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2016年12月27日 (火)

三村奈々恵@マリンバクリスタル

Cd_mimura三村奈々恵さんの新しいアルバム「マリンバクリスタル」(オクタヴィアレコード:OVCC-00133)届く。

作曲32年目にして初めて音になった〈バードスケイプ〉(1984)収録。最近、福田進一氏が録音してくれた「忘れっぽい天使Ⅱ」(1979)と並び、30年以上前の遠い昔に書いた作品との御対面が重なる。

曲は8分半ほどの小品で、〈デジタルバード組曲〉〈鳥の形をした4つの小品〉に次ぐ「鳥のシリーズ」として書いたもの。元々は〈バードスケイプ〉というタイトルで、この後ソロ楽器によるⅡ・Ⅲ・Ⅳと(ベリオのセクエンツァのように) シリーズ化するつもりだったのだが、一作目の不遇で頓挫してしまった。以後、楽譜棚の中で30年以上眠っていたわけだが、聴いてみるとまさに「押し入れの奥の玩具箱から出て来た可愛くとっ散らかった木製の鳥のおもちゃ」という趣。今回三村さんの手でようやく大気に音として放たれ「なるほど、こういう曲だったのか!」と時空を超えてようやく知ることになった。

アルバムには、ほかにバッハ(前奏曲&フーガやシャコンヌ)と現代作品(ゴリホフ、ハツィスらの魅力的な作品)、さらにキース・ジャレット(ケルンコンサート)が収められ、最後にエルガーの「二ムロッド(エニグマ変奏曲より)」で締めるという不思議な構成。

〈祈り〜prayer〉という副題が示すように、「大切な人に寄せて書かれた作品」が裏テーマになっているそうで、そう言われてみると、確かに、彼女の自然児っぽいキャラクターと巫女のような「神性」が曲の並びにも生きている気がしてくる。「鳥」もまた自然であり神のものなので、そんな世界に融け合うのかも知れない

2016年11月21日 (月)

忘れっぽい天使 Ⅱ の2

Cd_fukudajc3拙作〈忘れっぽい天使Ⅱ〉が収録された新譜CDをNAXOS Music Libraryで聴く。「日本のギター作品集3」(Naxos)。演奏はg:福田進一、Hm:和谷泰扶両氏。

ハーモニカとギターがどこまでも懐かしく優しい世界を紡ぐ好アルバム。曲については、以前このCDの録音サンプルを聴いたときのBLOGを参照のこと。

実は 〈天使Ⅱ〉と〈ベルベットワルツ〉という…自分の中では一番ゲンダイ寄りとポップス寄りの極端な2曲を選曲したと聞いた時は「違和感ありすぎでは?」と心配したが、この2人の名手の前ではそんなことは杞憂でしかなかったようだ。武満徹「12の歌(抜粋)」、林光「裸の島」、北爪道夫「オラショ」など響きと旋律の美しい作品が並ぶ中にさりげなく入っていて、なかなかステキな佇まいである。

2016年10月 5日 (水)

須川展也 Masterpieces

Sugawamp須川展也氏の新譜〈Masterpieces〉届く。

チック・コリア:ソナタ 〈Florida to Tokyo〉
ファジル・サイ〈組曲〉
吉松隆〈サイバーバード協奏曲〉ピアノ・リダクション版

…という収録曲3曲はいずれも氏による委嘱作だが、ジャズ界の巨匠の新作が一番クラシカルかつ正攻法で、一応クラシック界の私の作が一番ジャズっぽい…というのはご愛敬。才人ファジル・サイの新曲も含めクラシックとジャズとエスニックの階層を自由に交叉させる視点は、一昔前ならかなり「異端」なアプローチだが、今ではごく「普通」。これが「当たり前」になるまでにはそれはもう大変な苦労があったわけなのだが…そんなことは微塵も匂わさずジャンルを超えた楽想を自在に吹きまくる彼のサックスは安定感に満ちている。

今となっては、これが当たり前でなかった時代など(スマホもネットも存在しない時代のことをもはや思い出せないように)想像も出来ないが、現代音楽のコンサートでドリア旋法の曲を書いたり、リサイタルで突然フリージャズスタイルのアドリブを吹き出すと、「気が違ったか!」と聴衆の目が点になった25年前も…懐かしいと言えば懐かしい。

