714090801マスクが外出時の必需品になって1年半が経つが……未だに慣れない。

とにかく息苦しいし・顔が見えないし・声が聞こえづらい。何しろ基本は…息をするな・人と会うな・話をするな・接触するな…なのだから生きることの否定に近い。エイリアンの幼虫を顔に貼り付かせているような不快感。

なのに街を行く人たちがみんな揃ってマスクをして黙々と歩いている光景は果てしなくシュール。むかしSF映画やホラー映画でよく観た「近未来の悪夢」を思い出し、軽く鳥肌が立つ。

そのうち、マスクを外しても大丈夫な状況の方が「緊急事態」になるのだろうか。

2021年7月11日 (日)

ワクチン接種

Photo_20210706084801新型コロナワクチンの接種を終えた。

区の高齢者(65歳以上)枠で接種券が届いたのは5月初め頃。受付開始日にネットで予約したものの、1回目は6月下旬、2回目は7月初旬(1回目と2回目は3週間の間隔が必須)…と丸2ヶ月がかり。その間にはコロナ禍も少しは収まっているだろうかと期待したが、蔓延防止措置や緊急事態宣言が続く状況は相変わらず。

指定された接種場所(医師会のビル)に指定時間通り出向くと、簡単な手続と問診をしたあと「はい、ちょっと痛いですよ」と腕に注射され、ものの数分で接種終了。そのあと(副反応が出ることもあるので様子見のため)15分間じっとしている必要があるとかで別室で待機。

数メートル間隔に椅子が置かれた部屋で接種が終わった人たちと並んでボーッと待っていると、「もしかしたらタヌキか何かに騙されているのでは?」というような怪しい想像が頭の中に涌いてくる(笑。これもワクチンの副反応のひとつだろうか。

ワクチン自体は特に「打ちたい」とも「打ちたくない」とも思わなかったし、そもそも今回の新型ウィルス自体にリアルな恐怖を感じたことが一度も無い。ただ、感染者の増減に反応して次々と繰り出される正気を失った罰ゲームのような政策(…とそれによる生活・文化・経済の破壊)がひたすら心身を蝕み続けている。

無観客の東京オリンピックは、そんな災禍を記憶する(…映画「シン・ゴジラ」のラストで凍結されたゴジラが東京駅前にそそり立っているような)異形のモニュメントということになるのだろう。

2021年7月 4日 (日)

人間とAIと音楽と

Guitarist

最近、若い人に「音楽の未来」について聞かれ、「人間が人間に希望を持ち続ける限り音楽は存在し続けると思いますよ」と大人の対応をしたのだが、そのあとでうっかり「でも、ぼくは今ちょっと失望しかけてるんですけどね」と漏らしてしまった。ちょっと反省している(笑

人類の祖先が十数万年前アフリカを出て世界中に大いなる旅をする過程(何万年前にアジアの何処に到達し・何万年前に南米の何処に到達…というような)は結構細かく分かるらしい。その理由はシンプルで…人類が到達するとその地域の生物の大量絶滅が起こるからなのだそうだ。

つまるところ人類の最大の資質というのは、二足歩行し両手を扱えるようになったことで「暴力と殺戮」というスキルを得、知能を持ったことで「虚構や妄想(宗教や国家)」を共有するようになったこと…に尽きるらしい。若い人向けにはもう少しオブラートに包んだ表現にした方がいいような気もするが、あれから十万年ほど経ったはずの現代でも思い当たることが多すぎて怖い。

AI(人工知能)にそんな人類の歴史をみっちり学習させたところ「人類は絶滅させた方がいい」と言い出したので慌てて電源を切った…という話(SFでも定番だが、どこまで本当かは不明)があるが、私がAIでも同じ結論に達する気がする。その結果、未知のウィルスを撒いて、それに効くワクチンと称して全人類に微毒をうたせ、繁殖を抑止させ絶滅に導く…という陰謀がどこかで進行しているのかも知れない(笑

それでも「音楽」だけは人類の生み落とした美しい存在(かつ非暴力の象徴)だと思ってきた。しかし、これも基本は他者の心を組み伏せる暴力(そして武器)のひとつと言えなくもないことに最近ふと気付いてしまった。いや、今さらそんなことに気付いてももう手遅れなのだけれど。

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