そのうち2045年のシンギュラリティ(技術的特異点)を超え、「そう言えば、昔は音楽って人間がやるものだったような気がする。今となってはもう思い出せないけど…」などと懐かしく回想する日も来るのだろうか。

2016年8月 1日 (月)

文藝別冊@エマーソン・レイク&パーマー

Elpb文藝別冊@エマーソン・レイク&パーマー特集号届く。

巻頭に岩本晃市郎氏との長い対談が収録されているのだが、対談はキース・エマーソン氏が亡くなってまだひと月そこそこという時期(だからこそ追悼特集が企画されたのだが)。今でもまだ心の整理が出来ていないほどなので、この頃は……「Confusion !」というG.レイクの歌声が頭の中にエンドレスで鳴っていた気がする。

それにしても、人生とは不思議なものだ。「タルカス」を初めて聴いて興奮している20歳の頃の(貧乏どん底の無名作曲家である)私の処にタイムマシンで未来の私が来て、「お前は40年後にこの曲をオーケストラにアレンジする」そして「それが大河ドラマに使われ、還暦のコンサートでも演奏されてキース・エマーソンがそれを聴きに来るよ」と言われたとしても、「そんなことは絶対!!!有り得ない」と笑い飛ばしただろう・・・(いや、今でも、もしかしたら全部「夢」だったんじゃないかと、そう思う時がある)

2016年7月29日 (金)

シン・ゴジラ

Goji公開初日に映画を見に行くのは・・・何十年ぶりだが、暑い最中出向いた甲斐があった。

現代の東京に身長100mを超す生物が現れて突然街を壊し始めたらどうなるか?というストレートな作劇。膨大なセリフ(登場人物全員が怖ろしく早口!)による情報の洪水が息もつかさず問題の多角的な面をあぶり出し、最新CGでスケールアップした「怖さ」(そもそも今回のゴジラ、目が死んでて本当に怖いのだ!)の設定もいい。

ゴジラ上陸シーンは東日本大震災の津波被害を思わせるし、自衛隊の攻撃手順(や指揮系統の描写)は怖ろしくリアル。対戦車ヘリによる機銃掃射、次いで戦闘機からミサイル、地上から戦車砲…などなど現実の兵器が総動員され、SF風熱線砲などは出て来ない。

唯一、ゴジラを倒すための作戦(第1作のオキシゲンデストロイヤにあたるもので、エヴァンゲリオンのXXX作戦を思わせる)の現実味だけは「?」な気がしたが、そんなものは許してしまおう。

これだけ歴史的な(そして世界中に口うるさいファンが多い)作品ともなると、音楽(鷺巣詩郎)も大変だったと思うが、ゴジラの存在が圧倒的な場所では伊福部サウンドを投入し、随所にエヴァンゲリオン(の有名なティンパニの)リズムもちりばめ、コーラスを含む荘厳なストリングスで重厚感と悲劇性を描く…という絶妙なバランス感覚で文句なし。

拍手。

2016年7月 1日 (金)

帰ってきたヒトラー

Hitler

中学3年のとき、ヒトラーに興味を持ったことがある。

当時、受験および将来の職業の目標のひとつに「医学部/医者」というものがあり、「白い巨塔」あたりの医学小説から専門の医学書などをごっそり読んでいるうち「医者のカルテはなぜかドイツ語」ということから「ドイツ」という国に興味を持ったのがきっかけだった。

まだクラシック音楽に興味を持つ前で、ナチス時代のドキュメンタリーLPに収められたヒトラーの「声」や民衆の熱狂の歓声から、甲高い声のこの不思議な独裁者に惹かれ、当時は普通に出版されていた「わが闘争」も手に入れ、学校の図書館にある戦記物やナチスについて記載されている書物を読みあさり、有志数名(と言っても2人ほど)と「ヒトラー研究会」を立ち上げた。シンボルマークはご想像の通りカギ十字である(笑)

とは言っても、別に彼の思想信条に引かれたわけでは無く、医学用語に使われるような言語を扱うほどの「知的なはずの」ドイツ人を(太古の昔ではなく20世紀に!)国家社会主義下のファシズムで統一した方法論に「なぜ?」「どうやって?」という興味が湧いただけなのだが、先生方には「なんでまた(高校受験が近いこの時期に)選りに選ってヒトラーなんだ!」とえらく評判が悪く、職員室に呼び出されてしまった。

当時は(今と違って)3年間学級長を務めた品行方正な優等生(?)でもあったので、別にヒトラーに興味を持って研究したからと言って、ヒトラーの思想信条に共感したわけでも、その行為を認めるわけでもありません。それは、推理小説やミステリーに興味を持って研究したからと言って、殺人や犯罪に共感するわけでも自分でやってみたいと思っているわけでもないのと同じです・・・というような説明をし、先生たちには「まぁ、そういうことならよろしい」と認めて貰ったのだが、「受験の時に面接などでその名前を絶対口にするなよ」と念を押された。イヤ、そのくらいさすがに分かっておりますよ、先生。

ただし、公立高に提出する内申書(本人には何を書かれているか不明の密書)にはどうやら何か「マイナス点」として記載されていたらしく、結果、公立へのまともな進学は諦めて私立の慶應義塾高校への進学一本に絞ることになったのは…怪我の功名と言えなくもない。ヒトラーに興味を持たず(当然そのあとベートーヴェンやワグナーなどのドイツ音楽研究にも進まず)、普通に医学への興味を胸にしたまま高校受験をしていたら、今頃は普通に「医者」になって難病の一つや二つ撲滅させていたかも知れない。

死してなおビミョーに人の人生を変えるヒトである。

2016年2月28日 (日)

イエス、タケミツ

Yes_2文藝別冊「イエス特集〜プログレッシヴロックの奇蹟」を読む。

クラシックの作曲と現代音楽とプログレの間に挟まれ悶え苦しんだ70年代の異端な青春?を愚痴る「作曲家から見たイエス」寄稿。

同時に、先週から少しずつ読み進めていた立花隆の大著「武満徹・音楽創造への道」ようやく完読。今年没後20年を迎える武満さんへの膨大な取材をまとめたドキュメンタリーで、文学界に5年にわたって連載されていながら氏の逝去のため中断し、その後20年近くお蔵入りになっていたもの。音楽の専門知識のない人が作曲家の頭の中を探る…というのはかなりの難題だが、すぐ「天才」とか「感動」とか情緒的な言葉で纏めてしまいがちな(あるいは逆に素人には理解不可能な専門用語で煙に巻く)音楽関係者と違い、どこまでもジャーナリストらしい微に入り細に入りのしつこさで検証してゆくリアルさが実に面白い。

Take3_6このイエスと武満徹、どこか似ている感じがするのだが何故だろう?と考えるうち思い当たったのが、彼らの音楽をレコードジャケットで視覚化したイエスのロジャー・ディーンと武満徹の宇佐美圭司の存在。必ずしも音楽的にイコールとは思わないが、アートなレベルでうらやましいほど見事に一体化していた。

ちなみに、武満さんはビートルズの「サージェント・ペパーズ」はかなり評価していたようだが、その後のプログレッシヴ・ロックに関する発言は寡聞にして聞いたことがない。あれだけ色々な音楽を聴いていた人だから(ピアソラの初来日の時、会場でお見かけしたことがある)、意外と面白がっていたのか、あるいは一刀両断だったのか・・・そのあたりもちょっと聞いてみたかった気がする。

2016年2月 4日 (木)

RUNNING SHOT

Kyohei16映画「さらば あぶない刑事」公開で、また〈RUNNING SHOT〉の新しいCDが出るそうだ。

30年前(1986年)に書いた私のたった一曲のポップス曲なのだが、何とも(嬉し恥ずかしの)不思議な作品である。

そのあたり詳しくは10年前のブログを参照のこと。

実は、この曲の「行くぜ!」という掛け声を聞くたびに思い出すことがある。私の妹(晴子)が死ぬ直前、恭兵さんが(まさにこのセリフそのままに)病室に見舞いに来てくれたのだ。

この曲のヒットから数年たった(1993年)Xmas間近のある日、妹が末期ガンで終末医療のため個室に入っていることを聞くと、花束を贈ってくれ、それだけでなく忙しい中、単身でふらりと現れたのである。(何しろ超人気スターでとても素顔で外を歩けないほどだったから、お忍びで病院に来るのはそれはもう大変だったと思う。しかし、野球帽をかぶって変装し、看護婦さんたちにも気付かれず風のようにやって来て、風のように去って行った)。

妹は、人工呼吸器を付けられてベッドから起き上がることが出来ないどころか声を出すことも出来ない状態だったが、天下の二枚目スターの突然の訪問を受けて手を握って貰い、思いがけない夢のようなXmasプレゼントにこれ以上はないほどの(本当に幸せそうな)満面の笑みを浮かべ……それから3週間後に旅立った。あれから22年がたつ。

2016年1月22日 (金)

舞楽解説

Bugakuk昭和7年(1932年)刊の「舞楽解説」(雅楽講究会編)電子書籍(Kindle)版を手に入れる。

手書きによるいわゆるガリ版(謄写版)刷りの150頁ほどの小冊子を、国会図書館蔵のものから電子化したようで、この「舞楽解説」のほか、「龍笛譜」「鳳凰笙譜」「篳篥譜」が揃って、それぞれ300円(!)。

舞楽の〈左方の舞(唐楽系)〉 ・〈右方の舞(高麗楽系)〉 が、なぜ「左右」なのか?というのは昔から疑問だったのだが、御所から見て左(左京)に唐楽を専門とする奈良の楽人狛(こま)氏が住み、右(右京)に高麗楽を専門とする京都の楽人多(おおの)氏が住んでいたから。という「へえ〜」な記述に出会い、目から鱗・(・_・)・

実は、この「右方・左方」というのは私も結構むかしから使っていて、プレイアデス舞曲集の3には「左寄りの舞曲」と「右寄りの舞曲」 が並び、交響曲第6番も第1楽章が「右方の鳥」・第3楽章が「左方の鳥」と題されている。

Bugakuka
私の中では、右手・左手、右脳・左脳、右翼・左翼などなど色々なイメージが混在した左右だが、本来の舞楽では普通「左方」が先で「右方」が後に演じられてペアを成し、バランスのよい組み合わせの二曲を「番舞(つがいまい)」という(なので、早坂文雄「左方の舞と右方の舞」や黛敏郎「BUGAKU」は共に全2章でその段取りに則っている)。

いや、この歳になっても、知らないことばかりである。

2015年12月27日 (日)

三人鼎談@三田評論

Keio3三田評論12月号@三人鼎談、冨田勲氏、私、藤岡幸夫氏の「音楽家になるなら慶應に行こう」を読む。(ちなみに、三人とも慶應義塾高校出身で先輩後輩の間柄である)

当日は結構三人三様のばらばらな雑談だった気がするが、こうしてまとめるとちゃんと進行しているように見える。さすが編集の力は凄い(笑)

それにしても、父親が古賀政男くらいしか音楽を聴かない家庭で生まれながら、中学に上がる頃に米軍のラジオ放送で「春の祭典」とグレン・ミラーを聴いていきなり音楽に目覚めた…という冨田勲氏の話は(時代背景も含め)面白い。

慶應義塾高校では同級に小林亜星氏がいたそうだが、その亜星氏、映画でラプソディ・イン・ブルーを初めて聴いて「こんな音楽聴いたことない!」と教室で話していたら、同級生がニヤリと笑ってピアノで全曲を弾き出した。それが林光氏だったそうだ。

その種の早熟っぽさも含め、慶應出身者は基本的に(同じく塾高出身の加山雄三氏に代表されるような)「何でもそつなくこなせるいいとこ坊ちゃん(いわゆるKOボーイ)」臭がする人が多い(今回のお二人もしっかりそれを身に纏っていらっしゃる)。

ところが、私はというと、慶應からの恩恵を受け損なったまま(まあ、中退したので自業自得だが)三十代半ば頃まで〈不遇〉の道を邁進。おかげで、未だに「野良犬」な感じが抜けない。「慶應出身」と認められて晴れてこういう鼎談に参加することが出来るようになるとは…恥ずかしいような有り難いような複雑な気持ちである。

しかし、「音楽家になるなら慶應に行こう」は、言い得て妙ではあるナ。

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